スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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お久しぶりです。
久し振りの更新ですが、覚えていてくださっていましたでしょうか?
これからも、少しずつ地道に頑張っていきたいと思います。

あと、この回から一人称ではなく三人称で執筆していきたいです。
よろしくお願いします!!





22話 日記のリドル

 

 

 ――秘密の部屋。

 50年ぶりに息を吹き返したそこには、怪物と少女がいた。

 少女――セレネ・ゴーントはひたすら走り、滑り込むように物陰に隠れる。

 

 

 

 セレネは、物陰に身を隠していた。

 荒い呼吸を整えながら、どうしてこうなってしまったのか理由を考える。

 

 

 セレネにだけ聞こえた不気味な声、水溜りの上で石になった猫、我先にと逃げ出す蜘蛛、フィルムが焼き焦げたカメラ、石になったゴーストと一緒に発見されたジャスティン――その全てから導き出される答えを模索し、怪物が蛇の王者「バジリスク」だというところまで突き止めた。

 そのバジリスクが、巨体を隠すためにパイプを使って移動していた、と言うところまで分かれば後は簡単だった。

 

 

(パイプを使えば、あの巨体を隠せる。そのパイプが繋がるのは、トイレだ。

だから、秘密の部屋の入口は直ぐに見つかったけど――)

 

 

 その瞬間、セレネは気がついた。

 足元に伸びる巨大な影――バジリスクの影を見つけ、咄嗟に後ろに跳ねとぶ。

 先程までセレネが立っていた場所に、バジリスクの牙が突き刺さる。まさに、間一髪だった。セレネは、バジリスクの頭から目を逸らす。そして、その影に向けて叫んだ。

 

 

「頼みます、少しでいいので話を聞いてください!」

 

 

 バジリスクの影を注視し、叫ぶように呼びかける。

 しかし、いくら蛇語で呼びかけても無意味だった。返答として繰り出されるのは、全てを死に至らせる猛毒の牙。コミュニケーションは依然としてとることが出来ない。

 

 

(不味いな、このままだと会話する前に「眼」を視ることになる)

 

 

 セレネは冷や汗をかいた。

 眼を見て死ぬか、間接的に見てしまい石になるか、今もなお襲い来る毒の牙で命を落とすか。自分が死ぬ未来しか見えない。ぞくり、と震える身体を抑えつけ、セレネは脳に鞭を打った。

 いくら同学年の誰よりも勉強をしているとはいえ、目の前の怪物を昏倒させる呪文は知らなかった。麻痺呪文や妨害呪文でどうにかなる相手には、到底思えない。上級生の教科書に記載されていた「許されざる呪文」を使えば、簡単に従わせることが出来るかもしれない。

 しかし、そんな高度な魔法は、今のセレネに扱えなかった。

 

 

「私はスリザリンの末裔だ、バジリスク!!」

 

 

 声が、空間を貫く。

 セレネの真上に重なる影は、躊躇うことなく牙を振りかざした。

 咄嗟に、杖を振り上げなければ―――命はなかっただろう。

 

 

「っく、仕方ない――『オブスクーロ-目隠し』! 」

 

 

 杖先から黒い布が飛び出すのを、視界の端に捕えた。

 避けようと身体を捩じるバジリスクの巨体が、影となり壁に映る。

 それと共に、甲高い悲鳴が頭上から降ってくる。慎重に顔を上げてみれば、バジリスクの目は黒い帯に覆われていた。怪物の脅威は、これで失われた。セレネはホッと胸を撫で下ろし、ようやく「眼」を開いた。

 視界一面に広がる「線」「線」「線」。込み上げてくる吐き気に蓋をして、まっすぐバジリスクを睨みつける。バジリスクにも「線」が纏わりついていた。バジリスク本体が持つ――斬ればバジリスクが死ぬであろう「線」と、行動を縛る鎖の様に纏わりつく「線」の二種類が視える。

 セレネは、軽く鼻を鳴らした。

 

 

「あぁ――だから、言葉が通じなかったんだ」

 

 

 いくら呼びかけても返答がない理由が、これでハッキリした。

 セレネは、杖を左手に持ち替える。そして、右手のナイフを回した。脅威は完全に0になったわけではない。まだ、蛇の王者――バジリスクには全てを死に至らしめる毒の牙が残っている。毒の猛威を掻い潜り、目指すはバジリスクを縛る様に絡みつく「線」。

 

 

「目的の第一段階、開始早々失敗するわけには――いかないよね?」

 

 

 あの線が、バジリスクを真に縛る線。あれさえ断つことが出来れば、バジリスクは自分の手に落ちる。不思議と、そんな確証を抱く。

 セレネは狙いを定めると、勢いよく地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハーマイオニー・グレンジャーが襲われた。

 

 

 今まで「ハリー・ポッター=スリザリンの継承者」だと信じていた生徒は、この知らせによって考えを改めた。ハリー・ポッターが親友の少女まで石にするはずがない、と。

 

 

 それでは、誰が継承者なのだろうか。学校中で、様々な意見が飛び交うことになった。先生に引率されての移動中、談話室、至る所で密かに推理に花を咲かせていた。しかし、花を咲かせるだけで、実際に解き明かすため行動をする生徒は皆無に等しかった。常に先生が生徒を護る様に監視している。授業と授業の移動はもちろんのこと、トイレや図書館へ行くだけでも、寮監の引率が必要になっていた。夜間の見回りは強化され、自由に行動出来る時間など無くなってしまっていた。現に、今も「呪文学」の教室まで薬草学のポモーナ・スプラウト先生が引率していた。列の最後尾を歩きながら、内心舌打ちをする。

 

 

「危険は去ったのに、何故このような見回りをするのか――驚きますね」

 

 

 その時だ。前方からギルデロイ・ロックハートが引率する列がやって来るではないか。

 幸運なことに、それはグリフィンドールの1年生の列だった。コリン・クリービーが石になり、どことなく沈んだ雰囲気の列の最後尾には、ジニー・ウィーズリーが歩いている。大股で歩くロックハートとは対照的に、暗く沈んで白い顔をしていた。セレネは、こっそりと杖を取り出す。そして、すれ違いざま――

 

 

「『アクシオ-日記帳よ、来い』」

 

 

 消え失そうなくらい小さな声で、呟いた。

 ジニーが脇に抱える本の中から、一冊の古本が飛び出しセレネの腕に納まった。古びた日記帳の表紙には、トム・リドルの名前と50年前に発行されたことを示す文字が刻まれていた。物思いに沈んでいるジニーは、日記帳を奪われたことに気がついていない。そのままぼんやりと、ロックハートについて行ってしまった。

 

 

「セレネ、どうかしたの?」

 

 

 ダフネ・グリーングラスが不思議そうに振り返った。

 セレネは普段通り柔らかな表情を浮かべ、

 

 

「いいえ、何もありませんよ」

 

 

 とだけ言った。古びた黒い表紙の日記帳を、優しく撫でる。

 ――欲しい本は、手に入った。一番後ろの席に座り、日記帳を開く。案の定、何も書かれていなかった。

 ビンズ先生がゆらゆらと教室に入ってきたが、セレネは日記帳を隠そうともしなかった。

 

 

「では始めますよ」

 

 

 ビンズ先生も気にすることなく、一本調子で教科書を読み始めた。

 なにせ、教科書とノートを読み上げるだけで終わる授業だ。いつも5分と経たない間に、クラス全員が催眠術にかかったように放心状態になってしまう。先生はそれすら気に留めず、淡々と講義を続けるのだ。斜め前のミリセント・ブルストロードは開始5分も経っていないのに、涎を垂らして寝入っている。奥に座るドラコ・マルフォイと取り巻き2人組は、ぼんやりと窓の外を眺めていた。普段は真面目に授業を受けているダフネ・グリーングラスやセオドール・ノットの眼ですら死んでいる。

 本来は授業中に別のことをやっていてはいけないのだが、みんな放心状態で先生も絶対に注意してこない。魔法史の授業は、内職をするにちょうど良い時間だった。

 それでもセレネはノートを取っているが、今日だけは別だ。羽ペンをインクに浸し、躊躇することなく日記帳に文字を書き込む。

 

 

「初めまして、トム・リドル」

 

 

 文字は一瞬、紙の上で輝いたと思うと、跡形もなく消えてしまった。

 そして、真っ白なページに戻ったかと思うと、今使ったインクが滲み出してきて、セレネが書いてもいない文字が現れたのだった。

 

 

「初めまして。どうやって、この日記を手に入れましたか?」

 

 

 引き当てた。

 セレネの顔が、喜びのあまり歪みかけた。しかし、喜ぶのはまだ早い。ここから先の交渉が大事なのだ。セレネは息を落ち着けると、慎重に文字を書き込んだ。

 

 

「廊下で拾いました。明日には、持ち主――ジニー・ウィーズリーへ届ける予定です。

失礼――自己紹介が遅くなりました。私の名前は、セレネ・マールヴォラ・ゴーントと申します。

恐らく、貴方の母方の祖父の曾孫にあたる人物です」

 

 

 結局、父親の名前は見つからなかったが――そうしておこう。

 ゴーントの一族を遡ると、サラザール・スリザリンにたどり着いた。

 もし、自分がゴーントの末裔なのだとするならば、いろいろと合点がいく。まず蛇語を話すことができる。ミドルネームもマールヴォロ・ゴーントと似すぎている。セオドール・ノットを介して手に入れた髪や瞳の色といった情報と照らし合わせても、血縁関係を完全否定できる要素はなかった。

 

 トム・リドルの娘だか孫と名乗っても良かったが、彼に子どもはいないことは調査で分かっていたので、何か尋ねられたらモーフィン・ゴーントの孫だと言い張ることにしよう。

 

 もっとも、彼に子どもがいたという記録も残っていないが。

 

 

「曾孫? 僕の母方の親戚に、子どもはいなかったはずですが」

「貴方が日記に記憶を封じてから、生まれたのでしょう」

 

 

 返事を待つ。

 日記は――いや、日記の中に宿るトム・リドルは考え込んでいるようだ。

 返信の間が、最初よりも少し長くなる。だが、それでもビンズ先生が次のページをめくる前に返信が浮かび上がってきた。

 

 

「僕の血縁は全て死に絶えたとばかり考えていたので、少し驚いてしまいました」

「私も同じです。両親は既に他界し、祖父も祖母もこの世を去っていたので、こういう形で親族と話せるとは、思ってもいませんでした」

 

 

 慎重に言葉を選ぶ。

 相手の警戒心を、少し解かなければならない。本来なら時間をかけて行うべき作業なのだが、セレネには時間が無かった。マンドレイク薬が完成して、石になった生徒たちが目覚める前に――もっと言えば、彼らが怪物の正体を話しだす前に、出来れば全てを終わらせてしまいたい。

 

 

「本当に不思議ですね。ですが、1つ疑問が残ります。

どうしてこの日記の所有者が、ジニー・ウィーズリーだと知ったのでしょうか?彼女は、この日記の存在を人に伝えたくなかったように思えます」

 

 

 それに対する返答も、すでに用意してある。

 本来ならば、もう少し会話で和んでから提示する予定だったが――聞かれたのだから、答えよう。むしろ、ここで嘘をついてしまった場合、交渉が上手く進まなくなってしまう。

 

 

「バジリスクが教えてくれました」

「バジリスク?」

 

 

 さすがのトム・リドルも虚を突かれたのだろう。

 日記の向こうで驚いている表情が、瞼の裏に浮かぶようだ。セレネは羽ペンにインクを浸しながら、夜に考えていた文章を反芻した。

 

 

「先日、秘密の部屋へお邪魔した時に、お会いしました」

 

 

 嘘ではない。

 

 セレネは、すっと目を細めた。

 セレネは、「50年前、秘密の部屋が開かれた時、マグル生まれが1人死んだ」と言う情報から、そのマグル生まれが死んだ場所を調べた。ハーマイオニーが石になる前だったので、今とは異なり比較的自由に校舎を歩き回ることが出来たのだ。イースター休暇を利用して「嘆きのマートル」が住まうトイレに忍び込み、使い物にならない蛇口を入口だと認定するのは、さほど難しいことではなかった。

 そこで、セレネはバジリスクと対峙した。

 

 

「バジリスクに不思議な魔法がかかっていたので、解除するまでに苦労しました」

 

 

 恐らく、あの呪文は上級生用の教科書に記載されていた「服従の呪文」だろう。

 他の誰にもバジリスクを渡さぬよう、完全に支配下に置いていた。セレネが蛇語で呼びかけても、バジリスクは応じるどころか襲い掛かってきた。

 

 

「目隠しの魔法で目を隠してしまえば、バジリスクは無効化出来たも同然です。

その後――服従の呪文を解除し、言葉を交わしました。それで、貴方が日記の中に生きていることを――ジニー・ウィーズリーを通じて、ハリー・ポッターを倒そうとしていることを、知ったのです」

「それを事実だと――貴女は、信じるのですか?」

 

 

 そういう風に切り返してくる時点で、事実だと認めているようなものだ。

 セレネは羽ペンにインクを浸しながら、獲物が釣竿にかかった確信を感じた。顔をノートに埋めるように、文字を書き連ねていく。

 

 

「安心してください、誰にも言いません。言ったところで、信じてもらえませんし。

その代わり――私も手伝わせてくれませんか?」

「手伝う?」

「ハリー・ポッターは、私が、この騒動を引き起こしている『スリザリンの継承者』だと信じています。

どうやら、クリスマスに私の出自を知ってしまったみたいですので。

貴方でしたら―――日記の中に封じられた記憶の中の『継承者』と現実の『継承者』、どちらが事件の当事者だと思います?」

 

 

 どことなく焦ったように、切迫した様に、一気に書き上げた。お蔭で、文字が乱雑になってしまうが―――関係ない。ようは、セレネ・ゴーントが追い詰められた状況にいると思い込んでもらえればいいのだ。セレネは、トム・リドルの返事を待った。

 

 

「……後者でしょうね。つまり、君は――僕の計画に協力することを申し出ているのですか?」

 

 

 手に汗を握る気持ちから、解放されたようだ。

 セレネ・ゴーントの考えは、日記の中のトム・リドルに伝わったらしい。――第二段階完了が近づいた。だが、少しでも気を抜いたら、日記の中から心の中を見透かされそうだった。セレネは、呼吸を落ち着かせると羽ペンを握り直した。

 

 

「貴方は、ハリー・ポッターを殺したい。私は、ハリー・ポッターに罪を押し付けたい。

企みが達成できれば、貴方は現実世界への復帰を果たし、私は貴方の従者として仕えましょう」

「まさか、無計画と言うわけでもないではありませんよね?」

「私を貴方の傘下に加えていただけるのであれば―――計画をお話しします」

 

 

 そこから、ずいぶんと長い時間が経過した。

 ビンズ先生がページを捲りながら、ゴブリンの反乱について話す声が遠くに聞こえる。セレネは呼吸を忘れて待ち続けた。2分――3分――そして、5分が経過した頃――待ち望んだ黒い文字が滲み上がってきた。

 

 

「いいでしょう。計画について、話してください」

 

 

 セレネは、立ち上がって叫びたいくらいの歓喜に襲われる。

 計画の第一段階がバジリスクの懐柔にあったとすれば、これが第二段階の完了の合図だった。

残るは、計画の第三段階のみ。あと少しで―――自分の計画が達成できる。

 セレネは、真の狙いが突き止められないように、浮き足立つ気持ちを抑えて「表の計画」を書き連ねた。

 

 

 いずれ『秘密の部屋』の在り処を突き止めるであろう――ハリー・ポッターを陥れ、全てを手に入れる計画を――。

 

 

 

 

 

 

 




8月16日:一部訂正

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