気付いたらVTUBERを強要されていたおっさんJC 〜お空に監禁されて仕方なく〜 作:二三一〇
駅前にて人を待つ。
この行動自体は特に奇異なものでもないし、現在の俺の容姿からすれば「学校帰りに友達と会うのかな?」程度に思われるだろう。
この制服はこの辺りではやはり目立つのだが、一度帰るわけには行かなかったので致し方ない。
時刻は四時少し過ぎ、帰途につく学生や会社員もいるし、買い物帰りの主婦や一杯引っ掛けた爺さまなども垣間見える。このくらいになるともう夕暮れを感じさせるので、風は少し肌寒い。学校指定のコートを着るほどではなくても、カーディガンくらいは欲しくなる気温であった。
「ちょっと早かったか」
『16時だから遅れてるくらいでしょ。向こうも遅れてるだけじゃない?』
「まあ……ガバ言うほどではないか」
独り言にアイリスが答えてくれる。周りには聞こえないので迂闊に返事をすると怪しまれる……と思っていたのだが、最近はそうでもない。
Bluetoothイヤホンの普及からハンズフリーでの通話が一般的になっていたのだ。文明の進歩は恐ろしいね。
「まっ……た?」
後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこには可憐な美少女がいた。
息が少し荒いのは走ってきたからだろうか。
艷やかな黒髪、抜けるような白い肌。やや吊り目気味だけど、その困り顔からは威圧的な感情は読み取れない。
かつて会った頃から変わる事なく……可愛いその少女は、小首を傾げて尋ねてくる。
「あの……莉姫ちゃん、だよね? アイツの、子供の」
「……あ、ああ。はい、一応そうなってます、はい」
しどろもどろ。
見とれてしまって俺は、柄にもなくそう返答した。いや、今の姿なら別に怪しまれないとは思うけど。咳払いを一つして、改めて挨拶をする。
「殿田
「あ……く、黒音、今宵です」
消え入りそうな声音で答えてくれた。
コミュ障というのは本当らしい。
俺が会った時はそんなふうには見えなかったのだが、それが小学校にあがるかどうかくらいの頃だと思い出した。
なから十年近くも前のことだ。それだけの年月があれば人の性質は変わってしまう。
正確に言えば再会ではない。巡り合わせから会うことになった同業者、かつ親が知り合いの子供同士という事になっている。少なくとも莉姫としては。
もじもじと手をいじる今宵に、なんとなく昔の姿が重なる。こういう所は変わらないな。
「どこか入りましょうか。喫茶店とかファミレスとか……」
「ん……、外食は、苦手で……あんまり」
あー……
そうッスね。コミュ障の陰キャぼっちとかそういう所は行かなそうだもんね。さて……困ったぞ? 流石にずっと立ち話とか無理でしょ?
それにコッチをチラチラ見てるガキ共がいるのも厄介だ。
俺一人ならあしらうのも簡単だけど、今宵と一緒だと無理ゲーだ。後で俺(暦)が殺される(千影に)
あれこれ考えていると彼女がおずおずと話してきた。
「か、カラオケ店なら、いい」
? どういうこと?
たしかに入ってしまえば個室だから人目にはつかないけど……黒猫って歌あんまり好きじゃないよな? まあ、入ったからには歌えというわけでもないけどさ。
他に代案もないので彼女の行きつけのお店に行く。どこにでもあるカラオケ店に入ると、そこに意外な顔がいた。
「いらっしゃいませー……て、古詠未? それにまあ、君もか」
「サラッと名前出さんでよ、ねー様」
「そっちも仕返ししてるじゃんw」
俺がねー様と呼ぶのは十六夜桜花だと知っている人もいるかもしれない。黒猫と呼ばないだけの節度はあったのでこの程度で済ませるけど。
「……本当に、仲いいんだ。びっくり」
「初めは引いたよ。こんなのありえねーって」
「おい、素が出てるぞ? 身バレしてるんだから少しは気ぃ使え」
スマホで会員情報を確認して、ルームを確認。時間は……一時間? 二時間で? 大丈夫? 初めて会った人とそんなに長くいて平気?
「わ、私も少しずつ、成長してるから……話もあるし」
「そうですか。じゃあ、二時間で」
「はいよ。後で配信見るからね」
「これ、仕事じゃないからね。ただの、お話だよ?」
「ふうん……ま、いいけどね」
「……」
二人なのにちょっと広めの部屋にしてくれたねー様に少し感謝。でも、休憩中の乱入とかは断固拒否する姿勢です。今宵のためにもね。
とりあえず何か飲むか。今宵に聞くとなんでもと控えめに言うので、折角だからジャスミン茶を淹れてきた。ティーパックがあったから仕方ないね(笑)
「あ……これ、ウチでも飲んでる」
「それは良かった。コーヒーとか苦手そうなイメージだったからこれにしたけど、苦手な人もいるからね〜」
そういえばジャスミン茶にハマる原因は専務……あの頃は部長……いや課長の頃か? なんにしても千影女史だ。家で飲んでいるのは必然かもな。
二人で言葉も交わさずにずず……と茶を飲む。なんか気まずいなと思ったら、コンコンとノックの音がした。
「ご注文の品でーす」
「え? あの」
「頼んでないよ?」
俺たちの声を聞こうともしないでトントンとテーブルに皿を置いていくねー様。
「義妹の友達が同僚と交流してるんだから、せめてもの援護射撃さ」
パチリ、とウインクする彼女は、なるほど確かに女の子にモテるというのも頷ける。俺はこういう所が下手だったからな〜。
「あとは邪魔しないから。本当だよ?」
「ウザ、はよ仕事戻れ」
「へいへい。じゃーね、今宵ちゃん」
闖入者が置いていったのは、なんとも可愛らしいケーキが二つ。フルーツ一杯のショートケーキと、しっとりがっつりショコラトルテ。
彼女は少し見比べてショコラトルテに手を伸ばそうとするが、こちらを見て手を止めた。なんで?
「さ、先に選んで?」
「僕はどっちでもいいから、お好きなのどうぞ?」
「でも……」
「よかったら両方いってもいいよ?」
「ふえっ? そんな……むり」
うーん。優柔不断な所もあるのか……よし、ならこうするのはどうかな?
「取皿もらって、半分ずつにしよう」
「え、ええ?」
言うが早いか、室内の電話を取る。
「おーい、ねー様」
『(ガチャ)あのさ。ボク以外にも店員いるの忘れてない?』
「ごめん、取皿二つ貰える?」
『ワガママなお姫様だなぁ。りょーかい』
会話を済ませると、すぐにねー様が皿を届けてくれた。意図は理解してたらしく、パパっと切り分け、ナイフは回収していく親切設計だった。
「ざよいって……気の回る人だったんだね」
「可愛い女の子見ると張り切り過ぎちゃうだけッスよ?」
当てはまるのが自分とは言ってない。黒猫さんにいいカッコしたいからだと思う。
まあ、その辺りのバランスが取れてきたのは認める。ガツガツしてた頃は正直怖いと思ったし。
食べてみるとなかなかにおいしい。
男としては甘いものも意外と嗜む方だったけど、年齢的に辛くなっていた事もあり控えていたのだけど……この身体の時はなんなく入ってしまう。女子の身体ってスゴイと感心するレベルである。
別腹ってちゃんとあるんだね……
今宵もはむはむと食べては顔を綻ばせている。チョコレート大好きと言ってたけど、フルーツの方も普通に食べてて一安心。
寒い所から温かいお茶にケーキとか、極楽かよって感じだ。
「はっ……和んでる場合じゃなかった」
「僕はいいッスけど? 時間もありますし、一曲いきます?」
「遊びに来た訳じゃないの。気になること、聞かなきゃ」
食べかけのケーキ皿を置いて、今宵がこちらを見る。
居住まいを正してじっと見ると……なんだか目を泳がせ始めた。あ、そうか。コミュ障の人に目を合わせるのは色々とダメか。難儀だなぁー。
目線を少し下に向けると……今度はたわわな果実に目が行くし。何これ、拷問? 仕方なく、正対しながら目をそらすという社会人にあるまじき態度で応対することに。態度悪いな、オレ。
「殿田さんの子供、なんだよね?」
「はい。一応、親父の血はひいてます。半分は、そのあれですけど」
「うん……聞いてる。お母さんから」
そのあたりは共有してるのね、話が早い。面倒だから設定とか考えてないけど、そのうち決めておかないといけないかもなぁ。
すると、意を決したように今宵が口を開く。
「わたしは、あの人が嫌いだった」
うん、知ってた(小並感)
専務の家で顔合わせの時に会った今宵は、あからさまに警戒していた。ちびのくせに体いっぱいに嫌悪感を詰め込んで、千影さんを困らせていたような気がする。
こっちも大人なんだから気にするなよ、と言われても仕方がないと思いつつも……その年に見合わない口ぶりに腹が立ったものだ。
「あー……デリカシー無いッスからね、親父」
自分の事をデリカシーが無いと卑下する。なかなかに自虐的だ。
「そうじゃ、ないの。ただの、やきもち……だったのかな? たぶん」
俯きながら、そう答える今宵。憂いを湛えた美少女とかヤバいな。
鬼も十八、番茶も出花とは言うが、この位の年頃はどんな娘でも可愛く見えるものだ。
それも千影さんの娘である。
可愛くないわけがない(断言)
今は同性だし、自分の子供のような年の子にそういう感情を抱くのは良くないと思いつつ……それに抗うのはかなりシンドイなぁ。
「お母さんを取らないで。そう言いたかったのに、色々と困らせて……結局追い返しちゃって」
「あ、あー……そうなんスか」
適当に相槌を打つけど……やっぱりそう思ってたのね。
俺としてはそんな考えは微塵もなかったけど。 あの人がわざわざ休みを作って愛娘と会わせようとしてたから乗っただけの話である。
しかし、ませた子供だったんすねぇ……
「だ、だから……その。あなたの事も、嫌いだった」
「はあ……」
古詠未が黒猫推しという事は、配信中にも何度も言ってはいた。だけど、それは別に彼女に好きになってほしいという意味ではない。
俺が推したいだけであり、そこには彼女の意思は関係ない。もちろん迷惑だからやめろと言われれば仕方ないけど……気持ちまでは変えられない。
「迷惑でしたか?」
「め、迷惑とかじゃなくって……その、どう応えていいか、分からなくて」
人の好意に慣れてない。
端的に言えばそういうことだ。
だが、これは俺にも心当たりがある。
デリカシーが無いと後輩の馬場山にも言われた。当然、千影さんにも。
このあたり、俺もコミュ障っぽいと思えるのだ。最近は女の子視点で行動する事も多くなって、多少はマシになったけど。
「この間の配信のときも……湊、取られちゃうって思って……荒らしコメやっちゃったし」
「それは、気にしてないのでいいッス」
「でもっ……」
「優しいですからね、湊さん。誰にでも優しさ振りまいちゃうから、気になったんですよね?」
そう答えると、なんだか萎むように身体を縮こませる今宵。なんだか膨らんでた尻尾が萎む姿が幻視できる。
「僕にもそうでした。あの人との出会いって、聞いてます?」
「え? いや、知らないけど……?」
そこは教えてないのね。オーケー、では少し話してあげよう。
ゆいままは、誰にでも天使だということをね。
俺と湊さんとの出会いを話しおわった。
今宵の方も少しは緊張がほぐれたのか、こちらと話しながらゆっくりケーキをつまんでいる。ちなみに、俺のショコラトルテの残りは進呈した。
帰ってからご飯が食べられないと、プリムラが悲しむからね。
「でもアイツらしい。女の子に男物とかw」
「いや、お恥ずかしい限りで」
「ちゃんと言わないとダメだよ? 男って言われないと気付かないから」
「……あ、そうッスね」
耳の痛い話である。
そんな話をしていたら、結構時間が経っていたようだ。あと、二十分くらいで時間になる。
「もうこんな時間ッスね」
「莉姫ちゃん、帰りとか大丈夫?」
「え? 平気ッスよ?」
暴漢とか出てもなんも怖くないし。
だが、彼女はしきりに感心していた。
「スゴい……わたし夜道とかムリだし」
「あ……送っていきましょうか?」
「わ、悪いよ。それに中学生に守ってもらうのは……さすがに恥ずかしい」
まあ、世間体考えたらそうかもしれんけど……ぶっちゃけ彼女を夜道に放り込んだら、なんだかヤバい事になりそうで怖い。
ここは強引にくっついて行く事にしよう。
「あ、ちょっと待って。家に少し遅れるって連絡するから」
「私も、お母さんに連絡しとこう」
あ、そうか。専務だから帰宅時間はかなり安定してたんだっけ。つまりすでに帰宅しているのか……行きたくなくなって来たな。
「お母さんが、寄っていけって」
あー……それがやだったんだよなぁー……
やっぱり用事あるから帰る事にしようかな?
「えっ……」
あああ……あからさまに落胆していらっしゃいますねぇ。あれ? そんなに仲良くなかったと思うんだけどな。
千影さんはアイリスの話だと、莉姫に対しては敵対的というより同情的だとか。そうだよな?
『……ぐー』
……寝てらっしゃるとは思いませんでした。
しゃーなし。諦めよう。
「ありがとうございましたー」
ねー様が営業スマイルで送り出してくれた。
ちなみにケーキはお代に入ってたよ。この姉貴、スパチャで稼いでるんだから義妹に奢るくらいなんでもないだろっ
まあ、美味しかったからいいけどさ。
ブーッ
スマホに着信。メッセージだ。
『本当は送りたいけど、まだ終わらなくて』
まあ、お仕事ほっぽりだすのは良くない。『今度は奢ってね(はあと)』と入力して送信。ねー様の誠意に期待するっ!
すでに時刻は十八時半。いつもなら配信の時間であるが、今日はおやすみである。
辺りはすっかり暗くなっているが、まだ人通りは多い。帰りを急ぐサラリーマンや、それを呼び込む居酒屋の店員。これから集まって騒ぐパーティーピーポーなどなど。雑多な人間の暮らしがまざまざと見せつけられている。
「ん……」
その勢いに圧倒されたのか、今宵が一歩後退る。さっきの口ぶりから、夜にコンビニに行く事すら無いようだ。
しゃあないなぁ。
今の俺は、女子中学生。特に怪しくはないはず。
「あ……」
「いやなら、やめるけど」
「ううん、大丈夫。ありがと」
今宵のちいさな手を、さらに小さい手でつなぐ。
女の子同士でもたまにやってるところを見たりするけど、あれって普通なの? 自分的にはかなり恥ずかしい行動な気がするんだけど。ねえ、男子的には恥ずかしいよね? しかも俺、おっさんだしw
傍から見れば、姉妹のように見えるかもしれない。実際、声掛けしてきた警察官もそう思ったようで、「寄り道しないで早く帰りなさい」とありがたい忠告をいただいた。
「もう、平気だよ?」
「あ、ありがとう……物怖じ、しないんだね?」
「?」
よく分からないな。怖がる所なんて何も無いんだけど……ああ、でも普通の女の子だと怖いものなのか。あいにく中身が違うんでその辺は理解出来ない。
今宵の指示に従って歩くこと十分そこそこ。今も変わらぬマンションの前まで辿り着く。
さて、帰ろうか。
と思ったら、見知った人影が玄関前にいた。
「ママ♪」
「お帰り。少し遅いから心配したぞ? ありがとう、莉姫ちゃん」
にっこり微笑む今宵のママ、こと、黒音専務。
大魔王からは逃げられない、のか。トホホ