スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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41話 ホグワーツ特急に乗って

「『クィディッチ・ワールドカップでの恐怖』……か」

 

 

 セレネは日刊預言者新聞の一面をさっと流し読みした。

 写真の中では、ヴォルデモートの証、通称「闇の印」がちかちかと点滅している。クィディッチワールドカップで起こった死喰い人たちの暴動と死人が出た噂のことが記載されていた。

 

 ペティグリューのことについては、本当に小さな記事しか出てなかった。

 

 しかも、記事によれば、魔法省大臣が事情を聴きだすために連れて来た吸魂鬼がペティグリューに襲いかかり、12年前の事件の詳細を話すことができなくなってしまったらしい。

 結果、まだシリウス・ブラックの容疑は晴れず、指名手配されている。12年前のマグル大量殺害事件の真相は闇のままだ。

 

 

「まあ、どうでもいいけど」

 

 

 新聞をベッドの上へ放り投げる。

 

 ブラックの生死はもうどうでもいい。

 無実なのにも関わらず、腕を斬ってしまったことは申し訳なく思っている。恨まれているかもしれない。

 だが、それよりも大事なことは予言である。ペティグリューが捕縛されたことにより、予言は成立しなくなった。よって、ヴォルデモートの復活も阻止できたかもしれない。

 そう思うと、セレネは比較的心が楽になった。

 

 運命だの予言だの定められた未来を信じたくないし、興味をそこまで持つことができない。

 しかし、もしそれが本当に実現するのであれば、全力で阻止するまでである。そして、今回はできる限りのベストを尽くした。これで駄目なら、あとは復活に備えて魔法などの修練を重ねるしかない。

 

 

「セレネ、そろそろ行く時間だよ」

 

 

 下の階から、義父の呼ぶ声が聞こえてきた。

 セレネは行儀よく返事をすると、重たいトランクを持ち上げて階段を駆け下りた。

 

 

 

 今日は9月1日。

 ホグワーツ特急が発車する日である。

 

 

 

 

「また半年間もセレネと会えなくなるなんて、寂しいな」

 

 

 義父のクイールは寂しそうな笑みを浮かべた。

 

 

「たまには手紙を書いてくれると嬉しいよ」

「分かりました、お義父さん」

 

 

 車にトランクを詰め込みながら、セレネはにっこりと笑い返した。

 

 

「なにか学校で困ったことや危険が迫った時は連絡するんだよ。できる限り力になるから」

「ありがとうございます」

「……絶対だよ? 僕は君のお母さんから君を託されているんだからね」

「お母さん、ですか」

 

 

 セレネは小さく呟いた。

 セレネは自分の母親の顔を知らない。

 名前はメアリー・スタイン。性別は女。クイールの友人。科学者?であり、東洋に旅行する趣味がある。この程度の情報しか知らなかった。

 

 

「お義父さんは心配し過ぎです。私、もう大人ですよ」

 

 

 セレネは後部座席に乗り込みながら、やや怒ったような口調で言ってみる。

 すると、運転席のクイールは少し乾いたような笑い声をあげた。

 

 

「ははは、セレネはまだまだ子どもだよ。14歳じゃないか。だから、僕に心配させてくれ」

「それでも、私は十分大人です。学校の規則を破ったこともない優等生です。なので、心配しなくても大丈夫です」

 

 

 ぷいっと口を尖らせて言えば、クイールは苦笑いをしながらエンジンをかけた。

 しばらく車内は静寂に包まれる。車にぶつかる雨音だけが、やけに響いて聞こえた。ホグワーツに着く頃には雨がやんでいるといいな、なんて考えながら窓の外を見つめる。灰色の風景に自分の浮かない顔が映し出され、セレネは心の中で舌打ちをした。

 こんな風景を見ていると、昨年度、吸魂鬼に襲われて医務室に入院したことが蘇ってくる。

 

 あの夜も今のように自分の顔は歪んでいて、雨が窓に弾けて流れていっていた。

 

 

「……メアリー・スタイン」

 

 

 だからだろうか。気がつくと、セレネはぽつりと呟いていた。

 

 

「私のお母さんは、どのような人だったのですか?」

「それは……」

 

 

 クイールは言い淀む。そして、言葉を選ぶように教えてくれた。

 

 

「セレネのお母さんはね、不思議な人だったんだよ」

「不思議?」

「丘の上のお屋敷に住んでいてね、幼い頃から僕と一緒に遊んでいたんだ。でも、学校は別々でね。大きくなると彼女はフランスの学校に留学したんだ。よくね、フランスから手紙が届いたよ」

 

 

 その時のことを思い出したのだろう。クイールの目元が緩んだのが見えた。

 

 

「ボーバトンだっけ? そんな感じの名前だったよ。ピレネー山脈のどこかにあるって言ってたっけ。

 その学校を卒業してからは、ずっと屋敷にこもって研究していたよ」

「どのような研究ですか?」

「それが、僕が聞いても笑って答えてくれないのさ」

 

 

 クイールの答えに、セレネは眉をひそめた。

 

 

「もしかして、怪しい研究をしていたのでしょうか?」

「あはは、そうかもね。だって、子どもの頃……メアリーは言ってたんだ。『私の将来の夢はあるモノを創り出すこと』だって」

「あるモノとは?」

「それは、さすがに教えてくれなかったよ。なんとなく、想像は出来たけど」

「……そうですか。ちなみに、私の父は?」

 

 

 すると、彼は悲しそうな顔になった。ゆっくり首を横に振り、知らないと口にする。

 

 

「あの家に男の人が出入りしているところは、一度も見たことがないんだ。だから、あの日――メアリーから乳飲み子のセレネを託された日は、とても驚いたよ。

 『名付けは、セブルス・スネイプに頼みたい。ただし、ミドルネームはマールヴォラ。ファミリーネームはゴーント』って」

「もう、すでにゴーントというファミリーネームは決まっていたのですか?」

「うん。そうだよ」

 

 

 セレネは口元に手を添えて考え込んだ。

 その時点で、自分のミドルネームとファミリーネームは決まっていた。

 

 ゴーント家の当主に、マールヴォロ・ゴーントと言う名の男がいる。

 あまりにも彼と似たミドルネーム。そして、ファミリーネームは蛇語を使えるゴーントだ。こうなると、随分と父親候補が限られてくる。

 

 しかし、これは明らかに矛盾が生じてくる。 

 

 マールヴォロはもちろん、『生粋の貴族-魔法界家系図』に記されていた最後のゴーント家の人物、モーフィンもセレネが産まれる遥か昔に死んでいる。

 そうなると、残された人物はトム・マールヴォロ・リドルのみとなってしまう。つまり、ヴォルデモートだ。セレネとしては、あんな亡霊紛いの大量殺人鬼が父親だと思いたくないし、絶対に認めない。

 

 

「それまで、母はゴーントの関係者と付き合っていなかったのですか?」

「そうだね、ゴーントなんて初めて聞いたから『ゴーントってどんな男なんだ?』って聞いたことがあるんだ。そしたら、凄い剣幕で『いまはそれどころじゃない』って怒られたよ。

 ……それから数時間後に……」

 

 

 クイールは顔をわずかに伏せた。

 

「メアリーの屋敷から、父親の遺体が発見されたんだ」 

「……えっ?」

 

 

 

 セレネはクイールの顔をまじまじと見つめた。

 クイールはちらりとセレネの方を一瞥すると、申し訳なさそうな顔になった。

 

 

「君も大きくなったから言っていい頃かもしれない。

 僕が『やっぱり、赤子なんてあずかれないよ』って言いに行ったんだ。そしたら、家の鍵が開いていて、玄関を入ってすぐのところに……倒れていたんだよ。白い髪で赤い目をした男が」

「それって……」

 

 

 セレネが身を乗り出したとき、車はキングス・クロス駅の駐車場に停車した。

 

 

「この話の続きは、またクリスマス休暇にしよう」

「そんな……」

 

 

 とてもいいところだったのに、とセレネは頬を膨らませた。御馳走を目の前で取り上げられた気分である。

 クイールはどこか寂しそうな笑顔で車からトランクを下ろした。手際よくカートに載せると、駅構内に向かって押し始める。

 

 

「それなりに長い話になるんだ。君は……あまり、思い出したくない話もあるだろうし」

「そんなものありませんよ」

「強がらなくていいんだ。君はまだ庇護される存在なんだからね」

 

 

 クイールはセレネの髪を優しく撫でた。

 その手は少し硬かったが、撫でられているとじんわりと身体が温かくなっていく気がした。

 

 

「だ、大丈夫ですから!」

 

 

 セレネは頬を赤らめると、その手から逃れる。そのままクイールからカートの持ち手を代わると、てきぱき9と3/4番線へ急ぐ。

 そんな時だった。

 

 

「あっ、ゴーントじゃないか」

 

 

 聞きなれた声に、優等生の仮面をつけ直す。

 振り返ると、そこにはドラコ・マルフォイがいた。彼の下僕――クラッブとゴイルの姿は見えない。代わりに、父親であるルシウス・マルフォイがいた。

 

 

「こんにちは、マルフォイ。良い夏休みでしたか?」

「もちろんさ。僕はクィディッチワールドカップの決勝戦を貴賓席で観覧したんだ。目の前でビクトール・クラムがウロンスキー・フェイントをかけるところを見たのさ」

 

 

 どうだ、と言わんばかりの表情で自慢話をしてくる。

 生憎、セレネは箒に興味はあってもクィディッチにそこまでの関心はない。

 

 

「そうですか。貴賓席とは凄いですね」

「そうだろう。父上が聖マンゴ魔法疾患障害病院に多額の寄付をして――」

「それよりも、前を見ていないと柱にぶつかりますよ」

「えっ――うわっあ」

 

 

 マルフォイは間一髪のところでカートを逸らし、柱を回避した。少し恥ずかしかったのだろう。彼の耳が真っ赤に染まっていく。セレネはそんな少年を横目で見ると、ルシウス・マルフォイに頭を下げた。

 

 

「こんにちは、マルフォイさん。クリスマスは招待してくださり、ありがとうございました」

「あれは、ドラコがしたことだ。礼を言われるようなことではない」

 

 

 そんなことを話していると、クイールが少し嬉しそうに目を輝かせながら近づいてきた。

 

 

「セレネ、もしかして学校の友だち?」

「え……いえ、友だちというよりも同寮の同級生です」

「そうなんだ。僕には仲がよさそうに見えたけどね。君、セレネと仲良くしてくれてありがとう」

 

 

 マルフォイはクイールを見ると何も答えなかった。

 純血主義の彼にとって、マグルなど虫けら以下の存在である。ただ、小さく、本当にわずかに黙したまま頭を下げると、セレネの方を振り返ることもなく早足で去って行った。

 

 もしかしたら、クイールがマグルとはいえセレネの育て親だったからかもしれない。

 意外と礼儀正しい男である。セレネは口元に笑みを浮かべた。

 

 

「恥ずかしがり屋なのかな、あの子は」

「さあ、どうでしょう」

 

 

 何気ない話をしながら、9と3/4番線の柵を通りに受ける。

 もうすでに紅色に輝く蒸気機関車 ホグワーツ特急は入線していた。吐き出し白い煙の向こう側に、ホグワーツの学生や親たちが大勢、ゴーストのような影になって見えた。フクロウの声も時折聞こえ、魔法の世界に足を踏み入れたような気持ちがした。

 

 誰もいないコンパートメントを見つけると、クイールに手伝ってもらいながら荷物を運び入れた。

 

 

「それじゃあ、またクリスマスにね」

「そのときは、さっきの話の続きをお願いします」

 

 

 窓から身体を少し乗り出し、ホームに立つ義父に話しかける。

 これで、また約半年間も会えないと思うと少し寂しく思えた。そのうちに汽車がしゅーっという音を上げ、音を立てながら進み始めた。

 

 

「なにかあったら、すぐに連絡するんだよ」

 

 

 クイールは汽笛に負けないくらい大きな声で叫んだ。

 

 

「君は、僕の義娘なんだから!」

 

 

 クイールは微笑みながら手を振ってくる。セレネも大きく振り返した。そして、列車がカーブを曲がると、彼の姿は小さく小さくなり、点となって消えた。

 

 

「……行ってきます、お義父さん」

 

 

 もう聞こえない相手に向かって、小さく呟いた。

 セレネは席に腰を掛け直すと、鞄の中から本を取り出した。錬金術関係の本を読み、賢者の石の錬成方法を解析したいところだったが、生憎と資料が足りな過ぎる。こればかりは、ホグワーツに戻る必要があった。

 しかたないので、マグルの書籍――ベオウルフを読むことにする。

 

 

 セレネは汽笛を遠くに聞きながら、最初の一ページをめくろうとした――その瞬間だった。

 

 

「セレネ師匠!!!」

 

 

 コンパートメントの扉が勢いよく開き、小さな影が飛び込んでくる。

 セレネは考える間もなく杖を取り出し、影にまっすぐ突き付けた――が、その影はセレネの足元に蹲ると額を床にこすりつけながら、感極まる声で叫び出したのであった。

 

 

 

 

「セレネ師匠! スリザリンの末裔様! どうか、私を弟子にしてください!!」

 

 

 

 

 

 


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