スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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 後悔はしていない。





56話 赤い現実と帝王

 ヴォルデモートは肉体を得ると、まっさきに自分の身体を調べ始めた。青白い長い指で自分の胸を、腕を、顔を愛おしむように撫でる。暗闇でさらに明るく光る赤い目の瞳孔が――否、顔全体が勝ち誇ったような喜びを表していた。きっと、再び肉体が得られたことが嬉しくてたまらないのだろう。

 

 セレネはその様子を睨みつけながら、ようやく回り始めた頭で脱出方法を考える。

 自分の杖は地面に転がっていて取れないが、クラムから奪った杖が袖の下に隠されている。縄抜け魔法を使えば、簡単に脱出することができるだろう。

 しかし、そのあとはどうする?

 ハリーは、いまだ痛みで唸っている。セドリックは気絶している。

 

 自分一人なら簡単だ。あちらが油断している今、縄抜けをして優勝杯を呼び寄せれば万事解決である。

 しかし、他の2人を見捨てて逃げるわけにはいかない。助けたいのはやまやまだが、縄から脱した時点で、ヴォルデモートの注意を向けられること間違いなしだ。あの伝説的なサイコパスと手下の相手をしながら、戦闘能力が低下している2人を救出するのは不可能に近い。

 

 思考を凝らしている間に、ヴォルデモートは身体の確認を終えたらしい。彼は手下のアミカスに向かい合った。

 

「……腕をよこせ、アレクト」

 

 アレクトは半分泣きながら右腕を差し出した。ヴォルデモートが乱雑に服の袖をまくり上げる。セレネはぎょっとした。アレクトの腕には髑髏を象った刺青が彫られていた。黒々とした髑髏の口からは、ちろちろと蛇の舌が動いている。

 

 

「戻っているな。全員が、これに気づいたはずだ。そして、いまこそ、わかるのだ……今こそハッキリする!」

 

 

 ヴォルデモートは長く蒼白い人差し指を、アミカスの腕の印に押し当てた。アミカスは絶叫した。それと同時に、なぜかハリーも悲鳴に近い叫び声をあげる。彼の額の傷が怪しげに光っているように見えた。もしかしたら、なにかと連動して額の傷が相当痛むのかもしれない。

 

「ポッター、お前は知っているか? お前は、俺様の父の遺骸の上にいる。マグルの愚か者だった。あの屑は、俺様の家族に相応しくない。思い出すだけで反吐が出る。まあ、使い道はあったわけだが」

 

 ヴォルデモートは満足そうな笑みを浮かべて、アミカスの手を放した。すすり泣くアミカスを一瞥することなく、夜空を見渡した。深紅の目をギラつかせて、星を見据えながら、何かを待っている。

 

「ああ、来たぞ。俺様の真の家族だ!!」

 

 ヴォルデモートは歓喜に近い声を夜空に響かせる。空から黒い煙の尾を引いて、長いマントを着込んだ人が何人も現れた。全員がフードを深くかぶり、銀の仮面をつけている。性別も表情も判別できない。ただ、慎重に、そして我が目を疑うように、ゆっくりとヴォルデモートを囲んだ。

 

 だが、輪には所々に切れ目があった。まるで、そこに誰かが現れるのを待っているかのように空いている。ところが、ヴォルデモートは、これ以上誰かが来るとは思っていないみたいだ。彼は仮面をかぶった集団を、ぐるりと見渡す。ヴォルデモートに見られると、集団に震えが奔った。

 

「よう来た『死喰い人』達よ。13年経った。あれから13年。だが、お前たちは、それが昨日のことのように、俺様の呼びかけに応えた。つまり、俺様たちはこの『闇の印』の下に結ばれている。それに違いないか?」

 

 ヴォルデモートは憤怒の表情で、死喰い人達を見渡す。空気が更に張りつめたものに変化した。死喰い人達の中に再度、震えが奔った。誰もがヴォルデモートから後ずさりしたそうだったのに、その場に根が生えてしまったかのように後ずさりする者はいない。

 

「お前たち全員が、無傷で健やかだ。魔力も失われていない。お前たちは、この魔法使いの一団は、御主人様に永遠の忠誠を誓ったのに、何故その御主人様を助けに来なかった!?」

 

 誰も口を開かない。死喰い人達の中には、まだ微かに震えている人がいた。

 

「お前たちは、俺様が敗れたと信じたに違いない。だから、俺様の敵の間にスルリと入り込み、無罪を、無知を、そして呪縛されていたことを申し立てたのであろう」

 

 ヴォルデモートは全員に向かって囁くように言った。

 今なら、逃げられる。彼の関心は黒マントの集団に向けられている。だが、セレネも動くことができない。まるで、静止魔法をかけられたかのように、指先一つ動かすことができないのである。セレネが悪戦苦闘している間にも、ヴォルデモートの話は続いた。

 

「何故俺様が再び立つとは思わなかったのか? 俺様がとっくの昔に、死から身を守る手段を講じていたと知っているお前たちが何故!? 生ける魔法使いの誰よりも、俺様の力が強かったとき、その絶大なる力の証を見てきたお前たちが何故!? 俺様は失望した。……ああ、失望させられたと告白する。

 そうだろう、ええ、マクネア!!」

 

 ヴォルデモートは近くにいた魔法使いの仮面を奪い取る。仮面を取られた魔法使い、マクネアはふらふらとその場に倒れ込んだ。マクネアを皮切りに、ヴォルデモートは次々に手近な死喰い人の仮面をはぎ取っていく。

 

「もっとましな働きはできなかったのか、クラッブ、ゴイル!! なぜ、俺様を探さなかったのだ、エイブリー、ノット! ……お前もだ、ルシウス!」

 

 他の死喰い人たちは仮面を取られると、後悔するように地面に跪く。しかし、ルシウス・マルフォイだけは別だった。彼だけは直立不動の体勢のまま動かない。

 

「我が君、もし、ちらりとでも噂を聞いていれば――」

「聞いていただろうが。お前は魔法省とのつながりも強い。間違いなく、聞いていただろう。クィディッチワールドカップの時は楽しい同窓会を開いたと聞いたぞ? その力を何故、俺様の捜索に当てなかったのだ」

「我が君、我が君が力を失ってから13年間、世間に見せていたこの顔こそが――偽りの顔だったのです」

 

 ルシウス・マルフォイが絞り出すように声を出す。

 辺りが静まり返った。そして、おそるおそるアレクトが声を上げた。

 

「あの、私はおそばに――」

「それは恐怖からだ。忠誠心からではない」

 

 ヴォルデモートが即答する。

 

「ああ、だがしかし、お前たちはよくやってくれた。ワームテールの臆病者が捕らえられたときは焦ったが、代わりにお前の兄が俺様を発見してくれた。俺様が復活できたのは、お前たち兄妹のおかげだ」

 

 ヴォルデモートは慈しむような声色で言いながら、杖を一振りした。するとアレクトの腕の切り口から銀色の腕が出現する。

 その様子を見ながら、セレネは唇を噛んだ。

 

 思い出したのだ。アミカスとは、アミカス・カロー。

 リドルの館にカロー姉妹を迎えに来た従兄だ。彼はリドルの館を探検し終えた後、様子がおかしかった。きっと、その時にヴォルデモートに対面したのだ。 

 自分はヴォルデモート復活の一端を担ってしまった。そう思うと、悔しくて悔しくてたまらなかった。

 

「ここには、六人の死喰い人が欠けている。そのうちの一人、最も忠実なる下僕であり続けた者はすでに任務についている。その忠実な下僕はホグワーツにあり、その者の尽力によって、今夜――俺様の復活パーティーに若き友人たちを招待した。もっとも、一名……余計な者もいるが、すでに死体だ。別に構わん」

 

 死喰い人たちの目が、ヴォルデモートからセレネとハリーに向けられる。 

 

「まずはハリー・ポッター。当然、ここに集った誰もが知っておるだろうな、俺様から逃れ、破滅に追い込んだ『生き残った男の子』だ」

 

 ヴォルデモートは語り始めた。

 ハリーに「アバダケダブラ」を使ったが、彼の母がかけた「古の護り」のせいで呪いが弾き返され、塵にも等しい状態まで落ちぶれたこと。潜伏していた森に迷い込んだクィレルを使い、賢者の石を手に入れようとしたこと。しかし、それもハリーとセレネによって阻止されてしまったこと。再びアルバニアの森に戻り、つい1年前――ピーター・ペティグリューが助けに現れたということ。前半はピーター、そして後半はカロー兄妹の力を借りて、身体を取り戻すことができたと――。

 

 ヴォルデモートは復活までの道のりを懐かしそうに語った。

 だが、その眼は油断を許さない。セレネの指がぴくりとでも動いたら、磔呪いでも飛ばしそうな緊迫感があった。

 

「生き残った男の子。俺様と対峙し、2度も生き残った男の子だ。だが、その伝説もここで終わる。

『クルーシオ‐苦しめ』!」

 

 ヴォルデモートは楽しむようにハリーへ呪いをかけた。

 ハリーの絶叫が夜の墓地に木霊する。夜空を貫くような悲鳴で、墓地の向こう側に止まっていた鴉が驚いて飛び去るのが見えた。死喰い人たちは何が楽しいのか、忍び笑いをしている。人の苦しむ姿を見て笑うなど、セレネはしない。

 もっとも、リータ・スキーターは例外だが。

 

「見ろ、なんともみっともない悲鳴だ! この小僧がただの一度でも俺様より強かったなどと考えるのは、なんと愚かしいことだったか。

 はっきり言っておこう。このポッターが我が手を逃れたのは、たんなる幸運だ。いまここで、全員の前でこやつを殺すことで俺様の力を示すとしよう。

 生き残ってしまった男の子、ハリー・ポッター。もう助けてくれるママはいないぞ? それとも、またそこの女の子に助けてもらうか?」

 

 ヴォルデモートは杖先をセレネに向けた。

 

「さて、ポッターを殺すのはいつでもできる。次の招待客の話をするとしよう。セレネ・ゴーント。由緒正しきゴーント家の末裔を名乗る者だ」

 

 ヴォルデモートは愉快そうに語った。

 

「聞いたぞ、蛇語を操ると。そして、直死の魔眼――実に素晴らしい。だが、ゴーントの生き残り、つまり、サラザール・スリザリンの最後の末裔は、確かにこの俺様だけだ。マールヴォロは死に、その息子はゴーントの名を名乗る資格もない粗野な男だった。娘の方は、この俺様を産んで死んだ。

 ……当然、お前はそのことを調べていたはずだ。すると、残された可能性は一つ。……お前は自身を俺様の娘だと思ったか?」

「まさか! ありえません!」

 

 セレネはあからさまに嫌な顔をした。それを見て、ヴォルデモートも頷いた。

 

「うむ、俺様も現時点で子を作るのは賢明ではないと考えている。無論、若かりし頃に遊ばなかったわけではなかったが、そのときに殺し忘れた赤子だとしても年齢が合わない。

 クィレルが殺され、アルバニアの森に戻った時――唯一良かったことは、考える時間が手に入ったことだ。

 なぜ、ゴーントを名乗る娘がホグワーツにいるのか。そして、思い出した。忘れもしない17年前だ。我が偉大なる祖先が眠る墓地が荒らされたと知らせが入った」

 

 ヴォルデモートは語る。

 ハリーも死喰い人も、当事者であるセレネも話に聞き入っていた。

 

「純血の魔法使いの墓地ともなれば、警備の魔法も厳しく張られている。だが、哀しいことにゴーントは没落した一族だった。最後に埋葬されたマールヴォロ・ゴーントの墓など、ろくに守護の魔法をかけられていなかった。俺様が見たのは、盗掘されたあとだった。我が祖父、マールヴォロの頭蓋骨が失われていた。

 マールヴォロの墓を暴こうなど、俺様に対する挑戦以外の何物でもない。俺様は盗人を探し出した。そして、見つけ出した。

 メアリー・スタイン。お前の母親となっている錬金術師だな?」

 

 セレネは心臓を鷲掴みにされた感覚に陥った。

 そして、クイールから以前――9月に学校に戻る前、教えてもらったことが蘇る。

 

 メアリーから赤子を託され、その数時間後に家を訪ねたら鍵がかかってなく、外傷のない男の遺体と母の姿があったと――。

 

「覚えておるぞ、11月の寂しい夜だ。俺様はお前の家を訪ねたのだ。何体かホムンクルスが警備にあたっていたが、俺様の手を煩わせるほどでもない。すべてのホムンクルスを殺し、メアリー・スタインを尋問した。磔呪いを幾度か使えば、簡単に口を割ったぞ」

 

 ヴォルデモートの口元が愉悦に歪む。セレネは耳を覆いたくなった。この話を聞いてはいけない、と頭が警報を鳴らしている。しかし、身体は動かない。力を入れようとしても、指先一つも動かなかった。

 

「マールヴォロの骨を使って、アダムを創り出そうとした。先祖のヴィクター・フランケンシュタインはイヴから作り出そうとして失敗したので、アダムを創り出そうとしたと。

 ああ、確かに、マールヴォロから創り出された『アダム』は強かった。あくまで、他の雑魚どもに比べたらだが――俺様の前では一撃よ。

 だが、あの女はアダムを創り出した後、さらなる完璧な人間を創り出そうとした。アダムでは飽き足らず、ホムンクルスの限界を越えようとしていた」

「ホムンクルスの限界?」

 

 セレネの口から言葉が零れていた。

 

「ホムンクルスは完璧な人造人間。産み出された時点で完成されている。ありえないです」

「だが、あの女はそれをしようとしたのだ」

 

 ヴォルデモートが笑いだした。

 

「サラザール・スリザリンの血を引くアダムに相応しい女を探した。スリザリンは東洋の血を引いている。彼女は力量のある東洋人の遺伝子を探し求めた。

 そして、日本で見つけた……シキ・リョウギという女だ。ところが、そいつはまだ赤子だった。警備も厳しく、メアリーはリョウギの髪の毛を一本手に入れることで精いっぱいだった。仕方なしに、手に入れた髪の毛から卵子を創り出した。製法は知らん、俺様は造られた生命体になど興味がない。

 

 さあ、ここまで言えば――あとは、分かるだろう?」

 

 セレネは呆然とした。

 遺伝子を変質させて卵子を創り出すのは、理論上は可能である。無論、現在のマグルの技術ではできない。だが、この世界には魔法がある。しかも、彼女はホムンクルス鋳造に長けた錬金術師だ。髪の毛から遺伝子情報を読み取り、それを卵子に錬成することくらい可能であろう。

 

「マールヴォロから創られたホムンクルスの精と東洋の女から創り出された卵子。そう、セレネ・ゴーント。お前はホムンクルスと人間から生み出されたのだ」

「……ありえません」

 

 セレネは小さな声で反論する。声を必死で絞り出しながら、ヴォルデモートの解答の抜け道を探そうとする。

 

「ホムンクルスは……成長しません。ですが、私は成長しています」

「ああそうだ。言い方を変えよう。お前は人間だ。ホムンクルスと人間から生まれた実に奇跡のような存在だ――が、俺様からすれば、ゴーントの名を騙る者よ。

 しかし、そいつをどこに隠したのか尋問する直前、アルバス・ダンブルドアが現れた。俺様は撤退を余儀なくされた」

「そんな……」

 

 自分の母親だと思っていた人物は、母ではなかった。

 父親はそもそも人造人間であり、母となった人物もセレネのことを知らない。

 

「俺様は、お前の性能をテストしていたのだ。第一の課題、第二の課題も生き残るようであれば、この墓地に連れてくるように誘導せよとな。いくらゴーントを騙る者とはいえ、お前はスリザリンの末裔として必須の蛇語を完璧に使いこなす。17歳の魔法使いたちと対等以上に戦う魔女だ。

 俺様の元へ来い、セレネ・ゴーント。俺様なら、その魔眼を抑える方法を教えてやれる」

 

 ヴォルデモートが優しく尋ねてきた。否、尋ねてくるという言葉では生易しい。彼は、セレネに命令してくる。自分の配下になれ、と。

 セレネは少し揺らいだ。魔眼の力を消すために、賢者の石を創り出そうとした。結果、現時点で生み出されたのはパラケルスス版の魔法の吸収メインの賢者の石だ。フラメルの作り出した完璧なものとは程遠い。この調子では、魔眼殺しが直死を抑えきれなくなったとしても、石は完成しないだろう。

 

 そうなると、ヴォルデモートの提案は非常に魅力的だ。

 

 ――セレネはまっすぐ、ヴォルデモートを見上げた。

 

「お断りします。私、自力で探したいから。

 それに……お前の下に付くなんて、死んでもごめんです」

「……そうか、俺様の提案を断るのか」

 

 ヴォルデモートの顔が不快そうに歪んだ。だが、次の瞬間、再び愉悦の表情を浮かべる。嫌な予感しかしない。セレネは身を硬くした。

 

「偽りの母のように磔呪いをかければ、強情な舌も緩むか? いや、お前はそんな程度では屈しないだろうよ。

 では、こうするとしよう」

 

 ヴォルデモートは杖でリズムを取るように、手のひらを叩き始めた。

 

「俺様はお前の母を殺し損ねた。だが、お前の母はお前を愛していたか?」

「……なんのことでしょう」

「そこのポッターとの違いだ。俺様の母は俺様より父を愛していた。だが、父は母を見捨てた。セレネ・ゴーント、お前の両親の間にも愛はない。メアリーから愛は受けなかっただろう? あれは、お前のことを作品として見ていた」

「そんなこと、分からないですよ」

「お前と俺様は、そこだけは似ている。忘れているようなら、思い出させてやろう。

 

『レジリメンス‐開心せよ』!」

 

 ヴォルデモートの杖から放たれた閃光が、セレネの胸を直撃した。途端、目の前に広がっていた墓地がぐらぐらと回り、消えていく。切れ切れの映画のように、次々に画面が心を抉っていく。

 

 心を見られている。

 セレネがそのことに思い至ると、すぐに閉ざそうとした。

 

 普段のセレネであれば――それこそ「闇の魔術に対する防衛術」で服従の呪文に抗ったときのセレネならば、冷静に心を締め出し、侵入者を撃退する呪いを構築することができたはずだ。

 

 

 しかし、セレネは疲れていた。

 蛇のせいで呼吸困難に陥り、縄で強く縛られ、ヴォルデモートの復活劇を目の当たりにし、いきなり認めたくないような事実を突きつけられたのだ。

 

 自分は純粋な人間ではないと突きつけられ、平静を保てる女の子がいるだろうか?

 

「いや……やめて!!」

 

 セレネは絶叫する。

 

 セレネの前に風景が広がっていく。

 意図的に忘れていた、見ないふりをしてきた記憶が次々と明るみに出てくる。

 

 

 三歳の時――クイールに連れられて初めて病院に行った。

 母が好きだという花――リコリスをプレゼントした。でも、こちらを見てくれない。

 母はセレネを見ずに、さまざまな人形を並べて話していた。クイールとは何か話していたが、セレネを認識してくれなかった。

 

 四歳の時、状況は変わらない。

 セレネに見向きもせず、人形たちに向かって話している。

 

『この中で一番優秀な子は誰なのかな? やっぱり、アダムかしら? フランも素敵ね。こらこらチャールズ、嫉妬しては駄目よ』

 

 そのとき、セレネは気づいた。

 母親は優秀な子を求めている。自分も優秀であることを証明すれば、こちらを見てくれるかもしれない。

 

 

「いや、見ないで! これ以上、見ないで!!」

 

 

 セレネは叫んだ。

 渾身の力で針刺し呪いを放つ。しかし、ヴォルデモートは杖を一振りしただけだった。杖も使わず、詠唱すらもない魔法がヴォルデモートに届くはずもない。

 

 ヴォルデモートはセレネの心の奥に突き進んでいく。

 

 

 

 5歳の時、初等教育学校に入学した。

 誰よりも勉強し、すぐに学年で1位を取った。母に報告に言ったが、その程度では聞く耳すら持ってくれなかった。人形たちに向かって「きらきら星」を歌っていた。

 

 

 

 6歳の時、いつも1位を取っていた。だが、友だちはできなかった。皆からいつも遠巻きにされ、ひそひそと噂話を立てられていた。交友関係を義父が心配し始めていたので、取り巻きを作ることにした。手始めに喧嘩を売ってきた者を返り討ちにし、支配していった。

 

 7歳の時、自分の周りにはたくさんの友だちができた。成績は学校で1番良く、イギリスの全国テストでも上位に食い込むようになっていた。

 そのことを母に伝えたが、一瞬たりとも自分を見てくれなかった。

 

「やめてーー!!!」

 

 もちろん、ヴォルデモートは止めてくれない。

 

 

 そして―――あの最悪な記憶がセレネ一杯に広がった。

 

『ママ、見てよ! 私、イギリスで1番になったのよ!』

 

 セレネはテストの結果を握りしめ、母の病院へ向かった。

 これなら、やっと母は自分を見てくれる。やっと、認めてもらえる。セレネは家に帰らず、まっすぐ病院へ走ったのだ。

 

 ところが、ここで事件が起きた。

 

 白い病院が燃え始めている。

 医師たちが患者を逃がしている。誰も、ちっぽけな小娘に構う者などいない。

 

『火元はどこ!? 調理場?』

『いや、3階だよ。あそこの患者たちの誰かが起こしたんだと思うが、どうやったんだ!? マッチもライターも持たせていないんだぞ!?』

『僕たちでは、3階の患者は助けられない。消防を待とう』

 

 3階――それは、メアリーの病室がある階だった。

 セレネは震えあがったが、すぐに走り出した。母親は優秀な子を望んでいる。火事から母を助け出せれば、きっとイギリスで1位になったことと合わせて、自分を見てくれる。絶対に認めてくれる。

 セレネは医師たちの合間を縫い、口をハンカチで塞ぐと走り出した。

 

 煙で目が痛くなった。

 視界も悪い。暑くてたまらない。だけど、母を助けるために通い慣れた道を走る。

 

『ママ、逃げよう! 火がね、そこまで来てるの!』

 

 しかし、彼女は全く動こうとしない。

 いつの日にか渡した赤いリコリスを、赤い世界で眺めている。セレネは母の袖を思いっきり引いた。

 

「ねえ、ママ。死んじゃうから、逃げようよ!! 私が助けに来たんだから!」

「死んじゃう?」

 

 ここで初めて、母親がセレネを見た。彼女は、薄く微笑んでいた。そのここではない――もっと遠くのどこかを観る様な狂気を帯びた視線に、セレネは震えあがってしまった。咄嗟に、彼女から手を放そうとするが、逆につかまれてしまう。

 

『じゃあ、一緒に死にましょう――可愛い御嬢さん』

『――っ!!』

 

 セレネは、声にならない悲鳴を上げる。腕を放そうとするが、予想以上に強い力でつかまれていた。むしろ、つかむ力は益々強くなっていった。恐怖に比例する様に、身体が熱くなっていく。

 

 熱くて、熱くて、死んでしまいそうだ。

 

 セレネは身をよじりながら、母親に懇願した。

 誰よりも大事で、誰よりも大切で、誰よりも―――自分を見て欲しい人に。 

 

『やめてよ――まだ、まだ、死にたくないよ。一緒に生きようよ――――ママ!!』

 

 しかし、返って来た言葉は残酷な現実だった。

 

『ママって誰? 早くしないと、例のあの人が私の研究結果を手に入れようとしに来る。だから燃やしたのに。死のうとしているのに。

 私の邪魔をするなら、ここで貴方も死になさい』

 

 細い指がセレネの首を握りつかむ。

 セレネは息ができなかった。もがいても、もがいても指が食い込んでくる。セレネの意識が遠ざかりかけたとき、消防隊員たちがドアを突き破って入って来た。セレネは彼らの手によって救出されたが、母は違った。狂ったように高笑いを上げながら、ここにはいない誰かに叫ぶ。

 

 何を言っているのか分からなかったが、呪詛の類に聞こえた。

 彼女は高笑いをしながら業火に包まれ、セレネの目の前で――焼死した。

 

 

 彼女は一度も、セレネを認めず、愛することもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……汚された」

 

 開心術は既に解かれていた。

 視界も記憶ではなく、墓地に戻ってきている。

 

「私の心が……土足で踏みにじられた……」

 

 セレネは半分泣きながら呟いた。

 死喰い人たちが笑っている。ヴォルデモートも愉快そうに口角を上げていた。ハリーはこちらを憐れむように見てくる。セドリックの表情は視えなかった。

 

「哀れな娘、愛されなかった娘よ。我が傘下に入れ。自分を愛さなかった世界に復讐するのだ」

 

 セレネは何も答えなかった。

 ただ、黙ってクラムの杖を取った。そして、自分に向かって呟く。

 

「『エマンシパレ‐解け』」 

 

 縄が解けていく。

 セレネの身体はずいぶん楽になった。クラムの杖をしまい、足元に転がっていた自分の杖を拾う。 

 

「手始めに、そこにいるポッターを攻撃しろ。お前はポッターのことが憎いのだろう?」

 

 ヴォルデモートが甘く囁いてくる。

 

 セレネは、ハリーが嫌いだ。

 自分より格下なのに、ここぞというときは必ず彼が上にいる。

 一年生の時に獲得した点数も、秘密の部屋の事件を解決したときに注目を浴びたのも、シリウス・ブラックが無実だと見破ったことも、そして、炎のゴブレットに選出され、代表選手として課題を解決した時も。必ず、セレネの上にはハリーの存在があった。

 

 常に上へ行くハリーが憎い。優勝杯の所有権を放棄しようとしたときのハリーが苦手。いまも、自分を憐れむような目で見てくるハリーが嫌い。支配する関係ではなく、友だちとしてみんなと仲良くしているハリーが羨ましい。

 

 自分にない物を持っている、ハリー・ポッターが大嫌いだ!!

 

 

 セレネは杖を掲げた。

 

「『ステューピファイ‐麻痺せよ』!!」

 

 そして、迷うことなく杖先をヴォルデモートに向ける。

 しかし、その赤い光線が彼に届くことはなかった。彼は杖を一振りさせると、盾の呪文を構築する。セレネは呪いを畳みかけた。

 

「『フリペンド‐撃て』『ペトリフィカス・トタルス‐石になれ』『ステューピファイ‐麻痺せよ』!!」

「……決闘の作法がなっていないな、セレネ・ゴーント」

 

 ヴォルデモートが口を開いた。

 

「決闘とは、まずはお辞儀をするものだ。ダンブルドアは教えなかったか?」

「そんなことを気にするなんて、考えたこともなかったわ」

 

 セレネは微笑みもせずに言い放った。

 魔眼殺しをしているというのに、墓地内のそこらじゅうに線が奔っている。怒りと悲しみで魔眼の力が一時的に能力が向上しているのかもしれない。

 

「ええ、確かにハリーは私にない物を持っている。とても、羨ましい!」

 

 杖を振るいながら、ヴォルデモートが放ってくる死の呪いを避けた。

 

「でも、人の心を土足で踏み荒らす大量殺人鬼の方が、百倍嫌いなんだから!!――『ヴェンタス‐突風よ』!!」

 

 セレネは大声で叫ぶと、ヴォルデモートに加勢をしようとしてきた死喰い人を吹き飛ばした。それを皮切りに死喰い人たちが襲いかかってくる。だが、彼らの呪いがセレネに届くことはなかった。

 

「『プロテゴ・トタラム‐万全の護りよ』!」

 

 セドリック・ディゴリーがセレネに防御の魔法をかけたからだ。ハリーはセドリックによって助け出されていた。ハリーは少し痛みが残っているのか足元が若干ふらついている。

 

「セドリック・ディゴリー!」

「君の石のおかげだよ、ありがとうセレネ」

 

 セドリックは少しだけ微笑むと、すぐに真剣な顔に戻った。

 

「まさか、あの人が復活するなんて……信じられない」

「ですが、これは現実です」

「そうだよね、だったら僕も戦わなくちゃ。……正直、怖いけどね」

 

 セドリックは杖を振るった。すると、墓石がラブラドールレトリバーに変身する。ラブラドールレトリバーは死喰い人たちに襲いかかって行った。死喰い人たちは襲い来る犬を失神させようとしたが、呪文が命中するたびに分裂していく。ラブラドールがクラッブやゴイルの父と思われる死喰い人たちの尻やズボンに群がり、噛みつき始めていた。

 

「魔法生物のマタゴを知っているかい? それの特性を変身術に取り入れたのさ、試したのは初めてだけど上手くいって良かった」

 

 セドリックは得意げに笑った。セレネは感心する。さすが、本来の代表選手だ。

 セレネは眼鏡を外した。ヴォルデモートに線は視えなかったが、他の死喰い人たちは視える。この原因を思考する暇はない。守りをすり抜けてたどり着いた呪いを切り捨てながら、セレネも負けじと杖を振った。

 

「『サーペンソーティア‐蛇よ出ろ』! 『あいつらの急所を狙え!』」

 

 杖先から生み出された蛇たちに蛇語で指示を飛ばす。死喰い人たちはヴォルデモートと異なり、蛇語を理解しない。蛇が何を命令されたのか分からず、一瞬だけ緊張感が奔る。その隙に蛇たちは死喰い人に襲いかかり、彼らの喉元を狙った。

 

 セレネとセドリックの共闘により、死喰い人たちは着実に数を減らしている。

 あとは、親玉を退治すればなんとかなるだろう。

 

 

 その親玉――ヴォルデモートの関心は、すでにセレネになかった。彼の目線は、拘束を解かれたハリー・ポッターに向けられている。

 ヴォルデモートは激高しながら、ハリー目がけて死の呪いを打ち続けていた。ハリーは墓石の後ろに隠れている。機会を見て救出しようと思ったが、そちらの方へ足を向ければ巨大な蛇が近づいてくる。

 

「ポッター! 逃げ隠れするな!! お前の目から光が消えていく様を見たい、この臆病者が!!」

 

 ヴォルデモートはハリーを挑発する。

 すると、ハリーは覚悟を決めたような表情で姿を現した。

 

「『エクスペリアームズ‐武器よ去れ』!」

「『アバダケダブラ』!」

 

 ハリーの杖から出された赤い閃光とヴォルデモートの杖から噴出された緑の閃光がぶつかり合う。

 当然、歴戦の闇の魔法使いの方が復活したばかりとはいえ力量が上だ。武装解除の呪文は押し負け始め、じりじりと緑の閃光がハリーに近づいていく。

 

 死喰い人たちも一度、戦いの手を緩めた。

 セドリックも死喰い人たちににらみを利かせながら、加勢のタイミングを狙っている。無論、セレネもだ。言葉が通じない巨大な蛇を警戒しながら、ハリーとヴォルデモートの戦いを見守る。偽の賢者の石はもうない。だから、死の閃光がハリーに届く直前に前へ躍り出て、閃光に奔る線を斬るのだ。そうすれば、生き残った男の子は助かる。

 

 そんなことを考えていると、不思議なことが起きた。

 宙でぶつかりあっている閃光が変わったのだ。緑色でもなければ、赤色でもない。濃い金色の糸のように2つの杖を結んでいた。杖同士を繋いだまま、光が1000本あまりに分かれ、ハリーとヴォルデモートの上に高々と弧を描き、2人の周りを縦横に交差している。やがて2人は、金色のドーム型の光の籠ですっぽりと覆われていた。その外側で、死喰い人達が慌てふためいている。ハリーもヴォルデモートも、何が起こったのか分からないらしく、ドーム内部で目を見開いていた。

 

「セレネ、あのドームはなにか知っているかい?」

 

 セドリックが小声で聞いてきた。セレネは黙って首を横に振る。

 

「いいえ。それより、あのドームが崩れたら――ハリーを救出しましょう。私は、この場からの離脱を提案します」

 

 このまま戦っても勝ち目は薄い。

 そもそも「死の呪い」は大量の魔力を必要とする。例えば、ゴイルがセレネに向けて死の呪いを放ったところで痛くもかゆくもないだろう。よくて、せいぜい体調が少し悪くなる程度だ。

 そんな死の呪いを何発も打つことができる。その時点で、ヴォルデモートの強さが計り知れないものであることを物語っていた。一度くらいなら閃光を斬ることができるだろう。しかし、何度も打たれたら――おそらく、さばききれずに死ぬ。

 

 それだけは避けたかった。

 

「そうだね。まずは撤退し、ダンブルドアに報告することが大切だ」

 

 セドリックも頷いた。

 

「これは、僕たちだけでどうこうできる問題ではない。でも、どうやって逃げる?」

「呼び寄せ呪文で優勝杯を持ってきます」

「でも、ここからは距離があるよ。呼び寄せている間に妨害されて終わりだ」

「それは大丈夫です。優勝杯を呼び寄せる作戦があります。私が前を担当するので、あなたは後方の守りをお願いできますか?」

 

 セレネが尋ねると、セドリックは微笑んだ。彼は、セレネの左腕をつかむと小さな声で答えてくれた。

 

「大丈夫。任せておいて」

 

 不思議な金の籠内部では、なにが起きているのか。

 彼らには何かが見えているのか、一点を見つめて愕然としている。いったい、それから何分経ったことだろう。突如、金の光が弾けてヴォルデモートに襲いかかった。ハリーは彼に背を向けて、こちらへ走ってくる。

 

「ハリー、手を!!」

 

 ハリーの指先が触れる。その瞬間、セレネは彼の手をつかむと走り出した。無論、死喰い人たちがそうはさせまいと前に立ち塞がって来る。セドリックが背後に向かって呪いを飛ばしている声が聞こえてきた。セレネは前だけを見つめる。

 まだ優勝杯との距離があった。セレネは前に向かって呪文を飛ばした。

 

「『ヴェンタス マキシマ‐突風よ、吹き飛ばせ』!」

 

 風が巻き起こり、死喰い人たちを退ける。セレネは突風は道を作った。

 死喰い人たちを蹴散らしながら放たれた突風は、背後に真空状態を発現させる。そこは、いわば疾風の特異点だ。セレネはハリーの手を握りしめたまま逆巻く突風の中へ躊躇うことなく足を踏み入れ、勢いよく風を蹴った。

 

「ハリー! 呼び寄せ呪文を!!」

 

 優勝杯への最短距離を走る。だが、それだけでは間に合わない。

 風の道を走りながら、ハリー・ポッターは叫んだ。

 

「『アクシオ‐来い』!!」

 

 優勝杯が浮きあがり、風の道を飛んでくる。青白く輝く取っ手に、ハリーが手を伸ばした。

 ヴォルデモートの怒りの声が聞こえてくる。それと同時にセレネはへその裏側辺りが引っ張られていくのを感じた。

 突風と色の渦の中を、移動キーはセレネたちを連れ去っていく。

 

 墓地からも、ヴォルデモートからも、遠く――ホグワーツへ。

 

 

 三人は帰っていく。

 

 

 

 

 

 地面に足がつく。

 セレネは崩れ落ちるように倒れ込んだ。横目で確認すれば、セドリックも、ハリーも倒れている。眼鏡をはずしているせいだろう。あちらこちらに奔る線が頭痛を生じさせていた。

 頭が痛い。苦しい。気持ちが悪い。

 セレネは疲労で動けなかった。本当にホグワーツに戻って来たなら、あの人物が敵だということを言わなければならない。ヴォルデモートが復活したこともだが、それより先に身の内に敵を飼っている状態を伝えなければならなかった。

 しかし、ありとあらゆる音が大洪水のように襲いかかってきて気分が悪くなった。船酔いをしたときのように、世界が揺れている感じもする。

 

「セレネ! セレネ!!」

 

 二本の腕を感じた。

 力強く、抱き寄せてくる。

 

「ああ、良かった。無事で良かった!」

 

 それは、義父の泣き声だった。

 セレネを抱き寄せながら、人目をはばかることなく泣いている。

 

「迷路から優勝杯と一緒に消えたときは、心配したよ。傷だらけじゃないか、顔色も悪い! ああ、でも無事で良かった。君は、僕の大事な娘なんだから……僕より先に死なないでおくれ」

「だいじな、むすめ?」

「そうだよ、セレネ。よく頑張ったね、おかえり。優勝、おめでとう」

 

 セレネは義父に力強く抱かれながら、呆然と――敵のことを伝えようという危機感とは別の感情が溢れ出てきた。その感情が何なのか、いままでセレネが感じたことのないものだった。一度だけ、似たような気持ちになったことがあった。まるで何年も前のような気もするが、実際のところたった数時間前――クイールに叩かれたときの気持ちと似ている。

 

「ねぇ、おとうさん。私のこと、愛してる?」

「当たり前じゃないか。何を今さら……さあ、医務室へ。校医の先生はどこかな?」

 

 セレネは、人目をはばかることなく泣きじゃくりたくなった。

 だけど、泣く前にすることがある。セレネの視界の端に、ハリーがムーディに連れられて城へと戻っていく姿が飛び込んできたのだ。

 

「ダンブルドア先生。マクゴナガル先生、スネイプ先生」

 

 セレネは掠れた声で、しかしできるだけハッキリと三人に向かって話しかける。

 

「ムーディ先生は敵です。あの人、魔法の目で迷路を透視し、クラムに服従の呪文を――」

「なんですって、アラスターが!?」

 

 マクゴナガルは驚いたように声を上げた。

 

「時間がない。ミネルバ、セブルス、一緒に来てもらえるかの。

 ポピー、セドリックとセレネを医務室へ。ポモーナ、会場の生徒たちに説明を」

 

 ダンブルドアは素早く指示を飛ばすと、マクゴナガルたちを連れて一足先に城へ戻ってしまった。セレネとセドリックは校医のマダム・ポンフリーに連れられて医務室へと移った。セドリックも魔力切れで動くのがつらいのか、彼の父親の腕を借りながら歩いている。

 

「お父さん、あの人を見たんだ。復活したんだよ、墓地で」

 

 セドリックが消え入りそうな声で父親に語っている。父親は完全に当惑していた。

 

「あの人? 例のあの人が!? まさか、そんなことは……お前は混乱しているんだ。すぐにダンブルドアに説明を求めないと」

「違う、本当なんだよ……お父さん」

「セレネ、あの人って誰だい?」

 

 クイールが心配そうに尋ねてきた。

 セレネは空を見上げながら、その問いに答えなかった。

 

「お父さん、私――オーストリアに行きたい」

 

 問いの代わりに、他の言葉を投げかける。

 

「パリもいいけど、やっぱり本場でモーツァルトを聞きたいの。きらきら星が、好きだから」

「ああ、かまわないよ。僕も大好きだ」

 

 クイールが泣きながら笑っている。

 セレネは遠くを見つめた。

 

 ヴォルデモートが復活した。

 きっと、また戦いを挑んでくる。そのときは、こんな簡単に逃げられるわけがない。

 

 そのときまでに、手の内を増やさなければ――。

 

 

 どこまでも、どこまでも澄み切った夜空を見上げながら、セレネは来るべき戦いに思いを馳せる。

 

 

 

 

 




 これにて、第四章完結です。
 ムーディの思惑は、次話の最初に書く予定です。

 とある人物の運命は断ち切られました。
 彼らも今後、参戦してくることでしょう。

 第四章完結に当たって、活動報告を更新したいと思います。
 細かい設定などは、そちらの方へ書くつもりです。

 第五章は、みんな大好きガマガエル先生の登場です。
 これからも、「スリザリンの継承者 魔眼の担い手」をお楽しみに!!


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