スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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2018年11月23日 大幅改定


26話 見えない敵

 

 アスファルトの道が揺らいだ。

 問答無用の強烈な日差しに、目を細めてしまう。セレネは、先程までいたクーラーの良く効いた文房具店に戻りたくなった。もう少し涼みたい。心なしか、後ろ髪を惹かれてしまう。

 

 

「……まぁ、今日が最終日だから、早く帰らなくちゃ」

 

 

 セレネは愛用の鞄を背負い直すと、石畳の道を歩き始めた。

 

 フランスの首都 パリ。

 そこの中心部から少し離れた場所に、フラメル夫妻の家があった。

 東洋の方では、パリが「花の都」と謳われているだけあり、その活気はロンドンを思わせる。もっとも、地下鉄の治安や全体的な空気はまるで違ったが。

 ずっと、フラメル家の雑用や錬金術の勉強で家に閉じこもっていたこともあるだろう。興味深い店も多く、ついふらふらと足を踏み入れたくなってしまった。

 

 

「……よし!」

 

 

 セーヌ川の河岸でバカンスを楽しんでいるパリ市民を横目で見ながら、一歩、また一歩とフラメル夫妻の家へ帰る。

 そして、入り組んだ裏道を抜けると、1月ほど前までは、屋根は崩れかかり、裏庭には雑草が勢いよく生い茂り、壁という壁は見事に朽ち果てていた。その幽霊屋敷を立て直したのは、紛れもなくセレネだった。

 

 

「ただいま帰りました」

 

 

 玄関に手を掛け、そっと扉を開ける。

 片手で扉を押し開き、家の中に入って行った。そして、家の中の異変に気がついた。中から、人の声が聞こえたのだ。フラメル夫妻しかいないはずなのに、もう1人――男性の声が聞こえてくる。セレネは鞄を背負い直すと、慎重にリビングの扉をノックした。

 軽い音が響くと、一瞬――中の声が止まる。そして――

 

 

「セレネちゃん、入りなさい」

 

 

 フラメル夫人の声が聞こえてきた。

 セレネは軽く目を瞑ると、息を整えた。中にいる人物は、既に予想が出来ていた。だからこそ、余計に緊張する。

 

 

「失礼します」

 

 

 大錬金術師のリビングは奇天烈な物が多い。

 実用性でいえば、スリザリンの寮のリビングの方が居心地が良いだろう。手狭な空間には、簡素な物か奇天烈な物しか置いていない。そんなリビングには、3人の老人が額を合わせていた。どの顔も和やかで、老人とは思えない快活さを醸し出している。そのうち、2人は1ヶ月で見慣れてしまったフラメル夫妻だ。そして、もう1人は――

 

 

「1か月ぶりじゃの、セレネ」

 

 

 アルバス・ダンブルドアが静かに笑った。

 セレネは、とびっきり優等生らしい笑顔でダンブルドアにお辞儀をする。

 

 

「久し振りです、ダンブルドア先生」

 

 

 1カ月前、セレネをフラメル夫妻の家に連れて来てくれたのは、紛れもなくダンブルドアだった。そして、自宅に戻る今日――セレネを送るために訪れたのだろう。

 

 

「フラメル先生、街で言われたものを買ってきました」

 

 

 鞄をテーブルの上に置く。切れそうなくらい膨れ上がった鞄の中には、これだけで、数週間――山籠もりが出来そうな量の食料品が詰め込まれていた。明らかに錬金術とは関係ない買い出しだ。しかし、600歳を超える御高齢のフラメル夫人の苦労を想えば、文句を言わずに引き受けたのだった。

 賢者の石の力が切れるまでは、食事をしなくても生きていられたらしいのだが、いまは食事をしなくてはいけないらしい。

 

 

「あぁ、ありがとう。セレネ、それは台所にしまっておいてくれないかな?」

「はい、了解しました。

 ついでに、部屋にトランクを取りに行ってきます。ダンブルドア先生、それでは後程」

 

 

 セレネは、ダンブルドアと目を合わせないように――静かに退室した。

 一応――設置されている冷蔵庫に食品を詰め込みながら、そっと指を鳴らす。すると、何処からともなくバジリスクが姿を現した。

 

 

『どうかしましたか、継承者様?』

『――バジリスク、他に何かがいる気配はある?』

 

 

 バジリスクは、静かに辺りを見渡した。

 出自はどうであれ蛇の仲間であるバジリスクは、温度で周囲を識別する力を持っている。『服従の呪文』をかけられている時のように、無理やり働かされている時は使えない能力だったが、こうして普通の状態の時には何の問題も無く使うことが出来たのだった。

 

 

 ――セレネは、「眼」を使えば、姿を隠した人を見つけることが出来る。

 例え姿を消していたとしても、「死の線」まで消すことはできないのだ。

 しかし、線を視るためには眼鏡を外さなければならない。眼鏡を外した時点で、辺りを警戒していることがばれてしまう。だからこそ、セレネはバジリスクを使うのだった。

 

 

『――いますね、これは――アルバス・ダンブルドアの鳥です』

『ダンブルドアの鳥?』

 

 

 一瞬、手が止まる。

 意味が分からなかった。

 たまたま手に持っていたマーガリンに目を向ける。賞味期限を確認する様に、マーガリンのパッケージを見つめながら

 

 

『どうして、そこまで分かるの?』

 

 

 と、尋ねてしまう。

 バジリスクは、私の脚に寄り添いながら淡々と

 

 

『あれは、以前――ハリー・ポッターに「組み分け帽子」を届けた、ダンブルドアの不死鳥の体温に良く似ています』

『不死鳥?』

 

 

 記憶を呼び起こす。

 そして、セレネは思い出した。

 あの秘密の部屋の決戦の時、ダンブルドアがハリーに送った『組み分け帽子』。それを届けたのは、ダンブルドアの不死鳥だった。しかも、驚くべきことに、私やハリー、ウィーズリー姉妹、それに何故か途中まで同行していたギルデロイ・ロックハートを足につかませた状態で、秘密の部屋から校長室まで疲れを見せることなく飛ぶだけの力を持つ。

 普通では考えられない筋力だけではなく、姿を隠せる特殊能力まで持っているとは、さすがに知らなかった。セレネは、小さく息を吐いた。

 

 

『姿を隠して、遠くから監視と来たか。

 信用されていないな、私は』

 

 

 マーガリンを冷蔵庫の中に入れ、ぱたんっと扉を閉めた。

 見張られているとなれば、下手な行動は出来ない。セレネはそのまま、台所の扉まで歩いた。冷蔵庫の下に、先程の鞄を置きっぱなしにしたまま――

 

 

『バジリスク、不死鳥がいなくなったら――あれを元の場所に片付けて置いてくれる?』

『了解しました』

 

 

 バジリスクの声を聴いてから、廊下に出た。

 荷造りは、ほとんどできていた。元々、持って来たものは少ない。薬剤調合セットも錬金術の本も、替えの衣類も何もかも既にトランクの中だった。トランクの中に入れていないのは、出かける前まで読み込んでいた錬金術のノートだけだった。

 たった1週間の授業だったが、それだけでノートを2冊も消費していた。それだけ学ぶことが多く、初めて知った内容が多かったのだ。錬金術の基本となる四大元素の理論は、頭で理解していたはずだが、実際に目にしてみると理解が不十分だったことに気が付かされたり、様々な応用法の実践には呆気にとられてしまった。

 

 

 だが、それにしても――

 

 

(不死鳥とやらは、今も私を監視しているのだろうか?)

 

 

 ノートを優しく撫でながら、セレネは考えを巡らせた。

 重たくなったトランクを引きずり、リビングに向かう。その途中で、ふと――

 

 

「あっ、鞄忘れた」

 

 

 と呟き、台所に戻った。

 冷蔵庫の下には、鞄が寂しそうに置き忘れられていた。バジリスクの姿は無い。ホッとした様な表情を作り、鞄を抱きしめる。もちろん、鞄の上から中身を確かめて。

 

 

(よし――入ってる)

 

 

 セレネは、笑みを浮かべた。

バジリスクが、忠実に主の命令を実行したらしい。セレネは何事も無かったかのように、鞄を殊更丁寧にトランクに詰めると、部屋を出た。廊下には、役目を終えたバジリスクが待機している。セレネは、バジリスクに手を伸ばした。

 

 

『ありがとう、仕事御苦労さま』

『いえ、当然のことですよ――不死鳥は、継承者様を監視していたようです。

私の後をついてきませんでした』

『それは良かった』

 

 

 セレネの腕を伝い、バジリスクが上ってくる。

 襟巻のように首に巻きついたバジリスクを撫でながら、リビングに戻った。

 

 

「先生、ただ今戻りました」

 

 

 優等生の仮面をかぶり、にこやかに微笑む。

 フラメル夫人は、よたよたと覚束ない足取りでセレネに近づくと

 

 

「セレネちゃん――家の仕事を引き受けてくれて、本当にありがとう。

これは、お礼よ」

 

 

 そう言って、何かを握らせてくれる。

 手を開けてみれば、そこには小さな黒い水晶が輝いていた。不思議に輝く黒い水晶は、持っているだけで熱を発散しているみたいだ。

 

 

「魔除けよ。錬金術師が言うのもあれだけど――今年のホグワーツは、危ないらしいから」

「危ない、ですか?」

 

 

 セレネは、眉間に皺を寄せてしまった。

 ホグワーツは、イギリス魔法界でも1位2位を争うくらい安全な場所とされている。第一、子供に勉強を教える場所なのだから、安全でなければならないのだ。

 

 

「これ、お前。不安にさせてはならん。

それに、実際――奴らは校門を護るだけだ。逆に安全になった、といえるかもしれんぞ?」

 

 

 ニコラス・フラメルは夫人を諌めた。

 ニコラス・フラメルは、セレネを見上げる。不安がるな、と言うような仕草をした後――そして、厳しい表情で言い放った。

 

 

「いいか、ミス・ゴーント。

 君は、修練すれば最高の錬金術師になれる――その素質がある。

 くれぐれも、忍耐を忘れるな。耐えて、耐えて、耐え忍べ。そしたら、道が開ける」

「はい、フラメル先生。 ありがとうございました」

 

 

 セレネは背筋を伸ばし、一礼する。

 フラメルは、最後の一週間で脳が悲鳴を上げるくらい錬金術を教えてくれた。

 たとえ、その中に――賢者の石に関する内容が入っていなかったとしても――セレネは十分だった。

 

 

「それでは、行くとするかの。3、2……1」

 

 

 セレネはダンブルドアの手をつかむ。

 瞬間、吐き気のするような回転の後、懐かしい自分の家の前に立っていた。足元には古びたバケツが転がっている。おそらく、またダンブルドアがポートキーを作ったのだろう。確か、ポートキーを個人で作るのは犯罪だった気もするが、ダンブルドアのことだ。そのあたりの許可はしっかりととっているのだろう。

 セレネは、2,3度深呼吸をすると

 

 

「送ってくださり、ありがとうございます――ダンブルドア先生。

 最高の1ヶ月でした」

 

 

 ダンブルドアの手を離し、頭を下げた。

 目を見た瞬間、全てが読み取られる。あの途方もなく気持ち悪い感覚を、避けるためだった。だからダンブルドアが、どのような表情を浮かべているのか――セレネには分からなかった。

 

 

「セレネが喜んでくれたなら、それで良かったんじゃよ。

 それでは、また9月に」

 

 

 それだけ言うと、ダンブルドアはマグルの町並みとは不釣り合いなマントを翻し、何処かへ消えた。セレネは首に巻きつくバジリスクに、視線を向ける。

 

 

『行った?』

『はい、どこにも気配はしません。本当に――帰ったらしいです』

『そう』

 

 

 今度こそ、本当にセレネの口元が歪んだ。

 セレネは、家の鍵を開ける。そこには、嬉しそうに破顔させたクイールが待っていてくれた。

 

 

「お帰り、セレネ。 勉強は楽しかったかい?」

「はい、義父さん。物凄く勉強になりました! ずっと知りたかったことも、知ることが出来ましたし」

 

 

 ――そう、セレネは「賢者の石」に関する情報を手に入れていた。

 ニコラス・フラメルの部屋を掃除している途中で見つけた――賢者の石の研究ノート。

 こっそり持ち出し、買い物の度に文房具屋のコピー機でコピーをしていた。貯めに貯めた小遣いは使い果たしてしまったが、大錬金術師の研究記録を手に入れたと思えば安いものだ。

 ダンブルドアの不死鳥が見張りをしていると知った時には焦ったが――原本はバジリスクが元の場所に戻してくれたので、まったく問題は無い。

 

 

 大錬金術師の研究記録のコピーは、最後の1ページまでトランクの中に詰め込まれていた。

 

 

 これから、ゆっくり読み解いて行こう。

 

 

(耐えに耐える。 何事も、無駄なことなんて無い。しっかり覚えておくよ――フラメル先生)

 

 

 

 

 

 


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