気付いたらVTUBERを強要されていたおっさんJC 〜お空に監禁されて仕方なく〜 作:二三一〇
観測者というと大抵、口は出すわ手は出すわ。
そんな厄介な存在との邂逅です。
「そんじゃ、またなー」
「いってきます」
一人は元気よく、一人は楽しげに別れの挨拶をする。俺も手を振って二人の手を取るフェティダに「宜しくね」と、声をかけた。
「はい、畏まりました。と、と、まりーちゃん? 引っぱっちゃだめー」
「ほらほら、はやくいこー」
「ふふ♪」
万里花に手を引かれるように、フェティダ達が離れていく。
今日はチビたちの転校手続きのためにフェティダが来てくれた。人数のためタクシーを使っての通学になったけど、朝のこの辺りはなかなかに交通量が多いので時間がかかった。お陰様でこっちは遅刻間際なので別れたところで走る羽目になった。
「はっ、はっ……」
学校指定のカーディガンを着ているため、寒くはない。むしろ今は少し暑いくらいである。季節はすでに初冬のようで、街路を彩る木々は模様替えを済ませている。もう暫くすると葉っぱはきれいに無くなって、寒々しくなるな。
別れたのは初等部の辺りなので少し距離が離れているのだ。山百合女子学園初等部は幼稚舎と併設されていて、高等部と中等部のある辺りとは駅を挟んで反対側になる。
すでに通学時間帯ほぼアウトなので、同じ格好の子どもたちは見当たらない。あの学校はお嬢様校なので遅刻ギリギリに滑り込むような不心得者はほとんどいないのだ。
通学路を走っていると、前に変わった服装の女性が立っていることに気が付いた。
「……」
「!」
通り過ぎざまに声をかけられた。
反転して振り返ると、そいつはゆっくりこちらに向き直り、見つめていた。
「いま、なんつった?」
「……少女のフリをする子……そう言ったけど?」
ワカメのような前髪の隙間から見つめている瞳は、俺のように青い。そいつは淡々とそう呟いてから、通学路の側にあるベンチを見た。
「……わたしは終理永歌……時の狭間から俯瞰する世界の観測者……異なる世界から来た少女との語らいを求めたい」
そいつはあるてまのVtuberを名乗ってきた。
無視をして学校に行きたいのも山々だが、どうにも気になる。
「今んとこ無遅刻なんだけどなぁ」
そう呟くと、女性は首を傾げてくる。
「……イヤならいいけど?」
「待っててくれると助かるな。出来れば学校終わってからで……いや、いいや」
よく考えたら学校終わっても暇はない。
二人の面倒があるし。
それなら遅刻しても今にするべきだろう。
「それで、なんの用だい? 終理永歌?」
そう答えると彼女は薄く笑った。
人の感情というものがかなり欠落した笑い方だった。
「ん」
「……?」
自動販売機で買ったおしるこの缶を、彼女はしげしげと見つめている。あけ方が分からないのか? 自分の方を開けて見せると、それを真似て開けていた。少し笑っているのが印象的だ。
「まるで初めて缶を開けたみたいな感じだな」
ぐびりと傾けながら言うと、彼女もそれに倣う。口に入ったおしるこが熱かったようで、口を離して目を白黒させていた。
「あつい……これが熱い」
変な人だな。
最初の印象からそう思ってはいたけれど、今の様子から決定した。こいつは人間ではない。
「なんで終理永歌の姿なん?」
「……今のわたしは、彼女に依っているから」
「依っている?」
言っていることがイマイチ理解しづらい。
この姿は間違いなくアバターの終理永歌そのものだ。中の人は知らんが、その人では断じてないと思う。
「わたしは世界を観測するもの……だから彼女の在り方に寄り添い、依り付いた。彼女の概念が今のわたしを創り上げていると考えてくれて構わない」
「……今度は世界の観測者か。情報統合思念体の有機インターフェースってところ?」
ますますハ○ヒっぽくなってきたなと思ったが、彼女は首を傾げている。違うのか。
「……君に接触した理由は、あまりに不可解な存在だから」
「言葉通りに受け取ると、あんたが言うなって感じだがね?」
鏡を見て言ってくれ。
甘いおしるこが口の中を温める。
「疑似空間へ取り込んだところ、あっさりと脱出。その際に空間を実体化させて当該空間の人間を転移させた。不可解かつ興味深い存在として接触を試みたところだ」
「なんの話か、さっぱ分からん。も少しかみ砕いてプリーズ」
「……がぐオルというゲームの件、といえば分かるかな?」
「!」
俺は咄嗟に警戒態勢に入った。
目下一番の懸念材料だからな。
あの事件の関係者なら是が非でも情報がほしい。
彼女はこちらを見ると攻撃は止めるように言った。
「直接的な攻撃はやめた方がいい。この身は華奢なので君の力には耐えられまい。そして私自身はなんの痛痒も感じない。さらに君は情報を得られない。双方に得るべきものは何もない」
あの体は操られているだけで、今喋っているのは別というところか。物理的な手段しか持ち合わせない身としては、手を上げるしかなさそうだ。こちらを攻撃する様子もないし、話を聞くだけにしておこう。
ポケットに左手を戻し、右手の缶を傾ける。
粒が残るから少し回さないといかんのよね。
「ほんで? あれはなんだったん? 嫌がらせにしちゃあタチ悪かった気がするけど?」
軽く睨んでやると、コイツも缶を回している。けど、あんまり飲んでないのに回してるから汁粉こぼれてるんだが? 危なく制服に付きそうだったので急いで離れた。
「あぶなっ 回してんのは粒が下に溜まって飲めなくなるからだよ! 半分も飲んでない内から回すなっ!」
「……作法なのかと思った。先に説明して欲しい」
スカートについてないか確認してからにらみつける。わりと殺気を込めたのだけど、顔色は変わっていない……いや、身体が震えてるな。
「身体の持ち主が耐えられないので威圧は止めてほしい」
「人様に迷惑掛けたんだから少しくらい苦労したらどうだ?」
「その件については謝罪する。だからまず話を聞いてほしい」
……まあ、こうしていても意味ないしな。
少し席を離して座っておしるこを飲む……あ、下に残った。
「そも、あれは実験だった」
「じっけん?」
「然り。電脳空間に君を引き込み、身体を奪うという計画に賛同し、私が行った実験だ」
「さらっと最低なこと言ってやがるな……」
やっぱなぐりてぇ……
「私がしたのは電脳空間への引き込みだけだ。電脳空間内で魂と肉体のリンクを解除して己の魂をその肉体に容れる。通常空間で行うよりも容易に魂の入れ替えが出来ると彼は考えたらしい」
彼と言ったな……計画したのは男か? 人外の類でなければ性別はあってもおかしくはないけど……
「しかし、彼は知らなかった。君の中にもう一つの魂があるということをね」
「……そこまで知ってるのか」
「聞こえているかい? アイリス」
『聞こえてるわよ、ばけもの』
「……なんと言ってるかね?」
「そこは分かんねぇのか……」
いまいちシリアスになりきれないなぁ……伝えてやると彼女は頷いた。
「然り然り。わたしは人ではないからばけものに相違ない。しかし、君とて同じだろう?」
薄く笑う瞳がこちらを伺う。
その目に光るのは好奇の視線だ。
研究対象を見て心をときめかせる、研究者のようだ。
「一人の身体に二つの魂など、凡俗の徒には分かるまい。そも成功などするわけもないのだ。故に君らに危害が加わる事は無いと確信していたので計画に加担したわけだ」
「最低なことを楽しそうに言うんじゃねぇよ」
──こいつはロクな奴じゃない。
計画した奴の事をバカだと罵っている。
マトモな人間ならそんな事に関わる筈もないのだ。
なのにコイツはその計画とやらに乗った。
その行動の真意は、おそらく興味だろう。
何が起こるか分からない。それを見たいだけだったのかもしれない。
「面白い……そうだな。それが正しかろう。わたしは面白さを求めて君たちを電脳空間へと落とした。そしてそれは期待通りだった」
髪の隙間から見えていた瞳に光が宿るのが分かった。
表情も顔色も言葉も変わらないのに、目だけは爛々と輝きに満ちている。
「疑似空間に実体化した世界が構築され、君たちや他の者からも観測された。あのゲームの元になった漫画や他のゲームなどの情報を取り込みまくり、君たちの魔力と演算と、術式によって形造られた小宇宙だ。その場にいた者は自らを仮想の者と思わずに、実際に血や肉を帯び、その命の、魂すらも与えられた。それは正に、創造主のなせる業だよ。限定的とはいえ、ね」
長文を一気にまくし立てる終理永歌。
熱く言うわけでもないのに、その熱量はかなり強い。
「私の眼に間違いは無かった。あの世界を観る事が出来ただけでも僥倖だ。わたしはね、とても感謝しているのだよ。人ではないとしても、神ならざるものが世界を構築するという偉業を成し遂げたということに」
「ちょっ……近い!」
すぐ側まで近くにいて、覆い被さるようにこちらに熱い視線を送っていた。あまりの熱意にひいた瞬間があったのは確かだけど、ここまで気づかない間に踏み込まれた事は初めてだ。
どうどうと押さえて距離を離す。
「この身体の胸部に興味があるのかい? 中の者が慌てているので出来ればわたしがいなくなった後にしてもらえると助かる」
「おわっ! わ、わりぃ」
押さえた所はわりとボリューミーな部分だった。
僅かに顔が赤らんだのは中の人のせいかもしれない。
ゴメンなさい、中の人。
触るつもりはなかったんやで。
『世界の構築って言ってたけど、つまりあの世界は実在する世界になってしまった、ということなの?』
頭の中でアイリスが問うのでそう聞いてみる。
「まさにその通り。血が流れる体を得て、意思を持ち、魂を宿すものが生きる世界だよ。もっとも、今は死者の方が多いかもしれないがね」
あの世界は『かれら』と化した死者が跋扈している。その事で揶揄するとは趣味が悪い。
アイリスは認められないらしく否定的だ。
『そんなことは不可能よ。創造主でもあるまいし、世界を構築なんて……私達に出来るはずもない』
そう伝えると、彼女は諭すように話し始める。
「世界が世界として成り立つのはある一定数の承認によって決まる。創造主はその圧倒的な存在故にただ一人で構わぬだろう。だが、より小さき者達の承認によってもそれは可能なのだ。そこにあると観測し、その世界を認める承認が存在の力を上回れば、その世界は実際の形をもって成すことができる。世界とは、観測され、承認されて成り立つものなのだよ」
えええ……?
そんな簡単にポンポンと世界って出来るもんなの?
「多数の人間により共有された世界は、いくらでも存在する。世界を俯瞰する目を持たないから、理解できないだけだ」
そんな絵空事を真に受けると思ってるのかね?
「その理屈はおかしいだろ?」
「どうしてだね?」
「世界を創る工程に観測が必要なのに、観測出来ない世界が出来上がるのは筋が通らない」
矛盾と言わざるを得ない。
しかし彼女はさも当然と頷く。
「人は眼だけでものを見ない。心の中にも見る眼はあるだろう」
「それは空想だろ?」
そうぶっちゃけると、彼女は薄く笑った。
「ここの人間は非常に興味深い。他の世界の人間よりも遥かに高い意思の力を持つのに、その力を信じようとはしないのだからな」
彼女が手を広げると周りが暗転し、様々な光景を映す小さな窓が幾つも浮かび上がる。さながら黒歴史のようだが、実際にガ○ダムのようなロボット、ウルト○マンのような正義の味方、仮面ラ○ダーのようなヒーローが怪人を蹴り倒し、魔法少女がステージで歌い踊るような場面が映し出される。
「未だ人の目に観測されない、未熟な世界。人の思いによってそれらは幾らでも作られる。多くは実体を持たずに消えてゆく定めで、人の意思で仮初の形を得ているが、それは意思が無くなれば消えてゆく。泡沫の夢のようにね。世界にとって忘却こそが破滅なのさ」
ちょっと、理解が追いつかなくなってきた。
つまり何か? 俺らの見る漫画やアニメの分だけ、世界が生まれているというのか?
「人の目に観測された世界は、空想だけの世界より長持ちする。イメージが確固たるものになるからね。それでも実体を持つには至らない。萌芽にはなってもいずれ枯れゆく定めと言える」
それは当たり前の話だ。
見るものが多い世界が実在するようになるわけがない。神の奇跡が垂れ流されているようなものだ。
アーメンハレルヤ、ピーナッツバターな事が、そうそう起こるはずもない。
「私もそんな事は有り得ないと考えていた。創造主の作る世界以外は存在出来ない、とね。だが、実際に世界は出来上がった」
「その、証拠は? 俺たちはあの世界にいたけど、高精度のVRのようだとも感じた。感覚だけでは実証にはならない」
そう言うと、分かりきったことを聞くなとばかりに笑う。
「ふふっ、あの二人の子供がその証さ。君たちの検査でも、普通の人間だった筈だ」
そう言われれば頷くほかはない。抱きしめる事のできる体を持った、本当の人間だったのだから。
「存在出来たのは、生きている人間がほとんど存在していない世界ゆえなのかもしれない。それでも君たちという存在が無ければ、ただ消えゆくのみの世界に変わりはなかった」
そこがどうにも分からない。
「アイリス、と言ったかな? 君の構築した“アカシアの木”へと到る方法が鍵だったようだよ?」
「……何だ、それ?」
『……あなたの現象を治すための方法よ』
アイリスの声が少し苛ついていたような気がした。
まるで言われたくない事を言われたような。
「こちらの世界では“アカシックレコード”と呼ばれるものだ。フラウレーティアは花や植物に例えるのが本当に好きなようだね」
アカシックレコード。
すべての事象を書き記したとされるものであり、当然のように存在するわけのないものだ。
「世界の理を書き記したものに干渉する術式。そんな大それた力を使って何をするつもりだったのかな?」
そう言って、またも薄ら笑いを浮かべる。
「まあ、今の私にはどうでもいい事だ。あの世界がどう進んでいくのかの方が興味深いからね」
さてと、と言って彼女が立ち上がる。
「少々長話をしてしまった。そろそろお暇しよう」
そう言うと、彼女の身体からふわりと何かが飛び立つ。
『丁重に扱ってくれたまえ。私と波長の合う珍しい子なんだ』
ゆらり。
慌てて崩れ落ちる終理永歌を抱きかかえる。
意識は失っているようだ。
同時に、周りはいつもの街の風景に戻っていた。
『……狐につままれたみたい』
「まったくだ」
朝の住宅街は閑散としていて、今でも不思議なアイツがいるような。そんな雰囲気に包まれていた。
終理永歌だった人をそのままにするわけにもいかず、フェティダに連絡してすぱしーばの人間に回収してもらった。この時期にベンチに放置とかありえないし。
聞きたいこともあるからね。
保護という名目の拉致なのは目を瞑っていただきたい。
すぱしーばから来たのはソルダムと女性職員の二人なので、引き渡してから俺は学校へと走った。聞き込みは学校が終わってからでいいだろう。
──ちなみに。
俺は見事に遅刻になって反省文を帰りまでに提出しなさいと言われた。解せぬ。
原作での終理永歌さんは不思議系でありながら実はおちゃめな人っぽい……こちらでもそうなのですが、取り憑いた『終理永歌』は、ガチな世界の観測者で勿論人間ではない存在です。
本人も言ってましたが、似たような設定を使っていたVtuberに引き寄せられてこの世界に辿り着き、そしてwktkしながら現状を見ているわけです。