気付いたらVTUBERを強要されていたおっさんJC 〜お空に監禁されて仕方なく〜 作:二三一〇
後ろからの不意打ちのローを避けられた。
軽くショックを受けるが、反転しての廻し蹴りは鋭いが体重も乗っていない。
問題なく捌き、その隙に右手に握った無痛注射器を彼女の首の根本に当てる。
「あれ……?」
力が抜けるのを確認もせずに、そのまま抱き留める。
俺は標準体型の男でもそれなりの速さで走れる。ましてやこんな子供ならさした障害にもならない。
すぐさま手製の煙玉を叩きつける。
周囲が事を理解する時には、俺と彼女の姿は煙の中だ。
ただ、これだけでは煙幕が足りないのでスモークグレネードを落とし拡散させる。本来マスクを付けるべきなのだが、さすがにそれはやってられない。速やかに撤退しないとすぱしーばの警備に囲まれる。
あるてまでの収録にも使っていたスタジオなので退路は確認済み。
彼女を小脇に抱えて出口まで走る。
「くっ」
接近に気づいた黒服が飛びかかってくる。左手で投げた球が顔面に当たり勢いよく液体を撒き散らす。
「ぐわっ!?」
刺激物を混ぜたペイント弾。顔に当たれば目に入らなくても粘膜を刺激して満足な行動は取れなくなる。その横をすり抜け、ドアを開けて走り抜ける。表に続く通路にも一人いた。そいつが何か叫ぶと、輝く紐のようなものがこちらに飛んでくる。
『拘束弾?』
見たことのないタイプで、避けられそうにない。マズったな、と思ったらこっちに巻き付く前に勝手に消えた。向こうの方が驚いてるので、またしてもペイント弾を指で放つ。無力化して通過したら、玄関の自動ドアをブチ破るくらいの勢いで駆け抜ける。
「ピイィッ」
音の方へ走り出す俺に、何人かの通行人が驚く。停めてある黒のハイゼットのドアが開くので、抱きかかえたまま飛び込む。運転手は乗ったのを確認すると急発進させた。
「へい、ニンジャボーイ。うまくいったようだな」
「ああ、傷一つ付けちゃいないよ」
腕の中で眠る少女。その息は安定している。煙もあまり吸って無いようだ。
ローで転ばせて首筋に無痛注射器を当てるつもりだったのだが、まさか避けて、反撃までするとは思わなかった。
しかも、楽しげに笑っていた。
俺の攻撃を、組み手と受け取ったのだろう。
挨拶がてら廻し蹴りをかましてくるとは、とんだじゃじゃ馬だ。
……この見た目では、少し想像出来ないがな。暴れたせいか、髪が解けてしまっている。
「ニンジャボーイ、次は黒のハイエースだ」
「了解」
薄暗い路地を抜ける時に一度止まり、俺は古詠未を抱えたまま停めてあるハイエースに近寄ると、それもドアを開けて迎える。
これを都合三回行う。車はほぼ盗難車であり、それぞれ乗り捨てられる。
最終的に乗るセダンの時には、彼女はすでに着替えさせられている。もちろん、京介の手ではなく女性スタッフによるものだ。
出来なくはないが、相手の事を考えるとこれは断固として譲れなかった。
当然、俺自身も着替えている。
ジャケットはリバーシブルであり、アーミーキャップも市販の野球帽に替えてある。顔に関しては、まだ変えるわけにはいかないのでそのままだ。
「おつかれ、ニンジャボーイ。中でお待ちダ」
「ああ」
セダンが入ったのは港湾地区。時刻はすでに二十時を回り、その辺りは静けさに包まれている。
倉庫の一つに入る。中は車やら耕運機、重機の類がちらほらと置かれている。
もちろん、これはダミーだ。
事務所の区画に行くと警備の人間がいて、俺を確認すると中に通す。
これを都合二回、面倒だとは思わないらしい。
そうして、辿り着いた先に、一人の男が待っていた。
名前はN。無論、本名ではないだろうが、それはこちらも同じだ。
奴は勿体ぶったように声をかけてきた。
「眠り姫の登場か」
俳優にはなれそうもないな。これならまだ俺の方が上手いと思う。
倉庫街の一角を改装したここは、言うなれば小さな基地だ。そして奴はそこの責任者であり、依頼人でもある。
雇い主には敬意を払わなきゃならないのだが、どうもこいつはそういう気になれない。
「
古詠未をソファに座らせてから、俺は奴に質問した。
目の前の男は猟奇的な目つきで彼女を
「より、素晴らしい対象がこちらだったからだよ。ニンジャボーイ。あの男より、ね」
対象を勝手に変更していながら、こいつは気にする事もないらしい。
より高額の報酬を出されても、文句くらいは言いたい。
※
とある人間を観察し、決行が決まったら拘束して引き渡す。
それが俺の受けた依頼だ。
対象は大学生らしいが、Vtuberというのに興味を持っていて、その事を友人たちに吹聴していた。
折しもAtoGという会社がその業界に参入しようと第一期生の募集をかけていた。
同じ業界なら接点も多かろうと高を括っていたが、このVtuberという職はとにかく家から出ない連中が多いらしい。
それでも、先輩という立ち位置なら接触もやりやすくなるはずだ。
そう思い、あるてま一期生に応募をした。
うまいこと合格し、相葉京介という第三の名を手に入れた。もちろん、応募した時の名前が第二の名であり、本来の名は雇い主すら知らない、はず。
観察と言っても逐一する必要はないと言われた。
何でも観測用の機材があるようで、それがある波形を得た瞬間の動向を確認せよ、との話だった。
さらに言えばそのために別の人間も使っているので、俺の仕事はその時に速やかに拉致する為に近くに置いておくというものだ。
つまり、当座はあくせく働く必要の無い身分だ。
そんなわけで、せっかくなったVtuberを少し体験してみようと思った。
──やってみれば新鮮な体験だった。
ただ格闘ゲームをして、FPSをして。
そんな事に視聴者が色々とコメントを投げてくる。
それを拾って受け答え、投げられたコメントに笑い、それを彼らがまた拾う。
殺伐とした中で生きてきた自分が、こんな楽しく、気のおけない時間を得た事があっただろうか?
たまの休息にも背中を気にしながら酒場を練り歩き、安いホテルで隣の奴の音を気にしながら寝る日々。
そんな生活を続けていた俺には、安らかな生活だった。
工作員の仕事がうまくいき、その男は二期生として入ってきた。
我王神太刀という名を与えられた学生は、見るからに平凡そうな男である。
奴が彼の何に興味を持ったのか。気にはなったが、別段何もするつもりは無かった。
鼻面を突っ込みすぎた犬の末路は、だいたいろくな事にならない。
俺は自分の才覚というものに自信はあったが、同時に限界も知っていた。憐れな学生がどうなろうと知ったことでは無い。自分の仕事をするだけだ。
そう思っていた。
だが、依頼内容が変更になり。
俺は困惑した。
「姫乃古詠未? おい、まだ子供じゃないか」
「Nからの指示だ。俺は伝令だから事情は知らん。気になるなら自分で確認しろ」
場末の酒場での顔を合わせないやりとり。
映画などではよく見るが、実際はあまりない。
どこから漏れるかも分からない場所で伝達など、普通はしないのだ。
だが、ここは日本。
監視カメラはそこかしこにあり、盗聴等は素人でも出来るようになっている。
古典的な手法の方がアシが付きにくいのだ。
連絡員は話が済むとさっさといなくなった。
確認しろと言っても、直接通話の出来る番号は知らされてないし、メールも同じ。
文句を言おうとも思ったが、やめた。
大の大人の男なら良くて、小さな女の子はいけないという理屈はない。
今まではかろうじてそういう仕事に出くわなかっただけだ。
要は甘いという事だ。
そう思って、仕事をやり遂げた。
ただ、その対価にボーナスはあってもいいはずだ。
そう告げて、彼女を略取させた理由を問い質した。
※
「ふむ……君は彼女の配信を見ていたかね? 立花アスカとのコラボの回だ」
彼は眼鏡をくいっと直す。
インテリがよくやる仕草だが、あってないな。
「……ああ。見たよ」
「あの聞いたことのない言葉の唄を聴いて、どうだった?」
博識な様子の奴が聞いたことが無いという事はどういう事なのか?
それはともかく。
あの唄を聴いた時、俺は不思議な感覚を覚えた。
身体の奥から疲労が抜けていく、安らぎの感覚。そう答えると、彼は然りと頷いた。
「私もそうだ。連日続く頭痛がさっぱり消えた。気のせいかと思ったが、配信を見ていた工作員が全員似たような事を言っていた」
そんなバカな。
さらに彼は言葉を続ける。
「本国の組織にもいちおう見ておくように伝えていた。日本のVtuberは人気だからな。日本語の分かる連中には命令として見るように伝達させた。結果はお察しだ。連中も同じ感覚を得た。疲れていた奴は回復した。しかも、傷の治癒までしたのまでいた」
「ちょ、ちょっと待て。理解出来ない。どうしてそんな事になる? 論理的に説明できるのか?」
「音楽を聴く事によるヒーリングは、いちおう解明されている。だが、それは個人差がある。どんな楽曲を聴いても、効果を出さない人間もいる。実際に人体の傷を癒やすとなれば言わずもがな。有り得ない」
当たり前だ。
そんな魔法のようなものが……この世にあるわけはない。
「この時に観測された波形は、広く全世界へ伝播していた。分かるかね? およそこれだけ広範囲に届くモノなど有りはしない。もっとも、本当にくまなく、というわけでは無かったがね。殆どが人口密集地だ」
「有りはしないモノを観測とは、面白い冗談だ」
「そこに気付くとは、なかなかに頭が回るじゃないか、ニンジャボーイ。それを説明するのは少し時間がかかるが、構わないかね?」
「もうかなり長いだろ。構いやしない」
「それは有り難い。私としても、この辺りの事は話しておきたくてね。何せ、箝口令が敷かれているので同僚や友人にも話せないんだ。誰かに話さないと落ち着かないんだよ」
にこやかに笑って言う。
俺には聞かせても問題ないらしい。
そういうことか。
「まず、私の研究室に接触してきた奴から始まった。ラングレーの犬だとは思うが、そいつから未知のエネルギーに関しての情報がもたらされた」
彼は陶酔するように語る。
その未知のエネルギーというのは、どうやら目にも見えず、どうにもならないようなものらしい。
「彼のもたらした観測機器によって、ようやくそれがあると分かった。ただ、あると分かるだけで、それを抽出したり、扱ったりは出来なかった。これはなんだと聞くと、そいつは真剣な顔で言ったよ。『
Nが荒唐無稽な事を言ったような気がした。マナ、と言ったか? そんなものは有りはしない。フロギストンもエーテルも無いのと同様に、そんな物はファンタジーな世界だけのモノだ。
しかし、奴は自信満々に言ってのけた。
「妄想の産物だと思ったな? お前は狂っている、狂人の戯言だと感じたな? その通り! 私も最初はそうだった! しかし、その疑念はとある人物によって晴らされた。これは君も知っている筈だ」
この件で俺が最初に
「八月の七日、場所は東京ビッグサイト。日本のオタク共の祭典、通称夏コミ。西ホール企業スペースにてそれは観測された。それまで静かに凪いでいたマナがさざめきたち、次いで大きな爆発のような波動を観測した。君もそこにいた筈だが、目に見えるような被害は殆ど無かった。人が一人倒れただけだ。しかし、効果は確かにあったのだ」
その日は、夏コミ一日目。
ブースには我王神太刀も確かにいた。そして、彼が得意の即興詠唱とかいうものを披露した時に客の一人が倒れたという。その男性はすぐに意識を取り戻し、救護係の制止を押し切って帰ったらしい。
「まさか、本当に彼の詠唱が魔法となったとでも言うのか? 厨二を拗らせただけの戯言が、実際に人に危害を加えたと、本気で信じているのか?」
「私はそこまでロマンチストではないよ。だから、検証は必要だった」
「そもそも、我王を監視しろと言ったのはお前だろう。確証もなしに俺にやらせていたのか」
「我王に関しては、先の観測機材を提供者した者が教えたのだ。あれを見張れば、魔法が実在すると分かる、とな。充分とは呼べないが、結果は出た。だが、これではお話にならない」
嘲笑するように奴が言う。
言いたい事は分かる。
長ったらしい呪文を朗々と唱えて人一人すぐに目覚める程度の昏倒にしか出来ない。
それなら銃で撃ったほうがよほど簡単だ。
「計画は座礁したかに見えたが、そこにいきなり光明が現れた。我王の詠唱が、より強大に現れた。その少女、姫乃古詠未とのコラボ中に発生した波動は夏コミの時より数倍大きかった。配信中止となって、いきなり消えてしまったがね」
我王と戸羽が呼ばれた時の配信か。
確かに後半、おかしな点があった。音声がいきなりノイズまみれになったので、配信を止めたのかと思っていたが。
「そして、その後にあの唄だ。我王よりも遥かに広範に影響を与える、癒やしのうた。サンプルとしてどちらが優秀なのかは言うまでもない」
「……なるほど。大体の経緯は分かったよ。ところでボーナス情報が有るんだが、聞くつもりはあるか?」
「ほう? 今更自分の価値を高めようとの算段かな? 流石ニンジャ、狡っ辛いじゃないか」
……そこは『汚いなさすが忍者きたない』と言うべきだろうと考えてしまった自分も、短いながらにどっぷりと浸かり込んでいたようだ。
「すぱしーばの警護の人間が妙な拘束弾を使ったのだが、あれもたぶん魔法だったのだろう。実際に使える人間は、古詠未だけではないと思う」
この言葉に、Nの奴はうんうんと頷いた。
向こうもそれは知っていたようだ。
「大したボーナスにはならなかったね。それはこちらも確認したよ。すぱしーばの人間を追尾していた時に、ね」
「あれを食らったのか?」
「あれを避けたのだとしたら、君はまさしくニンジャだ。まともに食らって十分ほどは雁字搦めだったそうだ。切り離そうと思っても、光の帯は触れなかったそうだよ? 時間とともに消えたがね」
やはり拘束系か。
俺も避けられなかったのだが、何故か当たる瞬間にかき消えた。古詠未に当たると思って消したのだろうな。
そんな事を考えている最中も、奴は話を続けていた。
「他の局員がその間に制圧したが、それでも消えなかったよ。解放しろと言っても何も言わない。全く、露助は頑固者が多くて困るよ」
「ちょっと待て。すぱしーばの社員を、拘束しているのか?」
「実際に魔法を使う連中を逃す訳は無いだろう。丁重にお迎えしたよ。くっくっく……」
奴がいやらしい笑いを浮かべる。
丁重に、なんて言葉通りのわけはない。
そのとき。
この深夜の事務所に、似つかわしくない声音が響く。大きいわけではない。むしろ呟くようでとても小さい。
「……なんだって?」
「!」
「なに?」
眠っているはずの古詠未が、そう言った。
まだ、薬は効いている筈だ。
「何か悪巧みをしてるから、とりあえず話を全部聞くまで寝たフリしてようと思ったけど……すぱしーばの奴に手を出したとか聞いたら黙ってらんないよな」
ソファから身を起こした彼女は、不敵な笑みを浮かべた。
例えるなら、花壇に咲く小さな薔薇。
だが、その花は。
手折られるのを待つようなものではないと感じられた。
寝てる間に、ひらひらに着替えさせられてた件。
古詠未「ふぁっ?」