スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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40話 リドルの館

 リドルの館のいまの持ち主は、大金持ちだったが屋敷に住んでいなかった。

 村人に話を聞けば「税金対策」で所有しているだけだと言ったが、詳しく聞いてみても分からないと首を傾げていた。

 

 丘の上にひっそりとたたずむ屋敷は怪しげで、なにか幽霊が出てもおかしくない怖さを感じさせる。

 

 

「……おい、お前本当に行くのかよ」

 

 

 セレネが門を乗り越えると、ノットが不安そうな声で尋ねてきた。

 

 

「不法侵入だろ、これ。犯罪だぞ?」

「あら、先程の小屋も不法侵入よ。許可なしに入ったのだから。それに、侵入しているのは私だけではないみたいよ」

 

 

 セレネは二階の窓を指さした。灯りがないはずなのに、ちらちらと光が見え隠れしている。

 

 

「お化け屋敷みたいですね、ヘスティア」

「少しワクワクしますね、姉様」

 

 

 カロー姉妹は少し浮足立った声色で会話している。彼女たちはとっくに門を乗り越えてセレネ側に来ている。

 こちらに来ていないのは、ノットただ一人だった。

 

 

「もしかして……あなた、怖いのですか?」

「まさか! オレが怖いなんてありえない!」

 

 

 ノットは怒ったように言うと、セレネの後に続いて門を乗り越えた。

 

 

「それにしても、ゴーント先輩。ここに『例のあの人』が暮らしていたのですか?」

「それは分かりません。ですが、あいつの父親が暮らしていた屋敷です」

 

 

 いままで調べた記録によると、ヴォルデモートの父親は彼が産まれる前に妻を捨てて屋敷に戻って来た。それ以後、我が子のことを気にかけた様子もなかったらしい。

 

 そして、死んだ。

 

 ある夜、毒殺、刺殺、射殺、絞殺、窒息の跡もない、まったく傷つけられていない状態で。

 

 

「おそらくですけど、父親は『例のあの人』自身の手によって殺されたのでしょうね。マグル生まれであることを嫌悪していたみたいですし」

「なら、ここには『闇の帝王』の痕跡はないんじゃないか?」

「そうですね。可能性が限りなく低い。ですが、0%ではありません。だから探す、それだけです」

「本当に……それだけか?」

「さあ、どうでしょう」

 

 

 セレネは不敵な笑みを浮かべた。

 理由は単純。面白そうだからである。カロー姉妹が言ったように、お化け屋敷みたいで楽しそうだったからだ。ヴォルデモートの痕跡を探るのも理由の一つだが、夜の屋敷に侵入して探すのは少し心が躍った。優等生らしくない行動だが、たまにはいいだろう。

 

 

「姉様、姉様。これは……この壁に開いた二つの穴はいったい……?」

「ヘスティア、それは通気口よ、ええ、きっとそうよ」

「ですが、姉様。このような細い穴では空気を通す意味をなさないのでは?」

 

 

 カロー姉妹は電気のコンセントに興味津々だ。

 ランプを近づけてじっと見つめている。

 

 

「フローラ、ヘスティア。一応、杖だけは忘れないようにしなさい」

 

 セレネは杖を握りしめながら二人に声をかけた。

 

 

「どこに闇の魔術が隠されているか、分からないのだから。それから、それは電気のコンセント。通気口ではないわ」

「電気……? マグルが魔法の代わりに使うものですか?」 

「ええ。結構役に立つのよ、ホグワーツの外では」

 

 

 セレネはそう言いながら階段を上った。

 

 一応は先ほど、外から見えた灯りの正体を目指して進んでいる。もしかしたら、地元の子供たちが遊び半分で忍び込んでいるのかもしれないが、もしかしたら闇の魔術に関する何かかもしれない。少し用心しながら、階段を上っていく。

 

 

「マグルの絵画は動かないんだな……ん?」 

 

 

 ノットが小さく呟く声が聞こえてきた。

 セレネがノットの方を振り返ると、ちょうど彼の傍を一匹のネズミが通っていくところだった。

 

 

 

 

 

 そう、指が一本足りないネズミだ。

 

 

 

 

 

「『アクシオ‐来い』!!」 

 

 

 セレネは考えるより先に呪文を叫んだ。

 途端、ネズミがセレネの手の中に納まる。ネズミは手から逃れようと、キーキー鳴きわめきながら抵抗していた。

 

 

「おい、ゴーント! 未成年の魔法の使用は――」

「禁じられているかもしれないけど、そうでもしないと捕まえることができなかったもの――痛っ!」

 

 

 ネズミがセレネの指を思いっきり噛んでくる。痛みで目を細めながら、血が滲む様子を見下した。

 

 

「このネズミ風情が……先輩に傷をつけるなんて……」

「ええ、姉様。許せません。許しがたいことです」

 

 

 カロー姉妹が静かに怒りを燃やしている。

 

「アバダ・ケダブラを使いますか?」

「磔の呪いをかけた方がいいでしょうか?」

「……二人とも、過激すぎよ。もう少し優し目の呪いをかけなさい。

 それに、『許されざる呪文』をこのネズミにかけたら、アズカバン行きよ。だって、これ、人間だもの」

「人間?……ということは、動物もどきか?」

 

 

 ノットが不審そうに目を細める。

 

 

「マクゴナガルが猫に変身するように、こいつはネズミに変身してると?」 

「ええ、それも例のあの人の配下、ピーター・ペティグリュー」

 

 

 てっきり、ヴォルデモートが身を隠していると噂されるアルバニアに向かったと思っていた。まさか、ロンドンから300キロも離れた片田舎に潜んでいるとは驚きである。

 

 

「だが、どうやって証明するんだ?」

「そうですね……」

 

 

 セレネは考え込んだ。

 1番手っ取り早い方法は、『フィニート・インカンターテム‐呪文よ、終われ』だ。呪文すべてを終わらせる魔法なので、おそらく動物もどきの変身も解ける。しかし、この状況で解いてどうしろというのだろうか。未成年の魔法使い四人で元に戻ったペティグリューを拘束するのか。拘束したとしても、どうやって大人に伝えればいいのだろうか。

 

 あれこれ考えを巡らせたが、自分たちでどうにかできる問題と思えなかった。

 

 セレネは肩を落とした。

 

 

「……仕方ない。ノット、このネズミを持っていてくださいね」

 

 

 セレネは暴れるペティグリューをノットに手渡すと、再び杖に力を込めた。

 

 

「『エクスペクト・パトローナム‐守護霊よ、来たれ』」

 

 

 杖の先から現れた白い煙が銀色の大蛇になり、空を這うようにして飛び去って行く。

 

 

「……スネイプ先生に伝言を送りました。上手く着くといいのですが」

 

 

 守護霊に伝言を持たせる呪文である。先学期末、ダンブルドアはひょいっと簡単に行っていたが、非常に高度な技量が必要になってくる。セレネはこれまで何度か試してみたのだが、一向に上手くいかない。今回も上手くいっている保証はなかった。

 というよりも、上手くいかない可能性の方が高いのだ。無理だった時の対抗策を、早急に考えないといけない。

 

 ところが、5分後。

 

 ネズミが逃げ出さないように格闘していると、ぽんっと軽い弾くような音と共に、スネイプが現れたのである。彼は休暇中にもかかわらず、ホグワーツで教鞭をとっている時と同じ黒いローブを纏っていた。

 

 

「セレネ・ゴーント、未成年者は学校の敷地内以外で魔法を使用してはいけないと習ったはずだが?」

「すみません、先生。火急の要件でして……」 

 

 

 この様子だと、守護霊に伝言は乗せられていなかったのだろう。

 セレネは少しだけ悔しい気持ちになったが、いまはそんな些細なことよりペティグリューである。

 

 

「実はこのネズミのことなのですが……」

 

 

 セレネが事情を説明すると、スネイプは静かにうなずいた。

 

 

「なるほど……事情は分かった。にわかには信じがたいがな。だが、試してみる価値はある。

 これは、実に簡単な呪文で正体を明かすことができるのでな。カロー、下がっているがいい。ノット、ネズミから手を離すな」

 

 

 スネイプは杖を抜くと、無言で杖を振った。すると、青白い光が杖からほとばしった。ネズミは宙に浮き、そこに静止した。小さな黒い姿が激しくよじれた。そして、ぽとりと地面に落ちて、そして――

 

 

「この人が、ピーター・ペティグリュー?」

 

 

 一人の男が手をよじり、後ずさりしながら立っていた。

 まばらな色褪せた髪はくしゃくしゃで、てっぺんに大きな禿があった。ネズミ臭さが漂っており、はあはあと浅く早い息遣いでセレネたちを見渡した。

 

 

「せ、セブルス・スネイプ……」

「久しぶりだな、ペティグリュー。まさか、我輩のことを覚えていたとは」

 

 

 ペティグリューが何か答えようとする前に、スネイプはまた杖を鞭のように振った。杖先から縄が飛び出し、瞬く間にペティグリューを拘束する。

 

 

「す、スネイプ。学生の時のことは悪かったと思ってる。だから――」

「我輩としては、どうして12年間、生きながらえてなお姿を現さなかったことの方が不思議だ」

 

 

 スネイプはねっとりとした声色でペティグリューに話しかける。ペティグリューはキーッとネズミのような小さな悲鳴を上げた。スネイプはそんなペティグリューを一瞥すると、セレネたちの方へ視線を向けた。

 

 

「この男は一度、しかるべき場所へ連れて行く。カロー、ノット。君たちの保護者にも、迎えに来るよう連絡しておこう。セレネはここで待っているがいい。我輩が直接送ろう」

 

 スネイプは二匹の白銀の鹿を創り出すと、ペティグリューを連れて姿くらましをした。

 

 おそらく、彼が作り出した守護霊は、伝言をノットとカロー姉妹の保護者に伝えに行ったのだろう。スネイプは顔色一つ変えずにあそこまで高度な呪文を成功させたのだ。セレネは、やはりホグワーツの教師は凄いと感心した。

 

 

 

 最初に来たのは、ノットの父親だった。

 

 セレネの手を握り、「これからも息子をよろしく頼む」と言うと、ノットを連れて颯爽と姿くらましをして去って行った。

 

 

 

 フローラとヘスティアの両親は来なかった。 

 代わりに来たのは、彼女たちの従兄であった。アレクト・カローと名乗った従兄は、ずんぐりしていて目が細い。色白で不健康そうな男であった。

 

 

「ほう……お前が『スリザリンの継承者』か」

 

 

 と、じろじろとセレネのことを値踏みするように視てくる。

 実に気色悪い視線である。さらに、さっさと帰ってくれればいいのに

 

 

「またスネイプは戻って来るんだろ? オレはあいつに話があるんだ」

 

 

 と言い出し、そのあたりをぶらぶらと歩き回り、そこらかしこに置かれているマグルの製品にケチをつけている。

 

 やがて、アレクトは

 

 

「ん、あっちに灯りが見えるぞ」

 

 

 と叫ぶと、階段を上って行ってしまった。姿が見えなくなると、フローラが申し訳なさそうな顔で謝って来た。

 

 

「すみません、ゴーント先輩。従兄が失礼なことを……」

「いいのよ、別に構わないわ」

 

 

 

 セレネがそう言うと、再びぽんっと軽い音が聞こえてきた。

 スネイプが戻って来たのかと思ったが、現れたのはマクゴナガルだった。

 

 

「スネイプ先生は手が離せない状態ですので、私が代わりに来ました。ゴーント、貴方を自宅まで送りましょう。

 フローラ・カロー、ヘスティア・カロー、貴方たちの保護者はまだ来ないのですか?」

「マクゴナガル先生、それが……上へ行ったきり帰ってこないのです」

「従兄のアレクトが来たのですけど……」

「アレクト、ですか」

 

 

 マクゴナガルの眉がぴくっと動いた。

 

 

「仕方ありません、呼んでくることに――」

 

 

 と、マクゴナガルがそこまで言ったときだった。

 アレクトが戻って来た。

 しかし、様子がおかしい。白い顔からさらに血の気が失せ、身体中がぶるぶると震えている。右腕を痛そうに抑えながら、血走った眼はある一点を見つめていた。

 

 

「……アミカスを呼んでこねぇと……はやくしねぇと……」

 

 

 小さい声でなにやらぶつぶつと呟いている。狂ったように呟く様子は、まさに異様であった。

 

 

「アレクト・カロー?」

「い、いや、なんでもない。なんでもない! ほら、フローラ、ヘスティア。さっさと帰るぞ」

 

 

 すぐにでもこの場から逃げ出したいと言わんばかりの早口で、双子姉妹の手を握り「姿くらまし」をした。

 

 一体、彼は何を見てしまったのだろうか。上の階にはなにがあるのだろうか。セレネは上を見上げる。たしかに、階段の踊り場の先――廊下の一番奥のドアが半開きになっており、隙間からちらちらと灯りが漏れていた。黒い床に金色の長い筋を描いている。

 

 

 

「……誰かいるのでしょうか?」

「そうですね。ですが、あとのことはマグルに任せましょう」

 

 

 マクゴナガルが下の階を指さした。

 

 腰の曲がった男が鍵をじゃらじゃら鳴らしながら上って来るのが見えた。おそらく、この屋敷の管理人か誰かだろう。

 

 ここにいては、少し面倒なことになりそうだ。

 

 

 セレネはマクゴナガルが差し出した手を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はたして、アレクト・カローは何を目撃したのか。

 

 管理人のマグルが、このあとどうなってしまったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 それが分かるのは、まだまだ先の未来の話。

 

 

 

 

 

 


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