「…………?」
そのタキシード姿の男――ヴァンが目を覚ましたのは、珍しくも風が穏やかで、それ故に砂埃も舞う事の無い、実に穏やかなる荒野であった。
見上げたるは作り物の美しさでも重苦しい雨模様でもない、底抜けに考え無しの青一色……即ち、見慣れた彼の故郷・E.Iが空の下。
打ち捨てられたベンチに腰を下ろしたまま、まるで寝起きのようにぼんやりとした頭で思い返すのは、ここ数日の間の、まるでおとぎ話のような日々の断片。
けれども、数多の刺激的なる出来事に反し、その実在を示す痕跡は頭の中の思い出以外に無く、その身形に、考えに、在り方に、少しばかりの上向き加減こそあれ大きな変化も無く――本当に、あの日々は束の間の幻であったのかもしれない という考えすら頭をよぎった。
「……んぁ?」
――だが、そんな男の頬に刺さる小さな視線が一つ。
横を見やれば、そこにいたのは一羽の小さな鳥であった。空の色ともまた違う、深く上品な色合いと、白金のアクセントを添えた青い鳥。
何が という訳ではない。それでも、その鳥がいた事で、少なくともこの十日ばかりの体験が夢などではなかったのだと、不思議とヴァンは納得する事ができた。
「……じゃあ、そろそろ行くとするか」
そうして、暫くの間「余韻」に浸っていたヴァンであったが、誰に聞かせるでもなくそう呟いて腰を上げた。休憩も寄り道ももう十分。次の目的も見つけられた以上、立ち止まる理由もない。
一方の鳥はというと、まるでヴァンの言葉を解しているかのような素振りを見せるも、しかし不安そうに周囲を見回すばかりで、一向に飛び立つ様子はみられない。その姿は、まるで飛べるかどうか自信がないかのようにも見える。
――話は変わるが、このヴァンという男。時に不愛想で薄情な振る舞いをする一方で、その根は不器用ながらも他者を想う優しさも有しており、さりとて積極的にそれを表へ出す程のおせっかい焼きでも無く、しかしなんだかんだで義理堅い面もあり……つまり何が言いたいのかというと、特段足踏みをする理由もないヴァンが、しかしまるで何かを待っているかのように未だ歩みを止めているのも……そも、何の縁も無い筈の小鳥を妙に気にかけているのも、全ては「なんとなく」。いつもと同じにように、ただ彼がそうしたいがだけの事。
果たして、どれくらいの間そうしていただろうか。やがて鳥は決心したかのように足を離すと、その身を宙へ委ねた。
最初はおっかなびっくり といった様子でふらついていたものの、やがて直ぐに慣れると、まるで今初めて空を飛んだかのように、初々しい喜びをその全身で表現しはじめる。
「……なんだよ、やればできるじゃねぇか」
そんな様子に、見守っていたヴァンの口元も思わず緩んだ。
そうして、遥か彼方へと続く大空へ羽ばたいていった鳥を「なんとなく」見送ったヴァンは、それとは反対の方向へと歩き始めた。
踵を返した という訳ではない。「なんとなく」見送りはしたがそれはそれ。ただ、彼の行く道がそちらで、
鳥は空を舞い、タキシードは風に舞う。今日も、そして明日も。
荒野に夢 街に暴力 そして大空に自由が溢れる ボンクラ達の理想郷
ここは惑星エンドレス・イリュージョン