晴空の彼方   作:Hydrangea

7 / 10
epⅦ. Van a.k.a. GUN×SWORD

「……何処だ、ここ」

 

 ひんやりとした風、しとしと降る雨音にせっつかれてヴァンが目を覚ましたのは、またしても見知らぬ場所であった。

 尤も、前回とは異なり贅沢なベッドなどではなく、簡素な天幕の中ではあったが。

 

「えっと、昨日は確か……」

 

 いくら抜けているとはいえ、前後不覚となる事などそう多くはない。

 堅い地面と隙間風に内心ごちりながら、何故かぼんやりと霞の掛かる頭を必死に回して思い出すのは“こうなる”直前。

 確か昨晩は、E.Iへ戻る決心を固め、少女へその旨を伝え、随分と豪華な夕食の席で挨拶やら何やらを交わし、その中で彼女から「変わりに願いを一つ」だとかどうたらと言われ、自分はそれにケーキを摘まみながら……ケーキを…………?

 

「うぉわっ!?

 って冷たっ!」

 

 記憶に残る最後のそれを思い出した途端、弾かれたように外へ飛び出すも、凍てつく程の雨で思わずとんぼ返り。

 尻を強かに打ち付けはしたが、それらも相まりようやく寝起きの頭もすっきりとした。

 

 野宿の経験も夜中につまみ出される経験も豊富なヴァンではあるが、さりとて問答無用とあっては流石に経緯も分からぬもの。

 ただはっきりしているのは、意識の落ちる直前に見えた微笑みからして、間違いなくあの少女が一枚噛んでいるという事だけ。

 

 ともあれ、このまま座して待つだけでは何も始まらない。

 まずは見つけ出して事情を聴くまいと腰を上げ――

 

 

 

「――なんだ、ありゃあ……」

 

 一瞬、本当にあっけにとられた。それだけの光景が、天幕を出た彼の眼前には広がっていた。

 

 比喩でも誇張でもない。真実、天を衝く超巨大なる建造物。

 その大きさ故に距離感も掴み辛く、初めはまだ屋内に居るのかとさえ思えたが、上と横とを仰ぎ、次いで振り返ってみれば、そこは確かに外であり、そびえ立つのは紛れも無い“塔”。

 まるで神話の1ページを切り出したかのようなそれは、いっそ非現実的にさえ思える異様を、実に堂々たる佇まいと圧倒的な存在感を以て現実に根差す神秘の具現。

 

 それは、人類の飽くなき欲望が生み出した叡智の結晶。

 かつては天上の神々の怒りにさえ触れた、新時代の象徴にしてそれを支える柱。

 

 少しでも知識のある人間が見れば、間違いなくこう呼ぶ事だろう――軌道エレベーター と。

 

 

 

『あら、目が覚めたようね』

「っ!?」

 

 一瞬でも目を奪われた為か、人の気配など無かった筈の後ろから声を掛けられるまで、その存在に気づけなかった。

 反射的に振り返った先にいたのは、ここ数日ですっかり見慣れた件の金属球。そして、どんな仕組みか宙に浮いたそれから立体投影された少女であった。

 言い訳などしたくはないが、予想以上に平和ボケしていた体たらくに、思わず内心舌打ちする。

 

『あらあら、どうしたのかしら? そんなに怖い顔をしちゃって』

 

 一方の少女はと言えば、相も変わらず穏やかな口調に微笑を湛え、加えて先日とはまた異なる赴きでめかし込んでおり、元から良い器量もあってより一層華やかなる装いとなっていた。

 それでも、紡がれる言葉が、細かい仕草が、浮かべる表情が。そして眼差しの奥底にある仄暗い輝きの何もかが彼の五感に障るのは、決して酔いや思い過ごしなどではないのだろう。

 

『おはよう……というよりこんばんは かしらね。良く眠れた?

 ホント、お酒に弱いんだから』

「やっぱりお前の仕業か……なんだってこんな事を」

 

 ヴァンとて、ここ数日の間に少女から受けた恩を忘れた訳ではない。

 かつてその復讐を「優しい」と断じられたように、今尚彼女が見せた一面を信じたいという気持ちさえある。

 

 だから、意識が既に腰へと携えた“武器”へ指を掛けてしまっているのも、偏に本能故の事。

 例え理性では迷いがあっても、幾多の修羅場を潜り抜けてきた身体は既に応えているのだ。目の前に居る人物が、今の自分にとって一体“何”であるのかを。

 

 

 

『まぁまぁ、落ち着いて。

 態々貴方を寝かしつけてまで外に運んだのは、これからするとびきりのゲームの為よ』

「とびきりのゲーム?」

 

 返答として示されたのは、二つ目の立体投影映像、星々が煌めく夜空。

 先日少女からは「そうでもしなければ、今この世界では空の星さえ見えない」と説明されていた事からして、より宇宙に近い高高度のものなのだろう。

 

 だが、映し出されたそこには、まるで宙をスプーンで削り取ったかのように蒼い奇妙な“孔”が開いていた。

 

「なんだ、ありゃあ……」

『アレはね、この世界でただ一つ貴方の故郷へと繋がっている(ゲート)

 最初に此方へ入ってきた時のものの完成形ね』

 

『ゲームのルールは至って単純。

 ヴァンはこれから軌道エレベーター……目の前にある塔を、備え付けの設備でも何でも、

 使()()()()()()()()()使()()()、門への道がある最上階……

 つい昨日まで一緒に過ごしてた私のいるところを目指す。

 私は手ずから用意した様々な障害物を以て、これに立ちはだかる』

 

『ゲートがバックアップ諸共強制遮断される72時間後までに到達できればヴァンの勝ち。

 逆に防ぎきれば私の勝ち。

 貴方は故郷への帰還、私は貴方そのもの――賭け(ベット)はお互いにとっての譲れないもの――

 とても分かりやすいでしょう?』

 

 

 

「――いや、全く分かんねぇな。こんな事をする理由が」

 

 確かに、事の発端は少女の側にある。ヴァンはいわば巻き込まれた形であり、この滞在も少女の懇願あってこそ。

 とはいえ、1週間程度でもはぐれ者のヴァンに破格の待遇が与えられていたのもまた事実。研究のサンプルか、実験の成果か。目的があっての行いである以上、「成功例」たるヴァンに何かを求める というのであれば、まだ話す余地もあっただろう。

 

 だというのに、何故少女は明らかに敵対的と取れる術を以てしてまで、「たまたま」巡り合っただけのヴァンの身柄を求めるのか。

 ただ「帰さない」と駄々をこねるのではなく、打ち負かさんとする事を目論むのか。

 

『あら、もしかして何か勘違いをしているのかしら?

 そもそもあのゲートを作った目的はね、貴方を探す為なのよ、ヴァン』

「俺を?」

『ええ。正確に言えば、私が求めるモノに合致した人。

 で、ヴァンは正しくそれ という事』

 

 ヴァンからの返答(しつもん)の意味を察したのか、少女は意気揚々と、いたずらが成功した子どものように語り始める。

 或いは反応が無くとも一方的に話始めていたであろうその様子は、見目通り無邪気で無害なものであれば、どれだけ良かったかだろうか。

 

 

 

『――ああ、もしかして「世の為人の為、まだ見ぬ新天地を求めて」なんて理由だとでも思った?

 

 ……ふふ、うふふふふ、アハハハハハハハハハ!!

 よりにもよって「世の為人の為」だなんて! そんな事ある訳ないじゃない!

 次元連結ゲートは……いいえ、私が手掛けたものの全ては、私の為()()のもの。

 今回のこれだって、私だけの王子様(おもちゃ)探し以外に理由なんてないわ。

 貴方も見たでしょう? 私ってばこの世界じゃとっても有名なの。

 何せ、会う人皆上辺ではご機嫌をとりつつ、内心では怯えきっているぐらいですもの。

 まぁ、それはそれで面白いんだけれど、流石にそれだけじゃつまらないでしょう?

 だから、この世界にいないのなら他所から探そうって思って、

 それで、そんな時に来てくれたのがヴァンだったのよ。

 ……ああ、そういえばこの間は外での私について少し話をしたっけ。

 あの時は誤魔化すような言い方をして御免なさい。

 今この場でお詫びして訂正するわ。決して嘘を吐いていた訳じゃないの。

 言葉が足りなかったというか、少しばかり心にも無い事で良く見せようとしちゃっただけなの。

 誰にでもある事でしょう?

 実際、今でも世間にはちょっかいをかけ続けてはいるし、この間の紛争の調停だって

 ちゃんと済ませてきたわ。

 ただ、それは今でも人の可能性を諦められないからじゃないのよ。

 だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……ねぇヴァン、私が今でもあれやこれやと世話を焼いてあげている本当の理由はね、

 愚かで哀れで惨めな人間達が可哀そうで(おもしろくて)可哀そうで(おもしろくて)堪らないからよ。

 人間ってばね、声ばかり大きな9割の為なら、何も言えない1割をどんな残酷な目に合わせても

 諸手を上げて歓迎してくれるのよ。聖女様、聖女様ってね。

 ああ、勿論貴方の事をそんな風には思ってなんかいないわ。むしろ真逆。

 こうして本当の私を見せても目の輝きを亡くしてしまわない事が本当に素敵だと思っているの。

 最近はちょっと何かを思い悩んでいたみたいだけど、それさえ自分の力で乗り越えて、

 もう本当に恰好良くって、我慢できなくて――

 ――だから決めたの。私、貴方のお嫁さんになってあげるって』

 

 

 

 その感情が何か と問われれば、「好意」或いは「愛情」に区分はされるのだろう。

 

 確かに、彼に充てた文言だけを見れば、嫌味(うら)の無い賞賛一色。

 世辞でも何でもなく、この僅か数日の触れあいを経て、少女はヴァンへ確かなる好意を抱き、帰ってほしくない 自分に振り向いて欲しい と、真実思ったのだろう。そして仮に少女が勝負へ勝ち、ヴァンがこの世界に骨を埋める事となれば、それこそあらゆる手段を尽くしてでも体調面での不安を取り除かんとする事だろう。それだけの一途さ、献身さがある事は確かである。

 成程、それらを鑑みるのであれば、白で纏められた華やかなるその衣装は、さしずめ少し気の早いウェディングドレスといった所だろうか。

 

 だが、()()をただ字面通りに捉えられるのは、五感を焼き潰し理性を蕩かし尽くせば の話。

 

 真っ当な感性を持つ者であれば、到底受け止めきれない狂気の濁流。

 全く以て不本意ながら、ヴァンには確かに心当たりがあった。息つく間も無く語り続けるその笑顔は、彼から最も大切なものを奪った怨敵が浮かべていたそれと同じもの。

 

「……なってあげる という割には、随分な扱いじゃねぇか」

『それについてはごめんなさいね。

 一応、塔の難題をクリアするっていうのは、この世界では私に求婚する資格になっているの。

 形だけで適当に決めたものとはいえ、それぐらいはしないと外に示しもつかないでしょう?』

『騙し討ちにしたのは確かに印象悪いけれど、直接対決とはいえ私自身は非力な女の子ですもの。

 その辺も戦略の一環 という事にしておいてくださいな。

 何より、私が見込んだヴァンなら、これくらいできるって信じてるわ』

「よく言うよ、全く」

 

 もはや余地なし と観念したのか、腰に巻いていた妙な布切れ――それが見目通りの布で無い事も少女は見抜いていたが――のついた柄をするり抜き放つ。

 背筋もそれも未だ脱力してはいるが、纏う雰囲気から困惑は消えており、デートのお誘いに一先ず応じてくれそうなその様子に、少女も満足気な笑みを浮かべる。

 

 元より、今ここに至って選択肢など無いにも等しいのだ。

 ヴァンとてそれは承知しているだろうし、少女もまたその辺りの心配などしてはいない。今彼女の頭を占めているのは、プレゼントを携えたサンタクロースを待つ無垢な幼子のように、或いは得物を前にした大蛇のように、端正な貌へ滲む喜色そのままの高揚感のみ。

 

 

 

 それでも、国どころか世界さえも傾かせる怪物を前にしても、男は極々自然体。ため息一つ吐く程の余裕さえ見せる。

 

 

 

 

『で、どうするの。この勝負、受けてくれるかしら?』

「……一つ、聞いておきたい」

 

「お前が勝てばここに残って、俺が勝てば元いた所に帰れる。

 互いに譲れないモノを掛けた勝負。

 ……その言葉に、お前の約束(しんねん)に、嘘は無いか」

 

 返答替わりに男が問うたのは、理由や経緯その他の山積する疑問ではなく、ただ一つその真偽……少女がこの勝負へと望む姿勢について。

 

『何かと思えば今更……ああ、そう。もしかして、約束を反故にする事を心配しているの?

 まぁ、そう思うのも無理ないわよね。

 確かに、煙に巻いたりしたのは事実。さっきみたいな「言い間違い」もあったものね』

 

 疑われるのも当然だろう。自ら言うのもなんではあるが、少女自身、そう問われる事自体は想定の範囲内。むしろ、これだけの仕打ちをしても尚「自分だけは」などと都合の良い妄言を宣うこの世界の住人達とは異なり、真っ当に疑うヴァンの姿勢こそがあるべき/求めるもの。

 騙す事それ自体は薄汚れた世間との付き合い方(処世術)と割り切ってはいるが、改めてこう問われたのは、彼女にとっては随分と新鮮に感じられる事であった。

 

『でも、生まれてこの方結んだ約束を反故にした事は一度も無いわ。

 ――だって私、勝負事で負けた事なんて無いんですもの。

 癇癪を起こして盤面をひっくり返すなんて、所詮は負け犬のする事。態々破るまでもないわ。

 これまでも、そしてこれからも』

 

『ええ、でも気になるのなら改めて言いましょう。

 誓って、先の言葉を翻したりはしないわ。私が私である限りね』

 

 故に、虚飾や偽りなくそう返す。

 それは、狂気や傲慢と並べても尚先んじる、自身の才覚より出る絶対の自信が為。

 

「大層な言い草だが……そうかい、そいつはいい心掛けだ。

 なら――」

 

 その答えで何が分かった訳でもない。それでも、彼の(ハート)に火をつけるのには十二分。

 伸ばされた背筋と共に、紫電の奔った得物(ぬのきれ)が肉厚な刃を持つ時代錯誤な蛮刀(けん)へと姿を変えた事で、少なくとも少女はそう判断した。

 

 

 

 だがそれは間違いだ。否、正確に言えば()()()()

 頭こそ氷よりもクールなままだが、その心はこうして相対し、問いを投げかけるよりも前に……男が再び前を向いたその瞬間から、既に焔をも越えて熱く燃え滾っていたのだから。

 

 帽子に付けられたリングへ通した指を横に流し、その前後を入れ替える。

 文字にすればたったそれだけ。その何気ない所作を境に、今度こそ彼の雰囲気が一変する。

 

 そして少女は見た。

 居場所も立場もそなえる才も。何もかもが天地ほどの差があるその中でしかし、確かに真っすぐと此方を見据えた、帽子の切れ目から覗く“戦う者”の眼差しを。

 

 

 

「――自分を曲げないお前には、ラッキーが来るかもな!」

 

 再び奔る紫電と共に幾つもの孔が開き、奇妙なカタチへ姿を変えた蛮刀(それ)を、迷い無く、淀みなく、躊躇い無く振り抜くヴァン。

 そして、虚空に描かれた「V」の軌跡を受け、遥か上空へ穿たれた次元連結ゲートの先……E.I衛星軌道上に浮かぶ“十字架”は、音も無く動き始めた。

 

 

 

――チェスターからのシグナル受信 これより射出シークエンスを開始する――

 

 それは 最強の力にして最上の抑止力

 愚かなる咎人達に下される 裁きの雷

 

――チェスターのバイタルに異常を検知 到着次第直ちに冷却へと移行――

 

――座標特定 目標地点に障害物無し 軌道修正完了――

 

――目標地点までの軌道上に不確定要素を検出……問題無し チェスターからの要請を最優先――

 

 幾多の時を経て 担い手を移し その戒めが失われようとも

 その姿が 刻まれし言葉が 彼の者に与えられていた使命を決して風化させはしない

 

――リニアレール出力 臨界点に到達 DANN OF THURSDAY 目標地点へ射出を開始――

 

 その力が 断罪の剣が

 

―― 死 刑 執 行(execution) ――

 

 今 解き放たれた

 

 

 ◇◇◇

 

 

 それは、あまりにも唐突であった。

 軌道エレベーターに備え付けられていた物や、周辺に展開していた各種の観測機器が捉えるよりも速く、次元連結ゲートを潜って“何か”が飛来。それが、途轍もない速度を維持したまま地上……丁度、ヴァンがいた辺りへと落下していったのだ。

 

「一体、何が……」

 

 降ってきた物の正体は分からないが、直前の様子からしてヴァンが何かしたのは明白。

 落下の衝撃に巻き込まれたであろう端末を早々に諦め、すぐさま他の手段での情報収集を始める少女。何よりも今必要なのは、その詳細である。

 幸いにして、衝撃で乱れていた機器類もすぐさま復旧し――

 

 

 

「え…………」

 

 そこに、少女の知る男はもういなかった。

 否、あれもまた彼の持つ一面。ただ、少女がそれを知らなかっただけの事。

 

 雲間から差し込む月明かりの下に佇むは、蒼く輝く軀を白亜の鎧で固めた“巨人”。手に持つ刀と紅く鋭いその瞳は、紛う事無き“兵器”そのもの。

 

 それこそが、かつて()()()()エンドレス(E)イリュージョン(I)を圧倒的な武力を以て治めていた監視者が一体。

 E.Iの誇る超技術“ヨロイ”の始祖が7にして、その頂点たる最強の7。

 数多の戦いの果てに、唯一つ残された剣。

 

『Wake Up DANN!』

 

 その名をダン・オブ・サーズディ。

 

「裁き」の名を冠する咎人が今、次元を越え母なる星(マザー)の大地へと降り立った。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。