命知らずの義足のヒーロー 作:オクタン……いいよね!
ある日、オクタビオ・シルバは退屈していた。
いや、彼が退屈しない日は無いに等しかった。
世襲制のシルバ製薬CEOの座に就くことを宿命づけられた彼は、人生に何の望みも持たず、命知らずのスタントを披露した動画を投稿することで、視聴者の度肝を抜くことを楽しみにしていた。
そしてこの日、彼はいつも通りのビルの屋上を通るコースに挑戦し、記録を塗り替えようとしていた……しかしその時、
彼は、数時間の待ち時間を経た病室で、脚の負傷によって若き無謀な日々が終焉を迎えたことを告げられた。
診断に納得できないオクタビオは、旧友の緑谷出久に助けを求めるが、彼からは脚の代わりとなる義肢を作るように諭される。
一瞬にして走行機能を回復したオクタビオは、浅薄なスタント動画の投稿に満足できなくなり、至上のアドレナリンの奔流を求めてヒーローになることを決めた。
今彼は、非合法の
「ハッハー! 今日もたまんねえスピードだなぁ! ああ! アドレナリンは最高だ!」
個性、そう呼ばれる超能力を人口の8割が有するこの世界にて、オクタビオは『アドレナリン』の個性を持っていた。名前の通り、自由にアドレナリンを分泌することができる能力だ。
爆発的な心拍数。血管の拡大。筋力の増強。動体視力の上昇。痛みと恐怖の麻痺。
恐れを知らずの義足の戦士は、今日も夜の街を駆ける。
彼の胸元に付けられたアクションカムが後方へ送られていく景色を映し出す。その映像は今まさに、動画サービスによって生配信されていた。配信開始数分で視聴者数は1万以上。
個性が蔓延し、それを悪事に使う
恵まれた生活にありながらもスリルを求める者もいる。
そして、ヒーローを待ち望む者もいる。
そんな彼らにとって、オクタビオの配信は最高のエンターテインメントなのだ。
『切り込み隊長オクタンキター!』
『今日もとんでもない速さだなwww』
『やれー! ヴィランなんかぶっちぎってやれ!』
爆速で流れるコメントの中から、無造作にピックアップされたコメントの合成音声がイヤホンを通じて彼の耳に届く。
「もちろんさ! この世界で直線で俺より速いのはオールマイトとインゲニウムだけ! その2人も小回りじゃ俺に勝てやしねえけどな! なんにせよ、そんじょそこらの
配信中は常に超高速で走り回るため、普通のマイクでは風切音が邪魔して彼の声は非常に聞きづらくなってしまう。故に彼は咽頭マイクを好んで使う。彼の声は若干鼻声になりながらも視聴者に届き、再びコメント欄を加速させるのだ。
「あっ、今回はリスナーからのタレコミだ! リスナーの一般店員くんに特別な感謝を!! ほら、見えてきたぜ! あそこに飛んでる奴だ! なんでもこの時間にコンビニ強盗なんてしやがったらしい! 今回はこのボーラを翼に絡ませて撃ち落としてやるぜ!」
彼はロープの両端に鉄球のついた武器を視聴者に見えやすいよう胸の前で広げて見せる。同時にアドレナリンの分泌量を跳ね上げ、グングンと速度を上げる。
地上からでは届かないと判断した彼は、そこらのビルの出っ張りに足をかけ、駆け上がるように登っていく。屋上へ到達すると、そのまま屋上から屋上へと跳ね回り、
「さあ! いくぜ!」
そしていよいよ投じられたボーラは空を飛ぶ
オクタビオはビルから飛び降りながら、その
彼のすることはあくまでも楽しいエンターテインメント。
「よお
「てっ、てめぇオクタンか! よくも捕まえやがったな!」
「おー! リスナー諸君、彼も俺のファンだそうだ! 新しい仲間として迎え入れてやってくれ!」
彼は
「インゲニウム! 今回はちょっと遅かったんじゃないか?」
「弟の進級祝いでね! 君も
「ほー! 弟がいるのか! 個性はあんたと同じか? あんたとどっちが速い?」
「今は俺の方が速いが、あいつはいつか俺を超えるさ!」
そりゃ楽しみだ、と言うが早いか、オクタンは立ち上がりクラウチングスタートの姿勢を見せる。
「こいつはあんたの
「あっ! 待て!」
アドレナリンを最大限分泌し、走り出すオクタンを追うインゲニウム。
最高にスリリングな状況に、視聴者達も沸き立つ。
当然だが、オクタビオの行っていることは違法。故にヒーローたるインゲニウムは彼を追わなくてはいけない。
彼の住所からは少し離れたこの街だが、インゲニウムというヒーローがいるだけで彼が足を運ぶ価値があるのだ。
「相変わらず直線の最高速度じゃ敵わねえな! でも小回りならどうだ!?」
すぐに背中に追いついてきたインゲニウムだが、オクタビオは真横に切り返して路地を走る。狭くて物に溢れた路地は、開けた大通り以上にスピードとスリルを感じさせる最高のスポットなのだ。実際、彼の視聴者達からも路地のチェイスは評判が高い。
「ハッハッハ! 加速からのトップスピードが取り柄のエンジンの個性じゃこのすばしっこさは実現できねえぜ! やっぱりアドレナリンが最高だよなあ!」
そして走ること20分程。動画は以前変わらず中継中であり、インゲニウムのサイドキックがチェックし、本人に情報を送っているにもかかわらず彼を撒いて見せたオクタビオは、胸から取り外したカメラでフライトキャップとゴーグルとマスクによって隠された自分の顔を映す。
「リスナー諸君! 今日も最高にスリリングな追いかけっこだったな! 俺はリスナーからのタレコミがあればすぐに参上して走る! 流石に関東圏限定だがな! だから情報提供宜しく頼むぜ! あっ、そうだ! 視聴者層が似てるジェントルとのコラボ企画も考えてるとこだから、投稿されたらよろしく頼むぜ! 動画は向こうのチャンネルで上がるはずだが、俺のチャンネル登録もよろしくな! 今回の配信のアーカイブも残しとくから、何回でもスリルを楽しめるぜ! それじゃあまた!」
配信を切り、帰路に着くオクタビオ。
普段はオクタビオ・シルバとして中学生活を過ごし、
それが彼の日常であった。