スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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32話 深夜の訪問者

「セレネ・ゴーント? どうして、ここに?」

 

 

 ハリー・ポッターの目がこれ以上ないくらい見開かれる。

 当然の反応である。セレネは本を閉じた。自慢ではないが、ハーマイオニーと並び優等生の自分が消灯後に外出し、しかも、医務室に見舞いへ訪れるなどあり得る話ではない。

 

「お見舞いですよ、ハリー・ポッター。昼間は訪れることができませんから」

「昼間?」

「あなたのお友達は……スリザリンを必要以上に蔑視しているところがありますので」

 

 セレネが疑問に答えると、ハリーは少し怒ったような顔になった。名前は出さなかったが、誰のことを言っているのか伝わったらしい。

 

「ロンは悪い人じゃないよ」

「ええ、悪い人ではありませんよ。ただ、スリザリン生全員を悪の魔法使いや差別主義者だと信じて疑わないだけで」

 

 淡々と言えば、彼には思い当たる節があったのだろう。表情から怒りの色が少しずつ消えていくのが見えた。

 

 グリフィンドール生の大半は、スリザリン生全員を悪として認識している。

 当然である。スリザリン生は他寮と比較しても縦横のつながりが非常に堅固だ。比較的人付き合いの悪いセレネ自身でさえ、下級生と上級生の顔と名前、おおまかな性格は一致している。その分、どこの寮よりも閉鎖的だ。他寮との交流がある薬草学や魔法薬学の授業のときでさえ、スリザリン生はスリザリン生で固まる習性があった。

 つまり、外部に情報が漏れにくい分、スリザリンに対する悪印象な固定観念が否定されることは少ない。ましては、固定観念を信じて疑わない生徒――主に、グリフィンドール生はスリザリンを嫌う一方である。

 純血主義でも悪の魔法使いでもないスリザリン生からしたら、とんでもない風評被害であった。

 

 

 もっとも、悪の魔法使い云々はともかく、純血主義者が多いことは否定しない。

 

「セレネは、その、『純血主義は間違ってる』って言わないの?」

「私が反対運動を起こしたところで、なにも変わりませんよ。

 なにせ現在のスリザリンを率いるのは、マーカス・フリントですから」

「フリント?」

 

 ハリーの頭の上に疑問符が浮かぶのが見えた。

 

「クィディッチキャプテンの? マルフォイじゃなくて」

「ハリー、あなたも随分とマルフォイを敵対視していますね」

 

 ロン・ウィーズリーほどではないが、彼のドラコ・マルフォイに対する嫌悪感は尋常ではない。記憶をさかのぼれば、おそらく1年時のホグワーツ特急での出会いが起因しているのだろう。

 セレネは彼らが菓子の取り合いで喧嘩する場面を思い出しながら、息を長く吐いた。

 

「はぁ……マルフォイ家はフリント家と同格かそれ以上ですが、彼はまだ3年生です。あなたは3年生が『グリフィンドールのリーダー』だと宣言したら、それに従うことができますか?」

「あー……えっと……」

 

 ハリーは困惑したように考え込んだ。

 この例は、ハリーに難しかったかもしれない。グリフィンドールは寮内の縦のつながりが、スリザリンほど強くないからだ。

 

「よく分からないけど、たぶん変な感じがする」

「そういうことです。だから、マルフォイは現時点でトップになることはありません」

 

 セレネはどうすれば分かりやすく説明できるか、少し悩んでしまった。

 

「つまりですね、フリントは純血の一族です。有名どころでいいますと……そうですね、ホグワーツの校長を務めたフィニアス・ナイジェラス・ブラックの妻はフリント家出身です。

 くわえて、クィディッチの才能もあり、勉強もそこそこにできるとなれば、寮のトップにたつのは必然かと」

 

 スリザリンで頭角を現すのは簡単だ。

 純血のなかでも特に有名な家系であること、もしくは、それに匹敵するカリスマ性を表せばいい。

 フリントは前者だ。

 セレネたちが入学する前まで、彼がスリザリン唯一の純血一族だった。スリザリンにおいて、彼の権力は絶大だ。フリント政権と呼ぶにふさわしい。そんな彼が大活躍するであろうクィディッチの試合を観戦に行かないのは、非スリザリンであり、いじめの対象だ。セレネがクィディッチの観戦に行かなくても無事でいられるのは、フリント派に次ぐ第二派閥を率いているからであろう。

 

「そういえば……」

 

 セレネは最近気になり始めた嫌なことを思い出してしまった。

 フリント派のなかから、ゴーント派――つまり「セレネ・ゴーント親衛隊」へ移籍する者が増え始めている。たとえば、エイドリアン・ピュシーはその筆頭だ。昨年の「スリザリンの継承者」騒ぎで、セレネが「ホグワーツ特別功労賞」を取ったことをキッカケに、親衛隊に入隊した。 

 そのせいで、今年のクィディッチチームから追い出されてしまっている。

 

「どうかしたの、セレネ?」

「いや、別になんでもありませんよ」

 

 寮内の結束が固いということは、その結束から外れる者を敵対視するのは当然。

 だが、セレネは1年時に彼らを蹴散らした。その結果、フリント派は自分を危険視している。ゆえに、当初こそ自分たちの派閥に入れようとはしなかったが、セレネの力が大きくなるのを看過できなかったのだろう。

 

 服従を迫るか、徹底的に叩きのめすか。

 いまのところ、彼らは前者の方針を取っている。たとえば、幾度となくクィディッチチームに勧誘してくるのは、これが起因しているに違いない。

 だが、いつそれが転じるか分からない。

 いずれにしろ、このまま進めば、どこかで両派閥が衝突するのは必然だ。賢者の石の謎もまだ解明できていないというのに、頭が痛い。すべてノットに丸投げしてしまおうか、とさえ思えてしまう。

 

 

「それにしても、ブラックってことは、あのシリウス・ブラックと関係があるの?」

 

 セレネが頭を悩ませていると、ハリーが話しかけてきた。セレネは慌てて思考を止め、昨年度叩き込んだ家系図を脳裏に浮かべた。

 

「え? ……えっと、はい、そうですね。シリウス・ブラック直系の祖先だったはずです。たしか、シリウス・ブラックが最後の末裔だったかと」 

「最後の末裔がアズカバンの囚人で、大量殺人犯か」

 

 ハリーは遠い目をした。

 

「先祖は学校長を務めるほど優秀な人だったのに……」

「祖先がどうであれ、親戚がどうであれ、それぞれ違いますから」

 

 セレネは、はっきりと否定した。血のつながりが人柄に通じると仮定してしまうと、自分はヴォルデモートと同類になってしまう。大量殺人犯の純血主義者で寄生しないと生きていけないような奴とつながりがある。そう考えるだけで、悪寒が身体を奔った。

 

「血のつながりで人柄を判断してはならない、ということで一つアドバイスです。

 ブラック校長は子沢山で、その大半が魔法族と婚姻を結んでいます。ブラック家やマルフォイ家はもちろん、ポッター家も親戚です。つまり、あなたとマルフォイは親戚同士ということに――」

「マルフォイと僕が親戚だって!?」

 

 ハリーは病室全体に響き渡る声で叫んだ。セレネの耳がつーんと痛くなる。

 これでは医務室の鬼、マダム・ポンフリーがなにごとかと起き出して来てしまう。急いで「声が大きい」とジェスチャーをすれば、ハリーは慌てて「ごめん」と謝ってくれた。幸いなことに、彼女は眠ったままだったようだ。

 

「でも、それ本当? 僕、信じられない」

「えっとですね……マルフォイの母親はブラック家の娘ですし、たしか……シリウス・ブラックの大叔母がポッター家に嫁いでいましたので、親戚ということになるかと」

「それ、かぎりなく遠い親戚だね」

 

 ハリーは安心したように息を吐いた。

 

「……でも、たしかにその通りだ。

 僕とマルフォイは全然違うし……それに、セレネもヴォルデモートもサラザール・スリザリンの末裔だけど、ぜんぜん違うよ」

「分かったならいいのです」

 

 セレネも少しだけ安心した。医務室に来た当初、彼の顔色はかなり悪かった。それも、いまにも自死を選んでしまうのではないか、と思うほどに。

 それが若干であるが和らいできている。

 

「まぁ、それだけ叫ぶことができるのであれば、もう安心です」

 

 セレネは椅子から立ち上がると、帰り支度を始めた。

 彼は義父の教え子であり、非常に使える駒だ。事実、いままで二度も自分の都合に利用させてもらっている。敗北に落ち込んだまま再起不能になり、駄目になってしまうのはかなり惜しい。

 だが、この様子なら大丈夫だ。彼なら、なんとかなるだろう。

 

「あのさ、セレネ」

 

 ハリーに背を向けようとしたとき、後ろから声をかけられた。どこか自分のしようとしていることに戸惑うような顔をしている。どうしたのだろうか、と問いかける前に彼は口を開いた。

 

「セレネはさ、こんなこと聞くのは悪いけど、その……吸魂鬼に襲われたとき、意識を失ったことがあるよね?」

「はい、ありますけど」

「そのとき、なにか見る? 声が聞こえる、とか」

 

 ハリーの言葉を聞いた途端、セレネの脳裏に赤い映像が急速に浮かび上がってきた。

 どこを見渡しても、赤、赤、赤。そのなかを走る小さな自分。

 そして、その行く手に横たわっているのは――

 

「……秘密、ということにしておきます」

 

 セレネは目を伏せると、静かに応えた。目の前で彼が落ち込む気配がする。

 おそらく、彼は辛さを共有したかっただけなのだ。よくよく考えてみれば分かることである。文字通り、気を失うレベルまで吸魂鬼の影響を受けるのは、この学校には2人しかいない。しかも、同級生で一緒にヴォルデモートと戦った経験が2回もあるとなれば、仲間意識が芽生えるのは必然である。

 

 セレネに利用されていた、という自覚がなければ。

 

 気がつけば、セレネは口を開いていた。

 

「……あなたは幸運ですよ」

 

 セレネが言葉をかけると、ハリーの纏う空気にかすかな困惑が生じた。

 

「幸運? 僕が?」

「箒から落ちたら、普通死にます。

 ヴォルデモートと対峙したら、普通は死にます。1年生や2年生ならなおさらです」

「それは……みんなのおかげだし、僕は運が良かっただけで……」

「そう、運が良かったのです」

 

 セレネ自身、いままでの自分は運が良かった、と感じている。

 考えに考え抜いたとはいえ、クィレルを出し抜いたときも、ヴォルデモートからバジリスクを奪い返したときも、ニコラス・フラメル夫妻から賢者の石の研究成果を手に入れたことも、すべてが綱渡りであった。

 ダンブルドアという障害もあったが、それに対する策も講じ、幸運の上に成り立ったことである。

 

「いまのあなたがすることは、箒が壊れたことを嘆き、吸魂鬼に恐怖し閉じこもることではありません。

 まずは命が助かったことを喜び、次になにをするべきか対策を考え、行動するべきです」

 

 しかし、ハリーはまだ落ち込んでいる。

 

「でも、僕……もうじき死ぬかもしれないんだ。……僕、死神犬を見るし」

「たしかに、死神犬は死の先触れと言われていますが、元をたどれば墓の守り人です。

 だから、見ただけで死ぬなんて、ありえません」

 

 セレネは首を横に振った。 

 死神犬といえば、大きな黒犬……おそらく、アルケミーが発見した犬のことだ。あれはシリウス・ブラックであり、死神犬ではない。だが、確証がつかめていない現状、それを口にするわけにはいかなかった。

 

「でも、どうして『ありえない』と言い切れるの? 違うかもしれないじゃないか」

「ハリー、それは初歩的なことです。

 魔法生物はいます。ユニコーンとかヒッポグリフとか……。

 しかしですね、見ただけで死ぬ、なんて魔法生物はいません。それが本当なら、その魔法生物はどうやって繁殖をするのですか?」

「あっ……」

 

 セレネは本をハリーに押し付けた。

 

「入院生活は退屈でしょうから、それで時間を潰したらどうでしょうか?」

「……『バスカーヴィル家の犬』……シャーロック・ホームズって、図書室にあったの!?」

「残念ですが、トテナム・コート通りで買った本です」

 

 セレネは苦笑いを浮かべた。そもそも、ホームズは創作物だ。無論、ホームズの生みの親 コナン・ドイルが魔法使いだったこともありえない。

 正真正銘、マグルの本屋で購入した一冊である。

 

「不可思議な現象にも、大抵はトリックがあります。

 トリックさえ判明すれば、対策を立てることができるのです」

 

 お気に入りの一冊だったが、暗唱できるほど読んでしまっている。

 いまは自分よりも、死神犬に悩む彼にこそふさわしい。

 これを機に、自分の見ている死神犬に疑問を持ち、恐怖を払拭してくれたら幸いだ。シリウス・ブラックだと看破してくれれば、なお良しである。

 

「ありがとう、セレネ。大事に読むよ」

「それでは、ハリー・ポッター。私はこれで」

 

 セレネはそれだけ言うと、医務室の出口へ足を進ませた。

 出口の向こうには、見張り役のアルケミーが主人の帰りをいまかいまかと待っている。なるべく早く帰って、今日はもう寝ることにしよう。

 

「あの、セレネ。その……またなにかあったら、相談してもいいかな?」

 

 不安そうな声を背中で受ける。

 セレネは答える代わりに、背を向けたまま軽く手を振った。

 

 

 静かな夜の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、ハリーは退院した。

 マルフォイはグリフィンドール敗北に喜び、食事中にもかかわらず、幾度も吸魂鬼の真似をしている。セレネが軽く視線を向けると、彼はいったい何を勘違いしたのか、得意げに語り始めた。

 

「本当に爽快だった、まさか吸魂鬼に襲われて箒に乗りながら気絶するなんて。あれだと、ポッターはクィディッチの試合に出られない。グリフィンドールは今年も優勝できずに終わるね。

 セレネも観に来ればよかったのに」

「ええ、行けばよかったですね。ハリー・ポッターと同様、私も吸魂鬼に襲われていたかもしれませんから」

「あ……そうだったな、セレネは吸魂鬼が苦手だったか」

 

 マルフォイの顔に、罰の悪そうな色が広がっていく。

 セレネはパンを口に放り込み、不快な気持ちと一緒に飲み込んだ。

 

「不快な思いをさせたお詫びといってはなんだが、僕の家のクリスマスパーティーに参加しないか? マグルで育った君にはもったいないくらいの豪華さで――」

 

 マルフォイが「いかに我が家のクリスマスは凄いか」と自慢話を続けている間、セレネは少し考え込む。顎に軽く指を添え、視線を一瞬だけ、マーカス・フリントの方に向けた。彼はおしゃべりに夢中でこちらに気を配っているようには見えない。

 そうなると、導かれる答えはおのずと限られてくる。

 

「――どうだい、セレネ? 来る気になったかい?」

「えー、ドラコ! セレネばかり、ずるいわよ! 私は誘わないの?」

 

 パーキンソンがむっと顔を膨らませ、マルフォイに身体を密着させる。

 

「もちろん、当たり前だよ。君も誘うさ。それで、セレネはどうだい? 父上の許しもとってある」

「お父様の許しも、ですか」

「ああ、父上が君と会うのを楽しみにしているんだ」

 

 マルフォイは得意げな顔で言った。もはや、セレネが来ることが決定しているような口ぶりである。

 

「まぁ、君の家はマグルだから、迎えをよこすよ。帰りもしっかり送るし、なにも問題ない」

「そうですね……魅力的ですが、先約がありますので」

「先約?」

「ええ、そちらと日程の都合がつけば、よろこんで参加させていただきます」

 

 マルフォイの表情が固まった。

 

「別に構わないが、いったい誰とクリスマスパーティーに行く約束をしたんだ? ノットやグリーングラスかな? それだったら、二人も一緒に――」

「違います」

「違う? ……もしかして、ポッターか? それとも、あの汚らわしいグレンジャー?」

 

 マルフォイの固まっていた表情が、奇妙に歪み始めた。

 まさに、純血主義らしい反応である。セレネにとってマルフォイは、たんなる寮が一緒の同期生程度の認識でしかなく、好きでも嫌いでもどちらでもなかったが、明らかに差別主義な一面には嫌悪感を覚える。

 

「まさか」

 

 セレネは首を横に振ると、静かに立ち上がった。

 別に答える義理はない。だが――

 

「じゃあ、誰と行くんだ?」

「そんなに知りたいのでしたら、教えましょうか」

 

 一つ面白いことを思いついてしまった。我ながらに素晴らしい策である。セレネは若干口角を上げると、わざと少し嬉しそうな口調で教えた。

 

 

 

「私、ジャスティン・フィンチ・フレッチリーのクリスマスパーティーに招待されているんです」

 

 

 

 

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