スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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3話 グリフィンドール塔のダンブルドア

 

 廊下の篝火に照らされて、三角帽子の長い影が伸びている。

 スコーピウスの言う通り、あれが七不思議の一つ「グリフィンドール塔に現れるダンブルドア」なのかもしれない。

 

(あれが、そうなのかな?)

 

 アルバスは脈打つ心臓を抑えつつ、スコーピウスとリザに囁きかけようと口を開きかける。

 ところが、アルバスが口を開く前に、スコーピウスが小突いてきた。彼は片手で口を押えながら、こっそりと別の方向に指を向ける。

 

 そこには、別の影があった。

 物陰に隠れ、こそこそ動くように近づいてくる。アルバスは一瞬、巡回の先生が近づいてくるのかと焦ったが、大人の影より一回り小さい。第一、先生なら堂々と廊下を歩いてくるはずである。

 

 では、一体誰なのか?

  

 アルバスは不安な思いを押し殺しながら、その怪しげな影を見守った。

 影の主は、アルバスたちに気付いていないらしく、するすると物陰を伝いながら次第に近づいてきた。

 

「やあ!」

 

 無造作に廊下の曲がり角から片手を突き出し、スコーピウスが影の肩をいきなりつかんだ。

 声を上げかけた相手の口を慌ててアルバスが塞ぎ、同時の向こうもこちらの口を押えた。全員で座り込み、必死にお互いの唇の前で人差し指を立てる。

 それから、アルバスは相手をまじまじと確かめた。

 

「君は……」

 

 アルバスたちと背丈は変わらない少女だった。ローブにはグリフィンドールの紋章が縫い付けられている。暗闇のなかでも燃え上がるような赤毛は特徴的で、理知的な顔をした少女には非常に見覚えがあった。

 

「って、なんだ。ローズじゃないか」

 

 アルバスは脱力した。

 改めてみるまでもなく、そこにいたのは、ローズ・グレンジャー‐ウィーズリーだった。普段とは違い、気位の高そうな顔は驚きに歪んでいたが、すぐに不快そうな顔になった。

 スコーピウスが喜びの声をあげたからだ。

 

「奇遇だね、ローズ。君の髪は篝火みたいに綺麗だ! 夜でも一目でわかったよ」

「そう、ありがとう」

 

 ローズは彼から一歩距離を取ると、アルバスたちを怪訝そうに見返してきた。

 

「貴方たち、何をしているの? ここはグリフィンドール塔。スリザリン寮ではないわ」

「ええっと、これには理由があって……」

「アル様、スコーピウス」

 

 アルバスが説明に困っていると、リザが袖を引っ張ってくる。

 どうやら、三角帽子の影に変化があったらしい。スコーピウスは急に真面目な表情になると、アルバスの隣に戻って来た。

 ぺたぺたと足音が近づいてくる。

 ゆらりゆらりと三角帽子を揺らしながら、アルバスたちのいる廊下の向こう側を横切った。

 

「……見た?」

 

 いつのまにか隣にしゃがんでいたローズが、アルバスに囁きかけてくる。

 アルバスはこくこくと頷いた。

 とはいえ、この位置からだと影しか見えない。廊下の壁に張り付くように進みながら、こっそり遠ざかっていく影の後ろ姿を伺い見る。篝火に照らされ、ハッキリと後ろ姿が浮き上がって見えた。

 

「あれって…………」

 

 影の主は、二つに分かれていた。

 アルバスたちよりも小さな身体に不釣り合いなほどの帽子を載せている。色とりどりで大きさも多種多様な帽子を頭の上に積み上げた様が、まるで巨大な三角帽のように見えていたのだ。

 

 そう、つまり帽子の正体は――、

 

「ドビーが噂の正体だったの?」

「違うわよ」

 

 アルバスが呟くと、ローズが即座に否定して来た。

 

「ドビーに擬態した魔法生物に違いないわ」

「でも、ローズ。あれは確かにドビーだったよ。100個の帽子を被ったドビーだ」

「アルバス、もっと疑ってかかった方がいいわ。だって、噂の正体がドビーだったなんて、謎でも秘密でもなんでもないわ。少なくとも、ホグワーツ功労賞にあたいするような発見じゃ……あっ!」

 

 ローズはしまったと自分の口を塞いだ。

 

「なんだ、ローズ。君も七不思議を追っていたのかい?」

 

 アルバスが指摘すると、ローズは髪と同じくらい顔を真っ赤に火照らせた。彼女は恥ずかしそうに一瞬口を堅く結び、俯いてしまったが、ややあってから吹っ切れたように口を開いた。

 

「ええ、そうよ。私は七不思議を追っていたの!」

「でも、不思議だな。君はその……規則を破るタイプじゃないだろう?」

 

 アルバスは不思議そうに首を傾げる。

 ローズ・グレンジャー‐ウィーズリーは自身の出生に並々ならぬ誇りを抱いている。英雄の娘として、英雄の娘にふさわしくあれとの言葉そのものの具現化だ。成績はトップ、クィディッチの選手であり得点王。加点されることはあれど、減点されることなど一切ない、完全無欠の優等生なのだ。

 

「いまさら100点程度、君には稼ぐ必要がないじゃないか」

「はぁ……アルバス。貴方の父親は誰?」

「……父さんのことは関係ないだろ」

「関係あるわ!」

 

 ローズは鋭い目でアルバスを睨みつける。

 

「私はハーマイオニー・グレンジャーとロナルド・ウィーズリーの娘よ? この程度の謎、解けないはずがないじゃない!」

 

 ローズは胸を張りながら、ずいっと詰め寄ってきた。

 

「いいこと? 私たちは二年生。つまり、私たちのパパやママたちが『賢者の石』を守ったときより一年上で、『秘密の部屋』に挑んだ年なの。この意味が分かる?」

「僕――」

「私は二年生になるのに、何もなしえていないの」

「だけど、ローズ。君はクィディッチの選手じゃないか」

 

 ローズが出場する試合は見に行ったことはないが、彼女のプレイが歓声を受けているのは知っているし、スリザリンのなかからも、ローズのプレイを馬鹿にする生徒はいない。

 アルバスは、ローズは自分なんかより、ずっとずっと「グレンジャー‐ウィーズリー」の名前に恥じぬ学校生活を送っていると思っていた。

 

「先学期だって、グリフィンドールがクィディッチで優勝したんだろ? 君のおかげで」

「あれは、私だけの行いではないわ。チームのみんなが協力し、信じあったこその勝利よ」

 

 ローズは一切の迷いなく言い切った。

 

「けど、今回は違う。あきらかに、今回の七不思議の発生は異様よ。これは……なにか背後にある。私は、ローズ・グレンジャー‐ウィーズリーとして、解決する義務と責務があるの!」

「しかし、ドビーみたいに見間違いだったのでは?」

 

 ぽつり、と。エリザベスが呟いた。

 

「たまたま見間違いが七つ集まったのかもしれませんよ?」

「そんな偶然、あるわけないじゃない。ドビーは間違いだったかもしれないけど、他は違うかもしれないわ。最後まで、可能性は捨てず、謎を解決するべきなの!」

 

 ローズは断言すると、ぷいっとこちらに背を向けて歩き出した。

 

「ローズ、どこへ行くんだい?」

「温室よ。七不思議のひとつ『踊る鉢植え』を確認しに行くの」

「踊る、鉢植え?」

 

 アルバスが呟くと、スコーピウスが咳払いをした。

 

「魔力が最も高まるとされる時間……つまり、深夜2時に温室の鉢植えが一人でに踊りだすって話さ」

「踊りだして……どうなるの?」

「こちらも踊りに誘ってくるのよ。誘われて頷いたが最後、死ぬまで踊り続ける呪いにかけられてしまうの」

「「死ぬまで……!?」」

 

 アルバスとエリザベスは同時に驚いた。

 

「そんなの僕らの手に負えないよ」

「デルフィー姉様が読み聞かせてくれたマグルの童話で聞いたことがありますが……いえ、この場合は、童話だけじゃなくて、えっと……」

「エリザベス、私は『赤い靴』じゃなくて、妖精の踊りだと思うわ。『妖精の踊りに誘われたら、死ぬまで踊り続ける』という話。『イギリスにおける魔法生物図鑑』に書いてあったわ」

 

 ローズは指を振るように説明する。

 

「ローズ、僕もその通りだと思うよ。同じ考えを持っているだなんて、運命みたいだね」

 

 スコーピウスが高らかに言えば、ローズは少し自慢そうな顔が失せ、複雑そうな表情で短く「そう」とだけ呟くと、再び距離をとった。だが、スコーピウスは気にならないらしく、そのまま語り続けた。

 

「きっと、鉢植えが妖精を呼び出しているんだ。妖精が相手となれば、対策を立てやすいってものさ」

「対策ですって?」

 

 ばかばかしい、とローズは首を振る。

 

「いいこと? 私が七不思議を解決するの。貴方たちが対策を練る必要はないし、関係はないわ」

 

 ローズは言い切ると、肩で風を切るように歩き出す。

 アルバスたち三人は顔を見合わせたが、誰に言うこともなしに頷くと、ローズの後に続いた。

ローズはアルバスたちの足音に気づくと、むっとしたように振り返る。

 

「どうしてついてくるの?」

「だって、僕たちも一緒のところへいくんだもの」

 

 アルバスは答えた。

 ローズは言い返そうと口を一度開いたが、諦めたように大きく肩を落とした。

 

「分かったわ。だけど、足だけは引っ張らないでよね」

 

 それから、四人は温室への道をひっそりと歩んだ。

 

「ねぇ、スコーピウス。君は妖精をどうにかする方法があるって言ってたけど……どうすればいいの?」

 

 アルバスは囁くように親友へ語りかけた。

 

「妖精は鉄が嫌いなんだ。だから、鉄を用意すれば問題ない」

「出現魔法を使うということでしょうか?」

 

 エリザベスが首を傾げる。

 

「鉄を出現させる……私たちには、難しいのでは?」

「エリザベスも難しい?」

「マッチ棒を鉄に変身させることなら可能ですけど、出現となると……い、いえ! アル様のためでしたら、一晩で習得……は、さすがに難しいですけど、一週間……三日間、不眠不休で習得すれば……!」

「そ、そこまで無理しなくていいから……!」

「貴方たち、静かにしなさい」

 

 ローズがぴしりっと言い放った。エリザベスは少し不満そうに口を結ぶと、できるかぎり声を潜めて質問をした。

 

「変身させればいいでしょう? 魔法植物のツタを鉄の檻を変身させれば、あっという間よ」

「ローズ、それはやめた方がいい」

 

 スコーピウスは、珍しく彼女を否定した。

 

「僕たちは温室の魔法植物を全種把握しているわけじゃない。たぶん、よくて二割」

「……なるほどね。たしかに、私たちは温室に生きるすべての植物の詳しい生態を知らない。妖精と遭遇したとき、そう簡単に変身術は使えないってことね」

「リザも同意します。ですが、出現呪文は難しすぎます。妖精を発見し、安全な場所に追い込んでから、変身術で鉄の檻を作成する、という手筈でどうでしょう?」

「追い込むって言っても、大きな音は立てられないわ。騒ぎすぎたら、ネビルが気づくもの」

「だからさ、鉄の道具は他にもある。スコップとかね」

「スコップで追い込むの? 原始的すぎないかしら?」

「リザはいいと思いますよ。杖と併用すれば、できなくはありません」

「追い込む係と鎖でつかまえる係に分かれる。変身術担当は、私とリザは当然でしょ? 残りの二人が追い込む係になるけどいいのね?」

「適材適所。もちろんさ。いいよな、アルバス」

 

 三人が、こちらに振り返る。

 アルバスはややあってから頷いた。

 

「適材適所か」

 

 ぽつり、と言葉が漏れる。

 目の前で、額を寄せ合うように作戦を構築する三人組に入っていけず、自分は聞いているだけだった。そのことがどうしようもなく情けなく思えてしまったのだ。

 

「アルバス、行こう!」

 

 スコーピウスが振り返り、こちらに笑いかけてくる。

 

「僕たちは僕たちで、どうやって追い込むか話し合おう」

「僕なんかが考えても、どうにもならないよ」

「そんなことないさ! 一緒に考えよう」

「……うん!」

 

 アルバスは、先ほどよりも強く頷いた。

 

 

 

 踊る鉢植え。

 

 第三号温室の右から三つ目の鉢植え。

 それが、真夜中に踊りだす。

 

 アルバスたちは息をひそめると、こっそり温室を覗きみた。

 

 

 そして――。

 

 

 

 


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