晴空の彼方   作:Hydrangea

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epⅢ. うたかたの日々…

 

「ん……あぁ?…………何処だ、ここ」

 

 頭から足先まで黒づくめの男……ヴァンが目を覚ましたのは、またも見知らぬ場所であった。

 上質のシーツに柔らかなベッド。綺麗に整頓され、様々な調度品で飾られた室内。何れも平均的な人生では到底手の届かない最高級品で揃えられているとはいえ、ごみ溜めや橋の下と比べれば十分に真っ当な人間らしい場所ではある。が、後者の世話になった事が圧倒的に多い彼にしてみれば、むしろ縁遠いが為にかえって異質と感じてしまうもの。

 

 では、何故自分はそんな場所にいるのか。

 妙に重たい頭を起こして必死に考えを巡らせども、どうした事か昨日の記憶が途中から綺麗さっぱり抜け落ちてしまっていた。

 確か、いつものように空腹のまま彷徨い、妙な少女と出会い、食事をご馳走になって――

 

 

 

「あら、お目覚めですか?」

 

 と、彼が漸く“異世界”とやらへ招き寄せられた事を思い出した所で、その原因にして一飯の恩人でもある少女が部屋へ入ってきた。先程から鳴っていたのは、どうやら彼女が扉をノックしていたものらしい。

 

「ああ、えっと……おはようございます」

「はい、おはようございます。

 ――あの、お体の方はもう大丈夫でしょうか」

 

 なんのことやら と見当のつかないヴァンではあったが、少女曰く、昨晩の夕食時デザートとして出されたケーキを食べている最中、突然眠り込んでしまった との事らしい。

 最初こそ件の体調不良かと慌てたものの、よく見れば酒に酔っただけ(ケーキには少量のアルコールが使用されていた)であり、しかしそのまま放置する訳にもいかなかった為、少々早かったものの客間に運びその日はお開きとなった というのが昨日の顛末であるらしい。

 

「ああ、悪いな。なんか迷惑掛けちまったみたいで」

「いえ、こちらこそすみません。お酒が苦手とも知らずお出ししてしまって」

 

 ちなみにその時のヴァンはといえば、器用にもフォークを握りしめたままの姿勢で椅子へともたれかかっており、それはそれは締まりのない恰好であったとか。

 

「まあ、ここで話し込むのもなんですから、部屋を移しませんか?

 必要でしたら、シャワーや軽い食事などのご用意も致しますので」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「しっかし……随分と広いな、ここは」

「元々は、多数の客人をもてなす事も想定された場所ですから。

 とはいっても、その役割を果たすのは今回で初めてなのですけれどもね」

 

 少女の後ろを付き従いながらゆく道すがら、何とは無しにそう呟くヴァン。

 個室と共有スペースを仕切るのが薄壁一枚 という安宿さえ有難いものであった身にしてみれば、少しばかりでも廊下を歩くという長さは言わずもがな、枝分かれしている道の横幅さえ小さな町の通り程 というのは見た目以上に大きく感じられるものであり、ましてそれが少女にあっては思うがまま とくれば、その地位や懐具合は如何程のものか。

 

「ところで、えっと……その…………」

「?」

「あ~、なんだ。

 その……さっきから、あっちこっちで転がってるアレって何なんだ?」

 

 しかし、中でも彼の興味を惹いたのは、その廊下を勝手知ったるとばかりに転がり回る奇妙な金属製の玉であった。

 

 金属の玉。なんともつまらぬ言い方ではあるが、如何せん一目ではそう形容するより他ないそれは勿論、ただの金……ぞくの玉などではない。

 (ほぼ見た目が同じ事もあり)幾つあるのかの把握も難しいが、少なくとも昨日、初めて少女と出会った時より視界の隅で度々ちらついていたそれは、食事時であれば給仕を、今しがた廊下を行き交えば掃除や人足、はたまた少女の傍らに控えれば侍従と、時と場合によって様々な仕事(やくわり)を、表面の蓋を開いた箇所より伸ばすアームで器用にもこなしているのである。

 

 成程確かに、こんなものが複数あれば、このだだっ広い場所であっても手入れを行き届かせつつ不自由なく生活してゆけるのだろう。が、ならばそんな都合の良いものとはいったい何なのかと問われると、見ての生物(なまもの)ではない ぐらいしか分からないのである。

 (ちなみに先程言い淀んだ本当の理由は、例によって昨日言われた少女の名前を憶えていなかった事だったりする)

 

 

 

「ああ、あれは家事や身の回りの雑事に機能を特化させた作業用ロボット……

 簡単に言えば、執事やメイドの仕事を果たせる人形のようなものです。

 大型作業用や警備用などとは別系統にはなりますが、

 日常生活で必要な事は一台でもほぼ全て賄う事ができます。

 一応、あれを作ったのも私なんですよ」

「へぇ……小さいのに大したもんだ」

「小型化・効率化は技術の進歩としてはごく当たり前の流れです。

 いうなれば、あの大きさこそが……」

「ああ、いや。お前さんの事を言ってたんだが」

「あら、貴方に比べれば確かに小柄ではありますが、これでも立派なレデイですよの?」

 

 丁度、二人の横をすれ違ったその大きさはヴァンの膝丈程。小柄な少女にあっては抱えるぐらいのものではあろうが、彼女の言うように炊事洗濯掃除その他を手際よく独立してこなせる と考えれば、収められた技術力は推して図るべし。

 心なしか語る少女の表情もどこか誇らしげであり、ポーズとして頬を膨らませながらも、滲む嬉しさが隠しきれていない様子が見て取れる。

 

「そも、此度の実験も計画の発案から装置の作成、種々の手配まで全て、

 私()()の手によるものなんですよ。

 しかも、全て私のオリジナル。

 勿論、流用盗用なんて以ての外です」

「そうなのか?」

「ええ。自慢の作品達です」

 

 これには、ヴァンもただ素直に感心するしかなかった。

 確かに、E.Iにも年齢や性別(ついでに人格面)といった枠組みに囚われない優れた技術者は何人もいたし、サイズや機能の多彩さは別としても、造られたものの精巧さで言えばなんら劣るものでもないだろう。

 だが、それらとて先人達の遺した様々な技術や知識、同じ時代を生きる人達の思惑が重なり、交錯し、合体する事で初めて完成したもの。それを無地の状態から、しかも独力で果たしたというのならば、それだけでも十分過ぎる才覚と言わざる得ない。

 

 見目によるお飾り、はたまた話術も加えた交渉役 とは言い過ぎかもしれないが、よもや自分の周りにある一から十までが彼女の功によるものとは思ってもみなかっただけに、そのスケールの大きさには唯々圧倒されるばかり。

 

 だからこそ、続くその言葉も、心からの何気ない感嘆でしかなかった。

 

 

 

「は~、凄いな。お前ってば本当に、一人で何でもできるんだな」

「……」

「……あれ、何か変な事言ったか?」

 

 然も無い言葉のやりとり。精一杯背伸びをし、鼻高々に薄い胸を張る事こそ、この短い間でヴァンが抱いた少女らしい反応。

 だというのに、実際に返されたのは意外過ぎる程に……まるで止まってしまったかのように味気ないものであった。

 

 

 

「……いえ、お気になさらず。

 さ、そろそろ食堂につきますよ」

 

 しかし、それも一瞬。

 気づけば少女は変わらぬ微笑を湛えており、奥歯に物が挟まったような感覚も、鼻腔をくすぐる良い香りにたちまち押し流されてゆく。

 

 女心とはよくわからないものだ そう自分の中で結論付けたヴァンは、早々とそのもやもやを頭の片隅へ追いやる事とした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 昨日の僅かなやりとりで、凡その好みを把握でもしてくれたのだろう。食堂へ着きヴァンが腰かけるなり、件の玉が早速純白のミルクを運んできてくれた。至れり尽くせり とは正しくこの事を言うのだろう。

 

 して、改めて周囲を見渡してみれば、やはり目につくのはその広さと大きさ、そして豪華さ。

 テーブル一つをとっても、ヴァンの感覚では半分に切って十人で掛けるようなサイズをたった二人で占有し、今しがた受け取ったグラスを含めた調度品の数々も、派手さは抑えつつ一目見て上等と分かるものばかり。小心者では、とてもではないが落ち着いてなどいられないだろう。

 

 

 

「そういえば、ヴァンさんはE.I……でしたっけ。

 そちらでは何をされていたのですか?」

 

 と、目覚めの一杯を思い切りあおった所で、待ちきれないとばかりに少女は早速話を切り出してきた。

 

 昨晩は彼女側の事情を軽く説明した所でヴァンが早々にリタイアしてしまっただけに、早期の情報交換を求める気持ちも分からなくはない。

 が、それ以上に彼女から感じられるのは、お預けを食らっていた子どものような好奇心一色。

 態度こそお淑やかに努めているのだろうが、席に着く前から話を聞きたそうにそわそわしていたその様は、良くも悪くも見目相応であり、その知識や技術力に反し随分と無邪気なものとさえ感じられた。

 

「お前と比べりゃ、大したことはしてないさ。

 旅をしながら、それこそ雑用やらボディガードなんかで食いつないでたな。

 まぁ、所謂流れ者ってヤツさ」

 

 ともあれ、話好きでなくとも恩知らずでは無し。幾分すっきりした頭で率直に応えるヴァン。

 卑下も腐りもしないが、彼とて自分が社会の中でどういった扱いであるかぐらいは弁えている。その才覚で財を築き、安寧と安定の中に生きているのであろう少女に比べれば、良くても“変わり者”程度。一時以上の興味は湧かないだろうと思ったからだ。

 

「まぁ、旅ですか。

 何かを探し求められていたのですか?」

「何って、そりゃあ……」

 

 しかし、少女はそれ以上に「旅」の部分に食いつき、予想外にも良い反応を示してきた。

 温室育ち という印象に依ればある意味ありきたりな展開(もの)なのかもしれないが、よもや自分がまだ見ぬ新天地や莫大な財宝を求める冒険者か何かに思われるとは予想外だっただけに、今更ながら返答に窮してしまう。

 

 勿論、その実はと言えばおよそ彼女が期待しているようなものではなく、また当事者としてはよくある美談・英雄譚と扱われる事には抵抗感を抱くもの。

 彼とて()()が日常から逸脱したものである事ぐらいは理解しており、だからこそ、根っこの部分にある善き性質が、この無邪気なる少女へ言ってしまってよいのかと躊躇わせているのだ。

 

 

 

「…………復讐、だよ。仇を討つ為の旅だ」

 

 結局、繕う術も思い当たらずにぽつり呟いた言葉へ続くものは無く、空のグラスを置く音だけが、静まり返った部屋へと響き渡る。

 

 

 

「……家族か、ご友人ですか?」

 

 何故、少女は尋ねたのだろうか。

 

 この空気が分からない訳でもなく、安易な好奇心だけで動く程愚かでもない。それは、やや硬くなった彼女の表情(かお)を見れば分かる事。

 

 重苦しい行き詰まりを払拭する為の一手か、はたまた尋ねてしまった者としての義務感か。

 

 

 

「……俺の……俺の、花嫁になる筈だった人だ……」

 

 何故、彼は答えたのだろうか。

 

 自慢するような事でもなく、こうして話すだけでも昔を思い出しては胸の奥底が痛むのだ。どうして好き好んで語る必要があろうか。

 

 それとも、話す事で、誰かに聞いてもらう事で軽くなる重石があるとでもいうのだろうか。

 

 

 

「お嫁さんの為、ですか……素敵ですね」

「……そうか?」

「はい。そこまで誰かを想える という事が」

 

 再びの沈黙を破った少女の言葉は、しかし先程までの硬さの無い、実に穏やかな――まるで尊いものでも見ているかのような――微笑みであった。

 

 その旅路において、様々な人と出会ってきた。追い求めるものを明かした事もあった。だが、程度の差はあれ、果たしてこうも真正面から肯定された事がどれだけあっただろうか。

 疎まれ蔑まれる事には慣れているヴァンであるが、今の少女のような瞳で真っすぐに見つめられる事は殆ど耐性が無い。虚を突かれると共に、どこか張り詰めていた気持ちが解されてゆく。

 

 

 

「なぁ、気になってたんだが……ここにいるのって、お前だけなのか?」

「? 先に紹介したものであれば、休止中の筐体を除いても数十基単位で稼働していますが」

「いや、そうじゃなくて……

 ……他に人はいないのか? お前の家族とか」

 

 そうした経緯も手伝ってだろうか。昨日より頭の片隅で気になっていたその疑問を、この場で少女へと投げかけられたのは。

 

 これまでにも触れている通り、少女が自宅同然と振舞っているこの場所は大層広くて大きいのだが、その印象は何も、面積や構造といったものだけが理由ではない。あちこちを動き回っているロボット達とてあくまでも備品。入れ物として、整えられた場として、本来(そこ)に収まるべき“人”という存在が圧倒的に――少女しかいないのではと思う程に――少ないのだ。

 

 種々の家事雑事が十分過ぎる程の労働力で賄えているとはいえ、その年齢がどの程度かも分からないとはいえ。少女の家族が、同居人が、何がしかの人がいた所で何らおかしな事ではない。

 だが、単に用事で空けている といったものではなく、そもそも居るという気配が、痕跡が全く感じられないのだ。気にもとめない とばかりに淡々とその役割をこなし続けるロボット達の存在も、そんな印象を一層強めさせている。

 

 

 

「ああ、それですか。

 ――いませんよ。貴方を除けば、ここにいる人間は一人だけです」

「……すみません」

「いえ、お気になさらず。

 当然の疑問でしょうし、昔からそうでしたから」

 

 

 無論、質問の方が先に口から出たとはいえ、その答えが予想できなかった訳ではない。

 だからこそ後から悔いる と言うのだろうが、奇しくも先とは逆の構図となったそれはしかし、単に二度目という事以上に、少女の返答があってかそこまで気まずいものとはならなかった。

 

 彼女の言う「昔から」がどの程度かは分からないが、考えてみれば、独りの状態から始まったのはヴァンとて同じ事。

 才覚その他、様々な点で異なっているとはいえ、それでも斜に構えず感情で先走らず、手に職をつけ身を立てている分、やはりというか並べて比べると、見目に反し少女の方が年上と感じられてしまうもの。

 

 随分しっかりしているもんだ

 今日何度目かも分からぬ感心で、出かかっていたもやもやも詰まる事無く押し流されていった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……ですが、要らないと拗ねる程拗らせてる訳でもありません。

 こんな私でも、私なりに憧れだってあります。

 ……これ、お返ししますね」

 

 と、昨晩寝入ってしまった際の落とし物 と少女が差し出したのは、金属製のプレートへ納められた一枚の写真……復讐の旅路、その最後の戦いへ赴く直前に色々あって撮る事となった、最初で最後の集合写真であった。

 

 ヴァンにとっては、一人旅であった時からも含め随分と長い道のりに思えるものであったが、結局形として残っている物はといえばこれ一つぐらいのものだろうか。

 何かとちょっかいをかけてきた少女から、最後まで気に食わなかったあん畜生まで。旅の中で出会ってきた様々なものが、そこには映し出されていた。

 

「旅のお仲間ですか? 随分と個性的な方々ですね」

「別に、そんなんじゃないさ」

「ふふ、そうですか。では、そういう事にしておきましょう」

 

 仲間 なのだろうか。

 

 同じ信念を共有していた訳でもない。むしろ、切欠や目指す場所は驚くほど散らかっていた。

 そんな中、偶々進む方向が同じとなり、歩む道が近かっただけの間柄。怨敵の一味のように誰かの下に集った団体とは真逆の、寄せ集めの一行。

 

 だが、組織でも集団でもない、そんなものをこそ仲間と呼ぶのだろうか。

 

「よろしければ、聞かせて頂けませんか。貴方が旅をしてきた日々の事を」

「別に、勇んで聞かせるような面白いモンでも無いぞ?」

「そんな事はありません。

 こんな箱住まいの身にあっては、どんな絵空事よりも色鮮やかに見えるもです」

「……そういうもんか?」

「そういうものです」

 

 少しばかりの面倒さも合わせて渋る様子を見せるも、ここぞとばかりに一歩も退く様子を見せない少女。

 語勢こそ変わらず丁寧なままではあるが、大きなテーブル越しであった筈の間合いもいつの間にかすぐ近くにまで詰められており、その興味の度合いが伺える。

 例えこの場で断った所で、何度でも食らいついてくる事は容易に想像がつき、結局これもヴァンの方が先に折れる事となった。

 

 愛する女性との出会いと別れ。旅の始まりと同行者達との出会い。そこから始まった、今までとは少し違う道のり。

 大層立派な髭の下、独立国家建設の野望を抱いた紳士。海をこよなく愛し、多くのならず者達に慕われたキャプテン。男の爛れた倫理とやらを嫌い、女だけの楽園を作り上げた女王。

 多くの者と出会い、様々な物とも遭遇してきた。それら一つ一つを事細かに話し込んでゆけば、それこそ半年ぐらいはかかるのではないだろうか。

 

 決して話し上手とは言えないヴァンではあるが、それでもできるだけ分かりやすく、まるで自分に言い聞かせるようにして、旅の軌跡をなぞってゆく。そして少女も、そんな彼の話へ静かに耳を傾け続ける。

 

 気づけば天蓋へ投影された日も傾き、紅に染まっていた。そうして、夜は更けてゆく――

 

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