晴空の彼方   作:Hydrangea

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 ――ふと見下ろした空は、やはりというか今日もまた雨模様であった。

 勿論、何十年と続く自分の人生全てが常に荒天 などと言う事は、常識的にもまずありえないだろう。だが、何かに打ち込んでいる時ならばいざ知らず、こうして意識して見た時に、少しでも良い天気であった日が果たしてどれだけあるだろうか。
 文学など嗜む程度にしか修めてはいないが、こうなると『まるで、今の自分の心象を現しているかのようだ』なんてらしからぬ事も、つい考えてしまいたくなるものである。

 掛かる雲を払い、降りしきる雨を除く。
 唯それだけを事象として引き起こすのであれば、いくらでもやりようはある。今の自分であれば、それこそ片手間で済む事だろう。
 だが、そうやって無理やりこじ開けた空に、そこに一体何の意味があろうか。

 だから私はこうして、まるでてるてる坊主を作って晴空を祈るかのような事しかできない。
 我が事ながら全くお笑い種だ。一体幾つになるというのか。



 ああ、それでもいいじゃないか。
 醜く齢を重ねようとも、心は乙女のままでありたいもの。
 誰しも皆、暗雲を払い降り立つ王子様には憧れるのだから――――



epⅠ. タキシードは今日も舞う

 

 それは、宇宙の底にあるおとぎの国

 荒野に夢、街に暴力溢れる、ボンクラ達の理想郷

 惑星 エンドレス(E)イリュージョン(I)

 

 昨日と呼ぶにはやや遠く、かつてと言うには近すぎる少し前、この星で一つの戦いがあった。

 歴史に残らず語り継がれず、しかし記憶には刻まれたであろう一つの戦い。

 

 男達は戦った。

 ある者は夢を求め、ある者はそれを奪わんとした。

 一人は希望を謳い、一人は絶望に囚われていた。

 

 数多の犠牲、幾多の出会い、そして別れ。

 戦いを終えたその先には少しだけ変わった、何一つ変わらない日々だけが残されていた――――

 

 

 ◇◇◇

 

 

 惑星E.Iのどこか。風の吹く荒野を歩く、一つの影があった。

 細身の長身を猫背で丸め、場違いなタキシードで包んだ男の名はヴァン。かつてE.I全土を巻き込む事となったひと騒動において、図らずもその幕引きを果たした人物である。

 

 

 

「……腹、減ったな…………」

 

 力無く零れる呟きと、覇気の無い表情。言葉通り空腹の為だろうか足取りは頼りなく、少しばかり強い風でも吹こうものなら忽ち吹き飛ばされてしまいそうなその印象から、果たしてどれだけの人がそんな彼を「世界を救った英雄」と見抜けようか。

 

 尤も、ある意味では分からないのも無理はなく、例え直接訪ねた所で分かりはしないだろう。

 何故なら、他でもない彼自身が、そんな大層な事をしたつもりも無ければ意図も無いからである。無論、気高き志など以ての他。

 

 彼が胸に宿していたのは唯一つ。世の為他者(ひと)の為 というおよそ英雄的なものとは真逆に位置する、極めて身勝手なるその感情……黒く熱く燃え滾っていた、復讐という名の炎のみ。

 E.Iを救った事さえ結果論どころか(ヴァンにとっては)外野の出来事であり、彼自身は最初から最後まで、幾度となく揺さぶられても終ぞ絶やすことの無かったその感情(わがまま)を糧に仇を追い、邪魔を跳ね除け、只管に突き進んできただけの事。例え世間がどう解釈しようとも、それ以上でもそれ以外でも無い。

 

 ――ならば旅の末に、それを完遂した後に残るのは、果たして何なのだろうか――

 

 

 

「なあ、エレナ……俺は、これからどうすりゃいいんだろうな…………」

 

 男は一人そう呟く。当然、応えてくれる者はいない。

 

「カギ爪の野郎はこの手で殺した。お前の仇は確かに討った。

 ……でも、その後に何をすりゃいいんだ?」

 

 戦いを終えた後、同行者達と別れた彼は何をするでもなく、放浪するだけの日々を送っていた。

 ただ、以前とは違いその道に宛は無く――或いは“もっと昔”へ逆戻りした とも言えるのかもしれない。

 

 かつて復讐の旅路の最中、仇の一味に属する男から問いを投げかけられた事があった。復讐の果てに何があるのか、張り詰めた心と体が行き着く先はどこなのか と。

 当時の彼はその問答を真正面から切り捨てた。それだけの気迫があったのだ。だが、もし今同じ事を問われたどうだろうか。自分を貫き通せるだろうか――そう考えずにはいられない程に、今のヴァンには何もなかった。少なくとも彼自身そう感じていた。

 

「そりゃあ、解ってはいたさ。

 アイツを殺した所でお前が帰ってくる訳じゃない。そんな事を望んでた訳じゃないんだ。

 あの復讐は、あくまでも俺自身のものだ」

 

「けど、やっぱり俺はお前がいてくれなきゃ駄目みたいなんだ」

 

「また旅を続けているけど、あの時みたいな……こう、何か突き動かされる様な感じはない。

 何も無いんだ……」

 

 思わず仰ぎ見る空はしかし、彼方の月が多少崩れた程度で殆ど変わってはいない。その下を生きるちっぽけな連中に何があろうとお構いなしに、世界は今日も回り続ける。空模様が違って見えるのは、ただ見上げている人間の方が移ろいゆくだけの事。

 

「……それにしても、腹、減ったな…………」

 

 二度目となる呟きにはしかし、先程から無言の抗議を続けていた腹の虫が応じた。

 彼自身、長きに渡る放浪生活の経験から規則正しい食事にありつけない事には慣れてはいる。が、それを差し引いてもここ最近は満足な食事にありつけていない。最後に口にしたのは、一体“何”だっただろうか。

 いくら人並以上に丈夫な身とはいえ、空腹ばかりはどうにもならないもの。既に幾度となく限界を超えていたその視界も、朦朧としたままで久しい。

 

 

 

 故に彼は気づかなかった。それとも、荒事の時ならいざ知らず、平時では元々注意力も無い方であっただろうか。

 何れにせよ、前後不覚同然であったヴァンは突如として目の前に現れたそれ――まるで風に吹かれるカーテンのように揺らめている()()()()()()――に、何の警戒も無く真っすぐ踏み入ってしまった。

 

 

 

「……あ? 何だ、ここは」

 

 惰性のまま動いていたその歩みを止めたのは、随分と上質そうな絨毯の感触であった。

 上だけを見れば変わらずの青空が広がっているが、少し視線を落とした先にあるのは延々と続く荒野ではなく整然とした白い壁。よく見れば空も天蓋へと映し出された映像であり、穏やかに流れる風も、巧妙に収められた空調による人工物。打ち捨てられなすがままであるE.Iの荒野とは、何もかもが真逆の計算し尽くされた空間。

 

 

 

「%3$&-#ωμλД.Θι@OT,UHOO,Aあぁ……

 ――ああ、だいたいこの辺りかしらね」

 

 だが、何よりもヴァンの視線を奪ったのは、彼の正面、まるで玉座のような豪華な椅子に座る一人の少女であった。

 流れるプラチナブロンドの髪に、新雪の白い肌。人形のように整った造形はどこか儚げな印象を与え、小柄な体躯も相まり長身黒ずくめその他諸々であるヴァンとは何もかもが対照的に思える中で唯一つ、その瞳……宝石のような蒼い眼差しが、並み居る大人顔負けの力強さを宿していた。ただそれだけで、大きすぎるその椅子に相応しいとすら思える程の光であった。

 

「初めまして、そして太陽系第三惑星地球へようこそ。異世界の住人さん」

「……いせかい?」

 

 新たな世界、新たな舞台、そして新たな出会い。

 果たしてこの巡りあわせは彼――未だ明け来ぬ夜永なヴァンに、何をもたらすのだろうか。

 

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