スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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37話 予言

 

 もやもやした疑念を抱えたまま、季節が過ぎていく。

 

 

 これといって、セレネの身の回りに特別な変化はない。しいてあげるなら、マルフォイがホグズミード村から逃げるように帰ってきて「ポッターの生首を見た!」と馬鹿げた与太話をするなどの騒動はあった。だが、それ以外に他に特別変わったことはなかった。

 

 

 セレネの日常は変わらない。 

 シリウス・ブラックが継承者を狙う行動に出ることもなく、安心して過ごすことができている。勉強も順調で、期末試験も問題なくクリアできそうだ。賢者の石や錬金術関係の解析が一向にはかどらないことだけが、セレネの悩みの種であった。

 

「……やっぱり、別の方法を探った方がいいかな」

 

 セレネは小さく呟いた。

 賢者の石の解析は手詰まり。他の死の攻略方法を模索した方が早い気がしてきた。 

 そもそも、ヴォルデモートは亡霊のような状態に成り果てても生きている。あのような姿になってまで生きながらえたくはないが、彼が見出した不死の方法について探るのも一つの手かもしれない。

 

「別の方法ってなに?」

 

 セレネが嘆息を突くと、ダフネ・グリーングラスが覗き込んできた。

 

「いいえ、独り言です」

 

 セレネは短く答えた。ダフネも少し気になる表情を浮かべているが、その隣を歩くミリセント・ブルストロードも意外そうな顔をしている。

 

「ふーん、あんたにも悩みごとがあるんだ」

「私にだって、悩みごとの一つや二つありますよ」

「まぁ、悩みごとなんて今は忘れましょうよ! なにしろ、あたしたちは勉強から解放されているのだから!」

 

 

 ブルストロードは、セレネの背中をとんっと叩いた。

 彼女の言う通り、今日は期末試験の最終日だ。

 3年生で「占い学」と「マグル学」を受講している生徒は試験をしている時間帯だが、それ以外の試験はすべて終わっている。試験が終わっているということは、あとは自由時間。試験結果が発表されるまで、なにをしても文句を言われない素晴らしい期間が始まるのだ。

 

「そうですか? テストの復習をした方が良いのでは?

 私、魔法史の『中世の魔女狩り』に関する説明文、書き漏れがあった気がしてならないの」

「セレネ、もう忘れようよ。終わったことなんだからさ」

「そうそう! もうぱーっと忘れてのんびりしましょう。セレネはくだらない見直し以外は暇でしょ? ちょっと付き合いなさいよ」

「くだらないとは、あんまりですよ」

 

 セレネが抗議をしようと、ブルストロードの方へ顔を向ける。しかしそのとき、セレネは前から走ってくる生徒に気がつかなかった。危ないと思ったときには、もう時すでに遅し。お互いの肩同士がぶつかってしまった。

 

「痛っ」

「すみません、って……セレネ!」

 

 ぶつかった相手は、ハリー・ポッターだった。

 よほどテストができなかったのか、と心配してしまうほど白い顔をしている。ハリーは少し迷ったように視線を上に向けると、なにか決断をしたのだろう。わずかに震える声で話しかけてきた。

 

「……セレネ、相談があるんだ。ちょっとこっちに来て」

「別に構いませんよ。……すみません、私はこれで」

 

 ダフネとブルストロードに断りを入れ、ハリーに引きずられるようにその場を後にした。

 ハリーはセレネを廊下の隅に連れてくると、言葉を選ぶように話し始めた。

 

「実は……さっきトレローニー先生が、とっても変になったんだ」

「トレローニー先生とは、占い学の先生ですよね」

 

 セレネは酒瓶を手にして歩いている先生を思い出す。誰かに文句を言いながら千鳥足で歩いている先生の後ろ姿を見て、正直、占い学を取らなくてよかったと思ったものだ。生徒の目の前で酔っ払う先生には、あまり教えてもらいたくない。

 たとえ、どれほど有能な教授であったとしてもだ。

 

「うん。普段もちょっと変わってるんだけど、普段より変になったんだよ。声が太くなって、白目になって、こう言ったんだ。

『今夜、真夜中になる前、その召使は自由の身となり、ご主人様のもとに馳せ参ずるだろう』って」

「……」

「それで、他にも『闇の帝王は召使の手を借り、再び立ち上がるだろう』……って言ったんだ。

 そのあとは普通というか、元に戻ったんだ。でも、自分が言ったことはなにも覚えてないみたいで……」

「闇の帝王、ですか」

 

 セレネは腕を組むと壁に背を預けた。

 

「十中八九、ヴォルデモートのことですよね」

「僕もそうだと思う。あれが本物の予言だったったのかは分からないけど」

「今夜、真夜中になる前。召使は自由の身となりか……つまり、今はまだ召使は自由ではないってことですね」

「そうなるよね。えっと、たしか……『12年間、鎖に繋がれていた』って言ってた」

「それって、シリウス・ブラックのことなのでは? いいえ、違うかもしれません」

 

 セレネは口にしてから、違うと首を横に振った。

 

「ブラックを縛る鎖はアズカバンを脱獄した時点で解放されています。となると、ブラックとは別の誰かが解放されるということでしょうか?」

 

 そうなると、ヴォルデモート側の人間が確実に2人も増えてしまうことになる。

 しかも、ヴォルデモートが再び立ち上がるときたものだ。ヴォルデモートは『もう一人の継承者』の存在をよく思っていない。それは、昨年の日記の記憶と対峙したときに分かったことだ。あのリドルは、セレネを駒としか認識していなかった。それも、使い終わったら処分する駒として。

 

 となると、ヴォルデモートが復活したときに命を狙われるのは明白である。

 なんとしてでも、復活を阻止したい。

 

「それとも、ブラックを縛っていた他の鎖が切れるということなのでしょうか」

「セレネは……予言を信じるの?」

「さあ、どうでしょう」

 

 セレネははぐらかした。

 個人的には、占いなど信じない主義である。占いなど不確かなもので自分の人生や運命が決められているとは、絶対に思いたくない。そんな気持ちもあり、占い学を受講しなかった。

 

 しかし、今回は違う。

 普段から先生と接している生徒が「尋常ではない」と訴えてきているのだ。予言の内容も本当ならば恐ろしいことである。

 

「ですが、用心に越したことはありません。予言が本物であることを念頭に入れて、行動した方がいいかと」

「つまり、ヴォルデモートが復活するってこと!?」

「落ち着いてください。まだ予言にすぎません。予言の段階であれば、まだ覆すことができます」

 

 予言は予言だ。

 まだ起きていない未来のことだ。事実ではない。つまり、今からの行い次第では、その未来を変えることができるかもしれないのだ。

 

「もし『12年間、鎖に繋がれていた者』がアズカバンに収監されていて、真夜中に脱獄する――ということなら、私たちに打つ手はありません。しかし、ブラックのことを指しているなら、まだ対処ができます」

「でも、僕たちはブラックがどこにいるのか知らないよ」

「その場所は見当がついています。そして、彼の目的も」

 

 セレネは深く息を吐いた。

 

「ブラックは『禁じられた森』にいます。そして、おそらくブラックの目的は、ハリー……貴方を殺すことです」

 

 セレネはハリーの胸をまっすぐ指さした。

 禁じられた森へ消えていった黒い犬、二度のグリフィンドール寮への襲撃、そして何よりもシリウス・ブラックがヴォルデモートの腹心だということ。この三点がそろえば容易に想像ができた。

 

 もっとも、禁じられた森に潜伏していることを知った経緯は語れないが。

 

「禁じられた森にいるってことは知らなかったけど、目的なら僕も知ってるよ」

 

 すると、ハリーは肩をすくめた。

 

「ブラックに僕の命が狙われているってこと。でも、それと予言がどうつながってくるの?」

「ブラックを縛っていた鎖が『復讐』だったらどうでしょう?

 自分の尊敬する主を殺した相手に対する復讐に縛られていたのだとしたら?」

「……復讐が終わったら、ヴォルデモートを助けに向かうってことか。

 それで、今夜、ブラックは僕を本気で殺しに来るかもしれない?」

「おそらくは、ですけど」

 

 セレネは淡々と説明したが、内心は凄く驚いていた。

 「自分が殺されるかもしれない」というのに、ハリーがあまりにも平静だったからだ。しかも、彼の瞳の奥には静かな炎が燃え始めている。

 

「なら、ちょうどいい。僕もあいつに会いたいと思ってたんだ」

 

 ハリーは吐き捨てるように言った。

 

「あいつは、僕の両親をヴォルデモートに売ったんだ。僕の両親を殺したんだ」

「……だから、シリウス・ブラックを殺すと?」

 

 セレネが問うと、ハリーは黙って頷いた。

 それを見て、つい眉をひそめてしまう。セレネには、正直――理解できない感情だった。自分に置き換えて考えてみたとしても、両親の記憶はもとより薄いので、ほとんど思いつかない。義父のクイールが誰かに殺されたら、それは想像できないくらい落ち込むだろう。だが、相手を殺すまで行かない。事故にあう前の自分なら話は変わってきただろうが、いまの自分は義父に対して特別な感情を持つことはできなくなってしまっていた。

 

「あいつが僕を殺しに来るなら、返り討ちにしてみせる」

「しかし、貴方が覚えている戦闘系の呪文は『武装解除』くらいでは?」

「それは……そうだけど……」

「一人では勝ち目がありませんよ」

 

 セレネは壁から背を離すと、ハリーに一歩近づいた。

 

「7時に玄関ホールで待ち合わせしましょう。各自、戦闘する準備を整えて」

「待って、セレネ! それって、君もブラックと戦うってこと!?」

「ヴォルデモートに復活して欲しくありません。ですので、加勢します」

「駄目だ!」

 

 ハリーは強い口調で否定した。

 あまりに強い声に、向こうの廊下を行き来していたハッフルパフ生がびっくりした面持ちでこちらを見てきた。セレネたちは愛想笑いをすると、人通りの少ない廊下を歩き始めた。

 

「君を巻き込むわけにはいかないよ」

 

 ハリーが少し声を潜めた。

 

「これは、僕の問題だ」

「相談された時点で、すでに巻き込まれていますけどね」

 

 セレネはため息をつくと、ハリーの横に並んだ。

 

「私たちが一緒に闇の魔法使いと戦うのは、もう2回もあったじゃないですか。いまさらです」

 

 正直、そこまでハリーの腕前には期待していない。

 ただ、セレネは1年生の時、ハリーが得体のしれない魔法でクィレルを撃退したことを覚えていた。ブラックにもあの塵にする魔法が効くかもしれない。もし効かなければ、自分の魔法と『眼』で対処すればいい。

 

 それに、セレネには最終手段「アルケミー」がいる。

 さすがの大量殺人鬼 シリウス・ブラックでも、突如バジリスクが襲いかかってきたら対処に手間取ることだろう。そのすきに、寮監の先生方を呼べばいい。

 夜歩きで20点減点されてしまうのは痛いが、ヴォルデモート復活に比べれば遥かにましだ。

 

「……分かったけど、無理はしないでね」

「ハリーこそ、足手まといにはならないでくださいね」

 

 セレネは軽く手を振りながら、その場を立ち去った。

 待ち合わせの時間までに、まだいくらかの時間はある。その間に戦闘の準備を万全に整えなければならない。セレネは廊下に誰もいないことを確認すると、壁に身を寄せた。

 

『アルケミー、聞こえる?』

『……はい、主様。どうかしましたか?』

 

 問いかけてしばらくすると、壁の向こうから声が聞こえてくる。

 セレネは周りの様子を目で確認しながら、やや早口で用件を言った。

 

『例のシリウス・ブラックと今晩、戦うことになるかもしれない。ブラックの潜伏場所の調査と戦闘時に加勢する準備を整えて欲しい。頼める?』

『もちろんです、我が主』

 

 アルケミーは一切悩むことなく、承諾してくれた。

 

『ブラックは禁じられた森にいます。戦うということは、森まで出向かれるのですか?』

『ブラックをおびき出せるなら、どこかの空き教室。無理なら、禁じられた森まで探しに行く』

『御武運を。私はいつでも動けるように待機しています』

『ありがとう、アルケミー』

 

 セレネは軽く壁を叩くと、大広間へ向かった。

 夕食をとりながら、ちらりとグリフィンドールのテーブルに目を向けてみる。ハリーはハーマイオニー・グレンジャーやロン・ウィーズリーと一緒に食事をとっていたが、どうも様子がおかしい。顔色は強張り、両腕を汲みながら食事をしている。よく目を凝らせば、ローブがわずかに膨らんでいるように見えた。

 

 あれは、シリウス・ブラックを倒すために用意した秘策か何かなのだろうか。

 

「セレネ、さっきポッターと何を話していたの?」

 

 セレネが考え込んでいると、ダフネが尋ねてきた。

 

「ちらちらグリフィンドールの方を見てるけど」

「トレローニー先生は変な先生だという話でした」

「あー……確かに変わっているよね。食事にも降りてこないし。でもさ、それって二人っきりで話す内容かな?」

「私も同感です。それでは、私は先に失礼します」

 

 さらっと話を切り上げて、大広間を出る。

 

 杖はある。

 ナイフも持った。

 戦闘用に使える魔法も暗記済み。アルケミーは蛇語で呼べば、すぐに来てくれる。

 

「あとは、隠れるだけね」

 

 セレネは小さく呟くと、杖を取り出した。

 いくら準備万端に整えていても、ハリーと出会う前に先生に発見されて寮に戻されては元も子もない。

 玄関ホールを通り過ぎ、少し角に入った空き教室に姿を隠す。セレネは深呼吸をすると、ゆっくり杖を掲げた。

 

「『ディサリジョメント‐目くらまし』」

 

 練習中の『目くらまし』の呪文を唱えながら、こんこんと軽く頭を叩く。

 すると、身体の表面全体に冷たいものが、トロトロと流れる感じがした。視線を下に落とせば、呪文の効力で身体はすっかり見えなくなっていた。正確に言えば、透明になったというわけではない。例えるなら、カメレオンの保護色のように背後の風景と同化していた。

 

「よし、成功ね」

 

 

 あとは、玄関ホールに向かい、ハリー・ポッターを待てばいいだけである。

 セレネは玄関ホールに向かうと、寮対抗の点数を表している砂時計のへりに腰を掛けた。時計を見ると、七時十分前だ。いつハリーが来てもいいように目を凝らして待つ。

 

 ……しかし、だ。

 

 ハリーは、待てど暮らせど来ない。

 

 酔っぱらって上機嫌のハグリットが入ってきたリ、青白い顔をしたルーピンが外へ出て行ったり、その後を追いかけるようにスネイプが走って出て行ったりしたが、一向に肝心なハリー・ポッターは来なかった。

 

 

『いやな夜ですね』

 

 アルケミーの不機嫌な声が聞こえてきた。

 

『吸魂鬼の動きが活発です。いつも以上に空を飛び回っています』

『それは不吉ね……』

 

 セレネは大きく肩を落とした。

 もう待ち合わせの時間から、実に1時間以上経過している。これまで待つのは時間の無駄だ。そう思って立ち上がりかけた瞬間だった。

 

 

 

 

 スネイプが戻って来た。

 

 ハリー、ハーマイオニー、ウィーズリー、そして、シリウス・ブラックを担架に載せて。

 

 

 

 


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