スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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49話 予期せぬ課題

 

 第一の課題が終了した後、スリザリンの談話室では盛大なパーティーが開催された。

 

 

 声を発する守護霊でかなりの高評価を得たことにくわえ、怪我もなく、卵を壊すこともなく、代表選手の中で二番目に早く卵の元へたどり着くことができた。炎を『眼』で消したことも、消失呪文を無言で唱えたと勘違いしてくれたので一安心である。

 最後に「目くらましの呪文」が解けてしまった点は減点対象になるかと思ったが、目くらましの呪文が解けたのは卵を取ってからだった。

 これについては審査員の見解が分かれ、おのおのの判断で点数をくれた。なので例をあげると、調子のよいバグマンや規則厳守のクラウチは10点をくれたが、カルカロフは1点だった。卵を半分潰したビクトール・クラムに10点をあげていたので、完全なるえこひいきである。

 

 

 その結果、三位。

 ビクトール・クラムやハリーの同点一位に次いでの三位である。

 

 

 のちにビデオを見返して分かった。

 セレネの戦いには二人に比べて、華がなかった。

 ビクトール・クラムがドラゴンにかけた『結膜炎の呪い』はビデオ越しに見ても惹かれてしまう圧倒的な力強さがあった。そして、ハリーの箒を活かした戦法は見る者を魅了していた。

 

 セレネの戦いにはそれがなかった。

 守護霊を囮にするために口から放った言葉も、あまり綺麗な言葉とは言えない。下手すれば、自分のイメージを傷つけかねないものだった。

 

 クラムに負けたのは、まだなんとか許容ができる。 

 彼は17歳だ。しかも、クィディッチとはいえ大人の世界で戦う者である。

 しかし、同い年のハリー・ポッターに負けたことが悔しかった。魔法も勉強も自分の方が優れているのに、彼は呼び寄せ呪文だけで勝ってしまった。だから、セレネは悔しくて、悔しくてたまらなかった。

 

 

 しかしながら、セレネの悔しい気持ちを他所に、スリザリンの談話室は熱気に包まれていた。

 三位とはいえ、17歳のフラー・デラクールやセドリック・ディゴリーを破ったのだ。とくに、スリザリンはハッフルパフのシーカーであるセドリック・ディゴリーに痛い目にあわされているので、そのこともあいまって誰もが歓喜していた。

 代表選手に選ばれた日もお祭り騒ぎだったが、その時とは違った心地の良い雰囲気で、セレネも悔しい気持ちを抑えて、パーティを楽しんだ。大好物のバタービールや大鍋ケーキがあったことも楽しめた理由の一つだったかもしれない。

 

 

 思いっきり食べ、大いに飲み、そして、そのうちに誰かが叫んだ。

 

 

「ゴーント先輩。その卵を開けてみたらどうですか?」

 

 

 卵とは、第一の課題で手に入れた金の卵だ。

 この卵が第二の課題に繋がってくると、すでに知らされている。

 

 セレネに頼みを断る理由はない。皆に見守られる中、セレネは卵の周りについている溝をこじ開け―――――後悔した。

 

 卵の中身は空っぽで、世にも恐ろしい咽び泣くようなキーキーした音が談話室中に響き渡ったのである。嫌悪感しかなく、耐えがたい音にセレネを含めた誰もが耳を覆った。

 

 それ以降、誰も卵を開けようとは言わなかった。

 

 恐ろしい音に「バンシー妖怪と戦うのか?」とか「悲鳴を上げるような過酷な環境の中で戦うのか!?」とかいろいろと案が出てきたが、どれもあまりピンとくるものがなく、十二月になっても、セレネは卵の謎が解けないでいた。

 

 

「でも、まあ大丈夫だよ」

 

 セレネが悩んでいると、ダフネは楽観的な声で話しかけてきた。

 

「だって、第二の課題は二月でしょ?まだまだ先だもの。気長にやればいいと思うよ。それよりも、まずいま大切なのはダンスパーティーだよ!」

「そう、まさしくそれよ!!」

 

 ダフネが嬉しそうに話すと、それに続くようにミリセントも声を上げた。

 ミリセントはダフネとセレネの前に歩み出ると、目をぎらぎらさせながら話し始めた。

 

「三校対抗試合の伝統、クリスマスダンスパーティー!!

 四年生以上の参加が許され、イケメンと知り合う絶好の機会!! レイブンクローの知能派イケメンからダームストラングの肉体派イケメンまでより取り見取りよ! あー、なんて、素晴らしい機会なのかしら! 

 よーし、まずは、クラムを狙うわよーー!!」

 

 ミリセントは黄色い声を上げた。

 それをセレネは冷ややかな目で見る。先日、セレネはクラムが湖に飛び込み、泳ぐ姿を目撃していた。これには、セレネは思いっきり引いた。いまは12月だ。ホグワーツ城の屋根には分厚い雪が降り積もり、湖の一部には氷が張っている。こんな季節に水着だけを着用して飛び込むなんて、正気の沙汰ではない。

 ダームストラングの伝統かと思ったが、他に飛び込んでいる生徒はいなかった。つまり、クラムの意思で冬の湖に飛び込んでいる。

 冬の湖で寒中水泳をするなんて、自殺行為だ。ちょっと奇行のようにさえ思える。

 セレネだけでなく、ミリセントもあの姿を見ていたというのに、まだ惚れているのが信じられなかった。

 

 

「そうだ、セレネ!!」

 

 ミリセントは思い出したようにセレネの名を呼ぶと、こちらに指を向けてきた。

 

「一年前の約束、覚えているでしょうね!?」

「……あー……来年のバレンタインまでに、という奴ですよね」

 

 セレネはすっかり忘れていた約束を思い出した。

 昨年度、彼女と「来年のバレンタインまでに彼氏を作る。彼氏ができた方ができなかったほうに、何でも一つ命令することができる」という約束を結んだのである。

 

 代表選手になったので、すっかり忘れていたが、そのこともどうにか片付けなければならない。

 セレネにはまだ一人も彼氏ができていなかった。それは、ミリセントも同じである。

 

「私、ここで彼氏を作るわよ。見てなさい、セレネ。あんたに勝ってやるんだから!!」

 

 ミリセントは勝ち誇ったように高らかに笑いだす。セレネは面倒くさそうに頭を掻いた。

 

 

 本当はクリスマスは家に帰りたい。

 

 だが、秘密の部屋であることをしているため、帰ることができないのである。けっして、ダンスパーティーに興味があるわけではない。

 確かに、相手を作るには申し分ない機会だが、セレネは出席しないことに決めていた。ダンスはあまり得意ではないということが一番大きな理由だが、そこまで楽しみを見出せそうになかったからだ。夜通し遊ぶのは楽しいだろうが、いまは特別仲の良い男子もいない。一人で行くくらいなら、部屋にいた方がわびしい思いをせずにすみそうだったからだ。

 

「そうですか、頑張ってくださいね」

 

 セレネはミリセントを軽く流すと、再び卵の謎に思考を割いた。

 ミリセントの約束も重要だが、それよりもまずは卵の謎である。あの音にヒントが隠されているのだと思うが、音に法則性が見いだせない。ただ煩いだけである。そもそも、よく聴くことができない。

 さて、それでは、どうしたらいいのだろうか。

 

「ふ、ふーん。考え込んじゃって……セレネは余裕なのね」

 

 ミリセントが顔を引きつらせているのが見えたが、セレネは無視して歩き続ける。すると、前から本を抱えたマクゴナガルがやってきた。

 

「ちょうどよかったです。ゴーント、少し話があります。来なさい」

 

 マクゴナガルに呼び止められ、セレネは一旦、ダフネたちと別れた。

 

「なんでしょうか、先生」

「いいですか、ゴーント。代表選手とそのパートナーは――」

「すみません、私出席しませんけど」

 

 セレネが即答すると、マクゴナガルはセレネが冗談を言っているのではないかと疑うような目つきをした。

 

 

「伝統にしたがい、代表選手とそのパートナーが、ダンスパーティーの最初に踊るのです」

「しかし――」

「しかしもなにもありません。いいですか、ゴーント。必ずパートナーを連れてきなさい」

「……先生」

「いいですね、ゴーント」

 

 マクゴナガルはきっぱりと言い放った。まっすぐセレネの目を見据えてくる。

 セレネに拒否の選択肢はなかった。

 

「……分かりました、これも課題だと思って参加します」

 

 さっさと、それなりの相手を決めてしまおう。

 セレネは諦めて、ダンスパーティーに参加することに決めた。

 

 

 

 

 

 

 しかし、一週間経っても、パートナーは見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

 セレネは困った。

 秘密の部屋に行っていたせいで夕食に遅れ、一人でシチューを飲みながら溜息を吐いた。

 

 

 困り度で言えば、ドラゴンとの対決が分かった時以上である。

 

 

 決して、誘われないわけではない。

 ハッフルパフの二年生が誘ってきた。レイブンクローの三年生なんて友だち同士2人連れ添い、顔を真っ赤にしながら誘ってきた。しかし、全員断った。なにしろ、一度も口をきいたことのない相手なのだ。セレネだって参加する以上、少しはパーティーを楽しみたい。

 それに、下級生を誘う気にはなれなかった。

 

 

 なにしろ、このパーティーは代表選手の参加が義務付けられている。

 もしかしたら、このパーティーは第二の課題に関係しているのかもしれない。卵の謎を解く手がかりがあるのかもしれない。

 そう考えると、魔法の習熟が甘い下級生を誘う気が削がれるのであった。

 

 

 しかし、かといって誘ってくる上級生にもロクな人がいない。

 たとえばグリフィンドールのコーマック・マクラーゲンは、自分のクィディッチ技術がどれだけ素晴らしいかしか話さなかったので丁重にお断りした。ナルシストな奴と一緒に過ごしても、つまらないことが目に見えている。申し出を断ると唾を飛ばしながら怒り始めたので、一緒にいたダフネに先生を呼んできてもらった。

 

 

「でも、本当に困ったわ……」

 

 

 食事を終えたセレネは、廊下を歩きながら呟いた。

 

 

 不思議と、スリザリン生から声をかけられることは皆無だった。

 正確に言えば、2回だけ誘われた。

 

 一回目は、いつもの過激信者 グラハム・プリチャード。

 彼は「先輩、ダンスパーティーに――」と言った段階で、カロー姉妹が急行し、そのまま拉致られてしまった。無論、最後まで言葉を聞いていたとしても、OKを出すわけがない。

 

 ただ、その後、カロー姉妹と会った際に、プリチャードはどうなったのか聞いたところ

 

「マナーを破った隊員には、説教が必要です」

「そもそも、一般隊員が先輩をダンスに誘うなど、ありえないことです」

「先輩から誘うなら別ですが……ほとんどの隊員は畏れ多くて申し出ができないのですよ」

 

 

 と、正面から言われてしまった。

 これで、親衛隊のスリザリン生が誘いに来ないのは、畏れ多いからだということが判明した。

 そして、それ以外のスリザリン生が誘いに来ないのは、親衛隊が怖いからなのかもしれない。他の寮なら別だが、スリザリン寮内の半端な学生がセレネを誘った暁には、その後、親衛隊から「身分をわきまえろ」なんて制裁があるかもしれない。

 あまり、考えたくないことだが。

 

 

 

 ちなみに、二回目はドラコ・マルフォイからだった。

 

 

 朝食の席で、やれやれと肩をすくめながら「どうせ、まだセレネは誘われていないんだろ? 僕と一緒にダンスパーティーに行かないかい?」と上から目線で誘ってきたので、特に考える素振りもみせずに断った。マルフォイの席の向こうから、パンジー・パーキンソンの視線を感じたのも断った理由の一つである。パーキンソンはマルフォイに熱を上げているのだ。彼女の目は嫉妬に狂い、「ドラコの誘いを受けたら呪ってやる!!」と言っているようだった。

 いまは自分のことで手いっぱいなのに、余計な喧嘩を買う気にはなれないのである。

 

 ダームストラングからも数名、「朝食を食べる姿が上品で素敵でした」とか「守護霊の呪文凄すぎです。付き合ってください」と誘いが来たが、ほとんど相手のことを知らないので断った。

 

 

「……だからって、誘いたい人は……いないのよね」

 

 灰色の天井を少しだけ見上げる。

 

 

 一緒にパーティーへ行っても良い男子生徒は、いないことはない。

 

 

 まず、ジャスティン・フィンチ・フレッチリー。

 優しくて、気配りもでき、それなりに顔も良い。話や趣味もそれなりにあう。おそらく、昨年度までで一番仲の良い男子生徒は彼だった。

 

 しかし、彼はハッフルパフ生である。

 

 第一の課題以来、いくどかすれ違ってはいたが、彼が「セドリック・ディゴリーを応援しよう」バッジをつけているところを見たことはない。何度も話しかけたそうに、口をパクパク動かす姿を目撃している。ただ、彼の友人はセレネと話をすることを快く思っていない。すれ違う時、ジャスティンを庇うように胸を張りながら歩くのである。

 

 この状況でセレネがジャスティンを誘い、万が一、OKが出たとき――ジャスティンの友情にヒビを入れてしまうことに繋がるかもしれない。

 

 それに、彼はお世辞にも魔法の腕が良いとは言えない。せいぜい平均レベルだ。

 第二の課題が絡んでいる可能性が浮上してきた以上、彼を危険に巻き込むわけにはいかない。なので、彼は対象外だ。

 

 

 次に考える相手は、セオドール・ノット。

 親衛隊の隊長を務めるだけあり、それなりに魔法もあり権力も持っている。

 最初は脅して配下にしたようなものだったが、いまでは雑談をするくらいの関係にはなっていた。きっと、こちらから誘えば、いやいやながら親衛隊隊長として引き受けてくれるだろう。

 

 けれど、彼の私生活はいつも親衛隊に翻弄されている。

 カロー姉妹を筆頭とする過激幹部を抑えたり、プリチャードのように規律を乱す者を取り締まったり、情報を統制したり、喧嘩を沈めたり、会報を作ったり、新たな規約を作ったり、調査資料をまとめたり――と、なんやかんや大変なのだ。

 それに、彼にだって誘いたい女子生徒の一人や二人いるはずだ。せっかくのクリスマス・パーティーのときくらい、親衛隊の仕事を忘れて羽を伸ばしてもらいたい。

 だから、彼は除外しよう。

 

 

 

 そうなると、誰も一緒に行きたい男子生徒がいないのである。

 

 

 さて、どうするべきか――このままでは、クラッブかゴイルと一緒に行く羽目になってしまう。 

 それだけは、絶対に避けなければならなかった。あの二人と踊っている姿を想像したくなかった。もう選り好みせず、魔法の腕さえ良ければ、あまり親しくない相手でも誘いを受けるべきか――。

 

 

「よう、セレネ」

 

 馴れ馴れしく名前を呼んでくる声に、セレネは後ろを振り返った。

 そこには名前の知らないハッフルパフ生がいた。愛想がよさそうな顔をしている。おそらく、パーティーの誘いだろうが、この時点で乗り気がしなかった。いままで誘ってきた生徒は、「ゴーントさん」か「セレネさん」と呼び掛けてきた。にもかかわらず、この男はいきなり呼び捨てである。この時点で相手の男の器量が知れるというものだ。

 ただ、一応、セレネは眉を顰めて用件を聞くことにした。

 

「……はい、そうですけど……どうかしましたか?」

「僕は、ザカリアス・スミス。どうだい、セレネ。僕と一緒にダンスパーティーに行くだろう?」

「お断りします」

 

 セレネは考える間もなく断っていた。

 マルフォイでさえ「行かないかい?」と言っていたのに、この男ときたら「行くだろう?」である。案の定、セレネが断ると一瞬、憤慨したような顔になった。だが、すぐにまた元の愛想笑いを浮かべると、こちらに尋ねてきた。

 

「どうしてだい?」

「どうしてもなにも、私は貴方のことを知りませんし――」

「それなら、これから知っていけばいいだろう?」

「……それに、わたしは代表選手です。ダンスパーティーも第二の課題に絡んでくるかもしれません。知り合って二秒の貴方を巻き込むわけには、とても――」

 

 セレネは申し訳なさそうに肩を落とす。すると、スミスは何を勘違いしたのか、得意げに胸を張り始めたのだ。

 

「なら、問題ない。僕はクィディッチチームのチェイサーだし、セドリックが卒業したらキャプテンになるんだ。体力もあるし、魔法だって失敗したことがないんだぜ?」

「……それなら、ここで『武装解除』をしてもらえませんか?」

 

 セレネは提案した。

 二年生の時、『決闘クラブ』でスネイプがロックハートに披露した呪文だが、これが意外とできない生徒が多いのである。決闘クラブでは結局習得できずに、殴り合いをしたり首を絞めたり別の呪いをかけたりしていた。これは、同級生だけでなく、上級生もだ。

 きっと、このスミスもできないだろう。断る理由作りにちょうどよい。

 すると、彼の顔は少し歪んだ。

 

「ぶ、武装解除?」

「ええ。今年の闇の魔術の対する防衛術の教科書のコラムページに掲載されていましたよね?

 その程度の呪文もできないのに、危険なパーティーに連れて行くわけにはいきません」

「な、舐めるなよ。

 『エクスペリアームズ‐武器よ去れ』!!」

 

 スミスが勢い良く杖を振った。

 しかし、セレネのローブにしまわれた杖もナイフもぴくりとも動かなかった。スミスの顔に苛立ちの色が広がっていく。

 

「無理のようですね」

「う、うるさい! お前、杖を持っていないんだろ!?」

「まさか」

 

 セレネは杖を抜き放つと、スミスの高い鼻に突きつけた。

 

「残念でしたね、ザカリアス・スミス。他の人を誘ってください」

 

 セレネはそう言い放ち、杖をしまうと彼に背を向けた。

 だがしかし、そのときだった。スミスがセレネの手をつかんできたのである。セレネは手を一瞥し振り払おうとしたが、意外と強い力で握りしめてくる。もしかしたら、痕がついてしまうかもしれない。

 

「……離してください」

 

 丁寧に言ってみたが、スミスは聞き入れず、ますます力を込めてくる。

 

「どうして、僕と行けないんだ!?

 父様も母様も純血の魔法使いで優秀な魔法使いだ。もし、僕がゴブレットに名前をいれていたら、セドリックじゃなくて代表選手になっていたに決まってる! それだけ優秀な僕の頼みを、なぜ断るんだ!?」

 

 彼は唾を飛ばしながら怒鳴ってきた。

 本当に面倒な相手である。セレネは目を細めた。先日、誘ってきたコーマック・マクラーゲンが逆切れしたときは、傍にダフネたちがいたので穏便に済ませることができた。しかし、今回は一人である。

 簡単な呪いで追い払うか、優等生の仮面を外すか――だが、こんな小物相手にいままで積み重ねてきたイメージが崩れるのも惜しい。

 

 守護霊で先生を呼んでくることにしよう、と決めたセレネは、ローブのポケットに手を伸ばそうとした。しかし、その腕もザカリアス・スミスがつかんでくる。手が塞がってしまっているので、これでは杖を使うことができない。

 

「……武装解除はできなかったのに、優秀ですか?」

「あれはまぐれだ!! だから、つべこべ言わずに、僕のパートナーになれ!」

 

 セレネは冷静に考える。

 これでは埒が明かない。もう優等生の仮面を外し、口と眼でこいつを撃退しよう。セレネがそう決めて、すっと目を伏せた――そのときだった。

 

「うっとうしい男は嫌われるぞ」

 

 第三者の声がした。

 見ると、スミスの肩に何者かの手がのっている。スミスは手の主を思いっきり睨みつけた。

 

「なんだよ、お前っ! 僕はいま、ダンスパーティーのことで彼女と話し合ってるんだ!!」 

「話し合っているようには見えなかったけどな。

 それに、オレが先約だ。婉曲に断っているうちに立ち去った方がいい。蛇にされるぞ」

 

 スミスは舌打ちをすると、「男がいるならとっとと言いやがれ」と捨て台詞を残して去って行った。

 セレネは握りしめられた腕をさすりながら、助けてくれた男――セオドール・ノットを見上げた。

 

「助けてくれてありがとうございます。ですが、貴方と行く約束をした覚えはありませんけど」

 

 セレネは、自分より頭一つ分ほど高い位置にある顔を軽く睨んだ。だがしかし、彼は素知らぬ顔をしていた。

 

「ああ言わないと、解放しなさそうだっただろ。

 ハッフルパフのザカリアス・スミスといえば、高慢で有名だ。マクラーゲンに次いで、そんな奴に目をつけられるなんて……お前、男運悪いんじゃないか?」

「……それ以上言うなら、貴方を蛇にします。いえ、ここまでの付き合いがあるので、変身したい動物くらいは聞きましょう。さあ、なにが良いですか?」

「あー、悪かった悪かった」

 

 ノットはさして悪くないと思っているような顔で、手を振った。そして、気怠けな顔のまま口を開いた。

 

「それで、どうするんだ?」

「どうするって……なにをです?」

 

 セレネが小首を傾げると、彼は大きく肩を落とした。そして頭を乱雑に掻きむしりながら、どこか投げやりな口調で話し始める。

 

「オレと一緒に行くかってことだよ。スミスの野郎に先約だって言っただろ? お前はどうしたいんだ?」

「それは……貴方と行くのが一番楽ですけど」

 

 セレネは少し困惑した。

 

「今のは、その場を切り抜けるための作戦でしょ?」

「それはそうだが、まだ決まってないんだろ? 代表選手が一人で踊るなんて、みっともない。だったら、親衛隊長のオレが、可哀そうな代表選手様の相手をすれば丸く収まる。それにオレがお前の相手なら、過激派の奴らも暴走しないですむ。ほら、すべてが上手くいく」

「でも……貴方にも誘いたい人はいるのでは?」

 

 そう問い返すと、彼の頬が朱に染まった。

 きっと、その思い人のことを想像しているに違いない。セレネは小さく息を吐いた。

 

「……いるんですね。だったら、その人を誘いなさい。先学期、仕事を忘れてパーティーを楽しめと忠告したのは、貴方ではありませんか」

「それは……そうだけどさ……」

「話はこれまでです。それでは、寮へ――」

 

 戻りましょう。

 そう言いきる前に、再び手をつかまれる。だが、スミスのように力づくで留まらせようとするものではなく、いつでも振り払えるくらい軽く、弱弱しい握り方だった。普段の彼からは考えられない握り方である。

 セレネは振り返って彼に目を向けると、ますます困惑が深まっていった。ノットは薄暗い廊下でも良く分かるほど赤くなっていたのだ。形の良い耳の先まで茹で上がったように真っ赤である。ノットとは目が合わない。彼はずっと床の一点を見つめ続けている。

 

「お前は……フレッチリーを誘わないんだろ?」

「そうですね。彼の友人関係にヒビを入るわけにはいきませんから」

「他に気になる奴はいるのか?」

「それは……いないですね」

「……それなら、オレでもいいだろ」

 

 消え入りそうな声で呟かれる。

 

「オレは……親衛隊隊長のオレは、そこらの奴を誘うわけにはいかないんだよ。示しがつかないからな。

 今後のオレのためだと思って……誘いを受けてくれないか?」

「……そういうことですか」

 

 セレネは少し納得した。

 おそらく、プライドが高い彼は、わざわざ頭を下げて「パーティーへ行かないか」と頼むのが嫌だったのだろう。きっと、それが彼の顔が赤い理由である。恥ずかしがって照れているのだと思うと、セレネは彼が少し可愛く見えてきた。

 

「それならいいですよ。危険が伴うかもしれませんが、よろしくお願いします」

 

 セレネがそう言うと、ようやくノットの顔が上がった。彼は、はにかんだように嬉しそうに笑っていたのである。思い返せば、4年の付き合いになるが、笑っている顔をこれまで一度も見たことがなかった。それだけ彼の笑顔はひどく新鮮で、セレネは少し驚いてまじまじと見つめてしまった。

 

「な、なんだよ。オレの顔になんかついてるのか?」

「いいえ。ただ、笑顔が珍しいなと思いまして」

「……別に、オレがいつ笑うかなんて、自分の勝手だろうが」

 

 ノットは笑顔を引っ込めると、早足で歩き始めてしまった。

 

「ほら、早く寮に戻るぞ。代表選手様がフィルチにつかまったとなったら一大事だ」

「代表選手ではなくても面倒です」

 

 セレネは言い返すと、彼の後を追いかけるように寮への道を歩いた。

 とりあえず、ダンスの相手が見つからずに、ゴイルと踊るなんてことにはならなくて良かったと、セレネは一安心した。

 

 

 そして、一つだけ――疑問を持った。

 どうして、彼はここを通りかかったのだろう。

 

 セレネが夕食の席に着いた時点で彼はおらず、寮に戻っていたはずなのに――。

 

 

 

 

 

 


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