TS変身ヒロイン動画配信!ヒーローだってチヤホヤされたい!   作:とやる

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二話 青春とポカリ

 

 夏が暑いと頭痛が痛いって文法として限りなく同質なものだと思う。

 だって夏って暑いものだし、夏というワードを出して"暑さ"を連想しない人って多分いない。

 テレビや雑誌で『暑い夏がやって来る!』なんて煽り文を見てしまうと、ちょっとだけモヤモヤするものを感じてしまうお年頃。

 このモヤモヤを感じるのは自分だけなんだって思うと特別感を感じる日もあるけれど、自分という個を理解されない寂しさを感じる日の方が多い。

 孤高って言葉に憧れはある。でも、俺の本質はきっと一人では寂しいって言ってるんだと思った。

 

 梅雨明けの朝はカラッとしていて、汗をかくと空気に吸い取られているみたいにすっと引いていく。

 注意深く周囲を見てみれば増水した後のある排水溝やぐんぐんと伸びた雑草なんかが梅雨の名残を教えてくれて、ああ、そういやつい最近まで梅雨だったって俺に語りかけて来て。

 雨が嫌いなわけでじゃない。だけど、晴れてるほうが好きだ。傘は手荷物になるし、どんよりと落ち込んだ空を見ているとこっちの気持ちも沈みそうになってしまうから。

 

 もうそろそろ高層ビルの向こう側に入道雲が見えるのだろうか。

 競うように立ち並ぶビルで作られた額縁に飾られた入道雲は何処か引き込まれるような力強さがある。手を伸ばしたら触れそうで何度も伸ばしては体温のような空気が指の間を擦り抜けて、こんなに小さな動作だっていうのにじわじわと汗腺から汗が吹き出して来たのを覚えている。

 

 街を白く染め上げてしまいな太陽の下で、今はまだ薄い雲が飾られている額縁を見て呟いた。

 

 ああ、今年も暑い夏がやって来るなって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあぶっちゃけ夏は嫌いなんだけどね。滅びよ! 夏! 滅! 今だけはオーストラリアに行きたい」

 

 俺の名前は出雲イズナ。夏を憂う女子中学生とは仮の姿であり、その正体は魔法少女となって街の平和を守るTS娘である。

 まあ住むのは嫌だけどね、オーストラリア。特に沿岸部。泡に飲み込まれる様子をテレビで見たときは震え上がった記憶。

 

「驚いた。イズナは四季の中だと夏派ではなかったか?」

 

 驚いたという割には全くそうは見えない常時真顔男こと幼馴染みの寺本ハヤタ。

 食べかけの菓子パンを片手にまじまじと俺を見ているのでまあ驚いてはいるのだろう。

 ハヤタの気持ちを読み取るときには表情ではなく動作に着目するのがポイントだ。

 

 場所は学校、時間はお昼休み。

 開放されている屋上のベンチの一つに並んで腰掛けている。そして転落防止の柵越しに見える海岸線から届く海風から感じるじわじわと迫る夏の気配。

 冬場はクソ寒いけど暑くなって来ると海風って気持ちいいいんだよね。しょっぱい磯の香りも嫌いじゃない。

 

 この辺は海に合流するそこそこ大きな川があり、そのおかげか夏場もわりと涼しいのだ。

 汗で体にへばりつくシャツの間を通り抜けていく清涼な風は心の淀みまで連れ去っていってくれるようで、まあそういう事情もあって俺は夏派である。

 単純に海と川のコンボが冬には気温をガンガン下げる害悪セットになるという事情もあるけどね。

 

 本来なら夏派である俺は夏の訪れを歓迎こそすれど忌避する理由はない。

 なら、そんな俺が夏に来て欲しくないと思う理由があるわけで。

 

「ほら、最近、灰春怪人の出現率が上がってるって言うじゃん」

 

「ああ。そのニュースは俺も見たな」

 

「折角夏を楽しんでるところにあいつらと出くわしたら嫌じゃない?」

 

「そうだな。実際の被害はともかく何をしていても一時中断になってしまうだろう」

 

「そういう事なのです」

 

「そういう事なのか」

 

 うんうんと頷いて見せると、ハヤタは納得して再び菓子パンを食べ始めた。

 まあ本当はちょっと違うんだけどね。

 

 灰春怪人とは人々の青春への後悔を基軸として発生する災害だと見られている。

 そして、この青春への後悔の丈が大きければ大きいほど灰春怪人は強く、厄介な能力を持っている。

 例えば以前のトレインブルースは電車というシチュエーションでの青春の後悔から生まれており、その本能から電車での青春をぶち壊すように行動していた。

 

 平時なら灰春怪人の発生も結構散発的なんだけど、これが一気に集中するタイミングがあったりする。

 それが季節の変わり目や大きなイベントがある時期。

 

 今から半年と少し前の事だ。

 魔法少女になった俺は初めての灰春怪人との戦闘を終えた。

 初めての命懸けの戦闘をなんとか切り抜けて、世界を守った充足感と泥のような疲労感に包まれて俺は眠り……。

 そして次の日にまた新しい灰春怪人が現れ、それを倒した次の日にはまた灰春怪人が現れ、時には同じ日に連戦なんて日もあった。

 理由は分かっている。バレンタインがあったからだ。

 

 あの頃の俺は目が死んでいた。

 ゲームに例えるなら、モンハン未経験者にG級装備一式用意して「上位モンスターとの連戦がんばってね! ソロで!」をやらされていたと言えば伝わるだろうか。

 連日連夜に渡るチョコブルースとの死闘。

 二月十四日までに血と涙と傷の果てに魔法の使い方を習熟していなければ、多分俺は本命チョコブルースに負けて死んでたと思う。

 それまでのチョコブルースが上級リオレウスだとするなら、本命チョコブルースは最後のG級緊急クエストぐらいの強さの隔たりがあったし。

 

 青い正義に燃えていた俺が爆速で擦り切れていった原因の一つでもあるのだが、このイベント時期に灰春怪人が発生しやすいというのが最悪なのだ。

 

 夏といえばイベントの季節だ。

 海水浴から夏祭り、運動部の各種大会に肝試しに合宿等々と青春イベントには事欠かない。

 絶対に灰春怪人が増える。

 そして、灰春怪人は青春への後悔の丈が大きければ大きいほど強くなる特性がある。

 するとどうなるか。

 強い灰春怪人がぽこじゃか生えて来るのである。

 

 今まで俺が灰春怪人との戦いで死にかけた事は二回。

 

 一度目は本命チョコブルースとの戦い。

 二度目はソツギョウブルースとの戦い。

 

 何方も洒落にならないぐらい強かった……。

 ソツギョウブルースとの戦い以降、何かがプツンと切れた俺は配信を始めて今に至る。

 配信を始めてからも強い灰春怪人と戦うことは何度かあった。しかし、命の危機に陥るほど劣勢に追い込まれたことは一度もなく……。

 

 だから俺は好きな季節のはずの夏を憂う。

 流石に今の俺なら大丈夫だとは思うけど、ドスランポスとミラルーツ狩猟して同じ報酬ならドスランポス狩りたいでしょ? 

 数こなす事が目に見えてるなら尚更ね。

 

「む。予鈴がなったな」

 

 海風の囁きを聴きながらお弁当を食べていると、昼休みが終わる五分前を告げるチャイムが鳴った。

 ドラマでも聞いた事があるような何処にでもあるような音色。教室で聞くと絶妙に耳に残って煩わしいそれも、屋上だとスピーカーが離れているからか届いた音が力尽きてぱたり、と目の前で倒れるような弱々しさで、それにチョコボールひとつ分ぐらいは哀愁みたいなのを覚えたりする。

 太ももの上に敷いたハンカチをささっと回収して立ち上がる。女の子のマナーというやつもすっかり板についてきた。

 

 教室に向かって廊下を歩いている時、思い出したようにハヤタが「そうだ」と呟いた。

 

「イズナ。今日も先に帰ってくれ」

 

「分かったー。大会近いもんね。部活頑張れ」

 

「ああ。今年は優勝するぞ」

 

「おー。強気だね。期待してるぞエース」

 

 親指を立てた右拳をハヤタの胸にぶつけてエール。

 相変わらず表情に変化はないので分かりにくいが、握った右手を軽くあげたので多分気合十分って感じか。

 

 野球部のハヤタは大会に向けて遅くまで練習する事が多くなってきていた。

 別にいつも一緒に下校しているわけじゃないんだけど、下校時間が重なれば一緒に帰っているぐらいには仲がいい。幼馴染みだしね。

 最近は一緒に下校する事が多かったのだけれど、二週間ぐらい前からこういう事が多くなってきた。

 確か去年は準決勝で負けたんだったっけ。そりゃあ気合も入るか。

 

「大会の日は応援に行くよ。土曜日だったよね」

 

「ああ。その日で合っている。……なあ、イズナはもう野球はやらないのか?」

 

「あはは、もう無理だって。男の子にはついて行けないかなー」

 

 俺とハヤタは小学生の頃同じ少年野球チームに所属していた。

 TSしたんで途中で辞めたんだけどさ。実際あの頃は結構楽しかったし、野球は今でも結構好き。お父さんが中継見てると一緒に見たりするし。

 でも球児になるのはな……魔法を使えばお相撲さんも小指で弾き飛ばせるけど、魔法なしの俺は平均よりは運動できる女子中学生でしかない。流石に男子に混ざって野球をするのは無理だろう。

 それに、部活をやってると灰春怪人の出現に迅速に対応出来ないって理由もある。だから一応部活には入ってるけど、ほぼ幽霊部員になれるところ選んだんだし。

 まあ特に野球自体には未練はないので不満もないんだけど。

 

 魔法少女の辺りをぼかして笑いながら言うと、ハヤタは「そうか」と短く答えた。

 やっぱりいつもの真顔だったけれど、その時はその顔が何処か寂しそうに見えた。

 なんだかそんな気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前日の梅雨前線の忘れ物のような土砂降りから一夜明けて土曜日。

 雨という重りを落としきった空は清々しいほどに青々と広がっている。

 雲ひとつないのでオンステージだとばかりに太陽がギンギラと燃え、その下では観客であるところの人間たちが暑い暑いとライブを盛り上げ。

 その中でも学校のグラウンドでは大人も子どもも結構な人数が集まっており、まるで人気アイドルの周年ライブのようだ。

 流石に言い過ぎたか。ドームが埋まるってほど人が集まってるわけじゃないし。所詮は中学生の部活の県予選だ。

 でも。俺個人の尺度で言わせてもらえるのなら、人気アイドルのライブに負けないぐらい"熱を上げていた"。

 

「よっ。調子はどうだいエース」

 

「問題ない。この日のために調整している」

 

「知ってる。はいこれ、おばさんから頼まれてたお弁当」

 

「助かる。正直かなりの空腹を覚えていた」

 

「おばさん気合入ってたよー。普段お弁当とか作らないからって。まあだから朝起きれなくてこうしてお使いを頼まれたわけだけど」

 

「俺の親がすまない」

 

「見に行くつもりだったから大丈夫だよ。二人分のお弁当もらっちゃったし。それより早く食べよ、お腹ペコペコだ」

 

 朝一番の一回戦、昼前の二回戦が終わって昼休憩。

 予めスマホで連絡していた待ち合わせ場所、校舎と校舎にの間にあるこじんまりとした中庭でハヤタと合流した。

 節水だとかなんとかですっかり水の出なくなった噴水の外縁に並んで腰掛ける。隣に大きなイチョウの木があるおかげで影ができてそこそこ涼しいのだ。

 チームメイトたちと一緒に食べなくていいのかと思ったけど別に大丈夫らしい。

 おばさんのお弁当はバラエティ豊かでなるほど、確かに気合が入っていた。だけど所々焦げたり形が崩れたり寄ったりしてて、普段あまり料理をしないあの人らしい。

 嬉しいけどね。こういうのは気持ちが大事ってやつだ。そこに頑張れって気持ちが十分篭っているから、お弁当からエールを受け取る事ができる。

 黙々と食べるハヤタにもおばさんのエールはちゃんと伝わっているだろう。

 

「む」

 

「あ、水無くなったの?」

 

「ああ。丁度いい。ポカリも午前中に飲みきっていたからな。纏めて買ってくる」

 

「あ、待って」

 

 立ち上がろうとするハヤタを引き止めてバックの中をごそごそ。

 おばさんに持たされたモノの中に確か……あったあった。

 

「ポカリの粉末。おばさんが渡してくれって」

 

 水に混ぜてつくるタイプのやつ。ペットボトルのはちょっと濃いからな。ちょうど良い塩梅に濃淡を調節できる粉末タイプは便利。

 そのまま粉末の入った袋を渡──そうとして、やめた。代わりに手のひらを上に向けてほいっと差し出す。

 

「ん、水筒貸して。ポカリ作ってきたげる」

 

「大丈夫だ。イズナの手を煩わせる事でもない」

 

「違う違う、やってあげたいんだよ。女の子からのポカリの差し入れだぞ〜?」

 

「イズナは男だ」

 

「そう思ってるの多分ハヤタだけだよ」

 

 ぶっちゃけ当人がもうしゃーねーな……って感じで受け入れつつあるし。思春期の多感な時期を女として生きているせいか、男であった頃がアルバムの中の出来事みたいに感じることもある。実体験としての感覚が希薄なのだ。

 一人称こそ口馴染みの良さで『俺』だが、心の方はもう完全に『私』である。というか、内心以外で俺って言わないようにしてるし。

 ハヤタは頭が硬いのでまだ上手く切り替えが出来ていないんだろう。昔から咄嗟の機転とか閃きとか、そういうのが必要な場面ではぽんこつだから。

 なんか将来苦労しそうだなあ……。いかん、ちょっと心配になってきた。

 

「ハヤタ、柔軟に物事を考えられるお嫁さんを見つけなよ」

 

「ああ。……っ!? いきなり何を……」

 

「昔から頼り甲斐のある男になりたいとか言ってたけどさ、ハヤタは気負うと視野がめちゃくちゃ狭くなるところあるんだから、振り回してくれるような子で丁度いいと思うんだよ」

 

「それは俺の短所だと自認しているが。どうしてそんな話に……。文脈がまるで分からないぞ……!」

 

「まだまだだなあハヤタくんは。じゃ、水筒貰ってくね」

 

「待て。会話でドッチボールをしないでくれ。ついて行けない。何がどうなってそうなるんだ?」

 

 有無を言わさず水筒を掴んではい決定。

 ハヤタ相手にはこの強引さがあって丁度いいのだ。

 不満そうなハヤタをチームメイトに引き渡してから、部室棟まで歩く。

 なんでも生徒数が増え続けるのに合わせた増築の影響でグラウンドから離れたところにひっそりとあるのだ。

 そこには学校の予算で設置されているウォーターサーバーがあり、在校生なら誰でも自由に使うことができる。まあ、グラウンドの方にもウォーターサーバーはあるんだけど……この暑さだと利用者いっぱいいるだろうからなあ。こっちまで歩いた方が早いでしょ。

 

 運動部は水使うんだろ? ん? と言わんばかりに大量に蛇口がついてる手洗い場を横切り──。

 

「ぽかぽかぽか! 『お疲れ様でした! 先輩、これどうぞ!』なんてはにかみながら差し出されるポカリを受け取るやつみんな食中毒になればいい! 『なーに落ち込んでのよ、らしくないぞ』って頬ピタされるポカリを全て焼鏝に取り替えるのだ! 手始めにまずは俺の体粉末から作った特製ポカリをここのポカリとすり替え青春をぶち壊してやる! 我ら春を灰塵せし! 少年少女の青い春は猛毒ポカリによって真っ白な灰となるのだ!!」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 なんかいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【VSポカリブルース】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先手必勝ぁ!!」

 

「ぽか──っ!?」

 

 戦う意志に呼応して生まれた光が俺を包み込み、一瞬で改造ミニスカ巫女服姿へと。魔法を用いた爆発的な跳躍でドロップキックを仕掛けるが、直前で察知した灰春怪人が地面を転がって避ける。ちぃ! 勘のいいやつめ。

 

 その灰春怪人はぱっと見レスキュー隊員のような見た目をしていた。

 だが、体を構成するのは機械的なパーツであり、何よりその頭部はペットボトルのキャップに顔をつけたような歪さがある。

 背中に背負っている水色のアルミ缶のようなものは何だろうか。ホースのようなものが伸びていて、先端には銃口のようなものが付いている。何かしらの液体を噴射する装置だと考えるべきか。

 

「お前……! その姿、魔法少女だな! まだ何も事を起こしていないというのに見つかってしまったか……!! お前の索敵能力を侮っていたようだ!」

 

「え、あ、はい」

 

「いつかは倒さなければならなかった相手だ。お前を倒し、私の華々しい活躍に灰を添えるとしよう! 我名はポカリブルース! 貴様をぶちのめし、我が猛毒ポカリを配りまくるマネージャーとしてやろう! 輝かしい青春は目の前で糞を漏らす灰の春へと成り果てるのだ!」

 

「なんて酷い事を! 人間の排泄物は病原菌の塊です!! そんな事をすれば疫病が大流行する危険があります! 人が歩んだトイレの歴史をなんだと思ってるんですか!」

 

「関係ないな! 俺は青春をぶち壊せればそれでいい! 気になるあの人の公開お漏らしを見てもまだ好意を保てるかな!?」

 

「よく分かりました。ならば私は立ちはだかりましょう! 罪なき人々の明日を守るため、胸の鼓動が正義を刻む! 魔法少女イズナ、ただいま参上!」

 

 天を衝くように掲げた右手をぐっと胸に引き寄せて、突き出す。今からお前を倒すと宣戦布告するようにポカリブルースに人差し指を突きつけて。

 さあ、戦闘開始だ! 

 

「と、その前に」

 

「鞄を漁る怪しげな動き……! ポカリか!? させぬ!」

 

「貴方たちと一緒にしないでください!! スマホとビデオカメラを取り出してたんです!」

 

 放水口から発射された液体を躱し高速でスマホを操作。女子中学生のフリック速度を甘く見ないでもらおう! 

 立ち上げたアプリは青い鳥がマークのSNSだ。偶発的な灰春怪人との遭遇戦は、街に被害が出ていなければ灰春怪人が出る→ネットで迅速な情報共有→視聴者が配信開始を待機、の流れが組めないため、自分で情報を発信しないといけないんだよな。

 

『急ですけど今から配信始めまーす☆』と呟きスマホを仕舞う。

 常に持ち歩いているビデオカメラの電源を入れれば……よし! 

 

「行きますよ! メタフィールド展開!!」

 

 眩い光に一瞬視界が眩む。次の瞬間には光の花畑に上書きされる世界。

 家の物置から転移させた竹箒を握った。

 

「用事があるので早めに倒させてもらいます!」

 

 叫んで地を蹴った。

 魔法による加速で爆発的な推進力を得た俺の体は瞬きの間にポカリブルースに接敵。

 抉るように竹箒を突き込む。

 

「やらせるか! たゆたえ我が怨嗟! 同クラのマネージャーがイケメンの先輩のお世話を甲斐甲斐しく焼く中『あの……俺もポカリも欲しいんだけど』『え、うん。あそこに作ってあるから適当に持ってって。あ、せんぱ〜い! お疲れ様です! これ、ポカリ良かったらどうぞ!』を見せつけられた涙のポカリを思い知れ! 【一度だけでいいから手渡しとかされてみたかった】!」

 

「なっ!?」

 

 突き込んだ竹箒が弾かれる。

 ポカリブルースの目の前に水の鏡のようなものが出現し、俺の攻撃を防いだのだ。

 さらに。

 

「この水……魔法を吸収してる……!?」

 

「ぽっかっかっ! その通り! 独りで作るポカリには汗と涙が溶けている! 俺のポカリはありとあらゆるエネルギーを吸収するのだ! お前の魔法も例外ではない!」

 

 こいつ特殊系か! 面倒くさいの来たなあ……!! 

 

 灰春怪人は固有の能力を持った個体が存在し、俺はその能力の傾向から『物理系』『精神系』『特殊系』の三つに分類している。

 能力が最終的に"破壊力"に帰結するのは『物理系』。

 精神に干渉してくる能力は『精神系』。

 そして、そのどちらにも分類できないのが『特殊系』だ。

 

 経験上一番やばいのは精神系だが、特殊系はその能力の幅からとにかく厄介なタイプが多い。

 今まで一番苦戦した特殊系の灰春怪人"アダルトビデオブルース"は最悪の相手だった。

 ああクソ思い出したくもないなぁあれ!! 

 

「お前の攻撃は俺には効かない! そして、このエネルギーを吸収するポカリで攻撃をするとどうなるか分かるか?」

 

「……ッ!」

 

 ポカリブルースがニヤリと笑った──ような気がした。

 あの水鏡は竹箒の魔法を吸収し、剥がした。ということは、その特性を利用した攻撃は"相手の防御を吸収粉砕する"というふざけた性質を持つことになる。

 防御不可の一撃へと変貌するのだ。

 

「理解したようだな! だがもう遅い!! 流れよ我が怨嗟! 間接キスに淡い期待を寄せて気になるあの子の近くでポカリを飲みまくってたらトイレが近くなり渾名がしょんべん小僧になっていた!! 【あの日口にしたポカリの味をトイレだけが知っている】!!」

 

 ポカリブルースが背負っているアルミ缶に接続されたホースがボコンッ! と膨らむ。

 それはゆるりと素早くホースを伝って行き、銃口のように俺に向けられた放水口にたどり着き──っ!! 

 やばいっ!!! 

 

 高圧力を加えられたポカリのレーザービーム。

 直感の身を任せてのそげる体、頬を裂く鋭い痛みが走る。

 こいつ、躊躇いなく頭を狙ってきやがった! 

 魔法バリアをあっさり破ってダメージを与えてきた攻撃に戦慄する。だが、あの威力の攻撃をそう何度も連続しては使えないはず……! 

 

「ほう、うまく避けたか。なら、これならどうだ! 連射! 【超ポカリバスターズ】!!」

 

「連射出来るんですかそれ!?」

 

 乱れ飛ぶレーザービームポカリ。俺はそれを必死で回避していく。

 魔法を周囲に薄らと放ち、レーザービームの性質によってそれが吸収された瞬間に動かないと間に合わない速度。

 回避、回避、回避、だめだ! 近づけない! 

 

 

『おっ、もう戦い始まってる』

『出遅れたな。俺たちもギアを上げて行こう』

『いけ──! やれ────!!! ぶっ殺せ────!!!』

『爆速であったまってる奴いて草』

『おい……なんかピンチっぽくね?』

 

 

「ぽかぽかぽかっ! どうした魔法少女っ! 避けるだけでは永遠に勝てないぞ!!」

 

 攻撃は続く。

 幸いなのは放水口が一つしかないが故の速射であることか。

 一発撃ったあと、直ぐに次の一発を撃つことによる連射だからまだ避けられている。これがガトリングのように何発も纏めて飛んでくるのなら相当厳しかった。

 視聴者も集まり始めたみたいだからそろそろポカリブルースを倒したいが……どうするか……! 

 

「──なんてね」

 

 

『うっわ悪い顔』

『魔法少女がしていい顔じゃない』

『だと思った』

 

 

 一息に扱えるありったけの魔法を竹箒に注ぎ込む。

 巨大化した竹箒を魔法による超膂力で思いっきりぶん投げた。

 

「血迷ったか魔法少女! こんなもの我がポカリにかかれば──!」

 

 だろうね。

 魔力を吸収するそのレーザービームなら、いくら魔法をかけて強化させても意味がない。竹箒はあっさりと破壊されるだろう。

 だけど、この竹箒はお前を倒すことが目的じゃないんだわ。

 

 

『え? なに? どゆこと?』

『イズナん、人集まるまで倒すの待つことあるんだよ』

『何その現金な魔法少女』

 

 

 予想通りレーザービームが竹箒に着弾、破壊される。

 だが、その時にはもう俺はポカリブルースの懐に潜り込んでいた。

 

「──っ!? まさか竹箒を投げると同時に身を隠して──!?」

 

「巨大化したのは私から視線を外してもらうため! 捉えましたよ!」

 

「はっ、何を! 武器をなくしたお前になに、が……!?」

 

 ポカリブルースが目を見開く。

 気づいたか。

 俺の拳に膨大な魔法が溢れているのを。

 生憎だが俺のリーサルウェポンは竹箒じゃないだ。

 もう遅いぜ。この距離は狙撃の距離じゃない。拳の間合いだ。

 お前が撃つより──俺が打つ方が速い。

 

 解き放つ。

 

「必殺! 魔法ぱーんちッ!!」

 

「なんの! 所詮は魔法の力! 我がポカリで吸い尽くしてくれる!」

 

 水鏡と拳が激突する。

 水を殴ったとは思えない硬質な音が響き、直後、身体中の力を吸い取られるような脱力感が襲った。

 なんだこれ! 直接触ってるから俺から魔法を根こそぎ吸い尽くすつもりか!? 

 面白え、やれるもんならやってみろ!! 

 

「なん……だと……!? この、力の高まりは……!」

 

 ビシリ、と水鏡に亀裂が入る。

 

 ポカリブルースの能力は確かに強力だ。

 最強の矛と最強の盾の性質を無理なく併せ持っている。

 だが、吸収というのならそこには上限値が必ずあるはずなのだ。水という限られた容量である物質が吸収しているのなら、必ず。

 

 そして。

 俺が扱う魔法は──俺の意思が挫けない限り、上限値が存在しない。

 前へ進む意思が折れない限り、魔法少女は何処までも翔んで行ける。

 

 水鏡のヒビ割れが加速する。

 

 悪いな、ポカリブルース。

 戦い始めたばかりの頃の俺なら苦戦しただろう。

 だけどな、俺とお前じゃ戦闘経験値が違うんだよ! 

 

「そんな、ばかな……! 俺が、俺のポカリが負ける、など──!」

 

「孤独な汗と切ない涙を吸ったポカリは確かに強力でした。ですが、ポカリブルース。貴方の敗因は青春のポカリの味を知らなかった事です!」

 

 吸収限界を迎えた水鏡が砕け散る。臨界点を超えて極光を放つ右拳がポカリブルースの体を打ち抜いた。

 

「この世全ての青春よ灰となれ──!!」

 

 撃ち込まれた魔法がポカリブルースの体を駆け抜け、爆発。

 爆風がおさまった後、深く息を吐いた。

 

 

『お疲れー』

『お疲れ様ー』

『今日もカッコ良かったぞー』

 

 

「ありがとうございます! あまり反応できなくてすみませんっ」

 

 

『ええんよええんよ、灰春怪人倒してくれてありがとうね』

『んだんだ。そういえば竹箒粉々になっちゃったけどいいの?』

 

 

「あ、大丈夫ですよ」

 

 竹箒が砕かれた場所まで歩いて欠片を拾う。

 わー、見事に粉々になってるなー。

 でも、これに魔法を流し込むと……。

 

「ほら、この通り元どおりになりますから」

 

 

『え? 今の何?』

『ポップコーンが膨らんで弾けるみたいにいきなり竹箒が生えてきた』

『うわ気持ち悪』

 

 

 気持ち悪いは失礼だろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十八時を過ぎているというのにまだまだ日は高く、夕陽は沈んでいく気配がない。

 見慣れているはずの街並みも赤焼けに染まると何故かノスタルジックな気分に浸ってしまう。

 俺とハヤタが並んで歩く後ろで、長い長い影法師が重なっていた。

 

「今日はお疲れ様」

 

「ああ。勝てて良かった」

 

「今日までずっと頑張ってたもんねー。ふふふ、これはあれじゃない? 私のポカリの差し入れで気合が入っちゃった? 今日大活躍だったけど」

 

「ああ。思ったより効いたよ。体の底から力が湧いてくるようだった」

 

「えっ。ハヤタが冗談言うなんて珍しい……」

 

「やられっぱなしだったからな。やり返したくなったのだ」

 

「ふーん。……いやそれはそれで酷くない? そこは嘘でも力になったって言う場面だよ」

 

「ふむ。百人力だった」

 

「どーだか」

 

 顔は見ても意味がないので動作に着目。うーん分からん。

 

 位置関係的に俺の家の神社の方が近いので、一緒に帰るときはいつも境内に続くクソ長い階段の前で別れる。

 なんで山の中に神社なんか作ったんだと小さい頃はぶつくさと文句を言ったものだが、今となってはもう慣れたもの。

 いつも通り手を振って一人で階段を登り始めたんだけど、何故かハヤタが付いてきた。

 

「どうしたの?」

 

「気にするな」

 

「無理でしょ」

 

 結局理由は言わないまま階段を登り切ってしまった。

 勝手知ったる他人の家、という感じでハヤタはずんずんと離れにポツンとある物置まで歩いて行ってしまう。

 そして、中に入って何やらゴソゴソしていると思えば、小さなグローブと軟式の野球ボールを持って出てきた。

 

「イズナ。久し振りにキャッチボールをしないか」

 

 ぽす、と胸にグローブを押しつけられる。

 手に取ってみると、随分と放置していたからか、皮が固まって所々裂けたりしていた。でも、うん。ボールをキャッチするのに問題はなさそうだ。

 

「別にいいけど……ハヤタはいいの? 疲れてるんじゃ」

 

「問題ない。そんなに長くはやらない」

 

 まあ、ハヤタがそれでいいならいいけど……。

 適度な距離を取ってグローブを左手に嵌める。

 小学生の時に使ってたやつだけど、問題なく手に収まった。むしろ丁度いいぐらい。

 TSの影響だろう。多分、男のままだったらこのグローブも小さく感じたんだろうな。

 

 軽く、山なりのボールが胸のあたりに飛んでくる。

 キャッチ。ばちん、と乾いた音がした。手がヒリヒリする。

 ボールを掴んで、えいっと投げる。

 ちょっと逸れたボールをハヤタが足を動かしてキャッチした。ぱんっ、と気持ちのいい快音が響いた。

 

「うわあ、めっちゃ鈍ってる」

 

「そんな事はない。イズナはあの頃からあまりコントロールが良くなかった」

 

「言ったな、この!」

 

 二人の間をボールが行き来する。

 左手はすごくヒリヒリするけど、ちょっと楽しくなってきた。

 キャッチボールなんか何年ぶりだろ。見てはいたけど、実際にやるのは本当にあの頃以来かもしれない。

 

 体から汗が噴き出すほど夢中になって俺はキャッチボールを楽しんでいた。

 そして、直ぐに右腕が痛くなってやめた。まあ、慣れてないからそうなるよね。

 

「はい、お待たせ。ポカリ」

 

「……何故?」

 

「おばさんから渡された粉末余ってたから」

 

「別の日に使えばいいと思うが」

 

「賞味期限今日だった」

 

「母よ……」

 

 お賽銭箱に続く階段に腰掛けていたハヤタに、一回家の中に入って作ってきたポカリを渡した。コップ二つ分、俺とハヤタの分である。

 家の中に入れば? って言ったんだけど、ユニフォームに土がついてるからって遠慮された。

 

 並んで座って、何となく沈んでいく夕陽を見ていた。

 いつの間にか、半分以上隠れてしまっている。

 

「イズナ。俺はイズナと野球がしたかった」

 

 ぽつりと、ハヤタが言った。

 

「野球は好きだ。でも、今日まで何かが欠けていた。きっと俺はイズナとする野球が好きだったんだと思う」

 

 自嘲気味に呟かれた言葉には、どこか切なさがあった。

 隣を見る。ハヤタは変わらず正面を見ていたけど、きっと夕陽じゃなくて過去の記憶を見ていた。

 ふーん。そんな事思ってたんだ。だからあの日、野球はもうしないのかって聞いてきたのね。

 そっか……。そっかあ。

 

「前にさ。もう野球はしないって言ったよね。未練もないって」

 

「ああ」

 

「恥ずかしかったらボカしたんだけどね。私も、ハヤタとする野球が好きだった。だから、野球出来なくなったことに未練はないんだよ」

 

「……? それは、俺と同じではないのか?」

 

「ううん。違うよ」

 

 ハヤタは頭が硬いなあ。

 ったく、恥ずかしいから二度は言わないんだからな。

 

「今もこうして一緒にいるでしょ。私はハヤタと何か出来るならそれで十分だったんだなって気付いたよ。別に、野球じゃなくても良かった。それだけ」

 

 あー恥ずかしい。顔から火が出そうだ。

 隣で身動ぐ気配を感じたけど知らん。そっち見てらんない。

 限界まで顔を背けてるから。

 

「そうか。そうか……」

 

 ハヤタは噛み締めるように「そうか」と繰り返していた。

 おいやめろバカ恥ずかしいだろうが! 

 

 耐えきれなくなって、ちょっとしょっぱいポカリをグイッと一気飲み。

 側に置いていたボールを掴んで階段を飛び降りて、数歩。

 

「別にさ。野球が嫌いなわけじゃないんでしょ。肩を並べてたのが、ハヤタの背中見るようになっただけ」

 

 くるりと振り返って、大きく振りかぶった。

 

「なーにアンニュイしてんのさエース。らしくないぞ。私が応援に行ってあげるんだから、もっとしゃっきりしてよね。今日勝って、まだまだ試合は続くんだよ。──暑い夏がやってくるんだから」

 

「……背中を見てるのは俺の方なんだけどな」

 

 なんて? 小さすぎて聞き取れない音量で喋るなら気になるので独り言はやめてくれますか? 

 

 ふぅ、と息を吐いたハヤタは、珍しく──本当に珍しく、視認できるほど分かりやすく口角を緩めて。

 

「それ、頭痛が痛いみたいだな」

 

 その瞬間、訳の分からない嬉しさが胸を満たした。

 なんだこれ、バッカみてえ。

 ゲラゲラ笑いそうになるような愉快な気持ち。

 俺は、その高揚感に逆らわずにボールを投げた。





アダルトビデオブルースの他にエロアニメブルース、エロマンガブルース、ジョークグッズブルース、そして最上位にエロ同人ブルースがいます(今考えた)。
ありとあらゆる「こんな(エロ漫画みたいな)青春送りたかった」という後悔を基軸として能力が発動するので、玉石混合ライトなのから業の塊まであるエロ系ブルースは複数の強力な能力を持ってる(今考えた)。
感度三千倍は勿論のこと、布面積が多い相手からの絶対防御から服だけ問答無用で破壊したり親の顔より見た触手に強制妊娠弾、挙げ句の果てにはイズナのメタフィールドを上書きしてありとあらゆるエロ法則が絶対上位のエロフィールドを展開したりしてくる(今考えた)。
エロフィールドの法則の一例→女は棒には絶対に勝てない。全力全開の魔法パンチがただの木の枝すら折れなくなる。おら!お前がメス落ちするんだよ!(もう落ちてる)。

続くかは分からない。
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