気付いたらVTUBERを強要されていたおっさんJC 〜お空に監禁されて仕方なく〜 作:二三一〇
「殿田
報告書を眺めていると、じいやが説明してきた。ここは都内某所のマンション。
「すぱしーばはガードが硬すぎて難しかったのですが、学校関係に提出された書類から分かりました。現住所は中野区東〇〇、✕丁目、桜レジデンス……」
じいやが淡々と読み上げる。学校の書類と言っていたから、内部の人間に協力させたのだろう。
足のつくようなマネはしていないだろうが、こういう事に妥協をしない姿勢は如何なものかと常々思ってはいる。ただ、持ってくる情報は間違いがないのでやめるようには言っていない。
しょせん、私も神代の人間なのだ。
「父は殿田暦、母はおりません。年齢から推測するに、海外での私生児、ないし養子の可能性があります」
「瞳が青いものね……ちょっと待って。名前、なんて言ったの?」
聞き覚えのある名前を聞いた気がした。
彼女はあらためて、『殿田暦』と答えた。
「殿田……あの方の、子でしたの」
殿田 暦。
懐かしい名前である。
じいやも知っている筈なのに、なぜか頭を捻っていた。
「ご存知なのですか? お嬢様」
「あなたも知ってるでしょ。ほら、私を助けてくれた、あいつよ。」
私がそう言うと、ああ、と思い当たったらしい。
「ああ。殿田なんて名前だったのですね。私どもは『怪しい奴』としか呼んでなかったので覚えてませんでした」
彼女がさも当然のように答えている。
私は頭が痛くなり、額を押さえた。
そう言えばそんなふうに言われて困っていたのを思い出した。
あれは何年前だったか。
机の奥にしまっておいた古い携帯電話を取り出してみる。
少し無骨なデザインのそれは、彼の残した物だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
神代の本邸の防犯設備の改修が行われた時に大勢の人がやって来た。
背広の人、ツナギ姿の人、色んな人達だ。
その中にいた、ごく平凡なひと。
それが殿田暦だった。
たぶん、それなりに整ってはいるのだろう。
しかし彼は殊更自分を飾り立てようとは思わないようだった。没個性的な人で、普通なら取り立てて覚える筈もない人だと思う。
当時、私はたしか中学に入ったばかりだったと思う。お父さんやお祖父様の言いつけを守り、愛想笑いも言われた時にしか出来ない、可愛げのない子供だった。
工事が始まり、じいやには勝手に表を彷徨かないようにと注意された。本邸ゆえに警備は多いけど、かなりの人数が出入りするのでチェックが煩雑になると言っていた。
母屋の三階の廊下から、下を行き交う人達を見る。いつも私の周りにいる人たちと違うので、興味を引いたのだと思う。飽きもせず、ずっと眺めていると不意に気配を感じた。
「……?」
廊下の先に人がいた。作業員らしい恰好の人で、キョロキョロと辺りを見回している。私に気付くと、彼は「ご家族の方でしたか」と声をかけ、近づいてきた。
「はい。どうかなさいましたか?」
「いや、迷ってしまいましてね。第三配電室へ行く筈だったのだけど……」
? 配電室なんか、私は知らない。
じいやなら知っているはずだから、彼女の所に連れて行こうと言うと、彼は喜んでくれた。
「御子柴さん、ここに配電室はありませんよ?」
「!?」
「?」
不意にかけられた声に、私と彼は驚く。
私とツナギの彼の後ろに、スーツ姿の男性が立っていたからだ。
「くっ!」
「きゃっ?」
ツナギの人が私の手を取る。そのまま腕を極めようとしたらしいけど、呻いたあと、動かなくなった。
「ご家族の誘導は私達の仕事じゃありません」
スーツの男性は、少し大柄のツナギの男の肩に手を置いていた。ただそれだけで、彼は身動き出来なくなっていた。苦しそうに睨むのみで、言葉も出せない。
彼はツナギの人の社員証を見て、首を傾げる。
「あなた、御子柴さんじゃないですね。ツジウラさんも管理をしっかりしてくれないと困るよなぁ」
そうぼやくと、ツナギの男が私の腕を離し、肩においた彼の手を取りにいく。ツナギの男は何らかの格闘技をやっているようで、同時に左肘を入れようとしていた。
組伏せられるスーツの人の姿が見えた気がした。
だが、実際はツナギの男の方が組伏せられていた。
「うぐっ……」
「なんとも……解せないね」
そこに、じいやと警備の人が駆け上がってきた。廊下に組伏せられた時に出た音を聞きつけたのだろう。
「な……お嬢様、ご無事ですか!」
私は言葉は出せず、こくりと頷くだけだった。警備の人が近づくと、スーツの人は両手を上げて立ち上がる。警備にとっては彼も狼藉者なので警棒で威嚇している。
私は、じいやに彼は助けてくれた人だと伝えた。
「……お嬢様に怪我がなくて助かった。だが、ここは立入禁止の筈だ」
「申し訳ありません。ですが、彼がするすると上がっていくのを見えたので。施工会社の職員が間違えたかと思ったのです」
頭をかいてそう答えている。
あまりにも普通なので、余計に妙に思えた。
それはじいやも感じたようだ。
「殿田、現場責任者が席を外すな」
「はい、すみませんでした」
工事全体の指揮をする女性に頭を下げている。
どうやら彼は彼女の部下らしい。足早に立ち去る彼を見送っていると、じいやとその女性が話し始めた。
彼女は連行されるツナギの男に視線を向けていた。
「部下が勝手な行動をして申し訳ない」
「全くです。もっとも、それでお嬢様の身が守れたのだからこちらとしてはありがたいやら情けないやら」
じいやが警備の連中を睨んでそう呟く。
本来、そうした暴漢を寄せつけない為にいるのが警備だ。それが仕事をしなかった事が腹立たしいようだ。
「あれは仕事は人並みにしか出来ないが、荒事には滅法強くてね」
「……サラリーマン、ですよね?」
「三年前ほど前に、日本に戻ってきたんですよ。ベイルートから」
くすりと笑うその美人の女性に、じいやの目が見開かれた。じいやがそこまで驚くのはめったにない。私は彼女に聞いてみた。
「その頃は、たしかレバノン侵攻があった筈です。そんな時期に日本のビジネスマンが渡航しているわけがない」
「会社からの連絡がつく前に情勢が悪化して、これは死んだなと思ってたらひょっこり帰って来たんですよ」
にわかに信じ難い話である。
その女性は、きれいに整った顔に微笑みをたたえて呟く。
「……もちろん、冗談ですよ」
「部長もお人が悪いですね」
二人が、合わせたように笑う。
この部長、と呼ばれる女性はじいやより年上だろう。しかし、ちょっと見られないほどの美形だ。どこかのモデルなんだろうかと思うほどに整っている。
そんな人が部長などという役職についているのだから、さっきの人の事もおかしいなんて言えない。
「さあ、姫穣さま。お部屋にお戻り下さい」
「重ねて、申し訳ありませんでした。後ほど正式に謝罪に参ります」
二人は思い出したように私に声をかけてきた。
謝罪は不要と、答えておく。
じいやにも、父さんやお祖父様に報告の必要はないと伝える。
害は何も無いのに、謝罪とかされても困るし。
それはたぶん、あの人にとって面倒にしかならない。
助けてくれた恩人に報いる気持ちくらい、私にだってあるのだ。
作業は数日に及ぶため、翌日も朝から多くの人間が出入りしている。私は昨日と同じように廊下の窓から、その光景を見ていた。
ふと、スーツの彼が見えた。昨日のツナギの人と同じ服装の人たちの一団と談笑しながらこちらに来る。
ちらり。
こちらを見て、頭を下げるあの人。
それを見て同じようにヘルメットを外して、彼らも頭を下げる。
覚えていてくれた。
なんだか、すごく嬉しくなった。
今日は上司の部長さんはいないようで、彼の指示のもと作業が開始された。
じいやが側に居ない事を確認して、下に降りる。勝手口のサンダルを引っ掛けてドアを開ける前に、はたと気付いて身嗜みを整える。
前髪、ちゃんと梳かした。
お顔、うん、すべすべ。
服は……まあ、普段着だけどおかしくはない。
よし。
勝手口を開けて、あの人の側に歩いていく。
駆け出したい気持ちを抑えて、ゆっくりと。
「おはようございます、お嬢様。お騒がせして申し訳ない」
「おはよう。構いませんよ? お仕事なんでしょうから」
ニコリと笑う。
そうですか、と少しだけ笑うと手元の紙の束に目を落とす。あれこれと思案し、ボールペンで何かを書き記したりし始めた。
……あれ? わたし、ひょっとしてスルーされてる? 学校では一番の美少女と呼ばれている、このわたしが?
「あ、あの……」
「はい、なんでしょう?」
声をかけて注意を引く。彼がこちらを向いた。
「昨日は助けていただいて助かりました。会社の方には咎めないように釘は刺しておきましたので」
「そうでしたか。ご配慮、感謝いたします」
彼はそう言ってきた。やはり気にはなっていたのか、安堵した様子が見える。
そこにツナギの人が二人やって来た。
「殿田さん、ちいと仕様が違うよ」
「マジすか。やっぱ、3系統ッスか?」
「いや、2系統だけどサブがそれぞれあるみたいだ。どうしたけぇかね?」
「あー、サブか……見てみよう」
「頼むよー」
すると、会釈をしてそのままどこかに歩いて行ってしまった。
「……」
……なんでしょう。
この、モヤモヤする感じ。
ま、まあ。
お仕事で来てるんだから、当然よね。
ははっ、せいぜい頑張りなさいな、庶民。
……あまりに虚しいので、ため息をついて家に戻った。
この頃、中学に入って間もないゴールデンウィークの最中である。学校は休みだし、課題も既に終えている。今やるべき事は何も無い。
暇を持て余していた私に、彼は格好の獲物だったのだ。
「……いましたね」
お昼の時間は作業も止まる。
つまり、彼も今は仕事をしていないはず。
このタイミングなら邪魔はされないと考えたのだ。
そろりそろりと後ろから近づく。
こちらには気付いていないのか、携帯をじっと見ている。よく見るとイヤフォンを付けているので、音楽でも聞いているのかと思っていた。
しかし、そこには何やら違うものが映っていた。
制服の女の子と男の子達が、何やら踊っていた。
「……?」
「今は休憩中なんだけどな、お嬢さん?」
「えっ? ……気付いてらしたの?」
庭の石に腰を掛けていた彼がこちらを振り向く。
その表情は先程とは違ってあまり優しそうには見えない。どこか煩わしいような感じがした。
「ご、ごめんなさい。でも、お仕事中には声をかけづらくて……」
なぜか謝る私。こんな事はめったにないのだが、彼の休憩を邪魔したという事実がそうさせたのだろう。
「もうエンディングだから、ちょっと待って」
「え、はあ……?」
エンディング? マンガのようなモノを見ていたようだけど……。とりあえず、ほんの少し待っていると、彼は携帯を閉じてイヤフォンを外した。
「あー、うん。控えめに神だな」
「……え?」
「マジで作画パない。しばらく一強だろ、京アニ」
「は? あ、あの、何を言ってるのですか?」
何やら訳のわからない言葉を呟く彼に、私は困惑して問いかける。すると、彼は私を見て驚いたように言う。
「ああ、アニメの話だよ? お嬢様は見ないの?」
知っていて当然という感じである。私は開いた口がふさがらなかった。
この時まで、私は漫画やアニメなどは見たことがなかった。家庭教師やじいやが遠ざけていたのもあるけど、興味を惹かなかったというのが一番の要因だ。
同学年の子たちも私がそういうのに興味を持っていないと知っていた。
彼らも私の側にいる時には話題を変えていたのだろう。そうして仲間外れにされていても、特に感じる事はなかったのでスルーしていた。
所詮、子供だましのものだろう。
そう思っていたのだ。
すると、彼は残念そうな顔をした。
「勿体ないな」
「……え?」
「あんたたぶん、見た事無いだろ? アニメも漫画も」
「ええ……まあ」
「かー、勿体ない。自由になる時間が有り余ってるのに使わないなんて勿体ない!」
……なにを言っているのか。
でも、仕事中の彼よりも人間味があった。
「とりあえず、見てみるか?」
そう言って彼は携帯電話を広げ、動画の再生を始める。座っていた所を少し動いてスペースを作ってくれたので、そこに座る。
……こんなに近くに異性の男性がいるなんて、初めてなんですが……
彼は私の気持ちも知らずにイヤフォンを差し出してきた。そして、操作をして動画の再生を始めた。
「どうだ? 面白かったか?」
「えっと……主役の子が、あまりに非常識なので驚きました」
「まあ、そうだよな。正直、始まる前に帰れてほんと助かったわ」
「……?」
私の知る物語とは大きく異なる内容だった。
ともかく予想外の行動をする女の子に振り回される男子生徒という感じで、ボヤきながらも彼女に付き合う所に好感が持てた。
物語の全容は全く分からないけど、面白い、と思ったのは間違いなかった。
「こ、これの続きは?」
「一応あるけど、休み時間がそろそろ終わる。俺は仕事せにゃならんからなぁ」
そのぼやき方が、さっきの少年によく似ていた。
たぶん真似ていたのだろう。
本来は笑うところなのだが、この時の私は自分の事しか考えていなかった。
「休み時間なんて構わないでしょう。続きを見せなさい」
「そうもいかんのよ。悲しいかな勤め人なんでな」
「……私がいいと言っているのよ。黙って従いなさい」
立ち上がり携帯をしまう彼に、私は強く命令した。
しかし彼は反駁もせずに会釈して立ち去ろうとする。
「待ちなさい! この姫穣が命令しているのよ?」
私の命令には従うのが当たり前だ。
じいやも、使用人も、警備もそうなのだ。
ところが彼はそれを意に介していない。
ちっぽけなプライドを刺激された私は、彼の前に回り込み、立ち塞がる。怪訝そうに彼は私を見下ろし、面倒なように溜息をつく。
その仕種に、心が苛立った。
我儘な子供だと見られていると感じたからだ。
「……午後五時を回ったら、今日の仕事は終わりだ。そこまで待ってくんない?」
「え……」
──勘違いだった。
彼は私を子供として諭す事はしなかった。
父さんもお祖父様も、私の言う事に予定を変えたりしなかった。後で聞くと言って忘れた事などしょっちゅうだ。
「五時になったら、迎えに行きます」
「……残業にならん事を祈っててくれ」
彼はそう言うと懐からガムを取り出し、口に入れながら立ち去った。
その後、きちんと五時に仕事を終わらせたのだが、じいやに阻まれて彼と見る事は出来なかった。
「明日も来るから、貸しておくよ。電話が来ても出ないように」
「え……でも、お仕事に使うんじゃないの?」
「仕事用はあるから」
そう答える彼に、じいやが追い立てるように言う。
「用が済んだらさっさとお帰り下さい」
「へいへい。んじゃあな、お嬢さん」
そう言って、彼は帰っていった。
手をひらひらさせていたので、私も手を振って別れの挨拶をした。
やった後に気付いたけど、そんなふうにしたのは初めてだった。
彼の携帯を取り上げようとするじいやに、私は断固拒否をした。泣き落としまで使うと、流石に手を引いてくれた。
動画を見た後に、いけないとは思いつつもメール等を覗いてみた。
そこには妹さん等の家族以外に連絡はなく。
私は、なぜか嬉しくなった。
その番号やメアドを自分の携帯に打ち込んで保存した。逆に、私の番号とメアドも勝手に入れておいた。驚くに違いないなと思いつつ。
次の日。彼は来なかった。
代わりに部長という人が来て、作業の指示とかしていたが。私にとってはそれはどうでもいい事だ。私はその部長とやらに、どうして彼が来ないのかと尋ねた。
「別件で海外に行かねばならなくなったのです。申し訳ありません」
そんな……。
私は愕然として……借りていた携帯を返す事も、忘れていた。
工事が終われば部長とやらも寄り付かなくなり、連絡を取る事も出来なくなった。
しばらくは生きていた回線も、二年ほどで契約が切れたようで繋がらなくなった。
連絡をしたいとは思っていたけど、彼自身の仕事の番号は入っておらず。家族にメールや電話をするのも違うと思い、しなかった。
そうして、彼のことは次第に記憶の奥に引っ込んでいってしまった。
彼が教えてくれたアニメや漫画、ラノベ等のサブカルチャーが拍車をかけたのは言うまでもない。
今の私がバーチャルミャーチューバー等をしているのも、そのおかげだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「彼は、今どこに居るのですか?」
「ロシア……サンクトペテルブルクですね。スヴャジインベストの系列会社のズドラーストヴィチェという会社にいるようです。これもすぱしーばからは得られなかった情報ですね……ちっ」
悔しそうに舌打ちするじいや。
そんなに毛嫌いすることないのに。
「まさか……行くとか申されませんよね?」
「あら? そう思った?」
「やけにご執心でしたからね……」
その言葉で、真相に気がついた。
そうなのだろうな、とは思っていたけど。
「それこそまさか、よ。わざわざそんな所に行かないわ」
そう答えると、じいやはあからさまに安心した様子になる。……どこまで子供扱いするのやら。
「そう……彼の、娘か」
朴念仁のように見えて、やる事はやっていたのだろうけど。まさか子供を一人置いて海外赴任とか。
私の予想を軽く超えてくるのは変わらなかった。
とりあえずは、彼女との接触が必要だ。
いつまでも他の者とのコラボを見せつけられるのも面白くはない。
姫の騎士はこの私。リースであるべきだ。
懐かしいですね、ハ○ヒ。久々に見ても、冒頭からぐいぐい引き込む力が強かったです。続きを見るのは、これを書き終わってからやで(笑)
ちなみにロシアの会社名とかは適当です。こっちも『すぱしーば』なんて付けてるからね。