晴空の彼方   作:Hydrangea

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二話同時投稿(2/2)


epⅤ. その魂に火をつけて

「……ふぅ、想定外の邪魔が入ったけど、まぁ軌道修正にしては上々ね。

 予想はしていたけど、やっぱり安い同情で動くような人間でもなさそうだし」

 

 作り物とはいえ柔らかな陽光の下、ゆとりある広さと調度の整えられた庭園とは真逆。所狭しと敷き詰められた機械類の、仄暗く光るディスプレイ群だけが光源のいかにも不健康そうな部屋の中で、未だ淹れたての温かさを保っている珈琲――愛好家さえ顔を(しか)めそうな程に真っ黒なるそれ――に口をつけながら、少女は一人呟く。

 

「やっぱり、直接ぶつかる必要があるかしらね。

 叩くほどに光るタイプみたいだし、どの道もう一押し手を打つ必要も出てくる……

 久しぶりに、アレの準備もしておいた方が良さそうかしらね」

 

 頬を膨らませていたかと思えば、何かを思い出したかのように満足げ と、カラカラと変わる様子から件の“体調不良”とやらは窺えず、先の癇癪もどこへやら、むしろ上機嫌にも見えるだろう。

 

 

 

「ああ、どれくらいぶりかしら。

 ()()()()()の為に、こんなにも悩ましくなるのって」

 

 だが、その表情(えがお)はこれまでヴァンに見せてきた何れとも異なるソレ。

 見目相応の無邪気さでコーティングされた言葉の一つ一つからはしかし、傲慢や残酷と言った修辞こそ似つかわしいものが滲み出ていた。

 

『失礼します。

 先の紛争調停の件について、国連名義で再度秘匿回線による連絡が入っておりますが』

「しつこいわね、そんなに心配なのかしら。

 ……まぁ、正直忘れてたからいいんだけど」

 

 そうして暫し夢見心地に浸っていた少女であったが、無機質なその音声(こえ)で再び眉を(ひそ)めた。

 

 秘書と言えるAIが伝えてきたのは、ヴァンに思わぬ“失態”を見せた昼間の一件。

 だが、既にその激情も冷めたのか、はたまたそれ自体はよくある些事なのか。昼間のような、聞いただけで表情を歪める程の、極端な感情の起伏は見られない。

 

「Metsä……は整備中だったわね。他に適当なのは……

 ああ、確かあの近くに休火山があったじゃない。

 Diabloで噴火の一つでも起こせば、紛争くらい直ぐに止まるでしょう。

 万単位だと同情より処理の方が面倒になるから、犠牲者は千単位で治めといて」

『よろしいのですか』

「……あ、そっか。片方だけだとまた宗教絡みで面倒な事になるかぁ……

 うーん。じゃあDahliaも出していいから、『有毒な火山性ガスの噴出』

 とか理由を付けて、被害を均等にしておいて」

『畏まりました。すぐ手配します』

「よいお返事です、流石は私謹製AI。

 連中もこれくらい素直なら多少は可愛げが……いや無理か」

 

 ――真実、些事でしかないのだろう。

 

 今度は甘さという概念(ことば)を圧し固めたかの如き菓子へと手を伸ばし、背もたれに体を預けながら、可愛げすら感じられるその所作で、恐ろしい内容を淡々と“処理”してゆく少女。

 そこに自らヴァンへ語ったような情動は無く、あるのは諦めとも怒りとも違う、そも同じ土俵(めせん)ですら考えていない、人形遊びで使う箱庭を模様替えする程度の気軽さのみ。

 

 

 

「まぁいいわ。つまらない事ばかり考えていても小皺ができちゃう。

 どうせ考えるなら、建設的に明るい未来の事にしましょう」

 

 誰に充てるでもなくそう呟いた少女は、殆ど減っていない菓子と珈琲とを放り出し隣の部屋へ。

 仄暗い不健康さからはまた変わり、論文、宝飾品、謎の鉱物、怪しげな薬品その他――いずれも、世間では現代の宝とされる程に価値があるもの――が所狭しと詰め込まれたそこでしかし、彼女はそれらには目もくれず、剰え世に言う価値など如何程か とばかりに、乱雑に押しのけ無理やり作られたスペースへと一直線。

 そうしてまで机へ置かれていた1本の試験管……厳重に密閉保管されたそれを手に取ると、まるで見事な宝石を愛でるかのように、恍惚の眼差しで様々な角度で眺めはじめた。

 

 奇行でも乱心でもない。全ては当然の帰結。

 今や彼女にとって、その試験管……内容物であるヴァンの血液サンプルと、それが齎すものが秘める可能性は、いくらでも作れてしまう石ころとは比べ物にならない価値を有しているのだから。

 

 

 

 無論、その採取に際し、当人の許可は取っていない。

 

 とはいえ、それは所謂「天才にありがちな世間とのズレ」といった陳腐なものなどではない。

 例えヴァンであっても、そんな事をすれば流石に嫌な顔ぐらいはするであろう。そう理解した上でしかし、「然したる問題ではない」と判断したが為の行い。

 

 あくまでも、初日の夜に彼が僅かばかりのアルコールで無防備にも寝入ってしまったのは全くの偶然。ただそこで、謂わば棚から転がり落ちてきた餅を受け止めただけであり、例え後ろ手に()()()()()()()()()()()()()()()()()()、使っていないのだから咎められる謂れは無い。

 それが彼女の言い分であり、その思考形態の全て。未だ本格的な調査・分析をしていないのも、ケーキの苺を最後に残している程度の感覚でしかないのだ。

 

 

 

「やっぱりドレスも用意しておいた方がいいかしら。

 ふふ、どんなのが好みなのかしらね」

 

 想い人とを結ぶ赤い糸を見つめるその姿は、ただそれだけであれば、願いは叶うものと信じ疑わない無垢な童女にも見えた事だろう。

 

 だが、その瞳に湛えられた光は、決して晴れ空とは言い難いものであった。

 

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