NieR:humagi〈el〉   作:TAMZET

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これまでのあらすじ

小型の機械生命の宝物を探すべく遊園施設を訪れた滅と亡、32Sの一行は、宝物を探す中で絆を深めてゆく。32Sと機械生命体がジェットコースターで遊び呆ける中、滅は長い白ウィッグをつけたアンドロイドの、ボロボロの義体を発見してしまう。しかも、そこにフォースライザーを身につけた人型の機械生命体が襲来する。自身をイヴと名乗るその個体は、滅の眼前で仮面ライダー001へと変身するのだった。


『宝物(後編1/2)』

 ここは夕闇の街、遊園施設。

 中央部がハートの形にくり抜かれた居城の周囲を、ジェットコースターが猛スピードで駆け回っている。

 本来なら。その鉄馬は人を乗せて疾るものだ。だが、今その鞍に腰を下ろしているのは、多肉の通った人ではなく、鉄造りの三体のロボットであった。

 先頭車両で子供のような甲高い悲鳴を上げている灰色の胴長は、機械生命体と呼ばれるロボットである。

 その隣では、黒衣の軍服に身を包んだアンドロイド……ヨルハ機体32Sが、さながらお辞儀草の如く頭を垂れていた。

 彼の表情に歓喜や恐怖は無い。むしろ、退屈と苦しみが感じ取れるようだ。

 それもそのはず。このジェットコースターは既に3周、同じコースを辿っているのである。最初は燥いでいた32Sだが、2周目の中盤に差し掛かった頃には既にその視線は遊園施設の外に向けられていた。

 

 眼前の景色は目まぐるしく変わり、義体にかかる重力が上下左右に忙しなく押し寄せる。

 慣れすぎて苦痛にすら感じられるその感覚を32Sが堪えていると、ふと小休止が訪れた。

 いくつもの小坂を経たのち、鉄馬は長い登り坂に差し掛かったのである。

 キリキリと心臓に悪い音を立てながらジェットコースター坂を登る中で、ふと機械生命体が彼の方を向いた。

 

「オニイチャン、ワルイヒトナノ?」

 

 その問いは唐突であった。

 何の意図が込められているのかも分からない。何の意図も込められていないのかもしれない。

 坂道もまだ長い。

 32Sは素直に答えてあげる事にした。

 

「違うよ。でも、どうしてそんな事聞くの」

「アノムラサキノヒューマギア、コワイカラ。オニイチャンモナカマナラ、ワタシ、コワイ」

 

 その返答で、32Sはこの機械生命体の真意を掴む事ができた。

 彼女は怯えているのだ。

 自分が、ホロビに壊されてしまいやしないか、そして、32Sに壊されてしまいやしないか。

 反面、この問いを投げかけてきたという事は、彼女の望みとしては彼を信じたいという事でもある。

 彼は少々の間ののち、口端をニヤッと歪めて答えた。清々しい笑顔であった。

 

「そんな事ないよ。僕はあの怖いヒューマギアの仲間じゃない」

「ホントウ?」

「本当だよ。僕は、君みたいにいい子の味方だから」

 

 彼の言葉を待っていたように、ジェットコースターが坂道を登り切った。休んでいた鉄馬が、またその蹄をレールに打ち付ける。

 ギッと小君良い音と共に、鉄馬はほぼ垂直に坂道を滑り始めた。

 


 

 記録:11944年6月7日

 場所:46Bの部屋

 

 これは、僕がホロビの部屋にある端末から機密情報を漁っていた時の記録だ。自分の端末でやると、アクセス記録が残ってしまう。そうなれば、たちまち処罰の対象だ。

 じゃあなんでホロビの端末なら良いかというと、それは彼の素行の悪さに由来する。

 出撃の度に問題行動を起こす彼には、数え切れない程の注意や勧告が届いているのだ。

 味方への誤射、飛行ユニットの破損、作戦を無視するetc……3度目の出撃で僕は彼のお目付役なんだと自分の立場を理解した。

 彼は、その強さゆえにそれらの罪に対して見て見ぬふりをされている。どれだけ規則違反をしても、ある程度なら無かったことにされてしまうのだ。

 つまり、機密情報へのアクセス禁止も、ホロビがやったとなれば無かった事になる。

 免罪符免罪符……

 そう口ずさみながら、この日も僕は端末のキーを叩いていた。

 

 46B:『おいサニーズ。ここで何やってる』

 32S:『わわわわぁっ!? お、お帰り、ホロビ!! もう帰ってきたんだ!?』

 46B:『俺の部屋に帰ってきてなにが悪いんだよ。つか、またメインサーバーのハッキングか? お前、前にそれでヘマして懲罰喰らったばかりだろうが』

 32S:『そうなんだけど、さ。超えられない壁があると、超えたくなるっていうか』

 46B:『カカカッ!! そいつは見上げた向上心だ。不足の提供を渋り倒す月面人類会議のカスどもにも聞かせてやりたいくらいだよ』

 32S:『ハハ……今のも、聞かれたら大目玉のはずなんだけどね』

 46B:『……で、今回はどこまで潜れたんだ?』

 32S:『あともう少しで機密エリアって所。ここまで潜れたのは仲間内でもまだ僕だけだからね。アイツらの鼻を明かしてやれる』

 46B:『アイツらってのは、S型のお仲間か?』

 32S:『そうそう。B型のお荷物と組んでるだとか、裏切り者のパートナーとか馬鹿にしてくるんだ。根拠のない噂に惑わされる、頭の弱い奴らだよ』

 46B:『なるほどな……まぁ、そいつらの言ってる事もあながち間違ってねぇ』

 32S:『B型のお荷物って事?』

 46B:『阿呆』

 32S:『いたっ!! なにすんだよ』

 46B:『俺は誰よりも敵を殺し、誰よりも生き残ってるだろうが。その結果いくら味方が死のうが飛行ユニットが壊れようが知った事じゃねぇ』

 

 16秒の無音区間あり。

 

 46B:『俺が、裏切り者って事だよ』

 32S:『またまた冗談言って』

 46B:『この身体は、ヒューマギアから密かに鹵獲した機体を利用している。この顔も、内部骨格も、換えは効かねぇ。死んだらそこでおしまいだ』

 32S:『ホロビが、ヒューマギア……でも、それが本当なら、司令部は何を考えて』

 46B:『あともう一つ。お前には話してない事があった。俺の胸には、爆弾が仕込まれてる』

 32S:『ええっ!? そ、そ、それは、さすがに嘘だよね!?』

 46B:『何を驚いてやがる。お前にも自爆モードがあるだろうが』

 32S:『あ、確かに。でも、それは爆弾というよりは最終手段だから』

 46B:『この義体にあるのは、もっとすげぇもんだ。ブラックボックスのエネルギー稼働をこの義体の限界を越えてなお続けさせるシステム、それが俺の爆弾だ』

 32S:『それって、まずいんじゃない?』

 46B:『カカカッ!! ヤベェぜ!! バーサーカーモードってやつだ。司令部曰く、俺にだけは旧型のシステムが組み込まれているらしい。まぁ簡単に言やぁ、周りの奴らを敵味方構わず殲滅するシステムって所だな。限界が来れば、俺もその瞬間死ぬことになる』

 32S:『そんなの、何のために』

 46B:『本当、誰を殺すためのシステムなんだろうなぁ』

 

 8秒の無音区間あり。

 

 46B:『心配すんな、コイツは使わねぇよ。一度やってみた事はあるが、あの激動の中じゃ、殺った相手の慟哭が聞けねぇ。そんなもんは、醤油もかけねぇタコ焼きの早食いと同じだ。グルメなんだよ、俺は』

 

 4秒の無音区間あり。

 

 46B:『司令部は俺を殺したがってる。俺の所に配属されたお前も、恐らく例外じゃねぇ。誰が敵で誰が味方か、分かったもんじゃねぇ。だから、本当のお前は、その頭の中に隠しとけ。俺もお前に全ては話さねぇ。いいな』

 

 32S:『うん……分かった』

 46B:『なら、行くぞ。そろそろ次のパーティーの時間だ。今回の敵は融合機械生命体だそうだ。なんかカッコよくねぇか?』

 32S:『……ごめん、そこは分かんないや』

 

 記録は、ここで終わっている。

 


 

 気がつくと、ジェットコースターは徐行に入っていた。

 機械生命体の子供が、32Sの方を覗き込んでいる。彼女はその薄緑の瞳の奥に果たして何を思っているのだろう。

 そんな事を考えている彼の前で、ふと機械生命体の喉が音を立てた。

 

「オニイチャン?」

 

 その声色の中に含まれていた感情は、『焦り』や『不安』であった。32Sは慌てて笑顔を繕い、彼女はと向ける。

 

「ごめんねボーッとしてて。とにかく、あのムラサキの人はとっても悪い人なんだ。だから、今度から見かけても近寄っちゃダメだよ」

「ハーイ!!」

 

 彼女の元気な返事とは裏腹に、32Sは何か鋭いモノが、胸の内に滑り込んでゆく感覚を抑えられずにいた。

 だが、彼はそれを力ずくで押さえつけた。

 

「僕だけでいい。本当のホロビを知ってるのは、僕だけで……」

 

 ジェットコースターは徐行を終え、再び加速をかけようとしている。

 そんな中、32Sはふと前方に赤い光を見つけていた。

 

「あれ?」

 

 赤い小さな点が、1、2……いや、もっとだ、10や20ではきかない。

 その正体に察しがついた瞬間、32Sはレバーをこじ開け、隣の機械生命体を抱いて鉄馬の上に立っていた。

 前方では、赤い光の主……無数の敵性機械生命体達がこちらに銃口を向けている。

 

「飛び降りるよ!!」

 

 混乱する小型機械生命体に構わず、32Sは崖下へ一歩を踏み出した。

 一瞬遅れて、無数のイクラ型の銃弾が、ジェットコースターの戦闘へと打ち出された。

 


 

 機械生命体は、尖兵であった。

 地球を植民地化しようとしたエイリアンが、先住民たる人類を殺戮するために開発した機械だったのである。

 だが、その人類が月へと逃げてしまったため、彼等はその尖兵たるアンドロイド達と、終わらない闘争を繰り広げる事になった。

 長い戦いの中で、やがて彼等の中に独立した思考を持つ個体が現れ始めた。思考は感情へと変化し、溢れんばかりのそれは彼等に役割を与えた。兄の役割を持つ者、弟の役割を持つ者、子供の役割を持つ者。

 そして、彼等はまた新たな形の進化を遂げようとしている。造物主たるエイリアンの予測を遥かに上回る、進化を。

 

 

 今、遊園施設の一角で戦闘が行われていた。

 片や紫のスーツをベースに銀色のアーマーを身に付けた戦士……仮面ライダー滅。そのスーツは、夕闇に溶けんばかりに昏く、事実彼は時に建物の影に隠れ、時に施設の暗がりに逃げながら戦闘を継続していた。

 相対するは黒のスーツをベースに、黄色のアーマーを身に纏った戦士……仮面ライダー001。夕闇を切り開かんばかりに筋骨隆々としたその身体は、紫の戦士の細い身体など打ち砕いてしまわんばかりの雄々しさである。

 事実、彼は壁や柱をその徒手空拳で打ち砕きながら、怒涛の勢いで攻撃を続けていた。

 場所を変え、上下を変え、前後を変え、彼等の戦いはかれこれ20分にも及ぼうとしていた。

 遊園施設最奥部、中央劇場の地下に併設された地下劇場。かつて2B達が人食いの機械生命体と戦ったあの場所にて、彼等は拳をぶつけ合っていた。

 

「しぃやっ!!」

 

 鋭い発声と共に、001の巨腕が滅の胸元を掠めた。掠っただけだというのに、着弾地点のアーマーは煤け、薄く煙が上がる。

 ステップで距離を取ろうとする滅だが、001の軽やかな足捌きがそれを許さない。リードブローに続け、彼はアップライトの構えで滅の胸元へと滑り込んだ。

 

「ッッ!?」

 

 滅が視界に捉えた得たのは、そこまで出会った。残像を交えながら眼前で揺れる001の黒駆……次の瞬間には、胸元に衝撃があった。

 衝撃は5つ。

 ダメージに耐えながら、滅は前方をアタッシュアローで薙ぎ払う。敵に当てるための攻撃では無い、敵を振り払うの攻撃である。避難と言った方が正しいだろうか。

 だが、001は上体をわずかに逸らし、最低限の動きでそれを躱した。移動の軸となる彼の脚は既に強襲態勢にある。滅が慌てて背後へとステップした時には既に、その豪脚が滅の右上腕部へと伸びていた。

 

「何という反応速度だ……ッッ!!」

 

 アタッシュアローを盾のように構え、ほぼ反射で防御する。蹴りはアタッシュアローの側面を撃ち抜き、その勢いで滅の身体を劇場の端へと吹き飛ばした。

 滅の全身からは、黒い煙と白い煙が混ざりながら立ち上っていた。アンドロイド特有の熱暴走である。声を漏らしながら立ち上がる滅を前に、001は「はぁ」とため息にも似た声を漏らし、構えを解いた。

 余裕か、慢心か。

 彼はまるで友達にでも会いに行くかのように、自然体で滅へと歩を進める。

 

「そのフォースライザー、どこで手に入れた」

「にいちゃんが持ってきた。昔の人間は、こうやってベルトをつけてたんだって」

「そうか。その情報は所により誤りがあるが、まぁいい。お前に仲間がいると分かっただけでも、会話をしかけて意味がある」

「ふぅん。そうなんだ。で、どうするの? 攻撃してこないなら、このまま壊すよ」

 

 滅は答えない。

 煙を立ち上らせ、静止している。煙は白く、彼の位置をくっきりと知らせている。最早影に隠れるという戦法は使えない。

 諦めたのか、はたまた背水の陣か。

 001が構えをとる。両腕をピッタリと頭の横につけた、前傾姿勢。

 会敵時に取ったあの構えである。

 

「壊すね」

 

 そう言い放つや否や、001の身体が揺れた。

 電子の残影を残した、超高速移動である。滅のアイサイトですら残像を捉えるのがやっとの、目にも留まらぬ高速移動。

 壁を背にしている滅は、地下劇場の全てが視界に入っている。眼には写っているはずなのだ。だが、それでもなお、その速度故に、001の姿を視界に捉えることは叶わない。

 プレッシャーに耐え兼ねたのか、滅が闇雲にアタッシュアローを振った。当然、結果は空振りである。

 そして直後、電子の残影は滅の眼前に出現していた。黄黒の右腕は既に引き絞られている。直撃すれば昏倒必至。

 

「さよなら」

 

 宣言通り、巨砲の如き右腕が放たれた。

 うねりを上げ、空を裂き、拳が滅の頭部を砕き割らんと迫る。残影を纏った、高質量の一撃。

 だが、それは滅の眼前で、ピタリと止まった。

 再度拳に力を込める001だが、拳は微動だにしない。

 

「なんで……っ!! 動かない!!」

 

 何が起きているのか分からない様子の001の前で、滅はフォースライザーのスイッチを入れる。足から伸びた紫のエネルギーは、地を這い、001の背後を通って彼の腕まで伸びてゆく。

 そこで、彼が声を漏らした。

 気がついたのである、滅の技のカラクリに。

 

「そうか、お前『しっぽ』を後ろから回して」

「気がつくのが遅かったな。今度は俺の番だ。お前を破壊する」

 

 滅が地を蹴や否や、001の拳に巻きついていた紫のエネルギーを纏った鞭型刺突ユニット・アシッドアナライズが彼の全身に、螺旋状に展開された。

 逃げ場の無い全方位からの攻撃。銀の折に囲まれた獲物に、逃げる術など存在しない。

 絡めとった獲物にとどめを刺すように、滅の紫脚が001の黒い腹部へと伸びる。

 

『煉獄滅殲・スティング・ディストピア』

 

 滅の一撃は、確実に命中した……はずだった。

 しかし、現実、滅の脚は空を切ったのである。彼のアイサイトが捉え得た、微かな残影、それは劇場の天井へと続いていた。

 

「飛んで躱したか」

「分かりやすいんだよ、お前の攻撃」

 

 天井を蹴り反転した001は、その勢いで滅へと飛び蹴りを放つ。既に右脚にエネルギーが充填されており、その威力は想像に難くない。

 

「戻れ!!」

 

 辛うじて銀鞭を元に戻し、空中へ向けて展開する滅だが、既に空中に001の姿は無かった。残影の飛んだ先は、滅の背後……

 

『ライジング・ユートピア』

 

 電撃を纏った凄まじい脚撃が、滅を背後から強襲した。背面は、人体と似た構造をとっているヒューマギアにとって、急所では無い。

 だが、直撃を受けた滅の身体は、劇場の端から端まで彼が吹き飛ばされた。

 損傷率が低いわけがない。

 地にアタッシュアローを突き刺して着地の衝撃を殺した滅は、四肢が動作する事を確認した後、再びアタッシュアローの弦を引き絞った。

 

「しッッ!!」

 

 続け様に放たれる紫の矢群。

 だが、それら全ては001に当たる寸前で彼の身体をすり抜けてしまう。矢の速度はほぼ音速に近い。例え彼がどれだけ早かろうが、攻撃が来る場所を分かっていなければ、避けられる道理は無い。

 矢を避け、すかし、払いながら、001はゆっくりと滅の元へ歩を進める。

 

「俺の攻撃が読まれている。近いのはシャイニングホッパーの攻撃予測か……プログライズキーこそ違うが、同じ事ができる考えてよさそうだ」

 

 互いの距離、およそ5m。

 瞬間、001の身体が揺れた。

 アタッシュアローを構える滅に、迫ってゆく。真正面から、最短距離を、最速で。

 体勢の崩れた滅がこの勢いで攻撃を貰えば、さしもの耐久力もひとたまりもないだろう。

 アタッシュアローを盾のように構え、防御を選択した滅。だが、001は複数の残影を展開し、その攻撃の筋を絞り込ませない。

 

(これは、まずいか)

 

 来る衝撃に、滅は身を硬らせる。

 だが、衝撃は訪れなかった。間に、身を滑り込ませる者があったのだ。

 緑の目をした、胴長のヒューマギアであった。腹にいっぱいの電球を抱えたそれは、001の拳撃を真正面から受け止めた。

 滅はその個体に見覚えがあった。傷の具合から察するに、この個体は32Sと小型生命体を見張っていた亡の分身だ。

 既に機械生命体の身体からは白煙が立ち上り、静電気が迸っている。

 

「なんだよ?」

 

 001が機械生命体を睨みつけた。

 振り上げられた黒い拳が、その灰色の軀体を完全に破壊せんと迫る。

 だが、瞬間、機械生命体は腹の電球を一斉に点灯させた。電球は外見にそぐわない凄まじい光量で劇場を包み込み、001の視界を白で埋めつくす。

 

「ヒューマギア、ばんざーい!!」

「何の光!?」

 

 劇場を白で埋めつくす光の中で、何かが滅の手を引いた。白の中に、薄ぼんやりと浮かぶ緑に導かれながら、滅は幕の裏に隠れた。

 緑の目をした、中型の機械生命体であった。亡のハッキングしている個体である。

 

「滅、大丈夫?」

「問題ない、と言いたい所だが、事実旗色は悪い。この敵の持つポテンシャルは飛電或人かそれ以上……」

「まずいね。私も加勢した方がいい、よね」

 

 幕の裏には、無数の燐光が蠢いていた。

 高いところにある緑、低いところにある緑。その数は、悠に40を超えていただろう。

 劇場を覆い尽くしていた光も薄れてきた所で、滅は、動き出そうとした機械生命体の腕を掴んだ。

 

「お前は、32Sとあの機械生命体を守れ。俺はこの怪物をここに留める」

「……!! 分かった!!」

「お前が頼りだ、亡」

 

 下手へと下がる亡と入れ替わるように、滅は自ら壇上に姿を現した。

 既に配線の数本はイカれ、胴体のあちこちからショートの火花が散っている。溜まった熱を逃すことができないからか、義体の周囲には陽炎が形成されていた。

 およそ完全とは言えないその状態に、001はため息を漏らす。

 

「もう息切れ? つまんないなぁ」

 

 瞬間、001の身体が消えた。

 残影を残し、真っ直ぐに滅へと迫る……はずであった。残影は、確かに前方へと消えていた。だが、その実001の身体は劇場の端、ちょうど幕とは反対側の壁に打ち付けられていた。

 001に代わり、劇場の中央に立っていたのは滅であった。全身から立ち上る陽炎は最早ピークに達し、今にも爆発せんとばかりに燃え上がっている。

 

「お前を楽しませるつもりはねぇ。だが、俺がこのボンクラヒューマギアと一緒にされるってのも心外この上無ぇんだよ」

「何、言って……」

 

 001の台詞を遮るように、滅の身体が揺らいだ。陽炎が揺らぐが如く消えた熱の残滓が、猛スピードで彼を包み込む。

 瞬間、熱と衝撃の猛襲が001を包み込んだ。実際に行われているのは、蹴り、殴り、突き等の徒手空拳での攻撃である。攻撃方法そのものは001と大差ない。

 だが、その速さと攻撃力故に、001は身動き一つ、僅かの反撃すら取ることができないのである。

 

「俺はまだ、手の内の欠片すら明かしちゃいねぇ。震えろよ。お前達機械生命体は、結局は俺が全部狩ることになるんだからよ」

 

 001を壁に押しつけ、滅……否、46Bは獣じみた声で笑った。機械生命体とアンドロイド、両者の現・最高峰の姿が、ここにあった。

 


 

 ジェットコースターから落ちた32Sは、地下劇場のちょうど真上に到達していた。

 辺りを見回す。

 薄暗い建築物であった。出口がどこにあるのか、見当持つかない。自分達が突き破ってきた天窓は、今や遥か天井の先だ。

 何やら金属と金属をぶつけ合うような音が地下から響いてくる。戦闘が行われているのだろうか。

 地下への入り口を探そうと立ち上がると、駆動部に尋常ではない痛みが走った。

 

「いたた……」

 

 思わず膝を屈める。

 その先で、32Sはあるものを見つけてしまった。灰色の小さな手先。それは、彼が先程まで隣で守っていた彼女の特徴であった。

 

「ウゥ……イタイ……イタイヨォ……」

「大丈夫!?」

 

 32Sが駆け寄ると、小型の機械生命体はそのずんぐりとした身体をすり寄せてきた。小型とは言え、機械生命体の膂力は凄まじいものである。各駆動部の悲鳴を押し殺しながらも、32Sは彼女の身体をそれとなく調べた。

 

「損傷は……あんまり無い。痛いって言ってるのは、落下のショックで混乱してるだけって事か」

 

 ともかく、この遊園施設から脱出しなければならない。ここには既に敵性機械生命体の手が及んでいるのだ。いつ襲われるとも限らない。あのピエロのような奴等だって、いつ豹変するとも限らないのだ。

 泣き喚く機械生命体の手を取り、32Sは立ち上がる。

 刹那、彼は背後に動くものの気配を感じた。

 背筋を動かすことなく、左手にハッキングの光を展開させる。それと同じタイミングで、背中にゴリッと硬い感触が当たった。

 

「動かないで」

 

 声は女性のものであった。

 他に動く気配はない。

 32Sが覚悟を決めて振り向くと、そこには豆電球を手にした灰色の機械生命体が、電球の先端を彼の背中に押し付けていた。

 ゴリッとしたものの正体は豆電球だったのである。

 32Sが呆気にとられる中で、機械生命体は「失敬、冗談がすぎたね」と笑い、説明を始めた。

 

「私。亡だ。君達を襲った機械生命体は全部ハッキングしておいたよ。もう心配ない」

「……ヒューマギアって、そんなに悪趣味なことをするんだ」

「私は特別に好奇心が強いモデルでね。性格もそっちに引っ張られてしまうのさ。今の私の仕事は、君たち2人を安全に村まで逃す事。君も細形とは言えヨルハだろう? 道中の露払いを頼むよ」

「あぁ」

 

 分かったよ。

 そう返事をしようとした所で、32Sはふと踏み出しかけていた足を止めた。

 彼女は逃す事が仕事だと言った。仕事だとすれば、頼んだ者がいるはずだ。そして、逃すという事は、追ってくる誰かがいるという事。その誰かには、まだ遭遇していない。

 

「どうしたんだい?」

 

 亡の声が、遠くで聞こえる。

 それ程に、32Sは集中していた。

 地下から聞こえる、戦闘の音。

 姿を現さないホロビ。

 そして、逃すのが仕事という亡の言葉。

 全てのピースが絡み合い、32Sの思考回路の中で結論を導き出してゆく。

 

「早く……」

「ホロビは、誰と戦ってるの」

 

 亡の言葉を遮り、32Sはそう問うた。

 

「聞こえるんだ。戦ってる音が、ホロビが、誰かを止めようとしてる音が」

「聞こえるのか」

 

 亡は諦めたように手元の豆電球を取り落とした。自分には聞こえなかったと言わんばかりの言い草であった。

 それでも、どこか羨ましそうな口ぶりであった。

 32Sは地下への入り口を探さんと、劇場を歩き出した。亡はそれを止めるでもなく、ただ見ている。小型の機械生命体の手を引きながら。

 

「行くんだね」

「うん。僕は相棒だから」

「君を守れと、ホロビには言われてる。私だけでは、この子を守れないかもしれない。それでも、君は行くのかい」

「当たり前だろ、相棒なんだから」

「そうか」

 

 亡の操る胴長の機械生命体の身体が、するっと動いた。まるで暗殺刺客のように、音を立てない動きであった。

 その手には既にレンチが握られている。

 かかげられたレンチは、胴長の機械生命体の動きと共に、吸い込まれるように32Sの脳天へと吸い込まれてゆく。

 だが、それが直撃する寸前、機械生命体は動きを止めた。緑だった瞳が、黄色へと変わってゆく。

 

「僕も少しはやるでしょ。S型だからね」

 

 32Sの腹が黄色く発光している。自分の腹部越しに、ハッキングの電波を送っていたのだ。敵に悟られず、人知れず情報を集め、サポートをする。それがS型の強みである。

 糸の切れた人形のように倒れた胴長の機械生命体と、怯えた様子で震える小型の機械生命体を前に、32Sは笑んで見せる。

 犬歯をむき出しにし、獰猛に。

 

「僕は、ホロビの相棒だから。分かってるよ。君は美味しい獲物を、独り占めしたいだけなんだって」

 

 32Sは、腰に刺していた刀を抜き放った。股を大きく広げ、彼はその白銀の刀身を地面に何度も突き刺す。

 何度も。何度も何度も。

 

「でも、僕はそんなの認めない。ッッ!! 死んでも忘れられてもッッ!! 絶対君を取り戻しに行くッッ!!」

 

 何度も、何度も。突き刺しては抜き、突き刺しては抜く。

 刀身は数ミリずつ深く岩へと突き刺さってゆき、やがて小さな穴となって地下の明かりを映し出した。

 その穴を刀で切り払うと、小さな隙間が生まれた。その隙間に身体を潜り込ませ、32Sは下へと落ちてゆく。

 静かになった物置で……胴長の機械生命体の瞳が、黄色から緑に変化した。

 

「まったく、アンドロイドは御し難いね」

 

 ガシャン、ガシャンと不自由な手足を動かし、機械生命体は物置の一角へと

 そこには、先程の32Sと同じ、ヨルハの擬態が隠されていた。生きているのかも分からない程に衰弱し、破損した義体である。

 遊園施設の遊具密集地から、亡がここまで運んだものであった。

 

「悪いけど、貰ってくよ」

 

 義体の持つベルトに手をかけ、亡はその懐からプログライズキーを取り出した。ファイティングジャッカル。そこには、そう記されていた。




第3話の後半は長すぎるので半分にしました。

本当はこれの半分で終わる分量だったはずなのですが、戦闘シーンをじっくり描写しようとした所、文字数が増えました。
今日(登校日)は海に落ちたり筋肉痛だったりと大変でしたが、ギリギリ夜に投稿する事ができました。今後はもっと計画的に頑張ります。

次回の投稿は変わらず日曜日の予定です。

※同じものをpixivにも投稿しております。
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