その男、神崎龍磨
曰く、怪物たれ……
曰く、紳士たれ……
曰く、強くあれ……
曰く、巧くあれ……
曰く、人々を魅了する存在であれ……
太古の時代から存在し、最古の武術を用いる闘士……
人はその者たちを、プロレスラーと呼ぶ……
◇
少年、
「彼女ができた!」
「……は?」
初めに言っておくが、龍磨と一誠は青春真っ盛りの、普通の高校生である。彼らが通う駒王学園は、数年前まで女子高であったせいか、女子の比率が高い。
故に彼女ができる等特に気にすることでもない。だが一誠に関しては違う。なぜなら彼は校内、少なくとも学年では知らぬ者がいない有名人だ。エロの方面で。
故に女子からは基本的に毛嫌いされている。そんな彼が彼女を作るなど、99%無理だと、龍磨は思っていた。しかし一誠はその1%を引いたらしい。
証拠を見せるため、ケータイでその彼女とやらの写真を見せてきた。
「マジだったのか……可愛い娘だな」
「だろぉ!
「世の中には変わり者がいるもんだな」
「何だと」
本当、世の中は分からないものだ。写真の中の娘は、長い黒髪にスレンダーでスタイルのいい、まさに美少女といった感じで、一誠にはもったいなくらいだと、龍真は思った。
「まあなんにせよよかったな。大切にしろよ」
「当然だぜ!それで、相談があんだけどさ……」
頭を掻いて、照れくさそうにしながら、一誠は友人に訊ねる。
「今度デートなんだけどさ、どこ行ったらいいか一緒に考えてくれ!」
「まあ、そんなこったろうと思ったよ。いいぜ、協力してやる」
「助かる、今度何か奢るよ」
彼の普段の行いには呆れるが、それでも悪い奴ではないことは知っているし、そこそこに長い付き合いでもある。龍真はやれやれと思いながらも、友人の人生初デートを成功させるために、頭を捻るのであった。
しかし一つ計算違いがあったとすれば、龍磨も彼女がいたことがないため、その手の事に疎いことであったが、それはまた別の話。
◇
休日、龍磨はロードワークのため、街を走っていた。
「ッハ、ッハ、ッハ……」
休日であるため、街には当然人が溢れている。それを避けながら、というよりもぶつからないルートを見つけ、そこを駆けていく。
何故こんなことをしているのか。龍真は只の運動大好きのスポーツマン……だからではない。
龍真にはある夢があった。その為に日々トレーニングをしている。このロードワークもその一つ。
「……ん?」
ふと、龍真は走るのを止め、町の一角に視線を向けた。
その先には友人である一誠と、写真で見せてもらった少女──―天野夕麻が楽しそうにデートしていた。
(うまくやっているみたいだな、よかった)
その光景に安堵の溜息を洩らし、龍真は再び街を駆けていった。
この後は家に戻り、トレーニングの続きをする。デートの詳細は、また学校で訊こう、そう思った。
──────
家に帰ると、龍真は自宅のトレーニングスペースにて体を鍛え始める。フリーウェイトの器具を使い、筋肉を追い込んでいく。
何故ここまでするのか。前述したとおり、龍真には叶えたい夢がある。その為には甘えたことは言ってられない。
トレーニングを終えると、龍真は軽くプロテインなどの栄養を取り、自室にて休息をとる。その部屋の壁にはポスターが貼ってあるが、一誠とは違い、彼はセクシーな女性のポスターなど張ってはいない。
ではどんなのを張っているのか。そのポスターには、筋骨逞しい男性が写っており、炎をバックにポーズを決めている。それはプロレスのポスターだった。よく見てみれば棚にはプロレスラーの自伝本などが並び、机の上にはサインまで飾ってある。
そう、龍真の夢とは、プロレスラーになることだった。
身長170cm、体重86kg。それが今の龍真のサイズだ。タッパは物足りないが、それを補うため必死で体を鍛えている。
彼がプロレスを好きになったのは、父親が原因だ。
彼の父親は元プロレスラーであり、龍真は父親の背中と試合を見て育った。怪我で引退してからも、よく試合を観せに龍真を会場に連れて行った。その龍磨がプロレスラーになりたいと心に決めたのは、ある種必然だったのかもしれない。
中学生の時に父親にその決心を伝えてから、父親の指導による厳しい特訓が始まった。初めはきつかった。何度もくじけそうになった。それでも諦めなかった。必死で食らい付き、身体が悲鳴を上げてもトレーニングを行い、喉を通らなくても食事を詰め込み、レスリングのテクニックを磨いた。
その甲斐もあり、今や逞しい肉体と強靭な精神を手に入れた。しかし、彼が目指すプロレスラーになるためには、まだまだ足りない。
そのため彼は今日も、父親からレスリングの技術を学びに行く。いつしか、夢のリングへ上がるために。
◇
ある日の学校、龍真が登校すると血相を変えて、なにやら慌てた様子の一誠が駆け寄り、龍真に訊いてきた。
「な、なあ龍真!お前夕麻ちゃんの事憶えているよな!?」
「何バカなこと言ってんだ?写真見せてきたろうが」
「!!覚えているのか!?」
「だからそれがどうしたんだよ?」
詳しく聞くと、どうやら二人以外は、『天野夕麻』という人物を覚えていないらしい。普段つるんでいるエロ仲間の松田と元浜も覚えていないとか。
「確かに変だな……正直今は何とも言えん。力になれずスマン」
「いや、大丈夫だ……お前が知ってるって分かっただけでも、大分気持ちが楽になったよ」
その時の一誠の顔は、少しばかり疲れてやつれたように見えた。
そして放課後、未だ傷心状態の一誠をエロ仲間二人に任せ、龍真は家へと直帰した。この日も特訓がある、休むわけにはいかない。
しかし、朝一誠の言っていたことが気になり、身が入らなかったのも事実。それを父親に叱責され、気合を入れなおして特訓に臨んだ。
特訓を終え、食事をとり、自室で休んでいても、やはり朝の事が気になり、どうにも寝付けない。
「気晴らしに走ってくるか……」
時計を見れば、時刻はもう夜の十時を指していた。
軽く汗を流して、さっさと寝よう。そう思い龍真は夜の街へと踏み出した。少しひんやりとした空気と、空に星が輝く普通の夜。
だが、この後、龍真の運命が変わることになるとは、この時は思いもしなかった。
◇
「ハァッ、ハァッ、ハァッ!!」
一誠は今、走っていた。いや、逃げていると言った方が正しい。
松田と元浜とのエロDVD鑑賞会を終え、帰路に着いていたのだが、その途中スーツ姿の妖しい男に遭遇した。その男の纏0っている空気は、自分達とは全く別物で、分かりやすく言うならば、逃げなければ殺されると言うのが直感で感じ取れるものだ。
男が言っていることも意味不明で、我武者羅に逃げ続けておよそ十五分。一誠はある場所にたどり着いた。
その場所は公園。そう、天野夕麻とのデートで最後に来て──────彼女に殺された場所。
ただの偶然か?無意識に足が動いたのか?答えを出す前に、彼の目の前に黒い羽根が舞った。
「逃がすと思うか?下級な存在はこれだから困る」
目の前に先程のスーツ姿の男が、背中に羽を生やした姿で現れた。
「お前の属している主の名を言え。こんなところでお前たちに邪魔をされると迷惑なんでな。こちらとしてもそれなりの……。まさか、お前、『はぐれ』か?主なしならば、その困惑しているさまも説明がつく」
その男が言っていることを、一誠はまったく理解できていない。しかし、彼はこの状況を、自身が最近見た夢と重ねていた。天野夕麻とデートした後、夕暮れの公園で彼女に殺される。その時の彼女も、黒い羽が生えていた。
「ふむ。主の気配も、他の仲間の気配もなし。消える素振りもみせず、魔方陣も展開しない。状況から判断すると、お前は『はぐれ』か。ならば、殺しても問題あるまい」
そう言って男はその手に光の槍のようなものを形成させる。
(殺される!?)
そう思った時には、一誠の腹を、光の槍が貫いていた。腹から熱いものが込み上げ、大量の血が口から溢れ、吐き出される。
「ご……ぼぁ……!?」
あまりの激痛に、その場に膝をついて蹲る。コツコツと、男の足音が近づいてくる。このままでは確実に殺される、だが激痛で逃げることもできない。
万事休すか。そう思った時だった。
「一誠っ!!」
友人の声が、一誠の耳に響いた。