スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

47 / 111
47話 第一の課題(前編)

 秘密の部屋の奥……そこには、サラザール・スリザリンが真の継承者のために残した書斎が眠っている。

 

 セレネは書斎に荒々しく足を踏み入れると、片っ端から呪い関係の本をめくり始めた。

 

 ここまで真剣に呪いや闇の魔術を調べたのは、生まれて初めてである。

 

 自分を徹底的に馬鹿にし、屈辱の泥を塗ったあの女を許しておけるはずがない。これまで積み重ねてきたイメージが、あの女が書いた数行のせいで台無しである。

 

 

 いかにして、あのリータ・スキーターに制裁を下すべきか。

 

 嘘を嘘で塗り固めるのが趣味で、なおかつ、それに対してまったく嫌悪感を抱いていない厚化粧女に、どのような呪いをかければこの屈辱を晴らすことができるのだろう。

 呪いを受けてあの女が泣いて詫び、這って許しを乞うような呪いはどこにあるのだろうか。もっとも、全身全霊で謝られても許すつもりは一ミリたりともない。

 

 

『……継承者様? どうかされましたか?』

 

 

 するするとバジリスクのアルケミーが姿を現した。

 セレネはアルケミーを一瞥すると、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

『そうよ、アルケミーを使えばマスゴミ女を……!』

 

 

 セレネは目を輝かせた。

 

 アルケミーは二年前――厳戒態勢のホグワーツ城内でも、誰もに気付かれずにマグル生まれの生徒たちを襲ってきたのだ。

 警戒心の薄そうなマスゴミ女など、一瞬で殺すことができるだろう。

 眼で睨み殺してもいい。

 猛毒の刃で噛み殺してもいい。

 

 前者は痛みを感じる間もなしに、あっけなく死ぬ。

 後者は痛みにうめきながら、みじめったらしく死ぬ。

 

 

 ああ、なんて素晴らしいのだろうか。

 

 

 と、ここまで考えて、セレネは首を横に振った。

 

 バジリスクを使えば、手っ取り早くリータ・スキーターを殺すことができるが、なにも殺すまで望んでいない。侮辱された程度で殺していては、それこそヴォルデモートと同じになってしまう。怒りのまま行動するのは良くない。

 

 それに、アルケミーはマスゴミ女を一睨みで殺してしまう。

 それでは、後悔させることも這いつくばって許しを請わせることもできない。

 

 

 噛み殺す方が、まだ現実的である。

 アルケミーにマスゴミ女を噛ませて、苦しみでのたうちまっている相手の目の前で解毒剤を提示し、いろいろと懇願させてもいい。理想を言えば、さんざんリータ・スキーターに屈辱的な懇願させたあと、目の前でにこやかに笑いながら解毒剤を割るのだ。

 

 それはきっと、彼女の顔が絶望の色で染まることだろう。

 

 

 

 ただ、アルケミーは関係ない。

 これは、セレネとリーター・スキーターの問題である。

 アルケミーの手を汚すような問題ではなかった。

 

 

『マスゴミ女とは……なんです?』

『……いいえ、こっちの話よ』

 

 

 セレネは大きく深呼吸をした。

 古書特有の少し黴臭い香りをかぐと、少し気持ちが落ち着いてきた。

 

 

 リータ・スキーターを始末するのは、いつでもできる。

 方法も目星がつき始めた。

 しかし、今重要なことは火曜日に迫った「第一の課題」だ。これは、まだ「勇気を試す課題」という情報以外、なに一つ手に入れていない。

 

 

 課題はぶっつけ本番でもかまわないが、可能な限りの備えをしておきたかった。

 

 調べられるだけのことを調べて、万全の状態で課題と向き合いたい。

 

 そこで、セレネは既に図書室で過去に行われた第一の課題の内容を調べてみた。すると、その多くは狂暴な魔法生物と戦うという趣旨の課題であった。

 

 

「ケルベロスかキマイラか、それともヒュドラか……」 

 

 

 セレネは背もたれに思いっきり寄りかかると、天井を見上げた。一年生の時、ケルベロスに脅威を覚えなかったのは『音楽を聞けば眠る』という対策を講じていたからである。今回は、まだどんな狂暴な生物と鉢合わせになるのか知らされていない。

 

 

『ねぇ、アルケミー。狂暴な魔法生物が校内に入ってこなかった? もしくは、そういう噂を聞いていない?』

『ああ、一件だけありますよ。禁じられた森の奥に、ドラゴンが入ってきました』

『ドラゴン?』

 

 

 セレネは跳ね起きた。勢い良く起きたものだから、椅子ががたんと大きく音を立てる。

 

 

『何頭?』

『たしか、五頭だったと』

『……間違いなく、第一の課題の相手ね』

 

 

 完全にビンゴである。

 

 ドラゴンといえば、分厚い鱗の持ち主で、その皮膚は最強の呪文以外は貫くことができないと言われるほど倒すのが困難な魔法生物だ。ベテランのドラゴン使いたちでさえ、数人で一斉に失神呪文をかけて、ようやく動きを鎮静化させるほど扱いが難しいと本で読んだことがある。

 

 

『ドラゴンの弱点は目だけど……いい魔法が思いつかないや』

 

 

 ロックハートの『狼男との大いなる山歩き』のなかでもドラゴン退治の場面が出てきた。その際、ロックハートはドラゴンの弱点である目に狙いを定め、『結膜炎の呪い』をかけたのだ。その結果、ドラゴンは盛大に暴れまわり、あやうくロックハートと狼男は踏み潰されそうになる。あわれな狼男はここで逃げ遅れ、ドラゴンに踏まれて片腕を失うことになってしまうのだ。

 

 

 よって、下手に弱点を狙うわけにもいかない。

 

 

 

『継承者様、私でよければ戦いますけど。ドラゴンなんて一撃で倒せます』

『アルケミー対ドラゴンか……』

 

 

 セレネは少し想像してみた。

 ローマのコロッセオのような競技場で、狂暴なドラゴンとバジリスクのアルケミーが対峙している。

 いくら牙があり、そこらの魔法は受け付けず、火を吹けるドラゴンでも、アルケミーの魔眼を見てしまったが最期だ。バジリスクの眼からは、たとえドラゴンであったとしても逃れることができない。

 勝負は一瞬で着く。

 

 

 しかし――

 

 

『とてもいいけど、それだと観客に甚大な被害が出そうね。ありがたいけど、遠慮しておく』

『そうですか……いい案だと思ったのですけど』

 

 

 アルケミーはしゅんっと項垂れた。

 可哀そうだが、観客もバジリスクの魔眼の巻き添えをくらうだろう。ゆえに、この案は却下しなければならない。

 

 

『でも、バジリスクって案はいいかもね』

 

 

 セレネは口の端を上げると、開いたままの本を閉じた。

 

 

 そもそも、第一の課題は『勇気を見る』ための課題だ。

 ドラゴンを倒す課題ではない。

 第一、訓練や飼い慣らしをすることが不可能と言われているドラゴンを、わずか17歳の代表選手が倒せるとは思ってもいないはずだ。

 つまり、出し抜くことが出来た時点で試合終了、と考えるのが妥当なところだろう。

 

 そうなると、とるべき作戦は定まってくる。

 

 

「さてと、魔法の練習をしないとね」

 

 

 セレネは腕まくりをした。

 火曜日に行われる課題まで、あと残り一週間もない。それまでにとある術を完璧にマスターしなければならない。

 賢者の石の研究は落ち着くまで凍結するとしても、課題と並行してリータ・スキーターへの仕返しも煮詰めなければならない。できれば、第一の課題が終わってすぐにスキーターの件は決行したい。

 

 やることは山積みだ。

 

 

 セレネは杖を構えると、さっそくマスターする呪文を詠唱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ついに月曜日になった。

 

 

 明日は課題本番である。

 一応、必要な魔法はすべて習得することができたが、本番に緊張してしまうとも限らない。

 午後に授業もなかったので、はやく秘密の部屋に行って最後の調整をしよう、と思ったときだった。

 

 

「セレネ!」

 

 

 ハリーが後ろから走ってきた。

 セレネは居心地が悪くなった。まだ例の記事が出て数日余り。彼と一緒にいたら、なにかと噂されてしまう。

 

 

「……どうしたのですか? 私、急いでいるの」

 

 

 だから、すこし素っ気ない態度をとってしまった。

 しかし、それをハリーが気にする様子はなく

 

 

「セレネ、第一の課題はドラゴンだ」

 

 

 早口でしゃべりかけてきたのだ。

 セレネは少し目を見開いた。

 

 

「ドラゴン?」

「うん、五頭だよ。1人に1頭ずつ。僕たち、ドラゴンを出し抜かないといけないんだ」

「……そうですか……」

 

 

 セレネは驚いてしまった。

 ドラゴンのことは事前に知っていた情報だ。おそらく、ハリーも何かしらの方法で手に入れたのだろう。しかし、セレネが驚いたのはそこではない。

 

 

「ハリー。あなた……どうして、私に情報を教えたのですか?」

「えっ? だって、フェアじゃないよ。

 知ってるのは僕だけじゃない。フラーもクラムも知ってるはずだ、マダム・マクシームとカルカロフもドラゴンを見たから。

 セドリックには、さっき伝えてきたんだ。だから、まだ知らないのはセレネだけだって……」

「いや、だから……どうして、私に教えたのですか?」 

 

 

 セレネは本当に困惑していた。

 

 ドラゴンのことを知っているなら、それを話さなければいい。

 そうすれば、何人かは脱落の危機に陥らせることができる。情報を手に入れるのも課題の一つだ。脱落したなら、情報を集めきれなかったことが悪い。

 

 

「私は、もう腹をくくっています。選ばれたからには、優勝をすると。

 ……あなたは、勝ちたくないのですか?」

「え……?」

 

 

 ハリーは心底信じられないという顔をしている。

 

 

「何の準備もなく、あんな怪物に立ち向かわせるなんて……できるわけないじゃないか。そりゃ、マルフォイやスネイプだったら黙ってるかもしれないけど……

 とにかく、これで僕たち全員が知っている。これで足並みがそろったじゃないか」

 

 

 ハリーは手を広げながら言った。

 セレネは感心した。少なくとも、セレネにはそこまで思い至らなかった。これこそ、グリフィンドールの騎士道精神という奴なのだろう。演じない限り、自分には微塵も持っていない志だ。

 セレネは少し肩をすくめた。

 

 

「そうですか……貴重な情報をありがとうございます」

 

 

 ただ、このまま情報を与えてもらってばかりというのは、セレネの性に合わなかった。

 せめて、自分たちの名前をゴブレットに入れた死喰い人(仮)に関する情報を共有しておこう。セレネはそう考えると、鞄の中からさらに分厚くなった資料を取り出した。

 

 親衛隊の一人が仲良くなったダームストラング生から、カルカロフはあの夜――どこにも出かけなかったという事実を聞き出したのである。

 となると、死喰い人と思われる人間はボーバトンの関係者かホグワーツ城内にいた教諭もしくは魔法省の人間になる。

 

 

「ところで、ハリー。私たちの名前をゴブレットに入れた犯人のことですが……」

 

 

 と、ここまでセレネが言いかけたときだ。

 

 聞き慣れたコツ、コツと杖の音が背後から聞こえてきた。振り向くと、ムーディが近くの教室から出てくる姿が目に入った。

 

 

「ゴーント、一緒に来い」

 

 

 ムーディが唸るような声で言った。

 

 

「ポッター、お前にはやることがあるはずだ」

「でも、先生。僕はセレネと話が……」

「かまわん。お前は行け。さっさと課題に向けて、呪文の練習でもなんでもすることだ。

 ゴーント、来い」

 

 

 ムーディにそこまで呼ばれるようなことをしただろうか。

 セレネは頭を悩ませながら、ムーディについていった。一瞬、後ろを少しだけ振り返ると、ハリーが心配そうな顔で見送ってくれていた。

 

 

 セレネはムーディの部屋に入った。ムーディはドアを閉め、向き直ってセレネを見た。魔法の目も普通の目も、セレネに注がれていた。

 

 

「いま、ポッターから聞いたな? 第一の課題を」

「……ええ。聞きました」

 

 

 セレネは慎重に返答を考えた。

 

 

「昼食後、ハリーに呼び止められて……偶然です。まさか、話の内容が課題に関するものだとは思ってもいませんでした。

……これは、カンニング扱いになるのでしょうか?」

「いや、大丈夫だ。むしろ、カンニングは三校対抗試合の伝統で、昔からあった」

 

 

 ムーディはにやりと笑った。

 笑うと頬に奔っている傷も引き延ばされ、一層不気味に見えた。

 

 

「まあ、とりあえず座れ」

 

 

 ムーディに言われ、改めて周りを見渡した。

 

 

 実に不思議な部屋だった。

 いままで、スネイプ以外の教授の部屋に入ったことがなかったので、凄く新鮮に感じる。とびぬけて奇妙なものばかりが置いてあった。

 ひびのはいった大きなガラスの独楽のようなもの、幾重にも折り重なったようなトランク、うすぼんやりとしたなにかが常にうごめいている鏡、くねくねとした金色のテレビアンテナのような金属……。おそらく、彼が闇払いをしていた頃の私物なのだろう。

 

 

「いいか。セドリック・ディゴリーはお前の年の頃には、笛を歌う小鳥に変えた」

 

 

 ムーディはセレネに言い聞かせるように語り始めた。

 

 

「フラー・デラクールは、わしの可愛らしい妖精版だ。呪文のきれがいい。

 ビクトール・クラムは頭はおがくずだが、カルカロフがついている。クラムの特徴をいかした作戦を立ててくるはずだ。

 そして、ハリー・ポッター。14歳だが『闇の帝王』を2度も出し抜いている。幸運の持ち主だ。それなりに才能もある。

 

 ……お前は、どうする?」

 

 

 ムーディがぶっきらぼうに聞いてきた。

 

 

「お前はどうやってドラゴンを出し抜く?」

「私は……」

 

 

 ここまで言いかけて、はたっと大会の規約を思い出した。

 

 

「先生、教師が代表選手に関与するのはルール違反では?」

「カンニングが公然と許される時点で、ルールなどあったものではない。むしろ、敵はルールなど気にしてくれんぞ」

 

「……それもそうですね」

 

 

 たしかに、敵はルールなど気にしない。

 

 たとえば、ヴォルデモートが決闘の礼儀作法にのっとってお辞儀をするだろうか?

 ヴォルデモートは絶対にお辞儀をしないと断言できる。むしろ、ヴォルデモートがお辞儀をするところなど想像できない。決闘を始める合図なしで、いきなりアバダ・ケダブラを放ってくることだろう。

 

 ただ、今回はルールの定まった競技大会である。

 少し話が違ってくるような気もしたが、ムーディがいいというなら別に構わないのだろう。ようは、カンニング同様、主催者である魔法省側にバレなければいいのである。

 

 

「安心してください。作戦は立ててあります」

「ほう……いま、聞いたばかりなのにか?」

「いえ、実は事前にいくつか目星をつけてありまして」

 

 

 セレネはいたずらっぽい笑顔を浮かべる。

 

 

「では、本当に大丈夫なのだな?」

「ええ。あとは呪文の最終調整をするだけです」

 

 

 ムーディはセレネをじっと見据えた。「魔法の目」もほとんど動かなかった。 

 

 

「では、行ってよろしい」

「はい。……ありがとうございました」

 

 

 セレネは軽く頭を下げた。

 

 先ほど、ムーディも言っていたが、改めて考えてみても強敵ぞろいだ。

 本来の代表選手である17歳の三人とは経験と勉強量に大きな差がある。

 ハリーは経験はどっこいどっこいで勉強量はこちらの方に遥かな分があるが、なにしろ「生き残った男の子」だ。セレネには知らない隠された力を持っているのかもしれない。だから、彼にも油断はできない。

 

 

「先生の言葉を借りるなら、油断大敵ですね」

「そうだ。油断大敵だ。

 それから一つ。お前は自分でゴブレットに名前を入れた輩を調べなくていい」

 

 

 ムーディが唸るように言った。

 

 セレネはきょとんとしてムーディを見た。

 

 

「お前は課題に集中しろ。そこのところは、ダンブルドアとわしで調べる」

「……わかりました」

 

 

 セレネは立ち上がると、もう一度頭を下げた。

 

 

 ムーディは気遣って言ってくれたのだろう。しかし、それに従うつもりは、さらさらなかった。

 

 

 自分を害した奴は自分の手で制裁を下したい。 

 リータ・スキーターのように……。 

 

 

 とはいえ、ムーディが言ったことにも一理ある。

 なにより、第一の課題まで時間がない。セレネは大きく息を吐くと、通い慣れた秘密の部屋への道を歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 ――第一の課題まで、あと1日。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。