真名暴きの塔   作:氷の泥

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01 阻む象

 俺には許嫁がいる。彼女の名はニコというが、困ったことにそのニコがよく誘拐される。それも単なる犯罪者ではなく……もはや人間でさえない異形の存在に攫われることばかりだ。

 ニコはいわゆるピーチ姫的な体質なのかもしれない。城を構えた亀型の化け物に攫われた試しはないものの、魔法じみた力を持つ竜に連れ去られたことや、自我を持った巨大人型ロボに拉致された前例ならある。そのたび俺はなんとか彼女を助け出してきたわけだが……。

 今日この日、またしてもその時がやってきたようだった。ちょうど昼食を摂り終えた頃のこと。

「大変です! ニコ様が正体不明の輩に攫われたようです」

「場所は?」

「それが、ニコ様が行方不明になったのと同時に、突然現れた塔がありまして」

 数種類の銃器、爆発物、刃物の類。現代の人間が持てる利器的装備を引っ張り出して、俺はさっそくその塔とやらに向かう準備を固める。キノコや花に触れてもパワーアップ出来ない人間は、これらの装備を使うしか手がないのである。

 軍隊に所属しているわけでもあるまいに、この出撃準備と呼ぶにふさわしい一連の動作にもずいぶん慣れた物だった。初めて彼女が攫われた時の己の慌てぶりを思い出すと、時と回数を重ねて、今の俺はひどく冷たい人間になったように思えてくる。

 前向きな言い方をすればそれは、きっと彼女を救い出せるという自信でもあるのだけれど。

「塔の入口には人語を介する象が立ちはだかっているようで、まだ誰もその象を突破出来ていません」

「人語? その象は何か手がかりになるようなことを喋っていたか?」

「我が真名を言い当てる以外にここを通る術はない……と」

「真名か……」

 そう聞いただけでは言葉の意味まで分からないけれども、ともかく。

「よし、行ってくる」

「ご武運を!」

 示された座標まで車で飛ばす。すでに判明している情報は、突如現れた謎の塔に、喋る象、それと真名……。どう考えてもまた一筋縄ではいかない存在が相手らしいが、今まで通り出来ることを死ぬ気でやっていくしかない。

「あれか」

 そう遠くはない、普段ならほとんど無人の地点。海原を背にした断崖に、異質な石造りの塔が立っていた。突如現れたと言われるその塔は周辺ごと暗雲に包まれており、二階と思しき場所より上がどのようになっているのかは、闇に隠されてしまい確認出来ない有り様だった。しかし入口を象が塞いでいるらしいことだけあって、確認可能な範囲での見立てからもその塔はかなり大規模な物のように感じられた。

「シフ様!」

 こちらの到着に気が付き、すでに応戦していた部下のうち一人が駆け寄ってくる。俺もニコも親によって許嫁を決められるような家柄の人間だ。攫われたとなればこのように多くの人間を巻き込む形にもなる。

「言葉を操る象がいるらしいな」

「はい。その象に強行突破を試みたところ、こちらの攻撃は一切通用しませんでした。ただ向こうから何か仕掛けてくることも今のところはありません」

「俺が試してみよう」

 塔の正面、入口の前に立ってみる。すると聞いた通りそこには象がいた。しかし入口の幅はその象が阻む範囲よりもさらに広く、一見すれば横を素通り出来てしまうように見えるが……。まあ、見た目通りに事が進まないことは、過去の例から慣れたことだった。

「む? お主、もしやシフとやらか?」

 こちらを見下ろす象が確かに人の言葉を発した。それを抜きにしても、象という生物その物の重厚感や、二本の猛々しい牙が、こちらに十分すぎる威圧感を与えてくる。

「ニコが俺のことを話したのか?」

「いかにも。我を含むこの塔を成す全ての存在が、お主、シフへの挑戦である」

「というと?」

「数々の異形を葬ってきた異例の人間シフの力を、ぜひとも自らで確かめたいと望む物好きたちがいる。この塔はそんな「望み」その物なのだ」

「つまり、ニコを返して欲しければ、この塔を攻略しろと」

「さよう。塔の頂上にお前の恋人は幽閉されている。……まずはここに立つ我、「阻む象」を突破しなければ、お主ら二人は永遠に分かたれたままとなるのだ……!」

 象が一つ足踏みをすると、塔の入口全てに一瞬透明な膜のような物が見えた。十中八九それはいわゆるバリアであり、バリアの突破法はこの象を攻略することだけ……ということなのだろう。

「象、お前に対する情報を仲間からいくつか聞いている。それを確認してもいいか」

「存分に」

「まず、お前には一切の攻撃が通用しないらしいな」

 物は試しだ、確認事項を口にすると同時に、携行したライフルから何発か撃ち込んでやる。無駄に弾を使うわけにもいかないのでほんの数発だけ、しかし確実に弱点を突くため、全弾象の目を狙った。

 すると突然、象の全身にごわごわとした茶色の毛が生える。象が一瞬で分厚い毛皮に包まれる一方、俺の放った弾丸はそれと同時に、どこかへと消えてしまったようだった。通用しないどころか、そもそもどこにも着弾さえしない。

「フフフ。そう、我に攻撃は当たらん。しかし我を殺さぬ限り、ここを通ることは出来んぞ」

 そう言って、巨体にしては小さな目をニヤつかせ、象は自分よりも遥かに小さな俺を見下ろし、それを嘲笑した。反対にそんな化け物を見上げる俺の目には、象に生えた茶色の毛が幻のように霧散していく様が映っている。

「なるほど、なら次の確認だ。真名とやらを口にすれば、お前を突破することが出来るらしいな」

「いかにも。阻む象とは、言わば偽りの名。人間が我の真実の名を口にすることが出来たなら、我はここから消滅することだろう」

「ふむ……。しかしそう言われても、さすがに手がかりが無さすぎるな。俺に挑戦するというなら、ヒントの一つくらいくれたっていいんじゃないか?」

「ほう……」

 こちらを睨み続けていた象が、不意にどこかへ視線を逸らす。その視線の先を追うと、塔の入口の端に、小さな木製の立て看板が立っていることを発見した。さっきまでそんな看板の存在はなかったように思えるのだが、単なる見落としだろうか……?

 ともかく、その看板には黒いペンキのような文字で、こう書いてあった。

 

「真実とは往々にして、想像よりくだらない物である」

 

 あからさまに謎解きのヒントらしき一行が、そこにはあった。

 おそらく今しがた現れたであろうこの看板が、あの象の……ひいてはこの塔その物の、攻略条件を示していると見て間違いないだろう。象の言う挑戦とは、つまりゲームなのだ。これはゲームのダンジョンに仕掛けられた謎解きの問題文に違いない。

「くだらないことか……」

 異形の存在から見た「くだらない」が、我々人間の価値観と一致するのかは甚だ疑問だけれども。今までに打ち倒してきた異形たちの前例から考えれば、致命的に話の噛み合わない相手というのも中々いないものだった。

 魔竜は身勝手にもニコを嫁として扱おうとしていたが、女を愛するという共通の概念があるからこそ、会話を成立させることくらいは出来る相手だった。心を持った戦闘マシンは、ニコにしか動かせない最終兵器があるとか言っていたが……あれは「心」の部分だけを見れば、単なる「戦場の人間」と同じ存在だった。

 それを思えばこの塔のルールだって、我々とそう遠くない価値観を持っている可能性が高い。つまり阻む象とやらの真名は、きっと本当にくだらない物なのだろう。

 では「くだらない名前」とは、それはいったい何だろう。例えば人間の名前にくだらない物など一つもない。それどころか基本的に、生き物にふざけた名前を付ける者はほとんどいないだろう。……だがそれは「名前」が固有名詞である場合の話だ。

 例えば「槍に見えるイカだからヤリイカ」といった安直な名前を、人間が一つの種族に対して付ける例はある。それもきっと俺が知らないだけで無数にあることだろう。また架空のキャラクターや命ではない物相手なら、もちろん悪意から来る物ではないとしても、人間はよくふざけた名前を与えたりする。これまた安直極まるゆるキャラの名前であったりだとか、何かしらの商品名であったりだとか……。

 そう考えると、「「阻む象」の真名とはくだらない物である」とした時、その「名前」とは固有名詞ではない……あるいは固有名詞らしくない物である可能性が高い。そもそも「阻む象」という偽名だって固有名詞らしくはないように。

 すると浮かぶ疑問は、そもそもあの象は生き物なのだろうか? ということ。例えばこの突如現れた塔は、象の言う「物好きな挑戦者たち」の思念が集まり創造された物であり、そこを守る番人たちは全て仮想の存在である……と考えることも出来る。その仮説を肯定または否定出来る材料は現状どこにも見当たらないものの、仮にその説が正しいのだとすれば、仮想の番人を作った者たちから見て、阻む象とは生物というより商品に近い存在とも言えるはずだ。

 そう考えれば象の真名とやらは、キャッチーで印象に残りやすく、しかし作り自体はくだらない洒落のようになっている可能性がある。商品、あるいはキャラクターのような、単純なネーミングだ。真名はくだらない物であると考える以上、その線が有力であるように思える。

 ではそんな単純なネーミングとは、具体的にいったい何だろう。……と考えてみたところ、一つ思い当たる節が浮かんできた。が、それは己自身の直感によって即座に否定されてしまう。まさかそんなはずがない……という風に。

 しかし、万が一ということもある。どのみち幽閉されたニコのためを思えば時間の浪費は好ましくない。浮かんだ案に心のそこから「まさかそんなはずは」と思っていても、ニコのためだ、つまらない自尊心をかばって答えを出し惜しむわけにもいかない。

「象、先に聞いておきたいことがある。真名を外した際のペナルティは?」

「そんなものはない。せいぜい手当たり次第にでも答えてみるがいい」

「……ならもう一つだけヒントをくれないか」

「何? さすがにこれ以上言えることはあるまい」

「真名というのは……名前らしい名前なのか? 例えばお前が宙を舞う布団だったなら、その真名が「布団が吹っ飛んだ」である可能性はあるのか?」

「……どうだろうな」

 絶対の自信に包まれていた象の様子が、少し焦りに揺らいだように見えた。すると本当に、俺の思いついた説が当たるかもしれない。

 この象には妙な点が一つある。バリアを貼る力、攻撃を無効化する力、それらは異形の存在として何ら不思議な物ではない。……だが象はなぜ、攻撃を無力化させる際に茶色の毛を纏うのだろう。その毛で攻撃を防ぐ訳でもなく、こちらが発砲すればその弾丸は虚空へ消え失せ、象はただ無意味に茶色い毛むくじゃらと化す。仮にそれがゲームの演出であるのだとしても、なおのこと意図が読めない。

 そこで疑うことがあるのだとすれば、「奴は本当に象なのだろうか?」ということだった。阻む象という名前は偽りの名である……と本人が言っていたが、そもそもこの「象」という認識が誤りなのではないか。「阻む象」という「偽りの名」は、「偽りの姿を表した名」なのではないか。

 だから、分厚い毛皮を持った「行く手を阻む象のようなもの」というのは、つまり……。

「もしや、お前の名前は……」

 口にする直前ふと思い出して、後ろで不安げに見守る部下たちを俺は手振りで追い払った。万が一この真名当てを外した時に、そのことが誰の口からも広まらないように。誰にもそれを聞かれないように。

 そして全員が困惑気味にひとまず距離を置いたことを確認して、俺は言った。

「もしやお前の名前は、お邪魔しマンモスか?」

「ぐうぅうわああああぁぁぁあぁあぁあああぁぁぁ!!!!」

 途端、凄まじい絶叫を上げ、象は真っ白く輝いた。その音圧と光の激しさに、俺を含めたその場の全員が思わずうずくまる。

 ……音と光が収まった時、入口を塞いでいた象は物言わぬ骨と化していた。バリアも当然消えている。ただ歩くだけで塔への侵入は容易なこととなっていた。

「シフ様! いったいどのような方法で!? 真名を当てられたのですか!」

 塔に入った俺を追って来た男たちを手のひらで制する。そして彼らに、この先は一人で行くことを伝えた。しかし、それが一番良いと判断したから……と伝えたところで、さすがに彼らも二つ返事での納得はしてくれなかった。

「……確かに俺は象の真名を当てた。おそらくこの先に待つ刺客も、真名を当てることによってのみ突破することが出来るだろう。……だから一人で行く」

「なぜですか。名を当てるなら、複数人で相談することも必要になるはず。そもそもあの象の名前は、いったい」

「悪いがそれは教えられない」

 塔の中は階段沿いにわずかな明かりが灯されているのみで、窓の類は無く、石の材質ばかりに埋め尽くされた場所となっている。そのせいか象が乗り込めてしまうほど広い内部の、そのほとんどは暗く深い闇に呑まれた広大なだけの空間となっており、それでいてそこにある空気は冷たく湿っぽい。ニコが幽閉されている事実と相まって、暗雲に覆われた外観に続き、塔はその内部までもが全て不吉な雰囲気を醸し出していた。

 だから俺がそこでうつむき、深刻そうな声を出した時、きっと暗澹たるニュアンスが生まれたことだろう。

「あまり人に聞かれたくないんだ。……おそらくこの先もそうなる。だからついてくるな」

 壁沿いの螺旋階段を登っていく俺の背中を、追ってくる者は幸い誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー バカと天才は奥二重 ー

 

……塔一階入口、立て看板の裏に刻まれた文字より。

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