スリザリンの継承者―魔眼の担い手―   作:寺町朱穂

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ついに90話。
残り10話で100話。できれば100話で死の秘宝完結したいけど、上手くいくか……ちょっと不安ですが、これからも更新を頑張っていきたいと思います。





90話 マルフォイの館

 赤子の泣く声が聞こえる。

 母親を求めるような、どこか切ない泣き声が。

 

 

 

 セレネは重たい瞼を開けた。

 目の前には、クリスタルのシャンデリアが輝いている。

 どことなく見覚えのある広間であった。だけど、身体の自由が利くのは頭くらい。両手首は鎖で繋がれ、身体は吊るされていた。両足こそ自由だったが、いくら伸ばしても床に届かないくらい宙に浮かんでいた。

 

 幸運なことは、魔眼殺しをかけられていたおかげで、死の線が視えずに済んでいる。

 不幸なことは、死の線を切って逃げ出すことができない、ということだ。

 

「……」

 

 状況を把握するため、部屋全体を改めて見渡してみる。

 部屋の中央には縦に長いテーブルが置かれている。他の調度品はすべて壁際に追いやられていた。遠目から見ても十分すぎるほど複雑な意匠を凝らした調度品なのに、なんだかもったいなく思える。大理石の床は自身の顔が映るくらい磨き抜かれており、暖炉までが見事な装飾の大理石だった。

 二つの扉が見えた。一つの扉は頑丈そうだが小さな扉だ。人が一人通るのがやっとだろう。

 そして、もう一つは大きい扉だった。小柄な象が一頭通れそうなくらい巨大な扉だったが、その前に一人、見覚えのある青年が衛兵のように立っていた。プラチナブロンドの髪に顎の尖った青白い顔――間違いなく、ドラコ・マルフォイだ。

 その顔を見て、納得した。

 

「……分かりました、マルフォイ。ここは貴方の家ですね」

 

 セレネは自分の出した答えを確かめるように呟いてみる。

 家具の配置は異なるが、全体的な雰囲気は3年時のクリスマスに訪れたマルフォイ邸の内装によく似ていた。おまけに、ドラコ・マルフォイまでいるなら疑いようがない。

 

「見張りですか、マルフォイ?」

 

 マルフォイは何も答えなかった。 

 彼の足は微かに震え、気の進まない表情で床を見つめている。

 

 まだ、赤子のすすり泣く声が遠くから聞こえてくる。

 

「この屋敷には、赤子がいるのですね。貴方の弟か妹?」

 

 セレネが尋ねてみるが、これまた返事は返ってこなかった。

 会話をする意思を感じられない。むしろ、セレネの存在を怖がっているようにさえ思えた。マルフォイは、セレネがまるでヴォルデモートか何かのように感じているのだろうか。

 セレネは肩を落とした。

 

「……まるでスパイ映画みたい」

 

 セレネは今の状況を自嘲気味に呟いてみる。

 国民的人気なスパイ映画では、だいたい1度か2度、主人公が悪者に捕まる。悪者は主人公をその場で銃で一思いに殺せばいいものを、もったいぶって長々と話したり、意味もなく泳がせたり、わざわざワニやサメに食わせて殺そうとしたり、時間と手間暇をかけて殺そうとする。イギリスの秘密機関に所属する主人公は隙をつき、機転と超常的な武器で脱出し、悪者を倒すのだ。

 セレネは「何故、捕まえてすぐに殺さないのか」と、テレビを見ていた時は思ったものだが、実際に同じ立場になってみると、非常にありがたく思えてくる。ヴォルデモートが自分を気絶させた後、「アバダケダブラ」をやっていなくて良かった。どうして、自分を生かしているのかは謎だが、こうして考え、逃げ出す策を練ろうとする時間ができた。

 

 ただ、スパイ映画と異なるのが、超常的な武器がないことだ。

 

 セレネはため息をつきたくなった。自身の杖は手元にないので、縄抜けの魔法は使えない。眼鏡をかけているので、線を切って逃げ出すこともできない。両手を縛られているので、眼鏡を外すこともできなかった。

 

 逃げる手段として利用できそうなのは、マルフォイだけだ。

 彼を篭絡させるに越したことはないが、どう考えてもマルフォイの中では、「ヴォルデモートの脅威>セレネ」である。杖もない状況で、これを覆すのは至難の業だ。はてさて、どうするべきだろうか。そんなことを考えているうちに、扉が乱暴に開かれる。

 ルシウス・マルフォイだ。ルシウスが何か大きな塊を二つ蹴り飛ばしながら、部屋に入って来る。

 

「ドラコ、我が君はまだ戻られないのか?」

 

 ルシウス・マルフォイのやつれた顔は、幸せの絶頂のように輝いていた。反対に、息子の方は刻一刻と血の気が失せているように感じる。マルフォイは首を横に振ると、父親が蹴っていたモノにおそるおそる目を向け、すぐさま塊から飛び退くように離れた。

 

「ああ、こんな素晴らしい日はない! 我が君が戻られた暁には、大層お喜びになられることだろう」

 

 ルシウス・マルフォイは謳うように語ると、二本の杖をテーブルの上に投げ捨てた。

 セレネは目を細め、二つの塊に目を向ける。縄で厳重に縛られた塊は人だった。一人は黒髪の顔の腫れた男、そして、もう一人は良く見知った女だった。くせ毛の強い茶髪の女性は、間違いなく、ハーマイオニー・グレンジャーだった。

 

「ドラコ、よく見てみろ。この男は、ハリー・ポッターだろう!?」

「僕は……分からないよ」

「傷跡があるだろ? 見たことがないか?」

「分からない」

「でも、ドラコ。こちらの穢れた血は、間違いなくグレンジャーでしょう?」

 

 ルシウス・マルフォイの後ろから白い顔をした美人な女性が鋭く告げる。マルフォイの母親は息子の肩に手を置き、再び問いかける。

 

「よく見なさい、ドラコ。この娘は、グレンジャーでしょう?」

「僕……そうかもしれない……ええ」

 

 ドラコ・マルフォイは、ほとんどハーマイオニーの方を見ずに答えた。

 

「なんの騒ぎだ、シシー? なにが起こったのだ?」

 

 ベラトリックス・レストレンジがマルフォイの両親の後ろから姿を現した。整えていない黒髪と血走った眼は変わらないが、胸にぽっかり穴が空いていた。

 

「ベラ、穢れた血のグレンジャーよ」

「そう、そうだ! そして、その横にいるのが、たぶんポッターだ! ポッターと仲間がついに捕まった!!」

「ポッターが!?」

 

 ベラトリックスが甲高く叫んで後ずさりし、ハリーをよく見ようとした。

 

「確かなのか!? 闇の帝王はこのことを!?」

「まだ存じておられない。地下牢から戻られていないのでな」

「ぁぁあああ! なんたる素晴らしき日なのだ! ポッターとその仲間、そして憎たらしい人間もどきを同時に捕まえたなんて!!」

 

 ベラトリックスの顔は紅潮していた。今にもスキップしながら歌い出しそうな勢いである。

 

「でも、ベラ。貴方はここにいていいの? さっきから二階で――……」

「おや、目が覚めたのかい、ホムンクルス。よく眠れまちたかー?」

 

 ベラトリックスはマルフォイの母親から何か話しかけられていたが、それを遮り、セレネに視線を向けた。小馬鹿にするような口調は相変わらずである。いつも敵を小馬鹿にする態度が原因で負けているのに、慢心することがベラトリックスの魂に刻み込まれているのだろうかと思えてくる。

 

「ああ、我が君。早くお戻りになられてください!」

 

 その姿は、神に祈りを捧げる献身な教徒のようだった。

 もちろん、彼女が祈りをささげるのはヴォルデモートであり、神ではない。

 

「しかし、こいつは本当にポッターなのか?」

 

 ベラトリックスは少しだけ怪訝な表情になると、ハリーの顔を見下した。

 

「蜂刺し呪いで膨らんでいるのか、それとも……まあ、これは簡単な呪文で分かる。光栄に思え、小僧。私自らがお前を治療してやろう……『エピスキー‐癒えよ』!」

 

 ハリーが痛みで呻く声が聞こえた、と思った瞬間、喝采のような声が広間中に響き渡った。ルシウス・マルフォイとベラトリックスが上げた歓喜の声は、耳を塞ぎたくなるような叫びであった。

 

「ポッターだ! 間違いなく、ポッターだ!! 最高だ!! 素晴らしい!!」

 

 ベラトリックスは全身で喜びながら、ハリーを思いっきり蹴り飛ばした。丁度、ハリーの身体がセレネの足元辺りまで転がされる。ハリーと目が合った。彼の緑の瞳は絶望で彩られていた。

 

「た、助けて!」

 

 ハリーが自身の胸元に向かって叫んだ。胸元にはモスグリーンの巾着が提げられている。

 

「僕たちは、マルフォイの屋敷にいます! 助けて!」

「気でも狂ったか、ポッティちゃん?」

 

 ベラトリックスが高笑いをした。

 

「助けなど来ない! お前たちの未来は決まってるんだ!」

「どういうことかね、ベラ」

 

 ベラトリックスが高らかに叫ぶと同時に、もう一つの扉が開かれる。

 そこから現れたのは、赤い双眸を蛇のように輝かせた男、ヴォルデモートその人だった。

 

「騒がしい。何が……ああ、そうか。そういうことか」

 

 ヴォルデモートは視線をハリーに向けると、にたりと笑った。ヴォルデモートが杖を二本、持っている。そのうちの一本をテーブルの上に投げ捨てた。杖はからんと音を立て、テーブルの上に転がり落ちた。

 

「我が君、いかがでしたか?」

「地下牢のオリバンダーから話を聞いてきたが、あの杖はホムンクルス自身の杖だ。俺様の探し求める杖ではない」

 

 ヴォルデモートは冷たい口調で話し始める。 

 どうやら、あの小さな扉は地下牢に通じていたらしい。そこには、去年の夏に攫われたオリバンダーが捕らえられている。おそらく、他にも囚人がいるだろう。助けてあげたいのはやまやまだが、まずは自分がこの状況を乗り切ることが先決だ。

 

「そうだ、俺様の探し求める杖ではない。……さて、目覚めたなら答えてもらおうか、ホムンクルスよ。あの杖はどこだ?」

「あの杖?」

 

 どの杖のことだか察しはついたが、セレネはとぼけたふりをする。

 

「何のことかしら?」

「とぼけるな。ダンブルドアの杖だ。お前に遺贈されたことは分かっている。ダンブルドアの杖はどこにある?」

 

 赤い双眸がまっすぐ睨んでくる。

 あの杖は、魔眼蒐集列車に置いてきた鞄の中だ。オークションは終わっていると願いたいが、万が一のことがある。列車の中に置いてきました、なんて答えたら、ヴォルデモートが魔眼蒐集列車に急行すること間違いなしだ。オークションをめちゃめちゃにされては敵わない。

 セレネは、嘘八百を並べることにした。

 

「どこに置いてきたのか忘れました。私には必要ない杖でしたが、何しろ、ダンブルドアから『隠せ』と命令されていたものでして」

「嘘はいかんぞ、人間もどきが。……だが、もう最強の杖など必要ない。何故なら、俺様の殺す相手は杖さえ持っていないのだからな」

 

 ヴォルデモートは空気まで冷たくするような笑い声をあげた。

 

「……すぐには殺さん。少し趣向を凝らすとしよう」

 

 ヴォルデモートは杖を一振りした。中央に残された唯一の家具であってテーブルが、窓際へと追いやられる。これで、マルフォイ邸の客間はダンスホールのように開けた場所になった。

 

「さて、ホムンクルスよ。何故、俺様がお前にとどめを刺さなかったのか分かるか?」

「ライヘンバッハの滝へ一緒に出かけるためですか?」

 

 セレネは懸命に頭を働かせた。逃げ出すための策が思いつかない以上、なんとかして話を延ばす。時間が延びれば、策が思いつくかもしれない。

 

「それでしたら、喜んで一緒に行きますけど」

「ホームズ気取りか、ホムンクルス? 俺様と一緒に滝つぼに落ちて、生還すると?」

「……意外ですね、ホームズを読んでいたとは」

「何事にも意外なことはあるものだ。俺様は死ぬつもりはないぞ、ホームズ。いや、死ぬことはできない」

 

 ヴォルデモートは冷ややかな笑みを浮かべていた。

 ルシウス・マルフォイとベラトリックスたちは話についてこれないようで、少し困惑しているのが伝わってくる。

 会話を引き延ばすために「ライヘンバッハの滝」を持ち出したのだが、まさかヴォルデモートがホームズを知っているとは思わなかった。しかし、これも冷静に考えればわかる話だ。ヴォルデモートは1945年の時点でホグワーツに在学している。ホームズは、それより40年近く昔のイギリス屈指の推理小説だ。ヴォルデモートが孤児院時代に読んでいないはずがなかった。

 

「ホームズは俺様の考えている高貴なる計画に気付いていないようだ。だから、俺様がヒントをやるとしよう。

 俺様は誰よりも不死に近い存在だ。俺様を殺すことは何人たりとも不可能だ」

 

 それは知っている。

 彼は死から逃れるために、分霊箱を作った。死の呪いを浴びても生き残ることができる。分霊箱がある限り、ヴォルデモートは永遠に死なない。たとえ、肉体を滅ぼされたとしても死ぬことはないのだ。

 

「そう、良かったですね」

 

 セレネは冷たく言い放ちながら、ヴォルデモートの真意を見定めようと思考を巡らせた。そんなセレネを嘲笑うように、ヴォルデモートは話を続けた。

 

「俺様は死なない。誰よりも死を屈服させた存在なのだ。

 しかしだ、俺様にも1つだけ勝てないものがある。なんだか分かるかね、幼きホームズ?」

「ハリー・ポッターですか?」

「今のお前はワトソンだ。的外れな答えばかりする哀れな役回りよ。では、俺様が更にヒントを出そう。

 俺様は死を超越した。そこの小僧のせいで一度は塵以下の存在に成り果てたが、ヴォルデモート卿は肉体を得て復活した。

 ……しかしだな、俺様も老いる」

 

 ヴォルデモートは最後の言葉を軽蔑するように言い放った。

 

「永遠の命を手にしていても、肉体は老いる。いずれは俺様の完璧なる肉体も朽ち果て、塵となるのだろう」

 

 4年生の時、ヴォルデモートが墓地で使った呪文は、自身の肉体を再生させるための魔法だ。塵になった肉体を再生することはできない。

 単なる若返りであれば、以前、セレネがグリンデルバルドに使った魔法を使えばよいのだが、実はあの魔法にはデメリットが存在する。

 あれは、時を限定的に巻き戻す魔法だ。

 肉体を構成する細胞の時を巻き戻し、若返らせている。だが二つだけ、巻き戻せないものがある。それは、脳と心臓だ。肉体の中心に位置する重要器官を若返らせることは、禁忌に足を踏み入れてもできない。心臓は絶えず脈を打ち続け、いずれは老化が極まり、止まる。だから、肉体を若返らせても、不死となることはできない。それを動かし続ける魔法は、マグルの現代医術はもちろん、優れた癒術や闇の魔術をもってしてでも不可能だ。

 

「……つまり、自身の肉体を捨てて、新たな肉体に乗り換えると?」

 

 セレネは答えた。

 まるで、SF映画の悪役みたいな考えである。実際、ヴォルデモートは悪だが。

 

「転生と言いたまえ、ホムンクルスよ」

「まるで、蛇ね」

 

 セレネは軽蔑するように言い放った。

 

 蛇が脱皮して、新たな肉体を得るように、ヴォルデモートは古い肉体を脱ぎ捨てて、まったく異なる新たな肉体を手に入れようとしているのだ。実現すれば、完全なる不老不死である。

 しかしながら、この男が適当な肉体を転生体とするはずがない。

 たとえば、純血主義の男だから、転生体も純血であることは間違いない。

 また、スリザリンの末裔であることにも固執していることから考えるに、スリザリンの血を引く者を選ぶだろう。そこまで考えた時、足元から身体が冷えていくのが分かった。

 

「……まさか……」

 

 セレネは1つの仮説に辿り着く。

 下に転がるハリーはまだ困惑の表情を浮かべているが、ハーマイオニーはセレネと同じ仮説に辿り着いたらしい。顔からは血の気が失せ、茶色の瞳は恐怖の色で染まっている。

 

「……ほう、まさかとは?」

 

 ヴォルデモートの唇がにたりと弧を描く。

 その先を言えとばかりに。

 皆が静まり返った。遠くから、赤子の泣く声だけが聞こえてくる。胸を揺さぶるような切ない泣き声が、先程よりも大きく泣き響いている。

 

「誰の赤ん坊ですか?」

「誰の子だと思う?」

「……貴方の子ですか、ヴォルデモート?」

 

 セレネの唇は静かに答えを紡いだ。

 最初は自分に転生するのだとばかり思った。だが、自身はホムンクルスと人間の間の子だ。巨人や吸魂鬼を利用しても、純血の魔法使い優位な世界を築こうとしている者が、人間とは言い難い存在に転生するなどありえない。

 そう考えると、既に純血とスリザリンの血を引く者を創り出すほかあるまい。

 ホムンクルスではなく、人間を創り出す方法は、現時点で1つだけだ。

 

「スリザリンの血を引く純血の子を産み落とし、その子に転生するのですね」

 

 先ほどから屋敷を震わせる泣き声こそ、その証拠だ。

 

 しかし、まだ謎は残る。

 その謎を口にする前に、ヴォルデモートがセレネの心を読み取ったように答えてくれた。

 

「察しの通り、この泣き声は俺様の子だ。俺様が転生するにふさわしい、スリザリンの血を引く純血だ。しかしだ、ゴーントよ。赤子に転生したところで、俺様は無力にすぎない。転生の魔法を使うにしても、最短で5年後になる。

 ならば、なぜ……俺様はお前を生かしているのか? 答えは簡単だ。

 俺様は、お前の肉体に転生するのだ」

 

 改めて場が静まり返る。

 赤子の金切り声が屋敷を震わせていた。

 このことは、マルフォイ一家も、腹心のベラトリックスでさえ聞いていなかったのだろう。ベラトリックスの目が点になり、間の抜けたように口を開けているところを、セレネは初めて見た。

 

「……ベラ、あの耳障りな声を黙らせて来い」

「しかし、我が君。私はここで――……」

「早く黙らせろ!」

「は、はい、我が君! かしこまりました!」

 

 ヴォルデモートが鞭を打つように鋭く言うと、ベラトリックスは風のように客間から立ち去った。数秒もしないうちに、赤子の声は止んだ。ヴォルデモートは満足そうに頷くと、セレネの足元に向かって歩き始めた。

 

「さて、どこまで話したか……ああ、そうだ。お前を転生体にするという話だ。本来であれば、スリザリンの血を引いたホムンクルスなど反吐が出るが、お前の身体には使い道がある」

「直死の魔眼ですか?」

 

 セレネは吐き捨てるように言った。そして、思いっきり、ヴォルデモートのちらちら光る眼を睨みつけた。

 

「生憎と、この魔眼は曲者ですよ。あんた程度が使いこなせるとは思いません」

「いいや、ホムンクルス。俺様はその眼の成り立ちに気付いてしまったのだ。

 お前の眼は浄眼が変質した物だと聞かされているな? いいや、そんな簡単な話ではない。問題は、何故、浄眼が変質したのかだ。

 おかしいとは思わないか? 臨死体験を経て浄眼が直死の魔眼に変質するのだとしたら、もっと多くの魔法使いが魔眼に目覚めているはずだとは思わないか?」

 

 セレネは黙って聞いていた。

 ヴォルデモートの問いかけに、否定も肯定もしなかった。だがもとより、ヴォルデモートはセレネの返答など気にしていなかったらしい。彼は杖を弄びながら、話を続けた。

 

「俺様はだな、死喰い人に命じてお前の母親について調査させた。その結果、お前の母親の一族は肉体を『』であることに特化した一族で、お前の母親は『』に繋がっていることが分かった。

 なんと……嘆かわしいかな、ポッター。ポッターは『』について知らないという顔をしている。魔法使いにとって『』がどれほど重大なものなのか、知らないわけがなかろう?」

 

 ヴォルデモートの問いに、ハリーは何も答えなかった。しかし、ハーマイオニーが答えた。身に沁みついた習慣で、ハーマイオニーは恐怖よりも質問に正しく答えるという衝動を抑えることができなかったのだろう。

 

「『』は根源の渦です。万物の原因が渦巻いていて、すべてが用意されている場所とされています」

「正解だ」

 

 ヴォルデモートが言った。

 

「よく知っているな。貴様が穢れた血でなければ、喜んで我が陣営に迎え入れたものを……嘆かわしい。

 だが、まだ言い足りなそうな顔をしているな。俺様は寛大だ。続けて申してみろ」

 

 ヴォルデモートが話すように勧めたが、ハーマイオニーは今度は恐怖の方が上回ったのだろう。口を真一文字に結んだままだった。

 

「申してみろ、と言っているのだ」

 

 ヴォルデモートはハーマイオニーに向かって呪文を放った。当然、ハーマイオニーは身動きが取れないので正面から受けてしまう。ハーマイオニーはとろんとした目になると、ぼそぼそと話し始めた。

 

「……根源の渦は幻とされています。現実にはありえない仮定の話です。時計塔に所属する魔法使いたちの中には根源の渦に到達するため研究する者がおり、到達したと言われる者もいますが、到達した者はこの世から消えてなくなってしまうので、ますます信憑性がありません」

「現実主義のようだな、穢れた血の娘。褒美だ、縄を解いてやろう」

 

 ヴォルデモートが杖を一振りしただけで、ハーマイオニーを縛っていた縄はするすると解けた。ハーマイオニーはのっそりと立ち上がったが、何も語らず、その眼は遠くを見つめていた。セレネは唇を噛んだ。ヴォルデモートは間違いなく彼女に『服従の呪文』を使ったのだ。

 

「しかし、根源の渦は実在する。その証拠が、お前の眼だ。

 お前は母親と同じく、肉体が『』と繋がっていた。ゆえに、浄眼が臨死を経て、根源の渦という世界の縮図を垣間見れる特別な眼へと変貌した。お前が垣間見ているのは死だ。だから、直死の魔眼と呼ばれている。

 ……ああ、ベラ。戻ったな」

 

 ベラトリックス・レストレンジが部屋に入ってきた。

 少し顔は俯きがちだったが、ヴォルデモートに話しかけられ顔を上げる。その表情は少し強張っていた。

 

「ちょうど良いタイミングだ、ベラトリックス。お前は俺様が最初の転生を行うのを見届けることができるのだからな」

 

 ヴォルデモートは少しはしゃいでいるようだった。

 

「俺様の計画はこうだ、ホムンクルス。

 まずは、お前の身体に転生する。そこで、俺様は根源の渦と接続し、新たなる知識を手に入れる」

 

 ヴォルデモートが話すにつれて、身体が徐々に地面に近づくのを感じた。鎖が音を立てながら、ゆっくりと床に近づいて行く。

 

「だが、接続するのは先の話だ。

 安心しろ、ヴォルデモート卿は寛大だ。お前の意識を片隅に残しておいてやる。

 そうだな……最初は、そこの生き残った男の子を殺すことにしよう。その後は、忌々しい中年の魔法使いだ。ああそうだ、ノットの息子が嘆かわしくもお前に惚れこんでいると聞いたな。純血を減らすのは惜しいが、腐った枝は切り落とす。

 最後に愛しの義父を殺したら、お前の意識を剥奪するとしようか」

「最低ね」

 

 セレネは怒りで体中が内側から熱を帯び始めるのを感じる。

 眼鏡をかけているのに、死の線がチラつき始めていた。

 

 途方もない嫌がらせだ。

 自分の身体をヴォルデモートが我が物顔で使い、自分の大切な人や友人たちを殺していく。まるで、それは終わらない悪夢を見せられているようなものに違いない。その悪夢が全て終わった時、小指の先程度に残された意識は消され、ヴォルデモートが自身のすべてを支配するのだろう。

 

「本当、最低!」

 

 なんとも、ぞっとする話である。

 心臓が激しく脈打つのを感じる。まるで、脈打つたびに、これから待ち受ける絶望が波のように押し寄せてくるようだった。死よりも酷い絶望だ。

 

 しかし、杖がない。 

 自身の杖はテーブルの上に投げ置かれている。悪趣味なヴォルデモートのことだ。セレネの肉体を手に入れたら、セレネの杖でハリー・ポッターを殺すのだろう。足だけが自由だった。視界にチラつく線を足蹴りで絶ち切ればいいのだが、悲しいことにヴォルデモートに線は見当たらない。

 残された手は、転生の魔法が発動するタイミングに狙いを定め、足で蹴り切るしか他ない。転生魔法とはいえ、魔法だ。なにかしらの過程で、セレネに魔法の閃光が向けられること間違いなしである。そこに狙いを定めれば、相手の目論見を遮ることは可能だ。その隙に、逃げることもできるかもしれない。

 

「おっと、足だけは自由かとおもったか? 愚かなホムンクルスめ」

 

 しかし、ヴォルデモートはセレネの考えを先読みしていた。

 セレネの足が地面に着いた瞬間、なにかが圧し掛かり、四肢を押さえつけてきたのだ。

 

「この転生魔法は生贄が必要でな。せっかくだ、この穢れた血を生贄にするとしよう」

「ハーマイオニー、どいてください!」

 

 それは、服従の呪文で操られたハーマイオニー・グレンジャーだった。もはや茶色の瞳に恐怖の色などない。恐怖の色どころか、自身の意思さえ垣間見られなかった。

 

「ハーマイオニー!!」

「無駄だ。俺様の服従の呪文が易々と解けるはずがなかろう。

 ……さあ、時が来た。始めるとしよう……穢れた血、そのままホムンクルスを中央へ連れてくるのだ」

「かしこまりました、帝王様」

 

 ハーマイオニーは淡々と答えると、まるで雑巾がけをするかのように、セレネを抑えつけたまま中央へ身体を進ませる。

 

「ハーマイオニー! 服従の呪文なんかに負けちゃだめだ!!」

 

 ハリーが必死に叫ぶ声が聞こえてきたが、ハーマイオニーは耳を貸さない。服従の呪文を破る方法は本人の強い意志、もしくは、術者が呪文を止めることだ。強力な終了呪文を使えば止めることはできるかもしれないが、ハリーもセレネも杖がない。思念だけで杖が飛んでくればいいのに、と思いながら、今は隅に追いやられたテーブルを睨み付ける。が、その時に気付いた。

 杖がない。テーブルに置かれていたはずの杖が、どこにも見当たらなかった。

 

「ハーマイオニー!」

 

 ハリーの悲痛の叫びが聞こえる。 

 ハーマイオニーは動きを止めない。そろそろセレネの身体は部屋の中央に差しかかろうとしていたが、中央より二歩て前あたりで動きを止める。代わりに、部屋の中央にはヴォルデモートが立った。

 

「さあ、始めるとしよう」

 

 セレネは弾かれたようにヴォルデモートに視線を戻す。ヴォルデモートの冷ややかな笑みは最高潮に達していた。

 

「『セット‐起動せよ』」

 

 ヴォルデモートが鋭く呪文を唱える。

 すると、周囲がにわかに青い光を帯び始めた。間違いなく、魔法陣だ。転生なんて前代未聞で複雑怪奇な魔法は杖一本程度で発動できるはずがない。ヴォルデモートはセレネを捕まえた時点で、この部屋に魔法陣を描いていたのだろう。魔法陣の中心には、ヴォルデモートが立っている。

 魔法陣が起動し、ヴォルデモートを中心に風が巻き起こり始める。その旋風に呼応するかのように、青い光は輝きを赤へと変え、徐々に強さを増していった。

 

 このままではまずい!

 セレネは、何とか力を入れてハーマイオニーの拘束から逃れようとした。幸か不幸か、まだ眼鏡越しに「死の線」が視認できていた。ハーマイオニーには申し訳ないが、全力で腕を振って彼女の腕を斬り飛ばせば、この拘束を逃れることができるかもしれない。セレネはハーマイオニーの虚ろな目を見ると、申し訳なさで躊躇しかけたが、このまま互いにヴォルデモートの企みに乗せられるくらいなら、腕の一、二本くらい安い物だろう。

 

「うぐっ―――ッ!?」

 

 ところが、実行する矢先だった。床から黒い影のような布が生えてきて、ハーマイオニーごとセレネを縛り付けてきた。黒い布のせいで完全に身体は魔法陣に縫い付けられてしまっている。

 躊躇した一秒が仇となった。

 

「この、嗜虐趣味のど変態が!」

 

 セレネは最後の抵抗とばかりに、ヴォルデモートに唾を吐く。

 

「お前の殺気だけで火傷しそうだ。せいぜい泣け、喚け、あがけ、苦しめ! これはナギニを殺したお前への罰だ」

 

 しかし、ヴォルデモートは笑ったままだった。軽蔑の唾も憎悪の視線も、今のヴォルデモートには心地が良いのだろう。残虐な口元を歪ませながら、屋敷を震わせる冷たい笑い声を上げている。

 

「――ッ!」

 

 駄目だ。動けない。指一本たりとも動けない。

 ヴォルデモートの築き上げた魔法陣は部屋全体に影響を及ぼしている。マルフォイ一家も、ベラトリックスも人形のように固まったまま動かない。この部屋に集う人間すべてが、ヴォルデモートの威圧に支配されていた。

 

 その中でただ一人。

 

「なにが罰だ!」

 

 ハリー・ポッターだけが大声で叫んだ。 

 

「僕の両親を殺しておいて、他にも多くの人を殺してきて、何が罰だ! 罰を受けるべきなのは、トム・リドル。お前自身じゃないか!!」

「勝者こそがルールなのだ、愚かなポッター」

 

 ヴォルデモートは最後に自身の宿敵を嘲笑うと、こちらに視線を戻した。

 

「『ウロボロスの福音を以て、我は命ずる――……」

 

 ヴォルデモートが高らかに詠唱を始める。セレネを抑えつけている布が火花を散らし始め、身体を侵食していく。セレネは歯を食いしばり、火花の浸食を押し返そうとするが、強烈な重力を受けているかのように身体の自由が完全に奪われている。

 

「『贄の命を糧に――……」

 

 トーストの上のバターを伸ばすように、意識が薄くなっていくのを感じる。

 ここで意識を手放してはならない。セレネは奥歯を食いしばり、耐えようとする。

 

「『我が望みを聞き遂げ――……」

 

 ヴォルデモートが謳うように詠唱を続けていたが、その言葉が終わらないうちに、奇妙なことに削るような音が上から聞こえてきた。この場に集った全員が見上げると、クリスタルのシャンデリアが小刻みに震えていた。魔法陣の創り出した豪風による揺れではない。そして、軋む音や鈴という不吉な音と共に、シャンデリアが落ち始めたのだ。

 その真下にいたヴォルデモートは、面倒くさそうに杖でシャンデリアを粉砕しようとする、が、なぜか身体が固まったように動きを止めた。

 ヴォルデモートは石像のように動かない。杖を上に向けたまま、呪文を呟くこともせず、落下するシャンデリアを見上げている。

 

 そう、一瞬。その一瞬だけ、ヴォルデモートの意識が転生の術式及びセレネたちから逸らされた。

 

「いまだ」

「「『アクシオ‐来い』!!」」

 

 布の拘束が解かれ、ハーマイオニーと共に身体が宙を飛ぶ。赤い光を放つ魔法陣が眼下で通り過ぎ、いまだに縄で縛られたハリーの上空を通り越し、マルフォイ一家やベラトリックスを横目に通り過ぎ、扉に激突すると思った直前、痛いくらい力強く何かがセレネを引き寄せた。

 

「『エマンシパレ‐解け』」

 

 セレネを引き寄せた人物が杖を振るうと、両手首の拘束が音を立てながら崩れ落ちた。

 

「どうだ、ゴーント。助けられる気分は?」

 

 セレネを見下す青年の顔は安心したように微笑んでいた。一瞬、瞳の色が赤くなっていたが、次の瞬間には黒い瞳でセレネを見下していた。余程、魔法と新たな魔眼の操作に集中したのか、額には薄ら汗が滲んでいる。

 

「……まったく、助けを呼んだ記憶はなかったんですけどね」

 

 セレネは疲れたように口元を綻ばせると、とんっと床に降り立った。

 

「でも、おかげで助かりました。ありがとうございます」

 

 おそらく、目くらましの呪文で姿を隠していたのだろう。

 セオドールの後ろにはパーシバルの恰好をしたグリンデルバルド、その隣には、ハーマイオニーを抱きすくめるロン・ウィーズリーの姿があった。

 

「貴様は――ッ!?」

 

 ヴォルデモートは憎悪の視線を向けてくる。まともにシャンデリアを受けたからだろう。クリスタルの欠片はヴォルデモートの頭や額、頬を傷つけていた。怒りの視線はセレネを通り越し、グリンデルバルドに向けられている。

 

「この俺様に、石化の魔法をかけたのか!?」

「魔法ではない。魔眼だ」

 

 グリンデルバルドが静かに答えた。

 

「策が破れた時点で狼狽えるとは……まったくなってないぞ、リドル」

 

 グリンデルバルドは口元を緩める。セレネは少し目を見開いた。グリンデルバルドの手には、アルバス・ダンブルドアの杖が握られている。

 

「嘆かわしい。それでも闇の帝王か? 今のお前はモリアーティどころか、短編シリーズの犯人にすら劣る」

「貴様ッ!!」

 

 ヴォルデモートを筆頭に、ルシウス、ドラコ、ドラコの母、そして、ベラトリックスの杖から赤い閃光がグリンデルバルドめがけて飛んだが、グリンデルバルドは杖を微かに揺らしただけで、そのすべてを弾き返す。ヴォルデモート、ルシウス、ドラコの母親は辛うじて避けることができたが、ドラコは真面に失神呪文を浴びた拍子で壁に激突し、倒れ込んだ。

 ベラトリックスの放った失神光線のみ、彼女に跳ね返らず、代わりにハーマイオニーに当たった。普段の彼女なら耐えることもできたかもしれないが、服従の呪文で意識が剥奪されている状態では耐えられるはずもない。ハーマイオニーは、ロンの腕の中でくたりと完全に停止した。

 

「さて、ウィーズリー。君は彼女を連れて下がるといい」

 

 グリンデルバルドはヴォルデモートを見つめたまま、ロン・ウィーズリーに命令を下す。ロンと言えば、いつもは正義感が強く、ハーマイオニーを失神させようものなら激怒しそうな男だが、この時ばかりは苦々しい表情で承諾する。彼はハーマイオニーを抱えたまま扉のすぐ手前まで下がった。

 おそらく、事前に示し合わせていたのだろう。

 服従の呪文から自力で復活できる見込みがない以上、失神させるしか他に手はない。そのことは、ロンにも分かっているらしい。

 

「杖を捨てろ!」

 

 ベラトリックスが押し殺したような声で言った。

 彼女は未だ縛られているハリーの真横に立ち、彼の頭に杖を突きつけている。

 

「捨てろ! ポッターがどうなってもいいのか! 『ディフェンド‐裂けよ』!」

 

 ベラトリックスは同時に、切断呪文でハリーの頬を裂く。ハリーの頬から一閃、血が赤く滲み出した。グリンデルバルドは何も答えない。ただ静かにベラトリックスを見ている。

 

「ポッターが死んでもいいのか!? 5秒以内に杖を捨てなければ、小僧に『アバダケダブラ』をする! 5……4……」

「ベラトリックス、下がれ」

 

 ベラトリックスが吠えていると、後ろからヴォルデモートが冷ややかな声で命令する。

 

「し、しかし……」

「ポッターを傷つけていいのは、俺様だけだ。それとも、俺様の言うことが聞けないのか?」

 

 ベラトリックスが戸惑っていると、ヴォルデモートは杖を振り、彼女を無理やり押し退けた。ベラトリックスはそのまま打ちひしがれたように、地面に座り込んでしまう。そして、ヴォルデモートが彼女の代わりに、ポッターに杖を突きつけた。

 

「さあ、どうする? ポッターの命は、俺様の手の中にある。選べ、杖を捨てるか、ポッターを殺すか」

 

 ヴォルデモートは冷ややかな笑みを浮かべていた。グリンデルバルドは

 

「……嘆かわしい」

 

 と呟いた。 

 その瞳には強い憐みの色が浮かんでいた。

 

「リドルよ。お前の実力は十分だ。しかし、お前は人の気持ちが分からない」

「何を言っている?」

「だから、敗北する」

 

 グリンデルバルドは杖を降ろした。

 その態度は言葉とは裏腹で、まるで戦う意思などないように杖を下に向けている。

 

「敗北だと? 俺様が?」

 

 ヴォルデモートはその姿に疑念を抱いたのだろう。わずかに片方の眼を見開き、考え込んでいるようだった。

 

「この屋敷には『姿くらまし防止呪文』がかけられている。

 ホムンクルスを捕まえてから、再度、俺様自身が張り直した。あの時のように逃げられはしないぞ? お前の味方は、成人したての未熟者やホムンクルスだけだ。その程度の戦力で、この俺様を出し抜くつもりか?」

「それこそが、お前の驕りだ」

 

 グリンデルバルドは、まだ杖を下に降ろしている。

 

「お前は俺様と言った。俺様達ではなく、俺様とお前は口にした。その時点で、お前は敗北しているのだ」

「杖を構えていない貴様こそが驕っているのだ! 『アバダケダブラ』!」

 

 ヴォルデモートの杖から緑の閃光が奔る。

 グリンデルバルドはほとんど杖を振らなかった。最強の杖を手にした男は近くのテーブルを動かし、呪いの盾にする。呪いはテーブルに当たり、四散した。ヴォルデモートはこの結末を予知していたのだろう。すぐに次の攻撃に移った。杖先から蛇の形をした業火が飛び出し、焼き殺そうとしてきた。

 

「悪霊の火ごときで、私を殺せると? 『フィニート‐終われ』」

 

 グリンデルバルドの杖はオレンジの閃光を放つ。終了呪文はあっけないくらい簡単に業火の蛇を飲み込むと、空中で霧散させた。そのままグリンデルバルドは指揮棒を軽く振るように杖を動かし、先ほどまでセレネを縛っていた鎖を操り始めた。

 鎖は唸りながら宙を奔り、ヴォルデモートを縛ろうとする。ベラトリックス・レストレンジが青白い顔をしながら、ヴォルデモートの前に躍り出た。

 

「ここは、私が――ッ!」

「邪魔だ! 退け!」

 

 ヴォルデモートは手で払うようにベラトリックスを横に退けると、そのまま鎖を打ち落とす。ベラトリックスは倒れ込み、杖を床に落とした。杖がからんと床を転がっていく。だが、体勢を立て直すのは早かった。銀のナイフを取り出すと、ゆるりと立ち上がる。反対に、ルシウス・マルフォイは戦う気はないようだった。むしろ、戦いに参加しようにもできないと表現した方が正しいだろう。杖こそ構えていたが、おどおどと主人と敵を見比べている。

 

 ヴォルデモートは、部下の様子を気にすら掛けていない。

 

「死ね!」

 

 ヴォルデモートは自身のローブから幾本もの黒い縄を表出させると、グリンデルバルドを縛ろうとしてきた。グリンデルバルドは自分に迫りくる黒い縄を炎の鳥に変化させると、逆にヴォルデモートを襲わせる。ヴォルデモートは嘲笑うように口角を歪めた。

 

「その程度は効かん」

 

 ヴォルデモートの杖一振りで炎の鳥は水を浴びて床に落ちた。鳥を落とした水はそのまま蛇になり、グリンデルバルドを飲み込もうとする。グリンデルバルドは水蛇を宙で破裂させ、大理石の床全体に水が散らばった。

 

「リドルよ、果たしてそうかな?」

 

 グリンデルバルドの口の端が上がる。

 

「お前では、私には勝てても、私たちに勝てない」

「まだ言うか。俺様には何人たりとも敵わない」

 

 ヴォルデモートが叫んだ。 

 

「そろそろ終わらせてやろう。さらばだ、小僧ども」

 

 ヴォルデモートが冷ややかに笑うと、その声に呼応するかのように、ベラトリックスが隣に控えようとした。だが、そんな彼女をヴォルデモートは殺意を込めたままの眼で睨みつける。その赤い双眸は、「俺様の戦いに手を出したら殺す」と告げているようだった。

 ベラトリックスは硬い表情のまま数歩下がり、ヴォルデモートの背中に隠れるように控える。ベラトリックスはヴォルデモートの背に寄り添い、祈るように目を瞑った。そして――……

 

「……ばか、な?」

 

 ヴォルデモートの口から言葉が零れる。

 言葉と共に、口元から一筋の赤い血が流れ出た。

 

「……なぜ……?」

 

 ヴォルデモートの眼に明らかな困惑の色が浮かび上がる。ヴォルデモートの胸元を銀のナイフが貫いていた。それの柄を握りしめているのは、ヴォルデモートに背にいる女性――……

 

 ベラトリックス・レストレンジだった。

 

 

 

 




号外!号外!
う! ヴォルデモートがやられた! 後ろからぐっさり!
まあ、この程度で闇の帝王が死ぬわけないでしょ。
でも、どうしてベラトリックスが裏切ったの?
次回「冬の星が輝くとき」
絶対運命黙示録。

1週間以内に更新できるように努力します。



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