気付いたらVTUBERを強要されていたおっさんJC 〜お空に監禁されて仕方なく〜 作:二三一〇
最初は黒猫、※からは結視点となります。
「楽しそうだな……」
きりんさんの配信を見ながらに呟く。その声が後ろで晩酌をしている二人に聞こえたようだ。
「お前にはまだ早い」
「あと、もうちょっと経てば飲めるようになるから。がまんがまん」
お母さんと湊がそう慰めてくれる。
勘違いして欲しくはないのだけど、別にお酒を飲みたいわけではない。
もう、かなり前の事で……そろそろ夢で見た事のような感覚になっているけど。
私の前世は男だった。
あまり恵まれた人生でなかったと思うけど、クリスマスの夜にサンタに祈ったら美少女に転生していた。不思議なこともあるものだ。
その頃の僅かに残った記憶から、お酒に関してはいい思い出がなかった。たいていはへべれけになって酔いつぶれ、他人と諍いをしたりしていた。陰キャがイキって当たり散らす、無様な姿しか覚えていない。
だから、飲酒自体はむしろしたくないと思っている。もちろん、身体も変わってるし、心だってすでにほとんど女の子だ。飲んでもああなるとは思えない。
でも、もし。ああなったら?
お母さんや湊や、六花ちゃんや祭先輩に幻滅されるだろう。それが怖い。
だから、お酒は飲みたくない。
それでも、こういうのを見るのは楽しい。お祭り騒ぎを傍観しているのが自分にはお似合いだと、再確認できてしまう。
そういえば祭先輩、大丈夫かな?
きりんさんがお母さんに連絡して、放送でも親フラしてたし。大丈夫だとは思うけど。
ふにゃふにゃの祭先輩、可愛かったなぁ……
「むっ!?」
そんな私の良い気分をぶち壊す奴が現れた。
きりんさんの呼びかけに対して、コメントを書き込んだアイツ。
『お食事会ならいいですよ?』
その、模範解答のようなありきたりな受け答えが妙に鼻についたのだ。
他の企業勢のうちの一つ、すぱしーば。
その尖兵として送り込まれてきた姫乃古詠未。
監禁されて仕方なくVtuberになったと言いつつ自由奔放に動き回り、いつの間にやらあるてまのみんなとかなり親しく付き合っている。
口が悪いのでおしおきされるのが芸風なんだけど、それ自体はとても良いと思う。
確かに可愛いし、えっちだ。くすぐられてる時の声なんてずっと聞いていたいくらい。
……こほん。
ともかく、私はアイツが気に入らない。『こよみ』って名前が嫌いだからっていうのもあるんだけど、ちゃんと別に理由はあるのだ。
どうもアイツは、私のデビュー当時から視聴してくれていた古参らしいのだ。言葉の端々からも「ああ、見ていてくれたんだな」って分かるからね。
でもね。
それならさ。
私に直接言ってくれてもいいんじゃないの?
私がコミュ障だから、迷惑かもしれないと思って遠慮しているのかも?
それならコメントで送ってくれてもいいんだよ?
結経由でDisRordのIDは知ってるからね。だいたいあるてまのメンバーはほとんど登録してるんだし。送れないわけないんだよ!
私のことを推しと公言しているらしいけど。
コメント一つ寄越してくれない人の言葉なんて、嬉しくもなんともない。
推しなら私をもっともてはやせよっ!
もっとちやほやしてもいいと思うんだよっ!
結や他のあるてまの人たちとは気軽にコミュニケーションしてるのに、なんで一声もかけないんだよ?
いや、挨拶くらいはしたけどさ。
でも、それっきり何もナシ。
あれか? こっちから声をかけてほしいのか? こっちは筋金入りのコミュ障の陰キャだぞ? そんな事できるわけないじゃんっ!
「うーうー唸ってどうしたの?」
「あ、うん……なんでもない」
モニターに向かって頭の中で文句を言ってたら、口から出てたらしい。湊がテーブルからこっちに来て、後ろからモニターを覗く。そして、アイツの文字を見つけた。
「やっぱり古詠未ちゃん見てたんだ」
「あ……」
その時の顔を、覚えている。
ざよいとの対面のとき。
ちゃんと顔を合わせて、きちんと誤解を解いて、お互いに謝りあったあとに見せた、安心したような、優しい顔。
「祭さん、リタイアしてたんだ」
「うん……ちょっと前に先輩のお母さんが親フラしてきて終わらせてたよ。きりん先輩が連絡したみたい」
「へぇー、京介先輩のとこに戸羽くん行ってるんだ。男の子二人で楽しそうね」
「そうだ、ね」
その二人が一緒にいるのも、アイツの差し金だ。なんだか見ていると無性に腹が立ってきた。
ウインドウを閉じて椅子から立つと、ベッドに転がる。いきなりな行動に湊が驚いているけど、今はちょっと余裕がない。
「眠くなってきちゃった」
「そう? ちゃんと布団掛けてね。もう夜は冷えるんだから」
「うん……ありがと」
リビングとを隔てる扉を静かに閉めて、湊がいなくなる。気まぐれな私の行動に腹も立てずに、彼女は忠告までしてくれた。
本当は楽しいお泊り会だったのに……配信なんて見なきゃよかった。
でも、こんな気分じゃ絶対当たり散らしてしまうだろう。
湊は優しいから。
自分のせいで私が気分を害したと思うだろう。
そんな思いはさせたくない。
くだらない事を考えていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。
※
「画面に向かって唸るのは、よくやる癖だぞ? その後高確率で不貞寝するのもな」
フォローしてくれているのか、席に戻った私に千影さんがそう言った。それはたぶん、いつも通りなのかもしれないけど、理由はおそらく私にある。迂闊に彼女の名を言ってしまったからだ。
「ちょっと、彼女にとって面白くない人がいて……」
「ほう。君のところはみんな和気藹々とした雰囲気だと言っていたようだが……?」
「他企業のVtuberでして。個人的に知り合っていて、何度か世話もしたんですけど……それが面白くないようで」
そう言うと、ちろりとこちらを見てくる千影さん。イタズラ好きそうな瞳がこちらを覗く。
「人んちに来て娘とお泊りしてるのに他の女の子の話が出たら、そりゃあ面白くなかろ?」
「うえっ? そそ、そういうのでは……」
「しかし、あの子が嫉妬するとは湊もやるな。以前は私くらいしか居なかったのだが」
ニヤニヤと笑う千影さん。今宵の遺伝子の大元であるためか、一児の母とは思えないほど綺麗である。この人と街を歩いていたら、私よりも彼女に声をかける男性のほうが多いと思う。
「その子はアレか? あれより可愛いのか?」
「見た目は、そこまでじゃないんですけど……なんだか危なっかしくて」
「私が言うのもなんだが、あれも相当危なっかしい。それ以上とはなかなか厄介だな」
千影さんが同情するように言いながら酒を傾ける。蕎麦焼酎をロックで飲んでいるからか、少し酔いの回った顔はほんのり桜色。思わず見蕩れてしまいそうになるので、目を逸らしながら言葉を続ける。
「初めてあった時はVtuberだって知らなくて。公園でポツンと座っていたんです」
それから、初めてあった時の
「おい、穏やかじゃないな? それって虐待じゃないか?」
「本人は父親と良好だと言ってましたし、特に怯えた様子もなかったし。後から知ったんですが、父親は海外に単身赴任したそうで」
「母親は?」
「居ないそうです」
「なんでそんな状況で単身赴任とかするんだ? そいつはバカだ……と言うか人でなしだな」
相当憤慨しているのか、語気が荒い。それを私に当たられても困るなぁ。
「ただ、家政婦さんを二人付けていったそうで……生活に不便は無いそうです」
「そういう問題じゃないだろ。そんな話を受ける方もおかしいが、振る方もどうかしてるな! 私ならそんな奴に渡航なんてさせない」
「まあまあ……事情が有るようですし」
宥める様に言うと、少し落ち着いたようでグラスを一口嘗める。そしてこちらを睨むように言った。
「なんて言うのだ? その子は」
公になってる名前ならいいだろう。私が答えると彼女は頬に手を当てて考え込む。
「姫乃古詠未……どこかで聴いたような」
「つぶやいたーでも時々トレンドに乗りますし。ほら」
私がスマホのアプリを起動させると彼女に示す。そこには電車の中で戯れる少女達の動画や、この間炎上した相葉京介とのコラボのまとめなどが並んでいる。
「ほう……確かに可愛いな。まあうちの子には敵わんが」
「Vtuberとしては珍しいんですが、顔出しも多いんですよね。すぱしーばはあまり気にしてないようで」
「……すぱしーば? なんだ?」
「古詠未ちゃんの所属する企業です。日本法人らしいですよ」
「ああ、あのすぱしーばか」
「ご存知でしたか」
「ああ。降って湧いたような話だが、革新的な技術を有しているとか。その辺りの話は耳にタコだ」
すぱしーばの名は、あの配信からそちらの業界では一番の注目株らしい。彼女の会社もたしかそっち方面なので、話題にはなっているそうだ。
「そうか……配信がどうとか馬場山が言っていたけど、そういう事だったのか」
「あの動画は見てないんですか?」
「私は娘の配信すらろくに見てないんだ。しかし、そういう事なら後で見ておくか。それで、古詠未といったか。本当に問題は無いのか?」
「少なくとも表面的には問題なさそうですよ? お金もお父さんから渡されてるみたいですし」
すると、千影さんが声を荒げる。
「おいっ、今宵より小さいじゃないか」
十六夜桜花とのツーショット写真を見た時に、彼女が怒り始めた。他の写真だと対比が分かりづらかったようだけど、たしかにこれは小さく見える。
「そ、そうですね。中学生ですから……それでもちっちゃいとは思いますけど」
「高校生にもなってない子供を放ったらかしとか……ブッ殺すぞ」
「ひぃっ?」
な、なんだか千影さんの殺意が高まってる?
というか、私に言われてもぉっ?
「本名は? まさか姫乃では無いだろう」
「あ、えっと、殿田
そう答えると。
それまで怒り狂っていた千影さんから殺意の波動が消えた……消えた? 正確には違うらしいがその時の私はそう思えた。
「ほう……そういうことか。あいつに娘がいたとは、知らなかった。よくもまあ、
方向が定まっただけだ。
殺意の向かう方向が決まったので、周囲にまき散らさないようになっただけだった。
すると、自分のスマホを取り出すと、ぱぱっと操作して通話アプリを動かす。しばらくすると、チッと舌打ち。
「SIM外してんな。まあ予測済みだ」
さらに素早く操作してメッセを送っている。すると、着信が次々と入ってくる。それを確認するとまたしても、チッ。
「誰も知らんか。てか部長や課長が知らんとかどういう事だ? 赴任先は……サンクトペテルブルク? 直行便ねぇじゃないか」
「あ、あの……ど、どういう事、なんでしょうか?」
いきなりな事でよく分からないけど、千影さんが何をしているのか理解できない。すると、彼女はこちらに目も合わせずにさらりと言った。
「殿田暦。その子の親は、私の元部下だよ」
……あー。
せ、世間て、狭いね……
「お、終わり、ですか?」
「ああ、済まない。助かったよ」
メモやノートに書き散らかした文字の羅列。
三分の一くらいは、彼女の物だが残りは私が書いたものだ。スマホから集められた情報を書き集めていたのを見かねて手伝っていたら、時刻はすでに深夜二時。そろそろチラシの裏でも使わなきゃいけないかと思っていた所でようやく終わった。
かつての部署の部下に一声かけたら、いろんな所から情報が集まってきたのでそれを纏めていたのだ。まあ、すごいもので、自社の他部署はもちろん、他社や他業種の人間からも連絡があった。これが彼女の力だと思うと、この若さで専務とかも頷けるかな。
まあ、殆どは古詠未の情報であり、父親の方はあまり芳しくなかった。
「辞令は人事から正式な書類だったか。ただ内示だけで理由も不明瞭……まあ、アイツならどこに行っても死にはせんがな」
「ズドラーストヴィチェって会社ですが、部署とか明示されてませんね」
「こちらに知らせていないだけだろう……あそこは一回行ったから、その時に気に入られたのかもな」
殿田暦氏の現在の住所はおろか、連絡手段も無い。
人事でも無いので会社経由での話も聞けない。
元の携帯もメールもRINEも、一度だけ既読が付いたきり音沙汰が無い。
「直接の連絡手段が何一つないとか、徹底してるな」
「莉姫ちゃん、どうやって連絡してるのかな?」
「そうだな、その方が早いな」
言うが早いか、彼女は電話をかける。
ちなみに今は午前二時。一般的には就寝している時刻だが、彼女は躊躇いがない。
「あの、どこへ?」
「元の家さ。変わってなければ娘もそこにいるだろ? そちらに聞けば分かる」
私はそこまで介入するつもりがなかったので聞かなかったのだけど、千影さんは躊躇わない。
元の部下という知り合いだからなのか、義憤によるものかはさておき。
この行動力は凄いと思う。
でも今、深夜だからねって言おうと思ったけど……止めても止めないだろうと考えて放置した。
数コール後に電話が取られ、電話口から声がする。
「……はい」
聞いたことのない、男性の声。
だが、彼女は楽しそうに顔を綻ばせた。
例えて言えば、釣りで大物がかかったような。
「おはよう、殿田。里帰りしてるとは思わなかった」
「……え、えっ? せん……む?」
「……むぁ、ふぅ……」
「……ふふ」
「あ、いやこれはお花で、そのあの……」
「ああ、娘さんが居るんだって?」
「ぶふっ!」
「独り者だと思っていたら隅に置けないなぁ。年齢からすると私の元にいた頃からじゃないか。一言も無かったなんて、冷たいじゃないかね」
「あ、あの……それはもうしわけ、ないと……」
「そこも含めてじっくり話がしたいなぁ。明日にでもそちらに伺うよ。やさは変わってないようだし」
「あ、明日はその。仕事が有りまして……」
「ああ、そうだな。いきなりというのもなんだ。連絡手段は知れたのだし、それは追々で構わんか。追い詰め過ぎると獲物は逃げてしまうからな」
……言葉で追い込んでいくそのやり方に、私は恐怖を感じると共に尊敬の念を抱く。
そして、少し同情してしまった。
たとえあの子を放ったらかしていたような人だとしても。休みにわざわざ帰ってくるだけ子煩悩なのだと分かったから。
「……ん〜、だぁれ〜?」
「ばか、黙れ……」
「娘がいる家に女を連れ込むとか、随分と女たらしになったものだな? その辺もきちんと説明してもらいたいものだ」
「は……はは……」
……前言、撤回。
やっぱ最低だ、この父親。
こうして、睡眠時間を盛大に削ったお泊り会は終わったのだった。
思わず冷や汗の出る展開。寝起きでドッキリってレベルじゃねえぞ(笑)