スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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53話 新たな魔法

 

「……う、ううん」

 

 消毒液の匂いが鼻孔を刺す。

 セレネが重たい瞼を開けると、そこはホグワーツの医務室だった。天井一面に「死の線」がこびりついている。死の線に犯された天井は、いまにも頭上に崩れ落ちてきそうだ。セレネは天井が崩れ落ちて、自分が下敷きになる姿を想像してしまい、ぞくりと背筋を震わせた。

 セレネは頭痛を堪えながら、眼鏡を探す。眼鏡はベッドの脇に設置されたサイドテーブルの上にあった。眼鏡の隣には、自分の杖と鉄の水盆が置かれている。セレネはそっと眼鏡に手を伸ばそうとしたが、指先が水盆をかすめてしまった。

 

「いたっ」

 

 静電気が奔る。

 このぴりぴりした感じは、なかなか慣れるものではない。セレネは水盆に触れないように気をつけながら、眼鏡を手に取った。

 

「目が覚めたかのう、セレネ」

 

 ベッドを覆う白いカーテンを開けて、ダンブルドアが入って来た。まるで、セレネが起きることが分かっていたかのような絶妙なタイミングである。ダンブルドアの後ろにはムーディの姿があった。

 セレネは眼鏡をかけながら、ゆっくりと身体を起き上がらせた。

 

「校長先生?」

「君はあれから丸一日、熱を出して眠っていたのじゃよ」

「丸一日も、ですか」

 

 セレネはそこでようやく第二の課題のことを思い出した。

 難なく課題をクリアしようとした矢先、水中人が襲いかかってきたのだ。水中人は辛うじて倒すことに成功したが、体力がそこで切れ、おそらくノットの力を借りながら岸まで辿り着いたのだろう。最後の方の記憶はあまりなかった。

 

「私、あんな無様な最後でした。きっと最下位でしょうね」

 

 セレネが自嘲気味に笑った。しかし、予想外なことに、ダンブルドアは優しく微笑んでいる。

 

「いや、そうでもない。

 君は上級生でも習得困難な「泡頭呪文」と「防寒呪文」を使いこなしておった。それに加え、序盤から「大切な物」が何か推理し、見事な「探索呪文」も披露してくれた。そのおかげで、君は素早く人質の元へ辿りつくことができた」

 

 ダンブルドアが一つ一つ、セレネの動きを丁寧に解説してくれる。セレネは少し耳が赤くなるのを感じた。

 

「水中人が襲ってきたのは、完全に予想外のことじゃった。水中人は監査役として、代表選手を襲わない取り決めをしていたはずだったのじゃ。しかも、襲ってきた水中人は水中人の中でも歴戦の強者だったと聞く。それを傷を負い、最後の最後で意識は失ってしまったが、たった一人で追い払うなど14歳の魔女には到底無理な行いじゃよ。恥じずに、誇りに思うがよい。

 君が披露してくれた数々の呪文、水中人との戦い、そして人質の元へ2番目に早く辿り着いたこと。これらの点から、セレネ――君の得点は46点。ハリーと同点一位じゃよ」

「ハリーと、ですか」

 

 セレネは素直に1位になったことを喜べなかった。

 

「どうして、ハリー・ポッターが1位なのでしょうか? 私、彼より先に人質を助け出しましたが」

「ハリーは全部の人質を安全に戻らせようと決意したからこそ、あの場にとどまっておったのじゃ」

「なるほど、道徳的行いということですね」

 

 セレネは俯いた。

 ハリーが留まっていた理由は、自分にはまったく想像もつかないことであった。まさに、グリフィンドール生らしい騎士道精神の賜である。

 

「ハリー・ポッターも1位……」

 

 セレネは拳を強く握りしめる。

 無性に悔しい気持ちが胸に広がっていく。

 セドリックやクラム、フラーに負けるなら、まだこうも苛立ちが沸き上がってこなかっただろう。

 しかし、相手はハリーだ。ハリーは自分と同じ年だ。しかも、セレネは自分の方が彼より呪文も知識もなにもかも優れている自信があった。それなのに、ハリーがまだ1位の座にいるのは納得がいかなかった。これで、2回も彼に負けている。1回目だけならまぐれだと一蹴することができただろうが、2回も続くと不愉快な気持ちになった。

 そもそも、今回はセレネが教えなければ彼は脱落していた。彼は、自分の力で1位の座をつかんだわけではない。そのことをリークしてしまおうかと悪い考えが頭を横切ったが、セレネは首を横に振った。

 

 まだ、第三の課題が残っている。

 そこで、確実にハリーより上に行けばいいだけだ。今度は絶対に助けを求められても、自分は手を差し伸べてたまるものか。

 

 ハリーはもちろん、クラムよりもフラーよりもセドリックよりも、セレネ・ゴーントが優れている。参加する以上、セレネは誰にも負けてはいけないのだ。

 自分が誰よりも優秀であることを示し続けなければならない。

 優秀でない者、つまり敗者は死ぬ。

 強烈な『』のイメージが脳裏にフラッシュバックした。

 

「次は絶対に負けるものか」

 

 セレネは小さく決意を呟いた。

 

「意気込みは上々じゃ」

 

 ダンブルドアが髭を触りながら呟いた。

 

「しかしじゃ、セレネ。最近の君の行動は、いささかどうかのう?」

「最近? 私は普通に学生生活を送っていますが」

 

 セレネは一瞬、リータ・スキーターを脅したことを思い出した。秘密の部屋でバジリスクを飼いながら、「死の線」を消すために賢者の石の研究をしていることも想起する。実に平凡な学生生活とは、とても言い難い生活だ。

しかし、そのことをダンブルドアに悟られるわけにはいかない。特に、リータの件は規則を軽く30は破る行動だからだ。セレネは口の堅く、特に忠誠心の高い親衛隊幹部にのみ作戦を話し、誰にも知られぬように実行に移した。親衛隊隊長のセオドール・ノットでさえ、詳しい作戦内容を知らない。

 そこまで徹底して秘密裏に進めた計画だった。寮監はもちろん、ダンブルドアに露見するはずがないのだ。

 

 しかし、なぜだろうか。

 セレネには、ダンブルドアがすべて知っているような気がしてならなかった。

 

「そうじゃといいのじゃが。

 カロー姉妹、ウルクハート、ピュシー。彼らは友人かのう?」

「ええ、友人ですよ。先日も一緒に遊びに行きましたし、仲良くお茶会もします」

「ノット、グリーングラスにブルストロードもかの?」

「もちろん、友人です。特にダフネ・グリーングラスは親友だと思っています。私はホグワーツで、本当に良い仲間に巡り合えました」

 

 セレネは滑らかに答えた。

 嘘ではない。いま挙げられた人物の中で、ダフネ・グリーングラスが一番親しい。一緒にいると、とても心地が良い。一番親しい人間を親友だというなら、彼女が該当するだろう。

 おそらく、ダフネもセレネが親友だと思っているはずだ。

 

「しかしのう、セレネ。こういうのは失礼かもしれんが、君が彼女たちを対等な関係と思っているのか、そこが気になるのじゃよ」

「……もちろんですよ、先生」

 

 セレネは嘘をついた。

 一番親しいダフネでさえ、自分と対等とは思っていなかった。たしかに、限りなく対等に近い関係だろうが、完全に同格とは思えない。

 

 誰も、心の底から友人とは呼べない。

 友情など感じたことがない。

 

 親衛隊幹部はもちろん、ミリセントもダフネもジャスティンも、皆が打算の関係である。

 ダフネとジャスティンがどうして近づいてきたのか分からない。しかし、ジャスティンの場合はセドリックが代表選手に選ばれたことを境に、セレネから距離を取り始めた。おそらく、それは友人ではない。きっと、ダフネもちょっとしたキッカケで自分から離れていくだろう。

 

 だが、セレネは別に寂しくはない。

 セレネだって、打算で動いている。ミリセントを仲間に引きずり入れたのは、計算づくの行動だった。親衛隊だってそうだ。いまは従っているが、セレネに価値や魅力がなくなった途端、蜘蛛の子を散らすように去っていくことだろう。

 

 

 なので、セレネは強くあり続けなければならなかった。

 優等生であり続けなければ、すぐに敗者となって転げ落ちてしまう。功績を積み上げるのは大変だが、それを壊すのは非常に簡単なのだから――。

 

「……かつて、君と似たような人物がおった」

 

 ダンブルドアの青い瞳に郷愁の色が混じった。

 

「その人物は、友ではなく数多の手下を作り、巨大な軍隊を作り上げた男じゃよ。自らの野望に燃えながら、独善的な闇の魔術に深く探求していった者じゃ」

「……それは、ヴォルデモートのことでしょうか?」

 

 セレネは、ダンブルドアを軽く睨んでしまった。

 ホグワーツ入学前、あの病室で目覚めたとき、ダンブルドアはセレネに向かって確かにこう言ったのだ。『君は一歩間違えれば、より深い闇へと堕ちていく可能性が他の誰よりも強い』のだと。あの時は意味が分からなかったが、ヴォルデモートとの関係性を考えれば説明がつく。

 

 だからこそ、いまの言葉には余計に腹が立った。

 

「私がヴォルデモートのようになっていくと? それは、私がゴーントの家系だからですか?」

 

 セレネは歯を食いしばる。

 おそらく、父親がゴーントに連なるものだったのだろう。推察に過ぎないが、モーフィンかメローピーの隠し子だ。さもなければ、ヴォルデモートの子である。最後の考えだけは事実でも断固拒否するが、いずれにしろ自分はヴォルデモートの親戚である。だからといって、ヴォルデモートのように見られるのは気持ちが悪く、ざわざわっと鳥肌が立った。

 

「私、血のつながりなんて興味ありませんし、絶対に信じません」

 

 セレネは強い口調で宣言した。

 

「ヴォルデモートと同じなんて偏見もいいところです」

「それは分かっておる。君はトムとは違い、愛を知っておる。実感はしておらんかもしれんが、それに気づく日が来ると願っておる。

 ……わしは、かつて確かに出生をふまえ、君がトム・リドルと同じ道を歩む可能性があると言った。それは認めよう。しかし、君は奴を忌避している。あのようになるまいと意識づけている。おそらく、君はヴォルデモートになることはないじゃろう」

「なら――!」

「君の思想が、グリンデルバルドと似てきていることを危惧しているのじゃ」

 

 ダンブルドアは真剣な目でこちらを見てくる。

 セレネは予想外の名前に、思わずきょとんとしてしまった。

 

「グリンデルバルド?」

 

 セレネは名前を復唱する。

 

「そうじゃ。常に知恵を求める君のことじゃ。彼が何をしたのか知っておるじゃろう」

「ええ、なんとなくですけど。たしか……第二次世界大戦の時代の闇の魔法使いですよね? 校長先生と戦って敗北し、収監されたと本に書いてありました。彼はまだアズカバンにいるのですか?」

「だいたい正解じゃ。ただ、アズカバンではなく、ヌルメンガードの牢獄に収監されておる。

 さて、セレネ。君はグリンデルバルドがどのような思想の持ち主だったか知っておるかの?」

 

 ダンブルドアは尋ねてくる。

 

「マグルを嫌い、魔法使いのみの世界を作ろうとしたとは聞いていますが……すみません、詳しくは知りません」

 

 セレネは正直に首を横に振りながら、静かに答える。授業で関連ある知識や自分の興味を惹く題材、そして賢者の石関係の本は進んで調べたが、過去の闇の魔法使いなど気にしたこともなかったのである。

 

「半分正解じゃよ。

 彼はヴォルデモートと同じく、魔法族に特権的な力があると信じておった。しかし、決定的に違う点は、マグルを一概に軽蔑していなかったことじゃ。ヴォルデモートは魔法族のみが世界に君臨することを夢見ていた。マグル殺しを活発に行い、マグルを消し去ることを望んでおった。

 しかし、グリンデルバルトは強力な魔法族が世界を支配することを望んでいたが、そこにマグルがいることも認めておった。マグルを完全には嫌っておらんかったのじゃよ。彼はマグルの有効活用を模索しておったのじゃ」

「……」

 

 セレネの背中に嫌な汗が伝った。

 これは、熱による汗とは違うと直感する。

 

「先学期、妙な噂を耳にしてのう。マルフォイ家のクリスマスパーティーで、マルフォイ少年を説き伏せていたとか。なんでも、マグルの素晴らしさを説き伏せ、仲間に組み入れようとしていたとか」

「説き伏せていたとは、人聞きの悪い。食事中の楽しい会話ですよ。……しかし、私がマルフォイ家に招待されていたと、よくご存じでしたね?」

「長年生きておると、思いがけないところに知人がおるものじゃよ」

 

 ダンブルドアの目が光った。

 これは、ぬかった! と、セレネは猛烈に反省する。悔しさのあまり、頭を掻きむしりたくなった。あれは、いずれフリントの後を継ぐであろうドラコ・マルフォイたちをあわよくば自陣に引き入れるため、そして動きをけん制するために放った言葉だった。セレネたちの会話を耳に挟む大人もいることも考慮していたが、その多くは世間を知らぬ子どもの与太話と考えるだろう。万が一、セレネの考えに賛同してくれたら、それは良いことだ。その繋がりをいざというときに利用すればいい。

 

 ただ、まさかダンブルドアにまで伝わっているとは思いもしなかったのである。

 

「まさかとは思うが、セレネ。君は……友人たちにも同じ考えを強要していないかの? 確かに、スリザリン寮はマグルを蔑視する傾向がある。純血主義の寛容化は昨今の課題じゃ。じゃが、マグルも人じゃよ。チェスの駒のように扱ってよいものではない」

「……強要なんてしていません。たしかに、ミリセント・ブルストロードのように純血主義の寛容化に賛同してくれる友だちはいますが、チェスの駒とは酷い言い分ですね」

 

 セレネは平然を装っていたが、震えそうになる身体を堪えるのに必死だった。

 この男はどこまで自分のことを分かっているのだろう。どこまで見通しているのだろう。まさか、自分の行動が常に見張られているのではないだろうかという恐怖が込み上げてくる。

 

「私の育て親はマグルですよ? しかも、人格者です。それを駒扱いするなんて、ありえませんよ」

 

 セレネはダンブルドアの口元辺りを睨みつけながら、はっきりと宣言する。あの青い瞳だけは視ることはできなかった。やはり、あの青い瞳を覗き込むと、心を読まれているような気がするのだ。

 

「もちろん、それは分かっておる。じゃが、周囲がどのように解釈するかが問題なのじゃよ」

 

 ダンブルドアは長い髭を触りながら静かに呟いた。

 

「若い頃、グリンデルバルド本人に自覚はなかったが、敵対者を痛めつけることを楽しむ傾向があったことは確かじゃ。じゃがしかし、進んで殺しはしなかった。むしろ、殺人を悪だととらえておった。ところが、信奉者たちはそれを理解せず、はたまた、自分の手を汚すことが嫌だったのかもしれんが、いずれにせよ他者が殺人を行っていった」

「……つまり、私の友だちが、よかれと思って悪をなすと?」

「善意のためとは、まことに危険な言葉じゃのう」

 

 ダンブルドアはセレネの髪を優しく撫でた。

 

「話はここで終わりじゃ。セレネ、次の課題も幸運を祈っておるよ」

 

 ダンブルドアは一瞬、セレネを見つめると、こちらに背を向けて去って行ってしまった。

 

「善意のため、か」

 

 セレネは言葉を噛みしめるように呟いた。

 考えられる危険性である。最近、親衛隊に入ったアステリア・グリーングラスは大丈夫だろうが、過激なカロー姉妹たちが怪しい。ウルクハートやプリチャードも危険だ。

 

『ゴーント先輩。ハリー・ポッターを殺害してきました、よかれと思って』

 

 なんて、非常にありえる話である。もっとも、彼女たちに人を殺せるだけの度胸も能力もないが、こちらの意図とは異なる危害を加える可能性はある。

 ノットに親衛隊の規律を強化するように、伝えるべきだろうか。

 

 セレネが考え込んでいると、かつん、かつんと音を立てながら、ムーディが近づいてきた。

 

「……それで、ムーディ先生はどのようなご用件でしょうか?」

 

 寮監でもない彼が用事もなく、見舞いに来るはずがない。

 セレネはダンブルドアとの話し合いで、すっかり気が疲れていたが、なんとか自分を引き締めた。

 

「なんだ、見舞いに来てはいけないのか?」

「そういうわけではありませんが……」

 

 絶対に裏がある。

 セレネが彼の思惑を考えていると、ムーディは愉快そうに笑った。

 

「いいぞ、そうやって疑ってかかるのは良いことだ。嘆かわしいことに、それができない奴がなんと多いことか」

 

 

 そう言いながら、ムーディは近くの椅子に腰を下ろした。木製の義足を伸ばし、低い声で呻く。

 

「……わしが来たのは、忠告だ」

「忠告?」

 

 セレネが首を傾げると、ムーディは真剣な表情で見つめてきた。

 

「第一の課題、ドラゴンの足元で目くらましの呪文が解けた。そして、第二の課題では大会運営側の水中人の猛者が襲いかかって来た。これは服従の呪文だろう。何者かが水中人に呪いをかけたのだ。お前を殺すためにな。

 ……誰の仕業かわかるか?」

「……ゴブレットに名前を入れた誰かですよね」

 

 セレネが答えると、ムーディがにやりと笑った。

 

「100点の解答だ、ゴーント。しかし、お前は二度も生き延びた。おそらく、次の第三の課題では熾烈な試練が襲いかかってくるだろう」

 

 セレネは唇を噛んだ。

 第一の課題でも第二の課題でも死にかけた。第三の課題が何かはまだ分からないが、先の二つより苛烈を極めるなら、正直――あまり乗り気がしない。無論、第三の課題を颯爽とクリアして、優勝杯を手にするつもりだが。

 

「その戦いでカギを握るのは、お前の『直死の魔眼』だ」

「えっ!?」

 

 セレネは跳びはねそうになった。目を見開き、まじまじとムーディを見る。まさか、彼が眼のことを知っているとは思わなかったのだ。ムーディは乾いた笑い声をあげた。

 

「わしほどの魔法使いになれば、しっかり行動を見ておけば想像がつくわい。眼鏡――「魔眼殺し」か? それで、普段は力を覆い隠しているな。

 だが、お前が眼鏡を外した途端、蒼く輝く瞳、そしてドラゴンの炎や水中人の槍を斬るようにして防いだこと。これは、直死の魔眼しか考えられない。

 わしもずいぶんと色々な魔法使いと知り合ってきたが、直死の魔眼は初めて見た。実に興味深い」

 

 ムーディはセレネをじっと見据えた。魔法の目がほとんど動かない。

 

「いいか、お前の直死の魔眼は浄眼が臨死体験を経て変質したものだ」

「浄眼?」

「魔法使いなら誰でも持っている眼だ、だいたいは質が低いがな。この眼があるから、ゴーストや一部の魔法生物を視認することができる。

 だが、他の魔眼を持っている者は稀有だ。古くはマーリンの千里眼やメデューサの石化の魔眼、近年では――そうだな、ダンブルドアの話にも出ていた、グリンデルバルドの未来視か。ぱっと思いつくのは、そのくらいだろう。異質な魔眼とは、滅多にお目にかかれるものではないのだ。

 ……まあ、そんなことはどうでもいい。

 お前は魔眼の効果で『死の線』というものが見えるのだろう?」

「はい」

 

 セレネは眼鏡に手をかける。

 

「この眼鏡を外すと見えます」

「そうだな。眼鏡を掛けなければ、死の線が見え続けてしまう。死の線が見えるということは、脳に過大な負担をかけているということだ。当然だ、本来は視えないものを視ようとしているのだからな」

 

 ムーディは頭をこんこんと叩いた。

 

「つまり、直死の魔眼を使い続けると脳が焼き切れる可能性がある。これまでの二つの課題では、直死の魔眼がお前の命を救ったのだろうが、今後、直死の魔眼を使うことは勧められない。

 魔眼を使えば今後も課題を解決できるだろうが、その引き換えに命を落とす危険がある。

 しかも、遠くの星を見つめ続ければ視力が良くなるように、魔眼を使えば使うほど、その威力は強力になる可能性もある。いずれ、その眼鏡で抑えきれなくなるぞ」

 

 ムーディの言葉は重くセレネに圧し掛かった。

 

 あまり自分の目の特異性を公にしたくはなかった。だが、使わなければ死んでいた。ドラゴンの炎は盾の呪文で防げるレベルではなかったし、水中人との戦いでは杖そのものが失われてしまっていた。

 しかし、ムーディの言ったことが本当なら、直死の魔眼を使い続けるのは賢明な判断ではない。セレネ自身、思い返してみれば、一年時より今の方がずっと魔眼の力が強くなっている気がした。眼鏡を外すたびに頭が痛くなるのは変わらないが、視える線の数が確実に増えている。しかも、線と線の合間辺りに、黒々とした点まで視え始めていた。

 セレネの想像に過ぎないが、おそらくあの点を突けば、線を斬るよりも容易く殺すことができるのだろう。

 

 直死の魔眼は、どんどん強くなっていく。

 もしかしたら、この眼鏡で魔眼の力を抑えることができなくなる日も来るかもしれない。

 うすうす感づいていたことだが、指摘されると恐怖が込み上げてきた。

 

「つまり、お前は早急に新たな攻撃手段を持つべきだ」

 

 そう言うと、ムーディは杖を一振りした。ムーディの後ろから、ふわふわと数冊の本が近づいてくる。それらの本はセレネの前で、ぴたりと動きを止めた。

 

「『実践的防衛術と闇の魔術に対するその使用法』『闇の魔術の裏をかく』『もっとも邪悪なる魔法』? 

 とても嬉しいのですが、最後の一冊……これは禁書では?」

「入院中は退屈だろう。その本も読め。敵と立ち向かうためには、敵を知らねばならん。……ただし、ダンブルドアには内緒だ。お前には、まだ早い本だと考えているからな」

 

 ムーディーの青い目が、セレネを眺めまわしながら、微かにふふふと揺れた。

 

「これらの書物に記載された魔法は、『闇払い』であっても習得に手こずるものばかりだ。無論、14歳の小娘が完全にマスターできるとは思えない。しかも、第三の課題までという期限付きだ。まず不可能だろう。

 だが、ここに掲載された呪文のどれか一つでもいい。自分の新たな武器になる魔法を選び、それを死ぬ気で習得するのだ。敵は待ってはくれんぞ、油断大敵!!」

 

 それだけ言い終えると、ムーディは携帯用酒瓶を取り出した。飲食厳禁の医務室だというのに、気にすることなく、ぐびぐびとあおっている。あまり美味しくないのか、顔がぶるりと震えた。

 

「……わしの話は以上だ。質問はあるか?」

「いいえ、ありません。習得したいと思います」

 

 セレネが朗らかに笑う。すると、ムーディはセレネを応援するかのように背中を叩いてきた。そして、ゆっくりと立ち上がりながら、思い出したように口を開いた。

 

「そうだ。もう一人、見舞いに来た者がいる。お前は起きて早々、疲れてるかもしれないが、すぐに呼んでくるとしよう。あまり長時間、待たせるわけにはいかん」

 

 ムーディは面白そうに笑うと、乱暴に杖を突きながらカーテンの向こうに消えて行った。

 セレネは身体を倒すと、大きく息を吐いた。

 

 

 ダンブルドア、ムーディ。

 続けざまに神経をすり減らすような会話をしたのだ。向こうはどうか分からないが、少なくとも、セレネ側からすれば剣で打ち合っているような話であった。どちらも自分の道を左右する大事な話だったが、優等生の仮面をかぶったままやり過ごすには、非常に骨の折れる時間であった。

 

 

 セレネは正直、また眠りたかった。

 第二の課題の結果は聞けたのだ。それだけで良しとするべきだ。しっかり休み万全な態勢で、ムーディに教えてもらった新たな魔法習得に励みたい。

 

 どうせ、見舞いに来るのはスリザリン生だ。

 ダフネ・グリーングラス、ミリセント・ブルストロード、それかもしくは、親衛隊幹部だろう。

 

 だがしかし、これから来る彼女たちに弱っている姿を見せるのは、沽券にかかわってくる。

 セレネは足音が聞こえると、再び体を起こした。

 来訪者を笑って迎えて健全であることをアピールし、適当に話をして帰ってもらうとしよう。

 そして、カーテンを押して入ってきた人物を見て―――セレネの表情が固まった。

 

「嘘でしょ?」

 

 あまりの衝撃に、セレネは開いた口が塞がらなくなってしまった。

 

 

 ぼさぼさで手入もされていない白髪。

 苦悩をまったく感じさせない穏やかな皺。

 高齢過ぎるがゆえに、小枝のように細く脆い手足。

 

 そんな老人は、セレネの驚きようを見て満足そうに頷いている。

 

「まさか、どうして? だって、ずいぶんと距離があるのに?」

「最後の弟子が、栄えある三校対抗試合に出場しているのじゃ。見物に来るに決まっておろうが」

 

 

 

 ニコラス・フラメルは弟子の慌てる姿を見て、子どものように悪戯っぽく笑った。

 

 

 

 

 





ファンタジック・ビースト2を観てきました。
控えめに言って最高。とくに、グリンデルバルトが素晴らしすぎる。
もちろん、他の登場人物や魔法生物も負けず劣らず良い味してるぜ!
今後の展開もとても楽しみ! 早く次作来い!




……ただ一点、とても不安なこと。


それは、超可愛すぎて天使なボウトラックルが、今後どこかであっさりと死ぬかもしれないということ。
そう、ヘドウィグのように……。



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