スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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45話 イレギュラーの代表選手

 

「ありえません!!」

 

 

 気がつくと、セレネは叫んでいた。

 

 

「私が、私が入れるはずありません!」

 

 

 セレネは立ち上がり、主張していた。

 いままで表向きは、まったく規則を破らない模範的な優等生を演じてきた。そのことは一部の人間を除き、誰もが知っている事実である。

 ホグワーツの四年生で優等生の名を挙げるなら、セレネ・ゴーントとハーマイオニー・グレンジャーの二人の名前が真っ先に上がるほどだ。四年生という枠をはずしても、セレネの名前は上がるだろう。

 

 いままで四年間、積み上げてきたものをここで崩してたまるものか!

 セレネは身を乗り出しながら、ダンブルドアに向かって叫んだ。

 

 

「筆跡を確認してみてください! 私は――っ!」

「ハリー・ポッター! セレネ・ゴーント! ここへ来なさい!」

 

 

 しかし、ダンブルドアは意に介さない。

 どこか怒ったように声を荒げながら、セレネとハリーの名前を呼ぶ。

 

 

「セレネ、行きなよ」

 

 

 ダフネが優しくセレネの背中を押しながら囁いた。

 

 セレネはスリザリンとレイブンクローのテーブルの間を歩いた。拍手も歓声も上がらない。当然である。セレネは混乱する頭で必死に事態を整理する。

 

 自分は確実に入れていない。

 少なくとも、この二日間はダフネ・グリーングラスやミリセント・ブルストロード、それか親衛隊のスリザリン生と共に行動していた。周りには常に誰か人がおり、入れていないことは自他ともに証明できる。

 

 

 そうなると、選択肢は一つ。

 だれかが、セレネの名前を入れた。

 

 一番怪しいのは、カロー姉妹を筆頭とする最もセレネを崇拝している親衛隊幹部陣だが、彼らは一様に17歳を超えていない。

 そもそも、彼らがハリー・ポッターの名前も入れる意図が分からない。

 つまり、親衛隊は完全に白だ。

 

 

 全生徒の突き刺さるような視線を感じながら、セレネとハリーはダンブルドアの前に立った。

 

 

「さあ、あの扉から……ハリー、セレネ」

 

 

 ダンブルドアは微笑んでいなかった。

 教職員テーブルの横を黙って進みながら、他の先生方の反応を確認する。どの先生方も、客人であるマダム・マクシームやカルカロフ、それからクラウチやバグマンも驚ききった顔を浮かべている。ハリーを贔屓しがちなハグリッドでさえ呆然とし、口を大きく開けていた。普段、生徒の前で動揺しているそぶりを見せないマクゴナガルとスネイプでさえ狼狽している。

 

 代表選手達が消えて行った扉から大広間を出ると、代表選手の控室に繋がっているのであろう短い廊下があった。ゆっくりと降りながら、ちらりとハリーを横目で見る。

 彼の表情からは、なにも読み取ることができない。

 

 

 だが、あの時――ハリーが呼ばれた瞬間の様子から考えるに、彼は代表選手に自分から立候補していない。

 

 通路を進んだ先にあった小部屋の扉を開けると、そこは暖かそうな部屋が広がっていた。暖炉の火が轟々と燃えている。心地よさそうな暖炉の前に、すでに選ばれていた代表選手のクラム、フラーそしてセドリックが座っていた。3人とも—―当然の反応だと思うが――なぜ新たな生徒、しかも見るからに年下の生徒が二人も入って来たのか分からないらしく当惑の色を浮かべていた。

 

 最初に不愉快な沈黙を破ったのは、ボーバトンの代表選手、フラー・デラクールだった。

 

 

「どうしまーしたか?わたーしたちに、広間に戻りなさーいということでーすか?」

 

 

 どうやら、伝言を伝えに来たと思ったらしい。

 セレネは彼女にどう伝えたらいいか分からなかった。ちらりとハリーに視線を向けると、彼も困惑しており、助けを求めるような視線をこちらに向けてくる。

 セレネは小さく息を吐くと、首を横に振った。

 

 

「すみません、私もどう説明すればいいか分かりません」

 

 

 代表選手が三人とも、セレネたちの周りに集まってくる。

 皆、とても背が高い。顔を見るためには、見上げなければならなかった。

 

 

「どーいうことでーすか?」

 

 

 フラーの問いに答える前に、背後の扉が開いた。

 せかせかした足と共に、ルード・バグマンが部屋に入ってくる。バグマンはセレネとハリーの腕をつかむと、はしゃいだ声で叫んだ。

 

 

「いや、すごい!! まったくすごい!! ご紹介しよう、信じがたいことかもしれないが、三校対抗代表選手だ!! 四人目と五人目のね!!」

 

 

 クラムはむっつりとした顔で、セドリックは当惑し、そして、フラーはこれ以上ない笑顔を浮かべた。ちなみに、フラーの表情こそ完璧な笑顔だったが、目はまったく笑っていない。

 

 

「とてーも、おもしろいジョークです」

「いやいや、とんでもない! ハリーとこの子の名前が出てきたのだ!!」

 

 

 すると、フラーは軽蔑したようにバグマンに言った。

 

 

「このひとは、競技できませーん。若過ぎまーす!!」

 

 

 彼女が言うと、背後の扉が開き、大勢の人が入って来た。

 ダンブルドアを先頭に、すぐ後ろからクラウチ、カルカロフ、マクシーム、マクゴナガル、それからスネイプだ。マクゴナガルが扉を閉める前に、壁の向こうで何百という生徒が騒ぐ声が聞こえてきた。

 

 

「マダム!」

 

 

 フラーがマクシームを見つけると、つかつかと歩み寄った。

 

 

「この小さーい男の子と女の子も競技に出ると、このひとが言ってまーす!!」

 

 

 セレネはつい杖に手が伸びそうになった。

 だが、寸でのところで押しとどめる。セレネがアステリア・グリーングラスやグラハム・プリチャードのことを幼く見ているように、彼女たち17歳からしたら自分たちは子供である。

 ハリーも同じことを感じたのか、むっとした顔をしていた。

 

 

「これは、どういうこーとですか?」

「私もぜひ、知りたいですな、ダンブルドア」

 

 

 マダム・マクシームに続き、カルカロフも続けて声を上げた。彼は冷徹な笑みを浮かべている。まるで彼の青い眼は氷のかけらのようだ。

 

 

「ホグワーツの代表選手が、3人とは?開催校は代表選手を3人出してもよいとは――伺っていないのですが――それとも、私の規則の読み方が浅かったのですかな?」

 

 

 カルカロフは意地悪い笑い声をあげた。

 ダンブルドアは何も答えない。ただ、ハリーとセレネを見下した。

 

 

「ハリー、セレネ。君たちはゴブレットに名前を入れたのかね?」

「「いいえ」」

 

 

 セレネとハリーの声が重なった。

 

 

「上級生に頼んで、君たちの名前を入れたのかね?」

「「いいえ!」」

「ああ、でもこの人は嘘をついていまーす!」

 

 マクシームが叫んだ。

 セレネはつい彼女を睨み付けた。

 

 

「嘘ではありません! 筆跡鑑定をしてみてください。真実薬を飲ませても構いません! それから――」

「もういい、セレネ」

 

 

 スネイプがぽんっとセレネの肩を叩いた。

 マクゴナガルも怒ったように、マクシームの前に進み出る。

 

 

「まったく、バカバカしい! ハリーとセレネが年齢線を越えるはずがありません! 4年間、彼らを受け持ってきた私には分かります! 上級生を説得して代わりに名前を入れさせるようなこともしていないと、私たちは信じています!! もちろん、ダンブルドア校長もです!

 それだけで、みなさんは十分だと存じますが!」

 

 

 マクゴナガルの言葉に、セレネは思わず胸を打たれた。

 セレネにとって、マクゴナガルは「変身術」の先生でしかない。とても厳しく、上手く呪文を成功させたときのみ優しく微笑んでくれる先生だ。

 その先生が、しっかり自分たちのことを見ていてくれたのだと思うと、なんだか無性に嬉しくなった。

 

 

「……規則は絶対だ」

 

 

 一瞬静まり返った場に、クラウチの声が響き渡る。

 

 

「炎のゴブレットから名前が出た。ならば、その者は試合で競う義務がある」

「しかし!!」

 

 

 カルカロフとマクシームが彼の判断に食い下がる。

 その間、セレネは再び――どうして、自分の名前がゴブレットに入れられていたのかを考える。

 

 

 あのダンブルドアの質問を考えるに、下級生でも上級生に入れさせてもらえれば立候補できたことが分かる。それは物凄い抜け穴のような気がするが、問題は17歳以上の人間なら、当人でない名前を入れることができたということだ。

 

 

 では、その者は、ハリーとセレネの名前を入れて何をしたかったのか。

 

 

 セレネは自分たちの共通点を考えてみる。

 ホグワーツの4年生、眼鏡をかけている、蛇語を使える、そして、ヴォルデモートと対峙したことがある。

 

 だが、これだけでは分からない。

 次にどうしてセレネたちを出場させたかったのか。命の危険がある大会に、わずか14歳の子供たちを。まるで、殺したいと言っているようなものだ。では、セレネとハリーが死に、一番得するのは誰なのだろうか。

 

 そこまで考えたとき、セレネの顔は蒼白になった。

 

 

「……まさか、ヴォルデモートの仕業?」

 

 

 セレネが呟くと、辺りはしんと静まり返った。

 

 

「なかなかいい着眼点だな、ゴーント」

 

 

 コツコツと音を立てながら、ムーディが入って来た。

 

 

「魔法契約の拘束力だ。選ばれた者は戦わなければならん。簡単なことだ。ゴブレットからポッターとゴーントの名前が出るように仕組んだ。ポッターとゴーントが代表選手に選ばれ、死ぬようにな」

 

 

 息苦しい沈黙が流れた。

 その沈黙を意に介さず、ムーディは語る。

 

 

「何者かが、強力な錯乱の呪文を使い、ゴブレットを欺いた。わしの想像では、ポッターとゴーントの名前を四校目と五校目の候補者として入れ、それぞれ一人ずつしかいないようにしたのだろうよ」

「まさか!」

「……いや、そのまさかのようじゃのう」

 

 

 ダンブルドアは紙を広げる。

 

 切れ端には、それぞれ「マホウノトコロ ハリー・ポッター」「レイエン女学院 セレネ・ゴーント」と記されていた。

 誰もが息をのむ。その緊迫した空気の中、ムーディは携帯用酒瓶を開き、荒っぽい仕草で飲み干した。そして、身震いをすると一同に向かって言い放つ。

 

 

「ポッターとゴーントを殺そうとしている者がいる。おそらく『闇の帝王』の関係者が、この城の中にな」

「バカバカしい、生徒の悪戯の類だろうよ」

 

 

 しかし、それをバグマンが一蹴した。ムーディの魔法の目がじろりと彼を睨みつけたが、まったく意に介していない。

 

 

「さて、そろそろ開始といきますか」

 

 

 バグマンはこのような状況だというのに、なぜかうきうきとしている。ニコニコした顔をしながら部屋を見渡した。

 

 

「そうだな、規則は絶対だ」

 

 

 クラウチも同意する。彼はバグマンのように喜んではない。むしろ、病気のようだった。目の下には黒いくまが浮きあがり、皺皺の皮膚に青白い顔をしている。

 

 

「君たちの勇気を試す課題だ。

どんな内容かは教えられないが。未知のものに遭遇した時の勇気は、魔法使いとして非常に重要な資質だ。

11月24日。全生徒、並びに審査員の前にて行われる。

 

 選手は、競技の課題を完遂するに当たり、どのような形であれ、先生方を含む一切の他人からの援助を頼むことも、受けることも許されない。自力で解決しないとならない。それから、選手が会場に持ち込める武器は杖だけだ。

 第一の課題が終了後に、第二の課題についての情報が与えられる。試合は過酷で、また時間のかかるものであるため、選手たちは期末テストを免除される。

 ……アルバス、これで全部だと思うか?」

「わしもそう思う」

 

 

 ダンブルドアはクラウチをやや気遣わし気に見ながら言った。

 

 

「バーティ、さっきも言うたが、今夜はホグワーツに泊まっていった方がよいのではないか?」

「いや、ダンブルドア。私は役所に戻らねばならない」

「私は泊まるぞ、クラウチ!」

 

 

 同じ魔法省の役人であるバグマンが、陽気に叫んだ。

 

 

「役所よりこっちの方がずっとおもしろいじゃないか!」

 

 

 そういう問題か?とツッコミたくなったが、クラウチは黙って首を横に振ると、小部屋から出て行った。マダム・マクシームはフラーの肩を抱き、早口のフランス語で何か話しながら素早く部屋から出て行き、それに続くようにカルカロフもクラムと一緒に黙って部屋を出て行った。

 両校とも、顔は強張り、怒ったような空気を纏っている。

 

 

「ハリー、セドリック、セレネ。3人とも寮に戻って寝るがよい」

 

 

 ダンブルドアが微笑みながら言った。

 

 

「グリフィンドールも、ハッフルパフも、スリザリンも君たちと一緒にお祝いしたくて待っておるじゃろう」

 

 

 セレネたちは三人一緒に部屋を出た。

 大広間にはもう誰もいなかった。蝋燭が燃えて短くなり、くり貫きのカボチャがギザギザの歯を不気味に光らせていた。

 

 

「いったい、どうやって名前を入れたんだ?」

 

 

 セドリックが、興味深そうに見てきた。

 

 

「僕は入れてない。本当のことだよ」

「私も同じです。入れていません」

「ふーん…そうか」

 

 

 セドリックは信じていないことが分かった。そのまま、彼は大理石の階段を登らず、右側のドアから消えて行った。

 

 

「……まったく、本当に災難ですよ」

 

 

 セレネは長く息を吐いた。

 

 

「セレネは……セレネは、信じてくれるよね? 僕が入れていないって」

「当たり前です。私も同じ立場なのですから。それより、よろしくお願いしますね」

 

 

 セレネは当惑するハリーを見据えた。

 

 

「これで三度目です。おそらく、私たちの名前を入れたヴォルデモートの配下と戦うのは。それも二人一緒に」

「あっ……そうだね」

「それでは、せいぜい互いに死なないように頑張りましょう」

 

 

 セレネは軽く手を振ると、地下に続く道を降りて行った。

 肌寒い廊下を小走りで進みながら、粗く削られた石壁に向かって合言葉を唱えて寮に入る。

 

 

 その途端、大音響がセレネの耳を直撃した。

 何が起こったのかを把握する前に10人余りの手が伸び、セレネをガッチリと捕まえて談話室に引っ張り込む。振り払おうとしたが、セレネをつかんでいるのは、2倍ほど体格のいい年上の男子生徒達だ。腕力で敵うわけがない。抵抗も出来ないまま、拍手喝采・大歓声・口笛を吹きならしているスリザリン生全員の前に立たされた。

 

 

「……なんて、面倒なことなのかしら」

 

 

 セレネが小さく呟いたことなどおかまいなしに、次から次へとスリザリン生が話しかけてくる。

 

 

「ゴーント先輩、素晴らしいです!」

「さすがです、どうやってゴブレットを出し抜いたのですか!?」

「『老け薬』も使わないで入れたなんて、びっくりですよ!」

 

 

 誰もが年齢線を出し抜き、ゴブレットに名前を入れたのかを気にしている。聞きたがっている。セレネの気持ちなど気に留めることもなく。

 セレネは最初こそ一つ一つ否定していたが、次から次に来る質問の波に辟易とし、上級生が軽々しく肩を叩いてきたとき――プチンと切れた。

 

 

「『黙れ』」

 

 

 蛇語で呟き、肩の手を払いのけると一気に静まり返った。

 

 

「私、入れていないと言いましたよね? だいたい、この私がわざわざ死ぬ可能性のある大会に出場すると思いますか?」

「……たしかに、それはないよな」

 

 

 最初に口を開いたのは、セオドール・ノットだった。彼はくしゃくしゃと髪を掻きながら、面倒くさそうに眉をひそめ、セレネを見据えた。

 

 

「お前が選ばれた時の顔を見たぞ。うん、あれで入れてないと確証した。

 ということは、問題は誰がゴブレットに名前を入れたかということか?」

「……まあ、その通りね」

 

 

 セレネは少し頬が赤くなるのを感じた。

 ダンブルドアに名前を呼ばれた時、完全に自分は取り乱していた。あまり見られて心地の良いものではない。

 

 

「生徒にゴブレットを騙すなんてできないから、まさか……先生か魔法省の役人が騙したってこと?」

 

 

 ダフネが疑問を挟む。何人かの生徒がそれに同意した。

 

 

「セレネを代表選手にして、どうするの? 死の危険もあるのに」

「それよ、ムーディも言ってたけど、おそらく……そいつの目的は私とハリー・ポッターを殺すため」

 

 

 あえて、ヴォルデモートの手先とは言わなかった。それを言わなくてもここにいる大半は気づいてくれるだろう。ポッターを殺したい人間がいるという段階で、多少勉強していればだいたい相手は予想できるはずだ。

 

 

「……ハリーはともかく、どうして私を殺すのかが分からない。継承者は2人もいらないから?」

「ゴーント先輩は殺させません」

 

 

 フローラ・カローが声を上げた。

 その声を皮切りに、次々と声が上がった。主に親衛隊に属する生徒たちが声援を上げる。

 

 

「先輩は課題に集中してください。私たちがこの校内に紛れ込んだ『あの人』の手先を探します!」

「そうですよ、怪しい人を見かけたらすぐに知らせます!」

「がんばってください!!」

「僕たちが絶対に死なせません!!」

 

 

 その声は、先ほどまでの好奇心に満ちたものではない。とても温かく、優しい声だった。セレネは目を見開いた。まさか、ここまで親衛隊を含むスリザリン生が自分に協力的だとは思わなかったのだ。

 

 

「……ありがとう、ございます」

 

 

 セレネは声が詰まりそうになりながらも、お礼の言葉を口にする。

 

 その一方、頭の冷めた部分で、ハリー・ポッターのことを考えていた。

 

 いまではこんなに優しいスリザリン生たちだが、最初は好奇心に突き動かされるまま質問攻めにされていた。自分は半ば蛇語で脅すように静かにさせたが、それはハリーにできるとは思えない。

 

 

 

 

 彼は……大丈夫だろうか?

 

 

 

 

 

 


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