スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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50話 クリスマス・ダンスパーティー

 しんしんと雪が何日もわたって降り続けたせいだろう。

 ホグワーツの城は例年同様、すべてを覆い隠すような雪で城も校庭もおおわれていた。ボーバトンの薄青い馬車は粉砂糖のかかった巨大な冷えたカボチャの馬車のように見えたし、ダームストラングの船窓は氷で曇り、帆やロープは真っ白に霜で覆われている。

 だから、ダームストラング生とボーバトン生が城に行き帰りする道だけが、深い溝になって道ができていた。

 

 これだけの雪が降り積もっているので、校庭は無限にある雪を使って遊ぶ生徒で溢れているのだが、今日は太陽が傾き始めても遊ぶ生徒は数人だった。

 

 

 なぜなら、クリスマス・ダンスパーティー当日だからである。 

 

 

 男子生徒はともかく、ほとんどの女子生徒は夕方になると寮へ戻り、パーティーに参加するための支度を始めるのだ。セレネでさえ、日中は「秘密の部屋」にこもっていたが、6時になると支度のための寮へ戻った。すると、もうすでにパーキンソンやミリセント、ダフネは支度をし始めており、ミリセントから「遅い」と指摘されてしまった。

 

 

 セレネは昨年、ジャスティンの母に見繕ってもらったドレスを着る。

 腰に大きめなリボンを結び終えると、鏡で全身を映してみた。落ち着いた青色のドレスを着た少女がそこにいる。オフショルダーは恥ずかしいので、今回は赤いボレロを羽織っているが、それもなかなかの味を出していた。「直死の魔眼」のせいで眼鏡は外せないが、それでも十分、ドレスは似合っている。

 セレネは化粧をすませると、鏡を見ながら杖で肩まで伸びた黒髪を結わせていった。滑らかな黒髪をシニヨンみたいに結びあげ終えると、薄桃色のふわふわとした花飾りを編み込んでいく。

 

「うぐっ、セレネ……正装すると、あんたってやっぱり可愛いのよね」

 

 後ろからミリセントの押し殺したような呻き声が聞こえてきた。

 

「いつもは中性的なのに、化粧ひとつでぐっと良くなってるわよ」

「ありがとう。貴方も素敵だと思いますよ」

 

 セレネは鏡越しにミリセントを見た。

 昨年度、セレネが言った通りのドレスだった。黒を基調としたシックなドレスをカッコよく着こなしている。黒いスカートのひだからは白い足が伸び、赤いハイヒールが輝いているのもかっこいい。

 

「去年より、ずっといいです。かっこいいですね」

「当然でしょ! あんたのドレスと同じブランドなんだから!」

 

 ミリセントは得意げになって、右腕を脇を見せるように頭の後ろへ回した。

 

「たしかに、今日のミリセントは魅力的だね」

 

 ダフネも支度を終えて鏡の前にやって来る。

 彼女はスリザリンらしい深緑のドレスを纏っていた。袖口の黒いレースが特徴的である。セレネと同じように、肩が出て恥ずかしいのか黒いボレロを纏っていた。

 

「ちょっと、ダフネ! 今日のってどういうこと!? 今日もでしょ!?」

「ごめんごめん」

「そういえば、ダフネは誰と行くのですか?」

 

 セレネがノットと一緒に行くのは、瞬く間に寮内に知れ渡ってしまったのだが、彼女が誰と行くのかまだ知らなかった。

 

「うん。私はレイブンクローのアンソニー・ゴールドスタイン君だよ。ゴブストーンクラブで一緒なの」

「ゴールドスタインね……」

 

 

 セレネが感想を言う前に、ミリセントが呟いた。

 

「そこそこの名家出身じゃない。アメリカにも親戚がいるって聞いたことがあるわ」

「うん、あのニュート・スキャマンダーの遠い親戚よ。スキャマンダーとの直接の血の繋がりはないけどね。

 って、私は血筋で選んだんじゃないってば!」

 

 ダフネが顔を真っ赤にして否定すると、ミリセントはふんっと笑った。

 

「まあ、私の相手には負けるわね! 

 私が選んだのは、コーマック・マクラーゲンよ! 魔法省の高官とのつながりも深い、マクラーゲンの長男と一緒に踊るの!!」

 

 ミリセントはセレネに向かって勝ち誇ったように笑った。

 

 だが、セレネは黙ってダフネと顔を見合わせる。

 

 マクラーゲンはクィディッチをやっている自分を一番愛している。そんな彼とミリセントの話が合うかといえば、確実に否である。ダンスを一曲踊ったあと、きっと破局するだろう。ダフネも彼がセレネにパートナーの申し込みをしたときに一緒にいたからか、苦笑いをしていた。

 

「ちょっと、どうして二人とも変な顔をしてるのよ?」

「いえ、頑張ってくださいね」

「言われなくてもそのつもりよ! 見てなさい、このパーティーの中で最も幸せなカップルになってみせるんだから!」

「そうなるといいですね」

 

 セレネは浮かれるミリセントを横目に、杖をリボンの合間に挟んだ。ナイフも持ち歩きたかったが、今日は隠す場所がない。最悪、会場に置かれている食事用のナイフを使うとしよう。

 

「そうそう、ゴーント。ちょっと聞きたいの」

 

 そんなことを考えていると、パーキンソンが話しかけてきた。

 彼女はミリセントとは違い、昨年度――マルフォイの屋敷に着てきたピンクのドレスを纏っていた。

 

「あんた、あの出っ歯の穢れた血と仲がいいじゃない? 誰と行くか知ってる?」

「いいえ、知りませんけど」

 

 セレネが正直に答えると、パーキンソンは興が削がれたような顔になった。彼女はハーマイオニーを敵視しているのだ。

 

「まあいいわ。私とドラコ以上に映えるペアがいるとは思えないしー」

 

 そう言いながら、パーキンソンは部屋を出て行った。

 そろそろ時間である。

 セレネたちも彼女に続いて、談話室に向かった。談話室はいつもの黒い制服の群れではなく、色とりどりの服装で溢れかえり、いつもとはまるで様子が違っていた。

 ノットは暖炉の傍でマルフォイと話し込んでいた。

 

「ドーラコー!!」

 

 パーキンソンがマルフォイに抱きついていくのが見える。その横で、クラッブとゴイルが苔むした大岩のように黙って立っている。結局、彼らにはパートナーが見つからなかったらしい。

 

「すみません、待たせてしまいましたか?」

 

 セレネはマルフォイとパーキンソンがいちゃつく様子を横目で見ながら、ノットに近づいた。彼の服装はあまりいつもと変わらない。ただ制服が黒を基調としたシンプルなローブに変わっただけだ。ただ、制服でないだけなのに大人っぽく見えるから不思議である。

 

「いや、いま来たばかりだ」

 

 彼はそう言うと、じっとセレネを見つめてきた。

 

「お前……よく化けてるな」

「化けているとは酷くないですか?」

 

 セレネが文句を言うと、ノットは鼻で笑った。

 ここで、文句を言っても時間の無駄だ。セレネは肩をすくめると口を開いた。

 

「……まあいいです。それでは行きますか」

 

 セレネたちは談話室から出ると、後に続いて他の生徒たちもぞろぞろと出てくる。

 どうやら、セレネが出るのを待っていたらしい。セレネたちが先頭で、その後ろをカロー姉妹やエイドリアン・ピュシー、ベイジーなど親衛隊の幹部が続き、その後ろからマルフォイたち純血至上主義の旧フリント派が歩いている。一般生徒たちは、さらにその後ろだ。

 

 セレネはスリザリンの組織力を改めて実感しながら、玄関ホールに足を踏み入れた。

 大広間のドアが解放される8時を待って、玄関ホールは生徒でごった返し、誰もがうろうろとしている。普段は人がたくさんいると息が詰まりそうになるが、それ抜きで心が少し弾んでいた。

 

 セレネはホグワーツで迎えるクリスマスは初めてだった。

 だから、装飾を見て思わず

 

「凄い」

 

 と呟いてしまった。

 大理石の階段の手すりには、万年氷の氷柱が下がっている。クリスマスツリーの装飾も手が込んでいて、紅く輝くヒイラギの実から本物のホーホーと鳴くフクロウまで盛りだくさんだった。廊下に並んでいる甲冑の全部に魔法がかけられ、誰かがそばを通るたびにクリスマス・キャロルを歌っていた。

 

 やがて、正面玄関の樫の扉が開いた。

 

 ダームストラングの生徒が、カルカロフと一緒に入ってくる。

 先頭はクラムで薄いピンク色のドレスを着た茶髪の女子を連れていた。どこかで見たことがある気がする。セレネが頭を悩ませていると、マクゴナガルの

 

「代表選手はこちらへ!」

 

 という声が聞こえてきたので、前の方へ進み出る。そこで、ようやくセレネは気づいた。

 

「もしかして、ハーマイオニー?」

「ええそうよ。こんばんは、セレネ」

 

 ハーマイオニーは緊張気味に微笑みかけてきた。天然パーマ気味の髪が魔法でストレートなっただけで、随分と印象が違う。パーキンソンには可哀そうだが、これは容姿・ドレス・パートナー、そのすべてにおいてハーマイオニーの完勝だ。

 

「凄い綺麗ですね。ドレスもよく似合っています。でも……てっきり、ハリーと行くのだと思っていました」

「セレネ、まさかリータ・スキーターの記事を信じてるの!? 私がハリーの彼女だって!?」

「まさかっ!! あのマスゴ……ごめんなさい、あの記事を信じたのではなくて、いつも一緒にいるので誘われたのだと思ったのです。

 ……正直、ハリーから誰かを誘う絵が思い浮かばなかったので」

 

 セレネが申し訳なさそうに言うと、ハーマイオニーはくすりと笑った。

 

「たしかに、そう考えられても仕方ないかも。だって、ハリーはかなりパートナー探しに苦労していたから」

 

 そんなハリーは、グリフィンドールの同級生を連れていた。インド系顔立ちで、ピンクのドレスに金のブレスレットが特徴的な可愛い女の子である。

 だが、ハリーはこちらに近づいてきても一言もしゃべらない。いつもなら、話しかけてきそうなものだ。セレネが不思議に思い、彼の視線の先を追うと、そこにはセドリック・ディゴリーとそのパートナーがいた。レイブンクローの女子生徒だ。そこそこに可愛く、金色のチャイナドレスを纏っている。

 ハリーは彼女をずっと目で追っていた。おそらく、彼女のことが気になるのだろう、隣にいる可愛らしいグリフィンドール生よりも。

 

 ちなみに、フラー・デラクールはレイブンクローのロジャー・デイビースを連れていた。デイビースも鼻筋が通ったかなりのイケメンなのだが、フラーの輝くばかりの美貌に負けてしまっている。しかも、完全にフラーの魅力に負けてしまい、デイビースがエスコートする側なのに、エスコートされていた。

 

 

 大広間の扉が開かれると、クラムを付け回していたファンの女の子たちが恨みがましい目で見ながら通り過ぎて行った。ダフネはパートナーの男子と仲良く歩きながらこちらに手を振り、ミリセントはもうすでにマクラーゲンと言い争いをしながら通り過ぎていく。思った通りの展開に、セレネは苦笑いを隠せなかった。

 

「ミス・ゴーント、表情を引き締めなさい」

 

 すると、マクゴナガルの指摘がとんだ。セレネが慌てていつもの顔に戻すと、マクゴナガルは満足そうに頷いた。

 

「さあ、みなさんの入場です。それぞれ組になって並び、私の後に付いてきてください」

 

 そう言うと、マクゴナガルは歩き始める。

 セレネはそのまま付いていこうとすると、ノットが手を回すように小さな声で伝えてきた。見ると、ハリーでさえパートナーの少女の手を取っている。

 セレネは彼の腕に手を回すと、指示に従って大広間に入った。みんなが左右に分かれて拍手で迎えてくれた。その間を通りながら大広間の奥を目指す。

 セレネは第二の課題につながる何かがあるかもしれないと、目を凝らして大広間の内装を見渡してみた。大広間の飾りつけは、いつにもまして豪華だった。壁は銀色に輝く霜に覆われ、星の瞬く様子を映し出している黒い天井にはヤドリギや蔦が絡んでいる。今日はダンスを踊るためか、大きな寮ごとのテーブルはない。代わりに10人程度座れるテーブルがいくつも置かれていた。

 その一番奥にあるのが、審査員の座る大きな丸テーブルである。すでに審査員は席に着き、代表選手たちの数分だけ席が空いていた。

 

 

 ……あの卵が発する気を逆なでるような音に関する物は、何一つない。

 

 セレネはスカートが皺にならないように気をつけながら腰を下ろした。そのとき、審査員のクラウチの姿がないことに気づいた。代わりに、ロン・ウィーズリーとよく似た赤毛の青年が座っている。得意満面の笑みを浮かべながら辺りを見渡しているが、どうして審査員が変更になったのだろう。出張だろうか? その説明くらいすればいいのに、とセレネは思ってしまった。

 席の前には金色の皿と小さなメニューが置かれていた。これから運ばれてくるのかと思ったが、ダンブルドアが自分の皿に向かって注文を言うと、料理が浮かび上がってくるのを見て、それぞれ料理を注文し始めた。

 

 ダンブルドアは豚肉を頼んでいたが、このような時こそ高級そうな牛肉を頼むべきである。

 セレネは自分を庶民だと思いながら、金の皿に現れた肉をナイフで切った。じゅわりと赤味から肉汁が溢れ出し、それだけでもごくりと生唾を飲み込んでしまう。一口、口に入れてみると口の中でトロッととろけ、悶えそうになるくらい美味しかった。セレネは丁寧に切り分けた肉を平静を装いながら食べる。

 しばらく食べていると、ノットがこちらを見ていることに気づいた。

 

「……なんですか?」

「いや、あいかわらず食べ方が綺麗だと思っただけさ」

 

 ノットは淡々と言った。

 

「マナー教室でも通ってたのか?」

「まさか、独学ですよ」

 

 セレネはノットを一瞥すると、再び肉に目を落とした。

 ダームストラング生にも同じ点を褒められたが、そのときは感じなかった嬉しさが込み上げてきた気がする。

 

「義父のやり方を見様見真似でやっていたら、身についただけです。貴方はどうなんですか?」

「そうだな……オレもマナーに関してはそうだな。オレの場合、死んだ母上だったが」

「えっ?」

 

 セレネは、肉を切り分ける手が止まってしまった。

 ノットは苦笑いを浮かべながら、自分の肉に目を落とす。

 

「言ってなかったか。オレの母上は9歳の時に死んだ」

「そうだったんですか……ごめんなさい、変なことを思い出させてしまって」

「別にいいさ」

 

 彼はグラスを飲み干すと、いつもの顔でこちらを見てきた。

 

「死ぬことは分かってたし、覚悟はできていたからな。

 お前はどうなんだ、ゴーント?」

「私、ですか?」

「ああ、お前にも最初は両親がいたんだろ?」

「……そうですね……父親は生まれてすぐに死にました。母親は……」

 

 セレネは肉をつつきながら考え込んでしまった。

 父同様、母に関する記憶はない。一度だけ、吸魂鬼に襲われたときに母親にまつわる変な夢を見てしまったが、それが本当に母なのかも分からなかった。そのことを思い出すと、胸がきゅうっと握りつぶされるような感覚になる。

 

「良く分かりません。きっと、父と一緒に死んだんでしょう。ボーバトン出身かもしれないということは、分かりましたけどね」

 

 セレネは素っ気なく言った。

 

「まあ、私には義父がいるので問題ありません。両親と過ごした期間より、義父と暮らした期間の方が長いですから」

 

 義父との仲は良好だ。

 優等生としての表面しか見せていない付き合いだが、それなりに上手くやっていると自認している。

 

「……そうか。

 まぁ、お前の義父上は鼻が高いだろうな。義理とはいえ一人娘が学校の代表選手になったんだ。いくらマグルでも、それの凄さは分かるだろ」

「義父に言っていませんけど」

「はぁっ!?」

 

 ノットは思いっきり目を見開いて、セレネを凝視してきた。

 

「お前、何考えてるんだよ!? 家族にくらい報告しろよ! 経緯はどうであれ、誇らしいことだろうが」

「心配をかけるわけにはいきませんから」

 

 学年で実技教科で一位をとったことは、すでに義父に伝えてある。

 だが、ことの詳細まで話さなければならないこと――たとえば、トム・リドルを倒してホグワーツ功労賞をとったことなどは言っていない。口を滑らせたが最後、心配されること間違いなしである。下手をすれば

 

『バジリスクがうようよいるような危険な学校に通わせるわけにはいかない!』

 

 と、転校手続きをとりそうだ。

 セレネはホグワーツにそれなりの愛着を持っている。ここまできて転校などしたくはない。

 

「そろそろ食事が終わったかの?」

 

 食事を終えると、ダンブルドアが立つように促した。皆が席を立つと、彼は杖を一振りさせてテーブルを横に退ける。代わりに入場して来たのは、怪しげなバンド……妖女シスターズだった。ローブの変なところを切り刻んでいたり、髪の毛を爆発させていたり、ごてごてしたベルトをまいたりしている。彼らは、それぞれ手にした楽器で最後のチューニングを行っていた。

 そろそろ踊るのだと思うと、セレネは少し不安になってきた。

 

「……ノット。今さらですけど、あなたは踊れますよね?」

「あたりまえだろ。これでも5歳の時からホグワーツ入学前まで、家庭教師から習っていたんだからな。

 お前だって踊れるだろうが」

 

 セレネは何も言わずに、わずかに目を逸らす。すると、ノットはあからさまに意地悪そうな笑みを浮かべた。

 

「そうか、ゴーントは踊れないのか!」

「踊れますよ! ただ、第二の課題に繋がるヒントを探しながら踊るのは、至難の業だと思っただけでして」

 

 セレネが言い返すと、彼はうんうんと適当に頷き返した。

 

「大丈夫だ。それなりに、オレだって上手い。リードしてやるから、安心して踊れ」

 

 彼がそう言ったとき、妖女シスターズは物悲しいスローテンポのワルツを奏で始めた。

 ノットは「安心しろ」なんて大きな口を叩いたくせに、とてもぎこちなくセレネの腰に手を回した。緊張しているのか、顔も少し強張っている。言っていることと行動が違うので、セレネは少しだけくすりと笑った。

 

「よろしくお願いしますね」

 

 セレネは彼の差し伸ばされた手を握ると、リズムに乗ってステップを踏み始めた。足の動きに気を配りながら、周囲をさりげなく見渡していく。だが、特にヒントになりそうなモノは見つからなかった。他の代表選手たちも踊りに夢中である。ハリーのみ違ったが、あれは課題のヒントを探っているというよりも、ダンス自体に興味がないように思えた。

 

 

「……どうやら、私の勘違いだったみたい」

 

 セレネはスローなターンをしながら、ノットの耳元で囁いた。

 すでに踊っているのは代表選手だけでなく、一般生徒から教職員まで仲睦まじく踊っている。もはや、代表選手は注目の的ではない。誰もが一緒に踊っているパートナーか、それかもしくは目立つペア……たとえば、フレッド・ウィーズリーとアンジェリーナ・ジョンソンのように十一月の夜のように寂しいワルツなのに、フラメンコのように元気を爆発させて情熱的に踊っているペアに視線を向けている。

 

「課題のヒントになるようなものは、なにも見当たらなかったわ」

「……そうか」

 

 セレネはノットの返答を聞いて、少しだけ首を傾けた。

 顔だけでなく、声も強張っている。ステップも少しぎこちない。

 

「さっき、上手いと言っていたのは誰でしたっけ?」

「う、うるさいな。気が散るから話しかけるな」

 

 彼は頬を真っ赤に染めながら、ずっとこちらを見下している。あまりにも凝視されているので、頬が熱くなってきた。セレネは彼に見るのをやめてくれ、と伝えようとする。その直前に、彼はちらりとある一点に目を向けた。

 

「あっ」

 

 セレネもくるりとターンする瞬間にそちらの方へ目を向ける。

 すると、そこにはジャスティンの姿があった。一人で席に座っている。まだ一曲目なのに座っている生徒は少ない。そもそもパートナーがいないクラッブとゴイル、退屈そうなパートナーを連れたおんぼろローブのロン・ウィーズリーくらいである。

 ジャスティンはどうしたのだろう。彼女と喧嘩別れでもしてしまったのか、ひどく寂しそうな顔をしていた。

 

「なぁ、いまはダンスに集中しろよ」

 

 ターンを終えると、ノットが少し手を引いてきた。身体が密着し、心臓の早鐘を打つ音が伝わってくる。

 

「お前が足を踏みそうになるから、自然に避けるのが大変なんだぞ」

「すみません。それでは、この曲で終わりにしましょうか」

「まてまて。せっかくダンスパーティーに参加しているんだ。楽しまないと損じゃないか?」

 

 ノットは頬を赤らめたまま、いたずらっぽくにやりと笑った。

 確かに、彼の言うとおりである。

 課題に関係なかったとしても、ダンスパーティーはダンスパーティーだ。夜遅くまで遊んでも処罰されることのないお祭りである。

 セレネは少し肩を落とすと、口元を綻ばせた。

 

「わかりました。あと数曲、一緒に踊りましょう」

「そうこないとな!」

 

 ワルツが終わり、アップテンポの曲に変わっても踊り続ける。

 浮かれ騒いだ生徒たちがフリットウィック教授を胴上げし始めた頃、セレネたちはダンスホールから降りて、庭にほど近いテーブルに移動しようとした――その時だった。

 

 セレネは前から走って来た人とぶつかってしまう。ぶつかったといっても、肩と肩が少しだけこつんとぶつかった程度だ。

 セレネが「すみません」と囁くため、相手の顔を見たとき、驚いてしまった。

 

「ハーマイオニー?」

 

 両目を真っ赤に腫らし、目じりには涙が滲んでいる。

 先ほど、クラムとホール中央で踊っていた時の様子とは雲泥の差である。あの時の明るさや楽しさは、彼女から一欠けらも感じられなかった。ハーマイオニーはセレネの顔をろくに見ることなく、青ざめた顔のまま人ごみの中へと消えて行ってしまう。

 

 ハーマイオニーのあまりの様子に、セレネは追いかけようとした。しかし、

 

「セレネ!」

 

 と、やけに馴れ馴れしい声をかけられてしまい、足を止めてしまう。

 ルード・バグマンだ。太った身体を揺らしながら近づいてくる。

 

「パーティーは楽しんでるかな? ん?」

「ええ、おかげさまで」

「そうかそうか。それはなによりだ。ところで、第二の課題についてだが――」

 

 ここで、バグマンは急に声を潜めてきた。ノットには聞こえないように、セレネに目一杯近づいて聞いてくる。

 

「どうだい? 卵の謎はとけたかな?」

「そうですね、もう少し時間がかかりそうです」

「それなら、少しくらいヒントを出そうか!? なに、ちょっとくらい後押しをしたって――」

 

 セレネはバグマンの薔薇色の丸顔や赤ん坊のような青い瞳を見上げた。

 

「申し訳ありませんが、課題は自分で解きたいのです。解けにくい謎こそ、燃えてくるものでして」

「いや……しかし、だな……」

 

 セレネがにこやかに断ると、じれったそうに言ってくる。どうしてもこの男は、自分に八百長をしたいらしい。そのようなズルをしなくても、次こそは一位を手に入れて、そのまま優勝してみせるというのに。セレネは面倒くさくなって、話題を切り替えることにした。

 

「そういえば、クラウチ氏の姿が見えないようですが……出張でしょうか?」

「え、ああ、うん。クラウチは体調が良くなくてね、しばらく病気で欠勤するそうだ。それよりも、課題のことだが――」

 

 話題を切り替えてもなお、バグマンは喰いついてくる。

 セレネはうんざりしてきた。審査員とはいえ、自分に馴れ馴れしく話しかけてくる時点で嫌悪感を覚えるというのに、その上に「魔法ゲーム・スポーツ部」の部長自らルールを破って八百長を申し出てくるなんて最悪だ。それが明るみに出た場合、彼はどう責任を取ってくれるのだというのだろう。

 

 しかし、かといって下手に断って相手の機嫌を損ね、カルカロフのように点数の意地悪をしてくるようになったら質が悪い。呪いや目を使って追い払うにも、周りに人が多すぎる。

 セレネはちらりとノットを見上げた。彼は自分の隣で退屈そうに立っている。セレネは小さく息を吐くと、覚悟を決めた。

 

「いいかな、セレネ。君が一言でいいんだ。助けを求めてくれたら――」

「ごめんなさい、バグマンさん」

 

 セレネは勢いよく、ノットのがら空きだった腕に抱きついた。

 

「今日は課題のことを忘れて、彼と2人で楽しく過ごそうって決めていたんです」

 

 この場を思いっきり利用した逃げ方である。バグマンがセレネに肩入れして何かを企んでいるにせよ、仲睦まじくしているペアを邪魔するような無粋な人間ではない。案の定、バグマンは多少バツの悪そうな顔になった。

 セレネはしょんぼりとした顔を作ると、バグマンに少し頭を下げた。

 

「申し訳ありませんが、またの機会にお願いします。それでも、どうしてもというのでしたら……お話をお聞きいたしますが……」

 

 セレネがそう言いながら腕にしがみつくと、バグマンは慌てたように首を横に振った。

 

「い、いやいや、私もこんな賑やかなパーティーに課題の話なんて、悪かった悪かった。ただ、心配だっただけなんだよ。なにか困ったことがあったら、ふくろうを送りなさい」

「ありがとうございます。……行きましょう」

 

 セレネは彼の返事を待たず、腕を引っ張ったまま庭へと抜け出した。

 

「……すみません、いきなり」

 

 バグマンが追ってこないのを確認すると、するすると腕から手を離した。

 

「でも、ああでもしないと解放してくれなさそうだったので……それにしても、クラウチは病気なんですね。てっきり、出張だと思っていました。『国際魔法協力部』と言っていましたし、外国へ…………ノット?」

 

 ノットは難しい顔をしていた。耳の先まで、まるで湯気が立ちそうなほど赤く染まっている。怒っているのかと思ったが、怒りの雰囲気は感じない。どちらかといえば、戸惑っているようだった。

 

「あの……そんなに嫌だったですか?」

「いや、嫌じゃない、が……ふいうちだったというか、なんというか……気にするな」

 

 そして、彼は赤くなったままの顔に掌を載せて、深く息を吐いた。赤色が少し落ち着き始めた頃、彼はようやく口を開いた。

 

「……で、悪い。何の話だったか?」

「クラウチが病気の話です。国際魔法協力部なので出張かと思ったのですけど……」

「あー、それか。まあ、出張と考えるのが妥当だよな」

 

 ノットは顔に手を置いたまま話し続けた。

 

「噂だと、クラウチは150か国語話せるらしい。どこに出張しても対応できるだろうよ。アメリカ、フランス、ドイツ、日本、中国といった主だった国々の言葉はもちろん、小鬼のゴブルディグック語や水中人のマーミッシュ語、あと巨人の――」

「待って、いまなんて言いました!?」

「ん? 巨人の言語のことか?」

「いえ、その前。たしか、水中人の……なんでしたっけ?」

「マーミッシュ語?」

「そう、それです」

 

 セレネは腕を組むと考え込んだ。 

 水中人のマーミッシュ語。

 水中人は歌が得意で、歌を奏でるような会話するそうだ。――水中の中限定で。というのも、水の外に出た瞬間、彼らの美しい声は聴くに堪えない声へ変わってしまうのだ。

 

「ありがとう。もしかしたら、課題が解決できそうです!」

「そうか? オレは何もしてないが」

 

 あの卵を水につけてみたら、なにか分かるかもしれない。

 

 

 もしかしたら、ただの徒労に終わるかもしれないが。

 

「いいえ、貴方のおかげで課題が解決できそうです。さっそく、明日にでも試してみますね」

「明日? 今日じゃなくてか?」

 

 ノットは片方の眉を上げた。

 

「だって、貴方が言ったんですよ。パーティーを楽しまないと損だって」

 

 セレネは、ホタルのように淡い光を放つ妖精たちを眺めながら言った。

 この庭を見て回るだけでも、楽しそうだ。なにしろ、何の変哲もなかったはずの庭が、たった数時間で薔薇の茂みが生える迷路のような庭へと変化を遂げたのだ。素晴らしい魔法である。

 

「……それなら、オレの父上が主催するパーティーにも来るか?」

「え?」

「……魔法使いのパーティーは珍しいんだろ? 去年のマルフォイのところだと、ろくに楽しめなかっただろうし……来年、来いよ」

「でもいいんですか?」

「別に構わない。ほら、行くぞ。お前のことだから、この庭を散策したいんだろ?」

 

 彼はそう言うと、先に歩き始めた。

 

「そうね、行きますか」

 

 セレネはくすりと微笑むと、いつにないくらい心地よい気持ちで薔薇が生い茂る庭を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 


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