気付いたらVTUBERを強要されていたおっさんJC 〜お空に監禁されて仕方なく〜 作:二三一〇
──気が付くと、そこは木々に囲まれた所だった。
自宅の裏山のような、手も入れられてない鬱蒼とした森ではなく……人の手で十全と整えられた庭園。そういうのが妥当な場所だった。
木々は瑞々しく、花は咲き乱れる。それに寄った蝶や虫も多いが、それ自体は特に言うべきことではない。自然であればそれが当たり前なのだ。
くすんくすん、と。
人の泣く声が聞こえた。
庭園の影に隠れるように、声を殺して泣くのは少年のようだ。
この頃の私は『男だから女々しく泣くな』とかは考えてはいない。何をするにも唯々諾々。父の修練にも全く異論はなく、女であることに特に何も感じていなかった。
「君は、だれ?」
「ふわ、? き、きみ、だれ……いや本当に誰?」
誰何する彼の方こそ狼狽えていた。
アイリス=フロスティリスという少年は、この頃からすでに弱虫だった。
「異世界……ここは、地球ではない、ということ?」
「ここはフラウレーティア。地球という言葉も今初めて聞いた。ゼノンフロース……本当にいたんだ」
アイリス少年曰く、ここは違う世界であるらしい。
空気は美味しいし、草花が多いし。
確かに日本らしからぬ所だとは思ったけど。
あと、ゼノンフロースという言葉は、私は初耳だ。
「私は、暦。殿田暦だ。そんな変な名前では呼ばないで」
「あ、この。これは名前ではなくて……わ、分かった。こよみ、さんでいいのかな?」
「ん」
「それで、暦さんはどうしてこの世界に?」
「……それは、私にも分からないなぁー」
いつものように山奥の実家から通学のために山を降りている最中、見たこともない霧におおわれ、彷徨いこんだ。分かっているのはそれだけだ。
話している間に、彼は泣いていた事を忘れたようだ。
うんうん。泣くのはあまりよくはないからね。
しばし彼と話していて分かったこと。
彼はフロスティリスという王家の王太子、つまり王子様だという。
そしてここはその王宮の庭園、なんだそうな。
つまり何が起こるかというと……
「アイリス様、お離れ下さいっ」
「己、狼藉者め。王子を人質にする気かっ」
たちまち数十人の兵士たちに囲まれる状況になってしまったのである。
まあ、離れろと言われれば離れるよ。
彼から離れるため歩くと、ぐいっと掴まれた。
「こよみさんっ、ダメだ」
「ええ……」
君がそう言うのはだめでしょ。
ほら、兵士の人が少し困ってるじゃない。
だけど、彼は気にもせずに彼らに言いつける。
「彼女は“
その言葉を聞くと。
正面にいた偉そうな兵士が私を見る。
そして、すぐさま片膝をついて頭を下げてきた。倣うように全ての兵士が同じように礼を尽す。
「ええ……なんなの、これ?」
「国王陛下に謁見を求める。ケルシー、先触れを行え」
「はっ!」
さっきの隊長さんらしき人が立ち上がり、全力で駆けていく。周囲の兵士も立ち上がって、ばらばらと持ち場へと戻っていくらしい。
代わりにわらわらと女官が現れて、わたしの手を引いて連れて行こうとする。
「ちょ、なに、え?」
「国王陛下との謁見だ。少し身嗜みを整えてね」
「さあさあ、どうぞ」
「こんな可愛らしい子がゼノンフロースだなんて」
「腕によりをかけますわー」
え、え、ええ〜?
怒涛の謁見が終わって、与えられた私室で寛ぐ。
髪は艶々だわ、良い香りだわ、お化粧とか……中学生女子としては干物のような生活をしていた私にとって、有り得ない程に着飾る事になった。
山の中でほぼサバイバルな生き方をしていた人間であるわたしはお洒落というのは殆ど縁のないものであり……不覚にも少し嬉しかったりもした。
また、内心喜ぶ私自身にも少しばかり驚いた。
人らしい感情など無いと思っていたのだから当然だ。しかし、私も木の股から産まれたものではないという事らしい。
謁見というからには王様との拝謁がメインである。堅苦しいのは慣れてないから嫌だな、と思っていたのだけど……思っていたよりあっさり終わった。
「精霊の盟約に従い、汝……こよみに精霊珠を授ける」
「あ……と。なんです、それ」
「あー……細かい説明は、そうだな。アイリスに聞いてくれ。俺もいきなりなんで、古典とか思い出せんw」
ええ……国王様がそれでいいのか、とツッコみたかったけど。空気を読んでやめた。
玉座の前まで呼ばれて、国王というおじさんから小さな玉を恭しく受け取る。
「精霊よ、ご照覧あれ。我らは古の盟約に従い、貴方の分け御霊をこの異世界の少女に託した。大いなる災厄に先立ち、この事が我が国、我が世界に幸福をもたらさんことを切に願うものである」
国王の宣誓に、謁見の間にいる全ての人たちが平伏する。心なしか、手の中にある玉が、小さく光ったように見えた。
次の日に、同じ庭園で彼と話すことになった。呼び出されて行ってみると、そこには戦装束のアイリスが待っていた。
その恰好も気にはなったけど、とりあえず貰った精霊珠の事を聞いてみる。
「──要するに神話のようなもの?」
「そんなところかな。精霊様は『異世界から人に自分の魂を分けた“精霊珠”を与えよ』と仰られ、その管理を王家に一任された。何百年も前のことだから、生き証人はいるわけもないし……伝承で残るばかりだけどね」
この精霊珠というものは、願いを叶える力があるという。
「本当に願いが叶うなら、私なんかに渡してはいけないんじゃないの?」
「精霊珠は僕らには使えないんだ」
なんでも使った事があるらしい、あの国王。
うんともすんとも言わないので床に叩きつけたら跳ね返って額に怪我をしたとか言っていた。
「はあ……でもそれじゃ、私にも使えないかもしれないじゃない?」
「そうかもしれないね。でも、それは僕らにもどうにも出来ない。そもそも精霊様の物だし」
「ふうん……」
そうは言われても……願いなんて特にないんだよね。試しに、アイリスに『願いはある?』と聞いてみた。
「僕は……強くなりたい」
「強くなるの?」
そんなにいい事じゃないと思うけどな。
でも、アイリスは王子様だし。私とは考え方も違うのだろう。
だけど、彼はそのまま絞り出すように話し始めた。彼が強くならなければならない理由を。
「
「世界を終焉に導く化け物……とでもいうのかな?」
話によると。
その化け物と戦わなければいけないらしい。
「兵隊に任せればいいんじゃないの?」
「魔力のない攻撃は通らない。そして魔力だけだと直ぐに傷が治ってしまう……そんな厄介な奴なのさ」
この世界には魔法があるらしいのだけど、その魔法だけだとすぐに傷が塞がってしまうらしいのだ。
その
「最初に帝国が潰され、隣国もやられ……残るはこのフロスティリスだけ」
化け物というだけあって、滅ぼされた土地は人は一人も残っていないらしい。すべて、奴らに食い殺されたのだという。
「君も……その戦いに出るんだね?」
彼は返事をしなかった。
光の当たり方によって蒼くも見える黒髪が揺れ、こちらを向く。
「君には、元の世界に帰ってもらう。この場所なら、元の世界にも繋がるだろう」
その言葉に理解する。
と、同時に否定した。
「私が代わってあげる」
「え……?」
「私はだいたい、怖くないから。君よりずっと戦えるよ」
怖いと思った事は殆ど無い。父の修行でさえ、そう感じた事は数えるほどだ。それに。
そんな思いをして得た技も、あの世界では意味がない。ひり付く命のやり取りの場は、あそこにはほとんどないのだから。
「君には、無理だよ。魔法が使えないんだから」
「ん……そうか。なら、私があなたになればいい」
この手にあるのは、願いを叶えるもの。
彼の望みと自分の願望、同時に叶えるうってつけのものだ。
ならば願おう。
「だめだっ そんな事をしたら君は……!」
「戦うには、男の子のほうがやりやすそうだし」
精霊珠へと願いを込める。
それは違わず、願いを叶えた。
「えええ……」
「これがダイジェスト版だね。未編集だとちょっと長くなるし」
目の前で、自分の記憶の奥に封印されていた事を詳らかに映像として映される……なんて拷問だろうか。黒歴史そのものといってもいい。
「ガキの頃の俺を殴ってやりたい! 少しは後先考えろっ!」
「結果としてはこれは最善だった。
そうかもしれんが……実際にそのせいで迷惑を被ったのもいるわけだ。アイリスという少年は少女になってしまったわけで。
「あ……あ~、ひょっとして。莉姫としてVtuber活動させ始めたのって、もしかして……」
「その辺りは本人に聞いたほうがいいと思うけど? なあ、アイリス?」
観測者がそう言うと、空間に歪みが出来てそこからアイリスが飛び出してくる。いつものお花の姿ではなく、古詠未スタイルだ。
「何しやがんのよ、このババアッ」
「いいところで邪魔が入ってほしくなかっただけさ。君に任せているといつまでも本当のことを言いそうにないからね」
「よけーな、お世話っ!」
……なんかやり合ってるけど、すげえムカつく。
「オ”イ」
「こ、こよみさん? あの、これは……」
「……本当のことを話せ(ギロリ)」
「……はい」
──彼女から告げられた話は、おおよそ間違ってはいなかった。
全ては俺を女の子の姿に戻すための計画だった、らしい。
「精霊珠に願ったのは、私とあなたの身体の入れ替えだったのだけど……お互いにお互いの特性をも写し合ってしまったの。私はあなたの格闘などの技術や向こうの知識を。あなたは私の魔力受容体としての特性を。おかげで
事が終わって、俺が元の世界に帰ったあと。
彼……いや彼女は色々と考えたらしい。
こっちには魔力がないから、そもそも唱術の起動が出来ない。
ならば空間を通じて魔力を送ればいい。
“アカシアの木”に書き込むには、ある程度の第三者が必要になるらしい。これは世界の観測と似た要素らしく、他者の認識がないとその世界では存在出来ない。
ならば、Vtuberとして活動して、ごく狭い範囲でも認知する人間を増やせばいい。
こんなかんじで計画を進めていたのだそうだ。
当然のように、俺がエナジー不足で消失するとかいう話も真っ赤な嘘らしい。だと思ってたけどね!
「お前……なんで莉姫なんて身体を作って俺にすげ替えようとしてたの? お前の身体と入れ替えれば済む話じゃないか」
おっさんがイヤとかそういう訳ではないだろう。……いや、ずっと女の子の身体だと嫌がるかもしれないな(邪推)
「それは……ダメなの。精霊珠の影響を強く受けて、私の身体はもう人間とは呼べなくなってるのよ」
「え……?」
「あなたはちゃんと成長して、おじさんになっちゃったけど……私はあの時から見た目は全然変わっていないの。半分、精霊みたいな状態なのよ」
言われてみれば、古詠未の姿は十四、五くらいの少女である。人間だとすれば、加齢はあって然るべきものだ。
「あの時のあなたの身体を出来る限り再現して、世間に暦=莉姫と認識させ、“アカシアの木”にその事実を書き込む。そうする事で、あなたは莉姫そのものとなれるのよ。きちんと年を取って、成長する女の子に、ね」
そう、諭すように言うアイリス。
たしかにそれは、本来の筋道なのかもしれない。
だけど
「じゃあ……なんでお前はそんなに寂しそうなんだよ」
「え……」
泣いていることにすら気が付かないアイリス。それでも彼女は気丈に微笑む。
「君が……あなたが。元に戻るのなら、私は何でもする。それが、私の国を救ってくれた、あなたに対して出来る恩返しだから」
……ああ。分かっちゃいない。
コイツはなんにも分かっちゃいない。
俺は彼女に一歩ずつ近づいていく。
「……それはただの自己満足だ。お前がしたいようにしているだけだ」
「!……そ、そうかも、しれないけど……」
すぐ間近で、反論をしようとするアイリス。
背丈の関係で上目遣いになってしまって、かなり凶悪な攻撃力を放つ。
「俺の気持ちは、何も分かっちゃいない……」
「……ぁ……」
その小さな身体を、抱きしめる。
元は自分の身体? 知ったことか。
おっさんとして生きて何年経ってると思ってんだ。
「お前が好きだったからだ」
「……ぁ、うん……そ、そう、なんだ……」
抜けるような白い頬だから、赤く染まるとりんごのようになる。その上を雫が伝い、抱きしめた俺の服にシミをつける。
その蒼い瞳から溢れる真珠のような涙を指で拭うと、触れれば壊れそうな綺麗な顎をついっと持ち上げ……唇を重ねた。
「……ん……」
一瞬だけ驚いたようだったけど、すぐに腕を絡めて自ら求めてくるアイリス。
子供のような拙いキスだけど、それは仕方がない。あの時から、俺たちの時は止まったままだったのだから。
「……そろそろいいかね? 集めた魔力が足らなくなっても知らんぞ?」
俺たちの行為を見ながら、いちおう待っていた観測者が遠慮がちに声をかけてくる。
今までの薄ら笑いと違って、心底呆れたような表情に思わず吹き出してしまう。
「おまえ、意外と人間臭いな」
「人間観察が趣味なのでね。ちなみに恋人たちの睦言というのは見ていて一番つまらない」
「そりゃあ、観察とは言わない。出歯亀ってんだ。それに、やっかむなら
そう言ってやると、わずかに鼻白んだようだ。
細やかな復讐に溜飲を下げる事ができた。
「わ、私のことはどうでもいいだろ? それよりアイリス嬢。向こうとの転送門を繋げ。転入者達はマークしてある」
ややふてくされたような口ぶりで言うと、観測者の手元に光る帯が出てくる。それが倒れているヴェンデッドと来宮きりんに繫がる。
「これを離すなよ、暦」
その光る帯の片方を俺に渡す。その先はこの世界に来てしまった人達に繋がっている。ここにはいない、今宵や京介、乙葉とも繋がっている筈だ。
離すわけにはいかない。
その間に、アイリスがダマスケナに連絡をして、転送門を開ける準備をしている。
その最中に、観測者が俺に近寄り耳打ちしてくる。
「ヴェンデッドがしでかした事を帳消しにするには“アカシアの木”へアクセスして、その事実を上書きする必要がある。アイリス君を信じてはいるが、躊躇するなら君が行い給え。彼女の半身とも言える君になら、術式も執り行える筈だ」
「ゴツンッ あいたぁっ!?」
ムカつく事を言うから思わず頭突きをしてしまった。後悔はしていない。
涙目でこちらを見る観測者は、いつもの超然とした様子は微塵もない、ただの女性のようにみえる。
「一番大事な女を疑うような真似させんじゃねえよ」
「ええ……きみ、キャラブレすぎてない?」
「これが本当の俺なんだよ!」
噛み付くように言う。自分でもこっぱずかしい事を言ったと思うが、仕方ない。そう感じてしまったのだから。
特段、気にもしてないようなので、痛いと言ったのもただのテンプレなんだろう。
「準備オッケーよ。始めるわ」
「こっちもいいぜ」
アイリスの声に、そう答える。
その瞬間に天井から凄い光量の光が落ちてきて。
気が付けば、俺たちは元の世界に、戻っていた。
風呂敷のたたみ方、ざつぅ!(自虐)