なにごとも、はじめが肝心である。
肝心……なのだが……
「……迷った」
先ほどから同じ廊下をぐるぐるぐるぐる回っている気がする。
右に行っても左に行っても、階段はおろか脇道すら見当たらない。そもそも、どこからこの廊下に入ってくることができたのだろうか。
もうくたびれて、そのまま廊下に座り込みたくなってしまった。
入学してから1週間、ほとんど勉強に明け暮れていた。
授業で指名されても、もちろん予習した範囲のことは答えられる。いずれ、今までの予習も追いつかなくなるので、授業の復習をテキパキと終わらせて、次の予習を取り組む。その時間を縫って、マグルの勉強に取り組む。
こんな毎日を送っていたせいだろう。
「友達もできないし、こうして1人で移動し迷子になってしまうなんて」
無様だ、私。
鞄に入りきらなかった本をぎゅっと抱え込む。
しかし、過去の記憶で見た『セレネ・ゴーント』でいるためには、こうして勉強しないといけない。
『私』が『セレネ』である以上、常に『優等生』として頂点に君臨せねばならないのだ。
もっと、もっと頑張らなくては―――
「どうしたらいいんだよ、本当に」
しかし悲しきかな。
現実とは非情である。叫んだところでなにも状況は変わらない。
だいたい、何にでも魔法を使うモノじゃない。
その典型的な例が階段だ。ホグワーツには142もの階段があって、しかもそれ一つ一つに何かしらの特徴があるなんて馬鹿げている。もちろん、浪漫はあるが限度というものがあるのだ。広くて壮大な階段や、狭くてガタガタ揺れる階段ならば、まだ許せる。だが、金曜日にはいつも違う所へ繋がる階段や、真ん中の辺りで毎回1段消えてしまう階段というのは正直やめて欲しい。
いや―――階段よりも、扉の方がたちが悪い。
丁寧にお願いしないと開かない扉や、正確に一定の場所をくすぐらないと開かない扉、扉に見えるけど実は固い壁のふりをしている扉などなど、奇妙な扉が多すぎる。
「オマケに、肖像画の人物もしょっちゅう訪問しあっている。場所の把握がしにくいじゃないか」
いろんな場所に魔法をかけすぎているせいで、逆に不便に感じる。これも勉強の1つなのか?記憶力を養う為とか? 冗談は、休み休みにしてほしい。
「誰かに聞くべきか? いや、でもこの辺りに人は……」
いなかったはず――と呟きながら角を曲がった時だった。
鏡の前でコソコソ何かしている2人組が目に飛び込んできたのである。
背格好からして上級生だろう。2人とも赤毛ののっぽで、瓜二つの外見をしていた。
「奇跡だ!」
顔の筋肉が緩むのが分かった。いそいそと道を尋ねようと近づいていく。日頃の行いの良さが、報われたのだろうか? 私が駆け寄って声をかけるより先に、2人は私に気づいたらしい。同じタイミングで振り向くと、オウムのように代わる代わる口を開いた。
「こんなところで何してるの?」
「いきなり授業をサボるつもり?」
「新学期早々、授業をサボるなんて、たいした度胸だよな」
「ま、オレたちもサボってるけど」
「ははは、たしかに」
2人は顔を見合わせて笑っている。声から笑い方までそっくりだった。まるで、鏡を見ているかのようである。そんなことを頭の隅で考えながら、私は早口で尋ねた。
「実は道が分からなくなってしまいまして。『闇の魔術に対する防衛術』の教室はどこでしょうか?」
「なーんだ。ただの迷子ってこと?」
「制服も新品だしね。おっと、スリザリン生か」
私のネクタイに視線が向けられる。
緑の地に銀の縞模様が入ったネクタイは、少しおしゃれで、着けていると誇らしい気持ちになる。
「はい、スリザリンの1年生です」
「珍しいな、スリザリンの迷子って」
「スリザリン生って常に群れてるイメージあるからな」
「もしかして、いじめられているとか?」
「仲間外れか。そういえば、マグル出身者がスリザリンに入ったって噂になってたな」
「そんなことありえません!」
私は頬を膨らませながら反論する。
「私、マグルの世界で育ちましたが、いじめなんて受けていませんから」
少しムキになって答えると、双子は「冗談さ」と笑った。
「『闇の魔術に対する防衛術』の教室だろ? 反対側の塔さ」
「反対側ですか――って嘘だろ?」
私は愕然とした。
反対の搭……ここからだと、軽く20分はかかってしまう。下手したら30分かかるかもしれない。ショックのあまり、抱え込んでいた本が数冊、ばらばらと床に落ちてしまった。
「人生、山あり谷ありさ。スリザリンの新入生よ」
そんな私を慰めるかのように、肩をぽんと叩かれた。
「だが特別に、短縮ルートを教えて進ぜよう」
「おっと!ただとはいわないぜ。簡単なことだ。俺たちがこの辺りをうろついていたってことを口外しないと誓えるなら教えよう」
「特にフィルチに教えるな」
「マクゴナガルやスネイプもうるさそうだな」
さぁどうする?という感じで、こちらを見てくる。なんだかんだ言っていられない。もし、嘘だとしたら先生に「ここの廊下で授業サボって、しかも、困っている下級生に嘘の道を教えた悪い先輩がいました」と言いつければいいことだ。私は無言でうなずくと、2人はニヤリと笑った。
「そこにタペストリーがあるだろ? あそこの裏には、秘密の通路がある」
「通路を抜けたら、とにかくまっすぐ進む。道の奥には、牧場の絵がかかってる」
「一番大きな牛の腹をくすぐるのさ」
「そうしたら絵が扉に早変わり!」
「扉を開けて、右に曲がると後は階段を上るだけ」
「あっという間にご到着」
「ありがとうございます!!!」
私は一礼すると、一目散にタペストリーをめくる。
すると、2人の言った通り、本当に古い扉が現れた。私は迷わずその扉を開けて、急な階段を駆け下りた。
どうやら、彼らは正しいことを教えてくれたようだ。
先生が入ってくるのと、ほとんど同じタイミングで教室に滑り込むことができた。
―――異様なまでに、にんにくの臭いが充満していたが、そこまで問題ではない。間に合ったことの方が大切だ。ホッと胸をなでおろす。
チャイムと同時に教室に滑り込むと、珍しそうに同寮の子達は眺めている。だけど、誰も話しかけてこない。
――まぁ、別にかまわない。私には、友達を作って遊んでいる暇なんてないのだから。悲しくはない。私は何事もなかったかのように慌てず、ゆっくり席に座った。
「ち、遅刻ぎりぎりですね」
席に着いた途端、ターバンを巻いた先生がおっかなびっくり話しかけてきた。
「すみません、クィレル先生。次からは気をつけます」
「べ、別にか、構いませんよ。ち、ちなみに、貴方の名前は?」
要注意生徒として覚えられたくない。これからの成績で見返してやろう。
そんなことを考えながら、静かに名前を答えた。
「セレネ・ゴーントです」
「ゴーント!?」
その瞬間、クィレル先生は飛び上がった。
あまりにも凄い勢いで飛び上がったものだから、すぐそばに立てかけてあった壺が床に落ちる。ばしゃんと音を立てて、中に入っていた透明な液体が飛散した。
「きゃっ!」
近くにいた女子生徒……ダフネ・グリーングラスが、小さく悲鳴を上げる。
しかし、誰もが零れた水よりも、度を逸したクィレル先生の驚き方に唖然としていた。
「ゴーント?き、君は、い、い、今、ゴーントと、名乗ったのかな?」
「はい」
何か問題があったのか?
今まで名前を名乗っただけで驚かれた経験は1度も――いや、1度だけある。
『組み分け帽子』を被った時だ。もしかして、『ゴーント』という苗字は一部で意外と有名なのか? ミリセント・ブルストロードは知らなかったみたいだが……時間の合間を縫って、ゴーントについて調べてみるのも面白いかもしれない。
「し、出身は?」
「詳しいことは知りません。……両親は生まれて間もない頃に死に、マグル社会で育てられましたので」
私が正直に答えると、不思議なことに、クィレル先生は先程にもまして顔色が悪くなってしまった。まるで、得体のしれない何かに怯えているようだ。私ではなく、もっと別の何かに――。
いや、それには大して興味がない。
今は、授業をつつがなく進行してもらいたい。私のプライバシーの公表なんて『闇の魔術に対する防衛術』と関係ないように思える。
さて、授業の開始をどう切り出そうか……そうやって悩んでいるうちに、クィレル先生は、また何か聞こうと震える口を開けた。
「き、君は――」
「先生、授業を始めてください」
まるで助け舟を出すように、唐突に1人の生徒が口を開いた。
退屈そうに膝をついている背の高い男子生徒だ。1年のスリザリン生の中でも背が高く、青い瞳をしている。ニンニクの臭いが嫌なのか、顔をしかめていた。
まさに、渡りに船という奴だ。私はその男子生徒に便乗して、先生に言葉を投げかけた。
「早く授業を始めてください」
「……そうですね、授業を始めましょうか」
こうして、ようやく授業が始まった。
しかし、肝心な授業は肩透かし、といっても過言ではない。
他の授業同様、予習内容以上のことはやらなかったし、興味をひく話も聞けなかった。例えば、マクゴナガル副校長先生が担当する『変身術』では、実際にアニメーガスという『動物に変身する魔法』を目の前で実演してくれたり、『妖精魔法』の授業でも、マグルの科学的な理論ではありえない超常現象を見せてくれた。
しかし、そういったことは一切ない。先生自身の『闇の魔術』からの『防衛体験』もなく、唯一、教科書に記載されていなかったことと言えば――
「ルーマニアで吸血鬼に襲われてから、ニンニクを常備するなんて――それこそ非科学だろ」
魔法で対処しろよ、魔法で。
次の『魔法薬学』の授業に向かう途中、ぽつりと不満を漏らしてしまった。
そもそも、ここは学校だ。それも本によれば『今世紀もっとも偉大な魔法使い』と称されるダンブルドアが校長なのだから、そう簡単に吸血鬼なんて化け物が侵入してくるわけがない。
「本当に、変な学校」
『セレネ』の記憶にあり、私自身も通ったマグルの学校は、こんなんじゃなかった。
どちらがいいのか、と問われても分からないが――。まあ、どっちもどっちなのかもしれない。
「ん?」
その時だ。
とぼとぼと地下牢へ向かう丸顔の少年が、視界に入ってきた。
確か、ネビル・ロングボトム。グリフィンドールに組み分けされた少年だ。
――そういえば、次の『魔法薬学』はグリフィンドールと合同だった、気がする。まぁ――別に話しかけなくても構わない。しかし、ネビルが少し暗い雰囲気を漂わせている原因も気になった。
目の前にいるのは、一人ぼっちで歩いている知り合い。
こんなとき、『優等生』のセレネ・ゴーントだったらどうするか?
無視するか、話しかけるか。
「ネビル、でしたよね?」
答えは、話しかける。
私は今日も『セレネ・ゴーント』らしく振舞った。
「うわっ、セレネ!びっくりした、どうしたの?」
私が話しかけると、ネビルはその場で跳びあがる。……予想以上に驚かれてしまった。少し悲しい。
「次はグリフィンドールと合同授業ですから、私も地下牢へ向かうところです。
よろしければ、途中まで一緒に行きませんか?」
「うん、別にかまわないけど――その、大丈夫?」
不安そうに、ネビルは尋ねてきた。
私は首をかしげそうになる。大丈夫?と問われるようなことがあっただろうか?
その言葉は、むしろ私がかける言葉だと思っていたが―――別に体調がすぐれないわけでもないし――。
私が悩んでいると、ネビルは小動物のように辺りを見渡してから、小さな声で囁いてきた。
「セレネってスリザリンでしょ?グリフィンドールの僕と一緒にいたら、色々と言われるんじゃない?」
「別に言われたところで、成績には響きませんよ?」
「いや、そういう問題じゃないよ!?友達と仲悪くなったりしない?」
「問題ありません」
「いや、問題あると思うけど!?」
私は、慌てふためくネビル・ロングボトムを落ち着かせる。
やっぱり、コイツは良い奴だ。何故、グリフィンドールなのだろうか?この優しさが勇敢さにつながるってことか?
「この一週間、セレネはどうだった?」
「珍しいことばかりでした。本と現実は違うのですね」
本で読んで理屈としては理解していても、これまでマグル社会で学んできたことでは説明できない超常現象は、実際に見てみないと納得できそうにない。――特に、変身術や妖精呪文は。
「天文学も、マグルの知識とは少し違うところが興味深いです。ネビルはどうですか?」
「それが――薬草学以外は、さっぱりなんだ」
疲れたように、ネビルは肩を落とした。
私は少し目を開いてしまう。私のようなマグル育ちとは異なり、ネビルは生粋の魔法界生まれ魔法界育ちだ。超常現象は見慣れているはずだし、特に違和感なく受け入れることが出来ると思うのだが――、思い過ごしだったのか?
「『変身術』の計算とか、『妖精呪文』のレポートとか、難しくて。他の子達も――ハーマイオニー以外、呻いているよ」
「……計算?レポート?」
私は、少し眉をひそめてしまう。
確かに、変身の過程で計算が必要だし、課題レポートも出た。だが――
「あのレベルの計算なら、10歳で習うはずですよ。
それに、レポートといっても授業を受けての感想文を羊皮紙1枚でしたよね?」
そのくらい、初等教育で習ってきた範囲ではないか。
もしかして、ネビルは特別な支援が必要なのか?と思ってしまったが、どうやらそうでもないらしい。ネビルは力なく笑った。
「うん、一応あのくらいは家庭教師に習っていたけど、でも実際に授業としてやるのは初めてだったから」
「授業として初めて?学校には通っていなかったのですか?」
「うん。マグルの小学校に通う子もいるけど、基本的には家庭学習だよ」
「そうなんですか―――って、なにそれ?」
あまりの衝撃に『セレネ』の仮面がはがれてしまった。
魔法界は、常に私の想像を超えた所にあるようだ。
「セレネ?」
「いや、問題ありません。そうですか……意外です」
つまるところ、金がない子には教育の権利が与えられないということではないか。
思い起こせば、ホグワーツに入学するためにも入学金が必要だった。
魔法界は、まさかの義務教育がないことが判明した。教師のクイールには、知らせられない。学校に通えない可能性のある子がいるだなんて、聞いただけで卒倒しそうだ。
「あ、そろそろ着くみたいだね」
少し話している間に、目的地にたどり着いたらしい。
地下牢は薄暗く肌寒かった。壁にはズラリと並んだガラス瓶。その中にはアルコール漬けの動物がぷかぷかと浮いている。これはスネイプ先生の趣味で集めたコレクションなのだろうか?
スネイプ先生はまだ来ていない。寮ごとに分かれ座っているみたいだったので、ネビルと別れ適当にスリザリン生の隣に座る。隣の女子生徒――パンジー・パーキンソンは軽蔑の視線を私に向けてきた。
「あら、ゴーント? アンタってロングボトムと仲良かったの?」
「不都合なことでも?」
「アイツ、グリフィンドールの落ちこぼれよ?」
「なにか問題ありますか?」
私は、大鍋を机に置くと頬杖をついた。パンジー・パーキンソンが文句を言いたそうに口を開いたとき、スネイプ先生がマントを翻して登場した。
「静まりたまえ」
スネイプ先生は出席を取り始める。淡々と出席を取る先生だったが、ハリーの名前まできてちょっと止まった。
「あぁ、さよう、ハリー・ポッター。我らが新しい……スターだね」
猫なで声でそう告げる先生。となりのドラコとその取り巻きのクラッブやゴイルがクスクスと冷やかすように笑った。そういえば、入学初日に『ハリーは魔法界の英雄だ』と苦々しくドラコ・マルフォイが言っていたような気がする。
ハリーの方を見ると、少し嫌そうな顔をしていた。
出席を取り終えた先生は、私達を見わたした。
「このクラスでは、魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」
いつもの私なら、『魔法なのに科学って――』とツッコミを入れるかもしれないが、その時の私はそんなことを微塵も考えてなかった。
先生の口から語られる言葉に惹きつけられてしまっていた。
頬杖をついていた手は、いつのまにか膝の上に置かれていた。
「このクラスでは、杖を振り回すようなバカげたことはやらん。
そこで、これでも魔法かと思う諸君多いかもしれん。沸々と沸く大釜、ユラユラと立ち上る湯気、人の血管の中を這いめぐる液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力。
諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰にし、栄光を醸造し、死にすら蓋をする方法である。
ただし、我輩がこれまで教えてきたウスノロたちより、諸君がまだマシであればの話だが」
薄暗い教室は、シーンと静まり返っていた。先生が、完全に薄暗くて肌寒いこの地下牢を支配していた。
「ポッター!」
先生の鋭い声が響き渡る。
突然のことなので、ハリーが一瞬ビクゥっと身体を震わせたのが見えた。
「アスフォルデルの球根の粉末に、ニガヨモギを煎じたモノを加えると何になるか?」
私は、記憶を探った。
たしか、眠り薬。『生ける屍の水薬』と呼ばれる強力な眠り薬だったような気がする。
教科書の最初の『魔法薬学を始めるにあたって』と書かれたページに例として挙げられていた薬だ。
ハリーは、分からないらしい。
当然だ。あんな細かいところまで読む人は、滅多にいないし、今までマグルの中で育ってきたのだから、知っているわけもない。
「分かりません」
「チッ、チッ、チ。有名なだけではどうにもならんらしい。
ポッター、もう1つ聞こう。ベゾアール石を見つけて来いと言われたら、どこを探すかね?」
ハリーの隣に座っているハーマイオニーが思いっきり高く、椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く伸ばしている。が、スネイプ先生の黒く冷静な双眸は真っ直ぐハリーだけを見ている。いや、冷静というより、憎悪の色が少し混じっている気がするが、気のせいだろうか?
脳裏に浮かび上がるのは、ダイアゴン横丁でみせた複雑な視線。あの時に見せた懐かしそうな色は、何処へ行ってしまったのだろうか?この一週間の間に、なにがあったのだろうか?
疑問が渦巻いてくる。推測しようにも、私には理解できなかった。
「セレネ、一緒にやらないかい?」
ドラコ・マルフォイが話しかけてきた。
どうやら、いつの間にか話が終わって2人一組で薬を作ることになったみたいだ。特に断る理由もない。私は了承すると、さっさと調薬の支度を始めた。
「あのさ、セレネ。忠告しておくが、少し付き合いを大切にした方がいいぞ」
材料を斬りながら、マルフォイが囁きかけてくる。
「パーキンソンやブルストロード、それからグリーングラスもずっと君と話したがっている。
さっき、セレネに助け舟を出したノットもそうだし、ザビニだって―――。
勉強を減らして、もう少し柔軟に付き合ったらどうだ? そんなに勉強しなくても、君は十分できるだろ」
「知識は、いくらあっても無駄にはなりませんよ」
人と付き合わない理由は、簡単だ。
『優等生』でいるためには、勉強しなければならない。
セレネは、優等生であり、凡人と遊んでいる暇なんてない。そのような暇があれば、勉強に回した方がいいに決まっている。確かに、誰か友達を作った方がイイ、という焦りはあるが――焦りのために、私の中身――要は『セレネ・ゴーント』を捨てるわけにはいかないのだ。
「それに――あの程度の勉強量では、足りませんから」
「足りない?予習・復習にくわえてマグルの勉強までやっているなんて、正気の沙汰じゃないと思うが」
「ですから、その量が足りないと言っているのです。そろそろ真面目に取り組みましょう。
おしゃべりは御終いです」
私は、無理やり話を切り上げた。
しばらく、沈黙が続く。私は少し、辺りを見渡した。
思った以上に、私達の班が抜き出ている。私は、本で学習済みとはいえ初めてのことなので、少し手順が疎かになりがちだが――マルフォイが、意外と慣れた手で作業を進めるからか?
「ちょっと意外ですね。マルフォイは、なんにも出来ない坊ちゃんかと思っていました」
「君、けっこう失礼だな。僕は純血の一族、マルフォイ家の長男なんだ。教養としてこれくらい出来ていて当然さ」
怒ったようにしゃべるマルフォイだったが、褒められたのが嬉しかったのだろう。顔が少し赤くなっていた。
「僕の父上は在学中、2番目に得意だった科目が『魔法薬学』でね。少し予習の手伝いをしてもらったのさ」
マルフォイは得意げにしゃべりながら、干したイラクサの量を計る。私は、適当に相槌を打ちながらヘビの牙を砕いた。気を良くしたのか、マルフォイは結構ペラペラとしゃべり続ける。
しかも、先生が他の生徒に質問したり、こちらに背を向けている隙に、近くにいる私にしか聞こえないような小さな声でしゃべるのだ。その上、作業の手も止まらずに順調に進めている。少し感心してしまった。
さて――どうやら、私達の所が一番進行速度が速く、うまく出来ていたらしい。
先生がスリザリンに得点を1点くれた後、皆に集まるようにと声をかけた。
その時、事件が起きた。
地下牢いっぱいに強烈な緑色の煙が上がり、シューシューという大きな音が広がった。
慌てて手で鼻をふさぎあたりを見わたすと、発生源はネビルと黄土色の髪をした少年の鍋らしいことが判明した。
なぜか鍋の原型がなくなっていて、こぼれた薬が近くの生徒たちの靴に穴を空けていた。災難だったのはネビルだ。薬を直接浴びてしまったらしく、腕や足のそこらじゅうに真っ赤なおできが容赦なく吹き出し、痛くてうめき声をあげていた。
「馬鹿者!」
スネイプ先生が怒鳴り、魔法の杖を一振りすると、こぼれた薬が跡形もなく消えて行った。
「大方、大鍋を火から降ろさないうちに、山嵐の針を入れたんだな。
医務室に連れて行きなさい」
苦々しげにスネイプ先生は黄土色の髪の子に言いつけた。
それから突然、彼らの隣で作業をしていたハリーと赤毛の子に矛先を向けた。
「ポッター! 針を入れてはいけないと何故言わなかった?
彼が間違えれば、自分の方がよく見えると考えたな?グリフィンドールもう1点減点」
ハリーは言い返そうとしていたが、赤毛の子が大鍋の陰で、先生に見えない様に、ハリーを小突いてから何かささやいている。善意に考えれば、先生はたぶん『自分のことだけをやるのではなく、常に他の人にも気を配れ』ということを言いたかったのかもしれない。
だが、ハリーに対する視線から考えると『ただ単に、意地悪したいだけ』にも見える。
……というか、たぶん後者だ。
この1週間で、スネイプ先生の恨みをかうようなことをしたのだろうか?
赤毛の男の子に慰められているハリーを横目に見ながら、静かに地下牢を出た。
3月7日:一部改訂
3月22日:誤字訂正