気付いたらVTUBERを強要されていたおっさんJC 〜お空に監禁されて仕方なく〜 作:二三一〇
今回はアイリス視点から始まり、※以降は、黒猫さんの母、千影さんの視点となります。
「おい、ヤバい、起きろ、寝ぼけンな、さっさと目ぇ覚ませ、合体しろ、ほら早く、そうしないと俺が、死ぬ」
「くぁ……こよみさんが死ぬわけないじゃないですか」
アイツらと戦って生還してきた人が、簡単に死ぬわけはない。もっとも、記憶からは消してあるので本人に自覚はないだろうけど。
「いいからとっとと合体しろっ。ここから出る、そうしないと俺の心が殺される」
「だから、なんだって……」
「ああ……奴が、クロネが、来てしまう……だからナンバーディスプレイにしておけばよかったのに……そもそも家電繋いで置かなければ良かったんだよな。殆ど携帯で事足りるし、契約変えたから知り合いからの連絡なんてこないと思ってた。うかつだった、本当にバカだ、オレはなんて、アホだったんだ……」
「うっは……ウザ……」
ヲタク特有の早口でまくしたてる泣き言にうんざりした私は、仕方なく唱術を使うことにする。
『催眠深度一。鎮静化』
「う……なんだ? 専務から電話があって、それで、いや、マズい、だめだ、のんびりしてたらいけない、アイリス、さっさと合体を……」
「? どんだけ恐怖の対象なの? アンタそんなに弱くなかったでしょ? あ、そっか。最適化が進んでるから、精神面も普通に近くなって……」
本来の彼……いや彼女なら、恐怖などは感じない。だけど、それに戻すのは私の本意ではない。
あくまで、普通の人としての生を全うさせる。
それこそが史上の命題であり、私の出来る唯一の罪滅ぼしだ。
「だから、合体して、お願いします、アイリス様、このままだと俺の聖域が、心の拠り所が侵されるぅ……」
「うわっ、キモッ!」
「うっ……ぐぅ……」
人が真面目な話をしている時にこの人は……。面倒だから一度眠らせた。
夜中だというのに、忙しないなぁ。せっかく久々に別々に寝られるというのにこの人は。
ん……これは良くないな。
私のこの感情も、本来のものじゃない。
これに流されるのは、ダメだ。
「……あふ。もう、眠いんだからぁ」
そう言って、彼の側で寝る時の定位置へ戻る。枕元に落ち着くと、ゆっくり眠りに落ちた。
それから数時間後、プリムラからの念話によって起こされた。物理的な距離が近い場合、位相空間にも届くこの唱術は便利だ。彼女達がここに居るのも、すぱしーばとの連絡員としての役割もあるのだ。
『アイリス様、アイリス様、お目覚めになって下さい』
「……ふぁ……うん、あれ? プリムラぁ?」
『至急、現実界にお戻り下さい。ご来客がこよみ様のお宅の扉を叩いておりまして、些か近所迷惑でございます』
「ああ……そんな話、してたっけ……ちょっと待って」
眠っている暦さんを起こさないように、頭のそばに回る。額に口づける感じに触れて、合体。見た目はお花だけど、やっている私にはそのままの感じなのでやはり気恥ずかしい。
私は彼に『合体』と言って教えたが、実のところこれは少し違う。
正確には電脳空間に保管している女の子の身体と入れ替えている。心はそのままに、身体を入れ替える。私はその橋渡しをしているに過ぎない。
入れ替わり、莉姫となったこよみさんの中に私は残る。実際は髪飾りや花という形だけど。
これもシステム的に仕方がない仕様だ。私が電脳空間に残ったら、こよみさんとの繋がりが切れてしまう。だから、髪飾りも絶対に外さないようにと注意しているのだ。
「よっと」
こよみさんが寝ていたり、意識のない状態だと私はその身体を動かせる。起きて、歯を磨いて、トイレを済ませて。流石に朝ごはんを食べてる余裕はないかな?
寝間着からわりと小洒落た部屋着に着替える。
最近は一人で服を買うのも慣れてきたようだ。もっとも、店員の着せ替え人形宜しくで買うようになってるので、次の課題は服のセンス、かな?
「ほいっ」
外を見れば、青空が一気に曇天に変わり驚く人もいるだろう。『お空の結界』は、繋げるのも封鎖するのもわりと簡単にできる。
ただ、空間が安定しなくなるので二、三時間の余裕が無いと再度戻す事が出来ない。
これは技術とかではクリア出来ないものだ。
「繋げたわ」
『ありがとうございます。準備が整ったようですので』
『構わんのだな、では開けるぞ』
ガチャリ
玄関扉から見えたのは、彼の記憶の中にある女性だ。
「……朝早くから申し訳ない。お父上はご在宅か?」
凛とした声に、怒気はない。むしろこちらを見て少し安堵しているようにも見える。
『……まだ、起きないみたいですね』
ならば、仕方ない。
このアイリスが、お相手しようじゃないかね!
「あの……どちら様でしょう? いきなり他所様の家の玄関を開けるなんて、穏やかじゃないですよ?」
にっこり。
満面の笑みを浮かべて、そう言ってやった。
「君の父親の元上司なんだが……そうだな、確かに無礼だった。名乗りもせずにドアを開けて申し訳ない。すまなかった」
「こよみさんの……いや、親父の元上司? それは知りませんでした。親父は早朝出掛けてしまったようで……今日はそのまま向こうに戻ると言ってました」
彼女は丁寧にお辞儀をして黒音千影と名乗った。
私もぺこりと頭を下げながら、そう答える。たぶん彼は会いたくないだろうから。
向こうもそれは分かっていたようで、やれやれといった風情で諦めているようだ。
玄関先での問答もアレなので中に入れると、プリムラとダマスケナもこちらに入ってきた。
「家政婦の方が隣に住んでいるとは思わなかった。しかもどちらもお若いな」
「親父が付けてくれたのです」
プリムラとダマスケナを紹介して、二人には仕事をしてもらう。プリムラにはお茶をいれてもらい、ダマスケナには他の部屋の掃除だ。仕事をしてる所を見せるのも大事だからね。
お迎えするのは当然のようにダイニングテーブル。居間は掃除中だし、客間にはプリムラとダマスケナの私物が置いてある。寝室は言わずもがなだ。
彼女はちらり、ちろり、と視線を巡らせている。たぶん色んなチェックを入れているのだろう。プリムラの淹れてくれたお茶が出されて、私はそれを勧める。
「緑茶は切らせていまして」
私は先に口を付ける。熱いお湯で淹れた紅茶を、わざわざ冷ましてくれている。こういう気配りはプリムラならではだ。
「ああ、頂こう」
やはりと言うべきか、砂糖のポットには手を出さない。私は一杯だけ入れている。甘いの、おいしいよね♪
「それで、ご用件はなんでしょうか?」
「うむ。大した話ではない。君の件で聞きたいことがあってね」
わたし? ああいや、莉姫の事か。
あらましを聞いてみると、要するに莉姫の事を心配しての訪問ということらしい。
「……という事だ」
「なるほど。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。しかし、誓って申しますが親父から虐待を受けたり、放置されたりはしておりません」
「放って海外に行った事は何とも思ってないと?」
「仕事ですし、不自由なく手配してくれたので不満はありません」
そう答えると、じっとこちらを眺めてくる。
この視線は確かに苦手かも。こよみさんが嫌がるのも分かるなぁ……。
「湊から聞いたが、男物の下着を着ていた事があったらしいな」
「ぶっ……あ、はい」
「あれは虐待に当たる行為だ。女子に男子の下着を強要するというのは、まあ稀だと思うが。それに関して、思うところは無かったのか?」
「それは、その……こっちとの常識の差と申しますか……」
そう答えると、彼女は顎に手を当てて考え込む。
「国内の子では無いのだな?」
「え……はい、まあ」
「忠告しといた筈だがな。やはり厄介ごとに巻き込まれてるじゃないか」
あれ? なんだか勝手に納得してるな?
さてはこよみさん、海外でも余計な人助けしてたのかな? あんな人だから女の人がほいほい引っ掛かってもおかしくはないし。
「大体事情は察した。後は奴から聞くとしよう。それで莉姫くん、と言ったな。なにか困った事は無いか? アレは大体の問題はクリアするだろうが、基本的には気の回らない駄目な男だ。女性としての視点に欠けるからな」
詰問口調から、親身な言葉に変わる。ともかく、莉姫の事はこれでいいらしい。
では、ひとこと言おうか。
「僭越ながら。親父の事を悪く言う方がいるので、その人を遠ざけて欲しいです」
じっと見つめてそう言うと、理解してくれたようだ。
ため息を一つついて、こちらに謝罪してくる。
「すまなかった。悪しざまな言い方になっていたな」
ご理解頂けて恐縮ですと、頭を下げる。
「私にとっては大切な人なので、悪くは言われたくありません」
「うん、そうだな。その辺りを失念するとは、私もまだまだだ。しかし、本当に無いかね? 私はかつてとはいえ彼の上司だ。彼が至らない所は理解しているし、力にもなれると思う」
……なんだか、こよみさんのイメージと若干異なる印象だなぁ。普通にいい人っぽい。まあ、小さな女の子相手とおっさんとじゃ違うのは当たり前かもしれないけど。
「私も子供を一人残して仕事にかまけていた口でな。だからと言うのはなんだが、そうした事が気になるんだ」
……やっぱりいい人じゃないですか。
それでも、この人を近づける訳にはいかない。こよみさんが萎縮するし、関係の深い人が近くにいると影響が出てしまう。
「私の後見人はすぱしーばの代表取締役が引き受けてくれています。私生活の方も二人がいれば特に不自由もありません。学校も通い始めましたし、Vtuberとしての活動もあります。今は充実した生活で……親父には感謝しかありません」
私の中の素直な気持ちを打ち明ける。
こよみさんには、感謝しかない。
言葉などでは伝えきれないくらい、たくさん。
それは莉姫としてのものではないけど。
彼への気持ちであるのに、変わりはない。
※
やれやれ。
アイツが逃げるのは分かっていたから別にいいが、この娘。思った以上にしたたかだ。
湊の言っていた人物像とはまるで違う。
危なっかしいところなんて微塵もない。
立ち振る舞いは毅然として、ブレない。
アイツに対しての絶対的な信頼を持っていて、守ろうとまでする。
見た目からは、アイツの娘といってもさほど疑念は抱かない。
少し青の混じる黒い髪は背中辺りまでの長さがあり、首元の辺りでシュシュで纏めてお下げにしている。
その色は紛れもなく奴の髪色と同じだ。
肌の色や顔立ちは日本人にしか見えないが、瞳の色だけが違う。吸い込まれそうなくらいの深い蒼の瞳は、他国の人間の血が混じっている証左だ。
元々海外に行かせる事が多かったのだが、それは彼の知識や仕事の能力故ではない。
彼は荒事や揉め事をいとも簡単に対処する。
およそどんな所に送っても、彼なら問題なく生還するからだ。仕事自体は及第点だが、これほど便利な存在もいない。
海外の仕事に同行する事があった。
その折に街なかで発砲事件が発生した。
バーで食事をしていた時だ。
窓から見えたのは拳銃を構えた男であり、女に対して恫喝していた。痴情のもつれか、単なる強盗か。そんな事はどうでも良かった。
もちろん私は身を隠した。自分の身は自分で守れ。それが普通だ。
だが、彼はいきなり灰皿を取って投げつけた。窓ガラスを割って飛んだそれは、男の拳銃を弾き飛ばした。
何が起こったか分からない男に、割れた窓ガラスから飛び出した彼が組み付き、軽々と地面に投げて組伏せた。男の手は手首から反対を向いていて、投げられた衝撃で気を失っていた。
そうして素早くこちらに戻ってくると、私に頭を下げた。
「窓ガラスの弁償代、貸してくれませんか?」
思わず、そんなのは奴らに請求しろと言って彼の手を取って逃げ出した。面倒事にしかならないのは明白だったからだ。
彼はだいたい、そんな事をしてしまう
正義感とかではなく、なんとなく。
それから私は、彼に同行する事はやめた。
命がいくつあっても足りない。
そんな所に送り込んで言う事ではないが、私とて娘のいる身だ。危険な真似は出来なかった。
アイツの事を男として見た時期は確かにあったが、この一件以降はすっぱり諦めた。それに今宵もアイツとは反りが合わないようだったし。
おそらくだが、そんな感じであの子は出来たのだろう。アイツも見た目はそんなに悪くはないから、そういう間柄になる女もいたはずだ。
だが、彼女だけが日本に来ている事から事情は推察できる。おそらく鬼籍に入っているに違いない。
海外で生活していたわりに日本語が堪能な所から、頭も人並み以上であろう。アイツも語学は出来るから遺伝なのかもしれない。
見たところ、本当に手助けが必要には見えない。二人の家政婦もちゃんと仕事をしているし、あのすぱしーばが後ろ盾だ。
アイツに感謝しているのは本当のようだ。
はじめは詐欺かと疑ったが、およそ引っ掛けるというのは子供には難しいだろう。アイツが騙して連れてきたと言った方がまだ説得力がある。
しかし、それも有り得ない。アイツは女に対してひどく甘い。騙される事はあっても騙すなど想像出来ない。
それに。
莉姫の信頼は揺らいでいない。
アイツは親という絶対の信頼を勝ち得ている。
むしろ、余計な口を挟む私を敵と認識している。
まるで威嚇しているようだ。
……一つ、疑念が湧いてしまった。
下衆の勘繰りとしか言えないのだが、聞いてみる必要がある。
「つかぬ事を聞くが……莉姫さん。昨夜はよく眠れましたか?」
「? はい、久しぶりに一緒に(枕元で)眠れました♪」
……
…………
少し放心しながら、私はアイツの家を後にした。
前言を撤回しよう。
この子は、マズい。
アイツを父として見ていない。
私は、監視の目を強化する事に決めた。
「ク、クロネが……」
「こよみさんが寝てる間に、私が追い返しましたよっ♪」
「……お、怒ってなかったか? 変なこと言ってないだろうな?」
「ちゃんと莉姫として受け答えしたよ? 最後は私達の父娘の絆に、感動して言葉もなかったんだから!」
「お前に娘って言われると少しモヤっとするけど……まあ、助かったよ」
人は、信じたいことしか信じない。
確証バイアスという言葉を失念している暦であった(笑)