気付いたらVTUBERを強要されていたおっさんJC 〜お空に監禁されて仕方なく〜 作:二三一〇
決して浮気はしませんから。たぶん。
ヒント:サブタイトルに隠れてます(笑)
「ふむ……姫乃古詠未ちゃん……か」
大学の講義の合間に見たつぶやいたーに、トレンド二十位ほどに出ていた名前。
いちおう、知ってはいる。
運営の方から『接触は今はしないように』と厳命されたからだ。
「どういう事なんでしょうね?」
そう言いながら、私の前の席に座り込む女性がいる。上品そうな顔に好奇の瞳を輝かせている。
大学のカフェとしてはかなり小洒落ているこの店には、講義待ちや課題の作成に利用する学生も多い。
白磁の器にスプーンの音が微かに響いた。
「さあ? 運営の方針が変わったんじゃないの?」
私が答えるとふふっと微笑む。
あの子が子猫なら、この人は大人の猫。
それも血統書付きの。
「個人とのコラボも制限無かったのに、いきなりですもの。他の企業勢との制限も今のところ無いのに、おかしくありません?」
「私たちが詮索する事じゃないでしょう? そんなに気になるの? この子が」
私のスマホの画面には、顔出しの画像として一人の女の子の写真が貼ってあった。
慌てた様子の、おそらく中学生ほどの年代に見える少女。ボヤけてはいるが、目鼻立ちは整っていそう。たぶん、かなり可愛い。
ただ、今宵とは方向が違う。
あの子は誰が見ても美少女と頷けるほど、完成されている。大人になれば千影さんの様な美人になるのは間違いない。
だけど、この古詠未の中の少女はそうではない。
どこにでもいそうなのに。
なんとなく目を惹き付ける。
そんな感じの子なのだ。
昨日、あの子の配信に割り込んできた十六夜さんが熱弁を振るうのも頷ける。
……まあ、あの人の感性は少し危ない方向に寄り過ぎだけど。
だけど、見た目だけでこの人が気にするとは、私には思えなかった。
どこに出しても隅に置けない、勝手に目立ってしまうこのお嬢様は……人を見かけで判断はしない。
「じいやがね、少し調べてくれたのよ」
「じいやさんが?」
少し調べた段階で、この『すぱしーば』という企業は不可思議な存在だと分かったそうだ。
「所在地には会社もあるし、社員もいたらしいわ。殆どが外国人らしいけど、外資ならまあ有り得るかもしれないけど」
ふふふっと、楽しげに笑う。
上品な笑い方が出来ていいなぁ。
「同一社屋の別企業の人に聞いたところ、突然と出来たらしいのよ」
「会社が突然出来るわけないでしょ?」
「正確には、前日は違う会社がそこにあったらしいの。次の日に出社したら、そのフロアが『すぱしーば』に変わっていたのよ」
俄には、信じ難い話である。
無論、前の会社というのが転居して後に入るという事は、普通に有り得るのだが。
「どう? 少しは興味を引けたかしら?」
「うん……でも、それだけよ? 私たちが詮索するのはダメだって話でしょ?」
あるてまからの指示により、すぱしーばやそこのVtuberには関わってはいけないことになった。
理由は聞かされてはいない。
「十六夜さんが運営からお叱りを受けたって、今宵から聞いたわ」
巻き添えで釘を刺されたとボヤいていたのが可愛かったが……運営側はそれほど警戒しているのだろう。
「企業として警戒するのは当然としても、あの子そのものはどうなのかしら?」
彼女は楽しそうに話を続ける。私としては、あまり続けたくはない話題なのに。
「……見たところ黒音さんと同じくらいか、もっと下ね。配信時間も今のところ20時以降はやってないし」
「公式設定では中学生風女子? ってなってたものね」
「あら? なんだかんだとご存知じゃない」
「そりゃあ同業者はチェックするでしょ?」
意地悪そうな笑みを浮かべる彼女に、口を尖らせて抗議する。我ながら子供っぽい仕草だが、なかなかに直せない。
「じゃあ配信は見た?」
「残念ながら。お昼と夕方なんて、休講でもないと追えないわ」
「私はじいやにキャプらせてたから見たわよ?」
「……見れるの?」
「時間、あるならね」
彼女はスマホを取り出してこちらに寄越す。
彼女が個人で使う物ではなく、閲覧などに使うために使用している大型のもの、いわゆるファブレットという物だ。
ブルートゥースイヤフォンを出して、起動。
タイトルを選んで再生する。彼女はというと、自分のスマホをいじり始めた。
無言の時間がしばらく続くが、特に気にはしていない。
「……ふう」
「どうだった?」
彼女は好奇の瞳でこちらを眺めている。
彼女の琴線がどこかは分からないけど、私なりの感想を答える。
「変な子ね。古詠未ちゃん、だっけ? 初めはやる気がないのを無理やりVtuberやらされてるのかと思った」
「おしおきとかされてるしね(笑)」
「人目を引きやすい『監禁』とか『おしおき』とか。意図的に使って興味を引くのかと思ってたら、なんか違うし。あれ、本当の事なんじゃないの?」
私には、嘘には聞こえなかった。
もし、あれが演技だとしたら子役とかしていた俳優であるはずだ。
「本当だとしたら、生の配信なんだから助けを求めればいいはずよね? でも、そんな訴えは無かったわね」
「空に浮かんだ部屋に閉じ込められてるとか、社会人だったとか、お花が現れてマ○マギ展開とか。荒唐無稽な嘘を平然と吐くんだから、演技のはず。でも……」
何故か、本当のことを言っているような気がする。
「私も同意見よ。あの子は演技でなくて、本心から話している。そう思えましたわ」
相変わらず、自信満々にそう断言する。
根拠を聞くと、彼女はあっさりと言った。
「勘、ですわ!」
「……ああ、そうだったね」
直感的な判断をする事が多いのを忘れていた。
決して愚鈍な訳ではなく、むしろ私よりも頭は良いのだけど。
その判断基準は、だいたい勘なのだ。
脳筋なお嬢様は、冷たくなったコーヒーを優雅に飲んでから呟く。
「そもそもこの子は、発声と言うものが出来てないわ」
「……そういえば、そうね」
まるで普通の人の会話みたいな話し方。
いちおう、私達も配信する側の人間なので、ある程度のレクチャーは受けている。
機器の操作方法から話し方まで。
ざっくりとではあるけど、研修を受けているのだ。
演技だとすれば何らかのレクチャーを受けている筈であり、その中には発声も入るはずだ。
彼女の声は抑揚がかなり少ない。
どこか絵空事な感じがするのはそのせいだ。
アクセント、イントネーションが与える影響はかなり大きい。
訥々と話すよりも感情を込めやすく、大げさで芝居がかった話し方をする人はこの業界には多いのだ。
「色々とちぐはぐな感じがするわ……とても、興味深い」
「マネージャーに叱られても知らないわよ?」
「私がそんな事で躊躇するとでも?」
そういえば、そうだった。
この勢いでVtuberになって、巻き込まれたのをすっかり忘れてた。
やれやれとため息をついて見ていたスマホを返そうとすると、「明日まで貸すわ」といい笑顔で言われた。
「年下の子に好かれやすいあなたなら、何か攻略法が分かるかもしれないから。何か気付いたら教えて」
「なに十六夜さんみたいな事言ってるの。宗旨替えでもしたの?」
「それもいいわね。目の前でいちゃついてたら、妬いてくれるかしら?」
冗談とも本気とも取れるような事を言って、彼女は去っていった。
颯爽と歩く姿も決まっていて、少し羨ましくもあった。
当然のようだが、大学への通学には車は使わないで電車とバスを利用している。
九月に入って半月ほど。
朝夕はそこそこ気温も低くなってきたけど、日中はまだまだ陽射しが強く夏の名残が消えてはいなかった。
早めに帰宅するのは、夜の配信に備えて色々と準備をするためだ。とはいっても、配信自体の準備はほとんどない。
課題を終わらせたり、家事を済ませたりといった雑事に費やされる時間が必要なのだ。
実家で暮らしていた高校の頃は、自分の事だけに専念出来ていた。一人暮らしが不便だと感じてしまうのは、仕方がないのだろう。
帰り道の途中にある児童公園を横断する。
ここを通るとかなり短縮出来るのだけど、夜は街灯が少なすぎるので昼間だけのルートだったりする。
子供達が遊んでいたり、犬の散歩をするご婦人などがいるので、閑静な住宅街でもそこそこに人気はあった。
「ん?」
ベンチに座る少女の後ろ姿が見えた。
木陰でもないのに、帽子も被らずにいる。
『……?』
女の子というのは、たいてい直接陽射しに当たる事は避けるものだ。
だから、その子の在り方はとても奇異に見えた。
私は少し遠回りをして、その子の横に回り込む。幸いな事に彼女はこちらに気付かない。
よく考えると今のわたし、怪しいよね(苦笑)
注視してみると、よくよく妙な子だった。
背中近くまである長い髪に、大きな花の髪飾り。というか、あれは生花だろう。
花を差すという飾り方は、あまり一般的ではない。
見栄えはいいけど、花というのはなかなか思う様に収まってくれない。一日もすれば萎れてしまうから効率も良くないので、よほどでないと生花を指すことはしないのだ。
スチール撮影での小道具として使ったりする場合くらいだろう。
そんなお洒落をしているにも関わらず、恰好は灰色のスウェットのが上下だ。
女の子が着るのはおかしいとは言わないけど、それなら髪飾りは付けない。
生花を差すなんて真似はせず、ヘアピンがいいところだ。運動をするのにそんな髪飾りを付ける理由がない。
『ん……?』
炎天下なので汗をだらだらとかいていて、さらに言えば何か思い悩んでいる様に口を固く結んでいた。
頭に差したあやめの花が風に揺れると、彼女は独り言を呟いた。
「俺にはムリだよ……」
『……ん?』
その声に聞き覚えがあった。
そして、よく見たら見覚えもあった。
『すぱしーばのVtuberの中の人!?』
先ほどまで動画を見ていたのだから、見覚えがあるのは当たり前だ。自宅周辺で接近するとは思わなかった。なんて、偶然だろうか。
と、そこではたと気が付いた。
『あるてま』から接触しないようにと言われているのだ。
そそくさと退散しようとする。
……だけど。
なんだか、気になる。
もう一度見ると、真剣な眼差しで独り言を繰り返している。
せめて木陰にあるベンチでやればいいのに。
こめかみから伝う汗の滴が、きらりと輝くように見える。
あんなに汗をかいてたら……ああ、もうっ!
「ねえ、そこのあなた」
「……え?」
気が付いたら、声を掛けていた。
仕方がないのだ。
昔からこういう性分なのだから。
「座るなら、あっちのベンチの方が涼しいわよ? ほら、汗だくじゃない」
「あ、……はあ……」
ベンチに座った少女が見上げる。
キョトンとした様子から、なんで声を掛けてきたのか理解出来ないようだ。
「そのままだと熱中症になっちゃうわ。ね、こっちに来て」
要領を得ていないみたいなので、腕をそっと掴んで促す。同性でもこういうお節介は嫌がる子は多いのだけど、彼女は特に嫌がる素振りも見せずに従ってくれた。
木陰になったベンチに腰を降ろさせ、汗を拭くように言う。
すると、彼女は服の袖で額を拭い始めた。
「ちょっ……あなた、何してるの?」
「え……あせ、拭いてるんだけど」
「そんな袖で拭うなんて。ハンカチは? タオルとか持ってないの?」
「……わ、忘れてきた」
照れ笑いをしながら、そう答えられた。
「忘れるなんて。女の子なんだからちゃんと身支度はしておくものよ?」
呆れながら、私はバッグから予備のハンカチを取り出す。何が起こるか分からないから何枚かは持っているのだ。
「はい、これ」
「え、? わ、悪いですよ。見ず知らずの人に」
「いいから使いなさい」
「は、はい……」
怒ったふりをして睨むと、もそもそと汗を拭い始める。
少し落ち着いたのか、顔色は良くなっている。
でも、用心はしたほうがいいかな?
「ここで待ってなさい。お水、買ってくるから」
「え? そんな、悪い……」
「いいから、待ってること」
「……はい」
近くの自販機で、冷水のペットボトルを二本購入。急いで戻ると、彼女はちんまりと座って待っていた。
「はい、どうぞ」
「お、お金。払うぞ」
「お姉さん、バイトしてるからこれくらい平気よ。いいから、飲みなさい」
「う……はい」
躊躇していたので強目に言うと、渋々キャップを開けて飲み始める。断ってはいたけど、やはり喉は乾いていたようで、こくこくと飲み続ける。
「ん、ん、ん……ぷはぁ」
ドキ……
ただ水を飲んでいただけなのに、なんかイケない事を連想させる声だ。落ち着ける為に自分も水を飲む。
「ありがとう、助かりました」
膝に手を置いて礼を言う彼女。
でも、イメージがそこはかとなく違う。
可憐な外見なのに、なんだか仕草が体育会系のようだ。
「考え込むのもいいけど、時と場所は考えなさい。熱中症って怖いんだからね」
「はぁ……そうスね。気をつけます」
まあ、これくらいのお節介は会社側も許してくれるだろう。
「それじゃあ、お姉さん行くね。日が落ちる前に帰りなさいよ? シャワーでちゃんと汗流してね」
席を立ってそう言った。
さっさと帰って準備しないと。
「……?」
──ところが。
彼女は真剣な眼差しでこちらを見つめていた。
そして、初対面の人間にこう
「お、お姉さん。お……僕に、服を見立ててくれませんか?」
「……はい?」
我ながら、間抜けな声だったと思う。
あるてま勢をあまり絡めないと言ったのはどの口だァーッ! という感じにお叱りを受けそうです。
意志薄弱な私を許して下され……