スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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10話 クリスマスの前に

クリスマス休暇が近づくにつれて、冬も一段と厳しくなっていた。

ホグワーツは、雪化粧でおおわれている。湖は叩いても割れないくらいに凍りつき、吐く息が白い霧のように立ち上る。誰もが暖かい釜に近づいて、暖をとっていた。

こんな日でも、私は図書館へ向かう。一向に『ニコラス・フラメル』が誰なのか見当もつかず、時間ばかりが過ぎていき、焦りを覚え始めていた。だが、今日は図書館へ行く前に、森番・ハグリッドの家を訪ねていた。

 

 

「この蛇、どうやって手に入れたんだ?」

 

 

ハグリッドは、蛇の鱗を無骨な指で撫でながら診断する。

私は当たり障りのないよう、真実を一部だけ伝えることにする。ハーマイオニーから聞いた話だと、ハグリッドという人物は見た目通り『単純』な男らしい。真実を全て伝えなくても、見抜かれることは無いだろう。

 

 

「魔法の練習で生み出した蛇です」

「そうか――だから、こんなに弱っとる。今日が峠だろうな」

 

 

マーカスが最後の力を振り絞って生み出した蛇を、ゆっくりと見下ろした。

息も絶え絶えで、赤い舌は力なく動いている。その様子は、少し痛々しかった。クィディッチのキャプテンから『迷惑をかけたお詫び』として無理やり押し付けられた蛇で、正直扱いに困っていたのだが――こうして死に瀕しているとなると情が湧くものだ。

どうしても生かしてやりたいと思ってしまう。

 

 

「助ける手段は、もうありませんか?」

「こうなっちまった以上、運命だと思って諦めるしかねぇな。魔法で生み出した生き物は、寿命が短けぇから、仕方ねぇんだ。魔法が切れて消滅まで一緒にいてやることが、せめてもの供養っちゅうもんだ」

「……ありがとうございます」

 

 

助ける方法は、ないらしい。

私は蛇をケージの中へ入れると、ハグリッドの小屋を出る。

コートを着込んでいても震えてしまう寒さに耐えながら、雪をかき分けた。

 

 

「それにしても、今日が山場か」

 

 

やはり、魔力で作られた動物は、生み出した魔力が切れると死んでしまうようだ。元々この世にない命を、無理やり魔力で作り上げるのだから――当たり前といえば当たり前だ。

例えるなら、電池が切れると動かなくなる電気機器、といったところだろう。

この蛇も、もう少しで魔力が切れて動かなくなってしまう。電気機器と違うところは、新しい電池として魔力を供給することが出来ない。寂しい気持ちが、心の中に浸透していく。

 

 

「ねぇ君、何持ってるの?」

 

 

ホールを歩いていると、ふと声をかけられた。

私は、内心嫌な気持ちを押しこめて、優等生の仮面を被る。――が、次の瞬間、嫌な気持ちは消えた。そこにいたのは、スリザリン生ではなく、ドレッド頭のグリフィンドール生だった。

そう言えば、最近話しかけてくる鬱陶しいスリザリン生たちは、こんな気軽に声をかけてこない。少し考えればわかることだったが――疲れているのだろうか?

 

 

「これ、ですか?」

 

 

私は、蛇が入ったケージを見せる。

すると、ドレット頭は面白そうに目を輝かせた。

 

 

「へぇ―蛇を飼ってるんだ!」

「魔法の練習で生み出しました」

「いや、それでも飼おうって思うのが凄いな。俺だったら、すぐに捨てちゃうぜ。

そうだ!面白いモノを見せてもらった礼だけど、これあげるよ!」

 

 

ドレッド頭は、腕に抱えた箱を渡してきた。

気のせいか――中から動くような音がする。

死にかけた蛇を見て、『面白いモノ』と称すことは気にいらないが――それでも、あげるといわれたものを断るわけにはいかない。これといって、断る言い訳も思いつかなかった。

私はケージを床に置いて、ドレット頭の手から箱を受け取ることにする。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

と言って箱を開くと、そこには黒い塊が入っていた。長い毛むくじゃらの肢が、蠢いている。

私は、思わず袖の下に隠し持っていたナイフを取り出し、振り上げた。

 

 

「ストップ!!殺すのはタンマ!!」

 

 

ドレッド頭は泣き笑いしながら、止めてきた。私は、ハッと我に返ってナイフを下ろす。

どうやらこのドレッド頭は、私を驚かせたかったらしい。よく見れば、それは少し大きいタランチュラだった。虫は嫌いでも好きでもなく、文字通り『興味がない』。だが、こうしていきなり目の前に突き付けられると、拒否反応が出てしまう。

 

 

「いや~まさか本気で殺そうとする人がいるなんて。というより、いつもそこにナイフ隠しているの?」

 

 

タランチュラの入った箱をドレッド頭に返すときに、自分の失態に気づく。

私は『優等生』だ。『優等生』がナイフを常備しているわけがない。だけど、これに対する言い訳は既に考えてある。私は澄ました顔で、

 

 

「護身用です。世の中、物騒ですので」

 

 

と、静かに返した。すると、ドレッド頭は少しひきつった顔をする。

 

 

「いやいや――ナイフ隠し持ってる方が物騒だろ。

でも、おもしろいね!君なんて名前?俺はリー・ジョーダン。3年生のグリフィンドール生」

「私はセレネ・ゴーントです。スリザリンに所属しています」

 

 

その途端、愉しそうな笑顔が一変し、露骨に嫌そうな顔をされる。

 

 

「あっ、そうか。スリザリン生だから蛇飼ってるんだな、ふーん」

 

 

ジョーダンは、去って行った。

私をバカにするような表情を浮かべて―――。

グリフィンドール生の中には、スリザリン生を露骨に嫌がる生徒が多数いる。どうやら、あのジョーダンと言うドレッド頭もその1人だったようだ。恐らく、コートのせいでネクタイが視えなかったのだろう。私は『優等生』なので、そんな些細なことを気にしない。しかし――

 

 

「あいつら、が問題なんだ」

 

 

ジョーダンに憎悪の視線を向けるスリザリン生数名が、視界の端に映る。

私は内心ため息をつくと、ケージを抱え、そのスリザリン生に歩みを向けた。

 

 

「何をなさっているのですか?」

 

 

優等生の仮面を被り、そのスリザリン生たちに歩み寄る。

すると、彼らの顔に憎悪とは別の赤味が浮かび上がってくる。正直、気持ち悪かったが――それをいつも通り無視すると、私は言いたいことだけを簡潔に伝えた。

 

 

「私はあの人と、ただ1人の『ホグワーツ生』として話していただけですよ。

それに――貴方方がこれからしようとしていることを実行したら、誰に迷惑がかかると思いますか?」

「……申し訳ありません」

 

 

謝るスリザリン生に、私は何でもないというように手を振った。

 

 

「謝る必要はありません。以後、行動に気を付けてくださいね」

「は、はい!!」

 

 

私はスリザリン生に背を向ける。

どっと疲れが出たが、ここで休むわけにはいかない。

スリザリンのクィディッチチームの選手に絡まれてから、私の環境が変わった。

あの時、絡んできたスリザリン生を徹底的に、しかも談話室の入り口で倒したからだろう。それから、『スリザリンの継承者』として私を信奉する上級生が増え始めたのだ。

正直、勉強の邪魔でしかないし平穏の妨げにしかならない。基本的に手綱を握っているつもりだが、時折――今のように、私に不敬を働いたグリフィンドール生に鉄槌を下そうと考える輩がいる。あの場でクィディッチ選手を倒さなかったら、こんなことにはならなかったと後悔する反面、あれでよかったのだと納得する私もいる。

あの場で反撃していなかったら、私は惨めな学校生活を送ることになっていた。

友達も出来ず、優等生でもない。そんな―――寂しくて、誰からも見向きもされない7年間を――。

 

 

「ああしないと、死んでた」

 

 

私は死んでいた。

彼らを倒さないと、死んでいた。だから、生き残るために倒した。

その結果がどうであれ、私はこうして生きている。生きているなら、それでいいではないか。

 

 

「生きている」

 

 

ケージの中の蛇を見下ろす。

いまは、生きている。

人の手によって作り出された人工的な生命体だが、それでも生きている。

でも、もうすぐ命の炎が消えかかっている。助ける方法は、今の私にはなかった。

 

 

「それにしても、不思議」

 

 

考えてみると魔法で生き物を生み出すとは、極めて不思議な現象だ。

現代の科学において、ロボットという疑似人間を作り出すことは出来るが、ここまで完成度の高いロボットは見たことも聞いたこともない。

1年生用の基本呪文集や変身術の教科書には、何もないところから有機物を生み出す魔法は掲載されていない。マッチ棒という無機物を、全く違う物質構成である針へ変身させる方法は載っているのに――。少しずつ、変身術に興味が湧いてきた。

蛇を自室に戻したら、図書館へ行こう。今年のクリスマスは、変身術関連の本を読み漁ろう。

もしかしたら、その中に『ニコラス・フラメル』につながるヒントが隠されているかもしれない。

 

 

淡い期待を込めて、私は歩みを速めた。

 

 

 

 




3月12日:一部訂正

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