スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

15 / 111
15話 9月1日

 

「すみません」

 

 

トランクとトランクが激突し、互いによろけてしまった。

9月1日。9と4分の3番線。ホグワーツ全校生徒と保護者が、決して広いとは言えない駅のホームに集中する。私も人の流れに注意してトランクを担いでいた。しかし、少し余所見した時に、ぶつかってしまった。

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

その子は、少し変わった感じの子だった。

濁り色のブロンドの髪をした子で、足元の何かを拾おうとしている。彼女の視線を辿ってみると、そこには1冊の雑誌が落ちていた。何人もの人に踏まれたらしく、靴の痕がいくつもついていて、あまり触れたくない雰囲気を醸し出している。

それでも少女は、表紙を軽くポンポンと叩いて、大切そうに抱えた。

 

 

「もしかして、私とぶつかった拍子に落としてしまいましたか?」

「そうだよ。でも、気にしないで。たぶんラックスパートにやられてたんだと思うから」

「ラックスパート?」

 

 

聞き覚えのない言葉に、首をかしげてしまう。ケルベロスという特定の魔法生物に関しての知識はあるが、その他の魔法生物についての知識はない。それでも、魔法生物と言うのはマグル世界の神話生物が多い。それにしても、ラックスパートと言う名は聞き覚えがなかった。

 

 

「ラックスパートはね、人の眼には見えないの。その辺りにふわふわって浮いていて、人の頭に入ってボンヤリさせちゃうんだ」

「そうですか」

 

 

さすが魔法界。不思議な生物がいるものだ。

私は納得すると、トランクを持ち直した。

 

 

「私、ルーナ・ラブグッド。今年入学するんだ。アンタも今年入学?」

 

 

ルーナ・ラブグッドは、スキップする様についてくる。どうやら、私も同期だと思われてしまったらしい。確かに、身長は伸び悩んでいた。スリザリンの同期の中では、私の背が1番低い。それは成績に繋がらないため、特に気にしないようにしている。

 

 

「私はセレネ・ゴーントと言います。スリザリンの2年生です」

「あっ、ごめん。てっきり1年生かと思った」

「謝る必要はありません。気にしていませんから」

 

 

ラブグッドより、一歩先を歩く。

ラブグッドは何か言いたげな顔をしていたが、気にしない。

私は汽車に入り込むと、空いている席を探す。

学年の指定はなく、最前列の車両以外は自由席だ。大半の席は生徒たちで埋まっていたが、中ほどの車両に1つ―――誰もいないコンパートメントが残っていた。

 

 

「良かった、空いてるところがあって!」

 

 

私が入った後から、ラブグッドも入り込んでくる。

 

 

「どうしているのです、ラブグッド?」

「どうしてって?」

 

 

どういうこと?と首をかしげる。文句の言葉が喉元まで上がって来たが、無理やり捻じ伏せる。私はスリザリンの優等生、セレネ・ゴーントだ。この程度で文句を言う人間ではない。

 

 

「いえ、なんでもありません」

「そう?―――あっ、パパだ!!」

 

 

ラブグッドは銀髪を輝かせながら、窓から体を乗り出した。

大きく手を振る先には、一際奇天烈な男性が立っていた。その人の周りだけ、人が寄りついていないようにも見える。三角と丸を合わせたような、不思議な首飾りを提げている。

 

 

「セレネのパパは?」

「私の義父さんは――あそこですね」

 

 

ホームを覗いてみると、小さくクイールの姿が視えた。

クイールも私の顔に気づいたのだろう。ニコッと微笑み、こちらに手を振る。だから、私も彼に手を振り返した。ちょうど、それに呼応するかのように汽笛が鳴り響く。小さいクイールの姿は豆の様に小さくなり、ついには消えてしまった。ホームは遠ざかり、ロンドンの町並みが流れていく。

 

 

「あっという間の夏期休暇、でした」

 

 

小さな呟きも、窓の外と共に流れていく。

宿題とマグルの勉強、そして錬金術の勉強をしている間に、いつの間にか夏期休暇が終わってしまった。2カ月は、あっという間だった。これから長いようで短いホグワーツでの生活、再び幕を開ける。

 

 

「――っん」

 

 

その時、途端に眠気が襲ってきた。

昨日遅くまで――いや、連日遅くまで読書やら勉強やらをしていたからだろうか。瞼が急激に重くなる。本を読もうとしていた指が重く、思うように動かない。

 

 

「寝てもいいよ。到着したら、起こすから」

 

 

ラブグッドは、雑誌から顔を上げないで言った。

同席相手がいる以上、寝てしまうのは失礼な気がする。しかし、これ以上――目を開けることは難しい。ここは、ラブグッドの好意に感謝することにしよう。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

旅は長い。

これから夕暮れ時まで1人のんびり、午睡を貪るとしよう。

少しくらい――意識を手放しても許されるはずだ。そう思い目を閉じたが最後、私の意識は深く深く―――沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■――!」

 

 

小さな少女は、部屋に飛び込んだ。

成績のトップを示す通知を握りしめ、満面の笑みを浮かべている。傍から見ている私まで、表情が綻んでしまいそうだ。■■を喜ばせるため、誰にも負けないように努力し続けた結果だった。今の少女は、ちっぽけな公立学校の頂点ではなく、イングランドでも有数の成績を誇っていた。全ては、■■を喜ばせるため。たった1人の大切な人に笑ってもらうため。それだけのために、少女は成績のトップスコアを目指し続けていた。

目的が、ついに叶った。これで、ようやく―――夢が実現する。

 

 

「私だよ、■■!」

 

 

しかし、次の瞬間――少女の表情は固まってしまう。部屋の中には、誰もいなかった。

レースのカーテンが風に揺れ、黄色のリコリスが白い部屋に映えている。それ以外は、椅子とベッドしかない殺風景な部屋。ここの主は、何処へ行ったのだろう?

 

 

「■■?」

 

 

少女は、不思議そうに周りを見渡す。

誰も少女の声に、反応する人はいない。少女の言葉は、白い空間に吸い込まれていく。

次第に、少女は怖くなってきたのだろう。白い世界から逃れるように、廊下に飛び出た。そこで、背の高い人にぶつかってしまう。

 

 

「セレネ!!」

「ねぇ、義父さん。■■はどこ?」

 

 

クイールは、泣き出す一歩手前の表情を浮かべている。

だんだんと、少女も泣き出しそうになってきた。だけど、涙をこらえるように拳を握りしめる。ぐしゃり、と成績通知表に皺が寄った。

 

 

……。

 

 

 

「あっ、セレネ。目が覚めた?」

 

 

薄らと目を開ける。

心地の良い汽車の揺れ。温かい午後の日差し。

いつの間にか――前の席には、ハーマイオニー・グレンジャーと赤毛の少女が腰を掛けていた。

 

 

「ハーマイオニーと……そちらの方は?」

「ジニー・ウィーズリーだって。空いてる席探してるみたいだったから、誘ったんだ」

 

 

ラブグッドが代わりに応える。

相変わらず、先程の雑誌を読んでいる。表紙が違うので、バックナンバーだろう。一体彼女は雑誌を何冊持ってきているのだろうか。―――いや、それは置いておこう。

私は、ジニー・ウィーズリーに視線を戻すと、少し目を細めた。

 

 

「ウィーズリー?もしかして、ロン・ウィーズリーの妹さんでしょうか?」

 

 

ジニー・ウィーズリーは、私の問いかけに頷いた。

燃える様な赤い髪に、鳶色の瞳、そばかすは――どことなくウィーズリーを連想させた。

 

 

「初めまして、ジニー・ウィーズリー。私は、セレネ・ゴーントと言います」

 

 

ジニー・ウィーズリーと握手を交わす。ハーマイオニーは、意味ありげに微笑んだ。

 

 

「ね、スリザリン生だって悪い人ばかりじゃないのよ」

「悪い人ばかり?」

 

 

私が目を細めると、ハーマイオニーの表情は苦笑いへと変わる。

大方、ジニー・ウィーズリーは兄同様、スリザリン生について好印象を持っていなかったのだろう。この寮間の溝はどうならないものかと、つい考えてしまうが――それは、優等生のセレネが気にすることではない。

 

 

「そういえば、セレネはどんな夢を見ていたの?なんというか――うなされていたけど」

 

 

ハーマイオニーが、話題を変えてきた。

私は数分前まで視ていた夢に、想いを馳せる。どんな夢を見ていたかは、よく思い出せない。

小さなセレネ・ゴーントが、白い部屋に走り込んでいる夢。嬉しくてたまらなかった気持ちが、急激に萎んでいく感覚は、不思議と現実のように思えてしまう。しかし、セレネ・ゴーントの9年間の記憶に、あのような場面は残っていない。きっと、ただの夢だったのだろう。だが―――懐かしいような、悲しいような、胸が締め付けられる感じがした。

 

 

「問題ありません。大した夢ではありませんでした」

 

 

夢から、気持ちを切り替えよう。

私は、外を眺めた。のどかな農村風景が流れては消えていく。

劇的な変化もない風景は、私を一層、憂鬱な気持ちにさせた。ふと、気を緩めると考え込んでしまうのだ。

 

 

あの夢は、本当にあった出来事ではないか、と。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。