ホグワーツは魔法の城だ。
純血及び半純血の青少年が集められ、魔法によって守護されている。
そして、「お尋ね者」のハリー・ポッターが戻ってくる可能性が高い場所でもある。ゆえに、防衛魔法が張り巡らされているのは確実であり、吸魂鬼を始めとした闇の魔法生物や闇の呪文で周囲を固められているだろう。おそらく、お膝元に位置するホグズミード村もしかりだ。
つまり、シリウス・ブラックがホグワーツに侵入した頃と比べ、難易度は倍くらい増していると考えるのが妥当だろう。
では、どうやって侵入するのか。
答えは簡単である。
ハリーは協力者を呼び出すと、その小さな協力者に話しかけた。
「だから、ドビー。君の魔法で校内に入れてもらいたいんだ」
「もちろん、かまいません、ハリー・ポッター。ですが……」
屋敷しもべ妖精のドビーは二つ返事で了承したが、その後すぐに顔を曇らせる。怖がるように耳を伏せ、某のような足をかすかに震わせていた。
「今のホグワーツはハリー・ポッターがいた頃とは異なります。お戻りになられるのは、とても危険です」
「心配してくれてありがとう、ドビー。でも、僕たちはホグワーツに戻らないといけないんだ」
ハリーはドビーの視線の位置まで屈みこむと、彼の瞳をまっすぐ見つめた。
「君の力が必要なんだ」
「ハリー・ポッター……」
ドビーは怯えたように背を丸めていたが、小さく頭を振ると、ハリーの緑色の瞳を見返した。
「ドビーは自由なしもべ妖精です。ハリー・ポッターの頼みを叶えます!」
「ありがとう、ドビー!」
「ですが、ハリー・ポッター。ドビーはホグワーツへ侵入する前に会って欲しい人がいます」
ドビーは言った。
「ハリー・ポッターの危機を教えてくれた人に会ってもらいたいのです」
ハリーたちは互いに目を見合わせた。
セレネもハリーが持っている両面鏡の存在は聞いていたが、対の鏡の所持者までは知らなかった。ドビーを遣わしてくれたことから「不死鳥の騎士団」のメンバーかそれに類する者であることは分かっていたが、何者かまでは特定できていない。
おそらく、ハリーは、対の両面鏡を持つ人物が気になったのだろう。ドビーに問い返していた。
「誰なの? 僕も知っている人?」
「ホッグズ・ヘッドのバーテンです、ハリー・ポッター」
「ホッグズ・ヘッドですって!?」
ハリーが口を開く前に、ハーマイオニーが面を喰らったような声を上げた。
「あの胡散臭いパブの!?」
「……言い過ぎですよ、ハーマイオニー」
セレネは彼女を嗜めたが、彼女同様、ガツンと頭を殴られたような衝撃を感じていた。
ホッグズ・ヘッドは一度訪れたことがあったが、あまり良い印象のない場所だ。掃除も行き届いておらず、埃が何重にも溜まり、バタービールの瓶もべっとり汚れていた。客層も好ましいとは言えず、フードを目深に被り怪しげな取引をする魔法使いや魔女が見られた。
正直なところ、セレネはホッグズ・ヘッドこそ、ヴォルデモート陣営と最も密接な関係を築いているパブだと思い込んでいた。
「ホッグズ・ヘッドのバーテンが、君を?」
ハリーは声を潜め、ほとんど囁くように尋ねた。
「その通りでございます。
あのパブのバーテンはダンブルドア様の弟君に当たるのです。つまり、アバーフォース・ダンブルドアなのです」
しもべ妖精は少し誇らしそうに名前を口にした。
ハリーたちはもう一度、顔を見合わせる。誰もが驚きと困惑で満ちていた。何を言うべきか、悩んでいるようにも見える。その中で、最初に口を開いたのは、ロン・ウィーズリーだった。
「会いに行ってもいいんじゃないかな? だって、もしかしたら、ダンブルドアから大切なことを聞いているかもしれないだろ?」
「でも、ロン。私たちには時間がないのよ。早くお城に戻らないと――……」
「僕は行くべきだと思う」
ハーマイオニーの反論を遮るように、ハリーがロンの考えに賛同した。
「ダンブルドアの実の兄弟だ。可能性は低いかもしれないけど、聞いてみる価値はあると思う。
それに……助けてくれたお礼をしたい」
「それは、そうだけど……」
ハーマイオニーの心が僅かに揺れたようだったが、完全に傾かせるまで行かなかったらしい。
「どう思う?」
ハーマイオニーは言いながら、こちらを見てきた。
セレネはハーマイオニーの「自分の意見に賛同して」とでも言いたそうな視線を感じながら、小さく息を吐くと肩を落とした。
「時間がありません。限られた時間内で、全ての可能性を試す必要があります。
……私は、バーテンと会うことに賛成です」
セレネが淡々と答えると、ハーマイオニーは心外そうに顔を歪めたが、気もちが吹っ切れたのだろう。
「分かったわ。私も賛成。そうと決まれば、早く行かなくちゃ」
「では、手を繋いでください」
ドビーが言うと、ハリーとロン、続いてハーマイオニーが手を繋いだ。セレネも自分の荷物を確認すると、ハーマイオニーの手を握りしめた。ハーマイオニーの小さな手を感じながら、もう片方の手を隣の人物に差し出す。
「助言者、貴方はどうします?」
「無論、行く……と言いたいが、私は遠慮しておこう」
グリンデルバルドが断ったので、セレネは意外だと驚いた目付きで彼を見上げた。
「ここで待つと?」
「アバーフォースとは生きるか死ぬかの大喧嘩をしたことがある。私が行くと色々と面倒だろう。ここで朗報を待つとしよう」
グリンデルバルドはそう言いながら、少し屈みこみ、セレネの耳元で囁いてきた。
「武器は多い方がいい。これを持っていけ」
グリンデルバルドは何を渡したのか、ハリーたちに知られたくないのかもしれない。大きな体でセレネを隠しながら、小さなものを手渡してきた。手触りからして、冷たい鉄だ。特に装飾された様子はなく、長さは10センチ程度だろう。
「飛び出しナイフだ。きっと、役に立つだろう」
「……それは、貴方が視た未来ですか?」
セレネは疑念の眼差しを向けると、グリンデルバルドは唇を反り返すように笑った。それだけで、特に言葉を返してこない。セレネはナイフをポケットに入れると、グリンデルバルドは身体を退かした。
「君の周りには、魔眼持ちが数多く存在する。きっと、君のために働いてくれるだろう」
グリンデルバルドの微笑みは「私も含めて」と言っているように見えた。
「……では、また後程。紅茶とお菓子を準備して待っていてくださいね」
セレネは自身の口に微笑が滲んできたことを感じながら、グリンデルバルドに向かって言葉を投げかけた。彼は何も答えない。ただ右手を挙げた。その手は了承を指しているのか、はたまた別れの意味なのか。セレネには分からなかった。
「それでは、準備は良いですか?」
ドビーが4人を見渡した。
ハリーが全員を見渡す。セレネも含めた3人は頷き返した。
「オーケー。ドビー、よろしく頼むよ」
「承知しま――……」
「待て!」
ドビーの言葉をかき消すように、大量のドングリを落としたような音を立てながら、階段を駆け下りてくる音が聞こえた。セレネは、まるで大量のドングリを上から落としたような音である、なんて考えながら、音の主の到着を待った。数秒と経たず、支度を整え終えたセオドールの姿が現れる。余程急いだのか、襟元が少し乱れ、髪には寝癖がついたままだった。
「こらっ、ゴーント! 謀ったな!」
「さあ、何のことでしょう?」
「しらばっくれるな。オレを置いて行こうとしてるだろ!」
それは、グリンゴッツのことですか? それとも、ホグワーツに行くことですか?
セレネはそう答えようとしたが、面倒が増し、時間がかかりそうな気がしたので、何も答えないことにした。眠り薬が切れ、起きてしまったなら仕方あるまい。再度、睡眠の魔法で落とすのも面倒だ。
「寝ていたので、起こさなかっただけです」
セレネはそう答えると、空いている方の手を差し出した。
「ホグワーツに行きますよ。……一蓮托生でしょう?」
彼からは疑いの眼差しを向けられはしたが、追及はしてこなかった。代わりに、差し出された手を握り返してきた。
「ああ、もちろんだ」
セオドールは挑戦的な笑みを向けてくる。彼の参加に文句を言う者は誰もいなかった。我先にと反論しそうなロンですら「仕方ないさ」と力なく笑っている。
これで、全員揃った。
ドビーは5人がしっかり手でつながっていることを確認すると、指を鳴らすような音と共に世界が回転した。親しみ慣れた居間が、そこに佇むグリンデルバルドの姿が急速に遠のいていく。
そして、次の瞬間、埃っぽい床に足を打っていた。
「ここです、ハリー・ポッター」
そこは小さな部屋だった。
足のガタついた椅子とテーブル以外に目立つ家具はない。他に目につくのは、壁にかけられた小さな長方形の鏡と浮世離れした少女の絵だけだ。
ハリーは鏡に近づくと、自身の巾着から両面鏡の破片を取り出すと、静かに目を落とした。壁にかけられた鏡は、ハリーの姿を映し出していた。
「これが、対の鏡だ。でも、どうして、アバーフォースが……」
「ダンクから買った。一年ほど前に」
部屋の入り口から声をかけられる。
ホッグズ・ヘッドのバーテンこと、アバーフォース・ダンブルドアだった。兄弟と言われなければ、ダンブルドアとの共通点を考えもしなかっただろう。だがしかし、兄弟と指摘されれば、確かに似通った顔立ちとも言えなくはなかった。とりわけ、ダンブルドアのすべてを見通すような青い瞳とほとんど瓜二つの瞳をしている。
「兄から、これがどういうものか聞いていたんだ。ときどき君の様子を見るようにしていた。
だが、何故戻ってきた? 死喰い人がお前さんたちを捕まえようとウロウロしている場所に!」
アバーフォース・ダンブルドアはかなり怒っているようだった。
「いままで助けてくれて、ありがとうございました。僕、そのお礼を言いたかったんです」
ハリーが一歩前に出ると、口を開いた。
「僕たちは、これから城に入らないといけない。だから、その前に貴方にお礼を言いたかった」
「城に入るというのは、俺の兄の命令か?」
アバーフォースが言った。
「兄のアルバスは、いろいろなことを望んだ。そして、兄が偉大な計画を実行している時は、決まって他の人間が傷ついたものだ」
「でも、僕たちはダンブルドアの遺した仕事をやり遂げる義務があるんです」
「へぇ、そうかね。成人になりたての魔法使いに任す仕事だから、簡単な仕事だろうな? 楽しい仕事だろうさ。あまり無理せずできる仕事か?」
アバーフォースの言葉に対し、ロンはかなり不愉快そうに笑い、ハリーとハーマイオニーは緊張した面持ちだった。セオドールはどっちつかずの顔をしている。ドビーはおろおろとハリーとアバーフォースの間に立ち、交互に視線を向けていた。
「兄は死んだ。だから、忘れろ。兄と同じところに逝っちまう前に!
ポッター、俺は兄を知っている。秘密主義を母親の膝で覚えた男だ。秘密と嘘をな」
アバーフォースはそう言いながら、少女の絵に寂しげな視線を向けた。
「ダンブルドアさん。その、あれは……貴方の妹さんでしょうか?」
ハーマイオニーが遠慮がちに聞いた。アバーフォースは素っ気なく頷いた。
「妹のアリアナだ。妹がどうして死んだか知ってるか?
兄はグリンデルバルドと偉大なる計画を行おうとした。『秘宝』を探し、魔法界の秩序を正す計画を練る。家長としての役割も忘れ、病気の妹を見守る役目も放り出した! 妹をないがしろにしようが、アルバスは『より大きな善のため』だからと言って聞き入れようとしない!」
アバーフォースの口調に熱がこもり始める。だんだんと危険な表情が浮かび上がってきた。
「しかも、アルバスは『より大きな善のため』とやらの計画に、妹を連れて行こうとした! 俺は『すぐにやめろ』と言った。アリアナは動かせる状態じゃない! アリアナは『オブスキュラス』なんだ。6つの時に、マグルの男の子三人組に襲われ、乱暴された。それから、オブスキュラスになっちまったんだ! オブスキュラスの子で成人に達した者は滅多にいないと知っているだろう!?」
アバーフォースが理解を求めるように視線を向けてきたが、ハリーとロン、そして、セオドールは困惑したままだった。無理もない。オブスキュラスについては、詳しく学ぶ機会は少ないのだ。セレネは彼らを一瞥すると、彼らに解説するように、どこか少し低い声で話し始めていた。
「オブスキュラスとは、魔法族の子どもが精神的または身体的に虐げられ、自分の魔力を隠さないと抑圧されたときに宿るものです。オブスキュラスが宿った子は、自身の感情のコントロールを失った時、ずっと抑圧されていた魔力がオブスキュラスとして暴走し、周囲を攻撃します」
「……オブスキュラスの宿った子を育てるためには、ストレスフリーの生活環境を整えることが大切となります。ですが、精神を安定させ続けるのは極めて難しく、魔力を暴走させたまま死亡してしまうケースが多いです。
10歳を超えて生存している子は滅多にいません。成人年齢に達したオブスキュラスは……」
「もういい」
アバーフォースは、セレネと、セレネの語りを引き継ぐように話し始めたハーマイオニーの言葉を制した。
「アリアナは14歳だった。いつ死んでもおかしくなかった。その妹を危険な旅に連れていけるわけないだろ?
俺は説明した。そしたら、兄は機嫌を悪くした。グリンデルバルドに至っては、気を悪くするどころではなかった。あやつは怒った。
『ばかな小僧だ! 自分と優秀な兄の行く手を邪魔しようとしている。自分たちが世界を変えてしまえば、隠れている魔法使いを表に出すことができる。マグルに身の程をわきまえさせ、哀れな妹を隠しておく必要もなくなる』……グリンデルバルドは、そう言った」
セレネはアバーフォースの話を聞いて納得した。確かに、あの男なら言いそうなセリフである。そして、このあと起こった展開を予想できるような気がした。
「俺とやつは口論になった。俺は杖を抜き、奴も抜いた。兄の親友ともあろう者が、俺に『磔の呪文』をかけたのだ。
これには、アルバスも止めようとした。それから、三つ巴の争いになり、閃光が飛び、激しい音が鳴り響いた。
妹は発作を起こした。アリアナには耐えられなかったのだ」
当時のことを思い出したのだろう。アバーフォースの顔からは、まるで瀕死の重傷を負ったように血の気が失せていった。
「アリアナは……きっと、戦いを止めさせたかったのだと思う。優しい子だった……だが、自分が何をしているのか、暴走して分からなくなっていたのだ。そして、誰がやったのかは分からないが……妹は死んだ」
最後の言葉は泣き声になり、アバーフォースは傍らの椅子にがっくり座り込んだ。全員に暗い雰囲気が流れ始める。ドビーに至っては自分の服で鼻を噛み始めていた。
セレネは話を聞いて、どうしてグリンデルバルドが同行を拒否したのか理解した。
「先生は……」
鉛のように重たい空気の中、ハリーが話し始めた。
「ダンブルドア先生は、亡くなったあの晩、魔法の毒薬で幻覚を見ました。叫び出し、その場にいない誰かに向かって懇願していました。
『あの者たちを傷つけないでくれ。頼むから、代わりにわしを傷つけてくれ』
ダンブルドアは、あなたとグリンデルバルドがいる昔の場面を見ていたんだと思う」
セレネ以外の皆が目を見張り、ハリーを見つめていた。
セレネだけは、ハリーの方を見ることができなかった。地面の一点を見つめ、固く唇を結んでいた。
ダンブルドアが飲んだ毒薬を用意したのは、ヴォルデモートではない。毒薬の作成者は、彼の大事な人たちを傷つけ、殺したかもしれない男なのだ。
セレネは、吐き出したいような自己嫌悪にかられた。あの洞窟でセレネたちがやったことについて、早い段階でハリーたちに伝えるべきだった。このことを今ほど後悔したことはない。せめて、協力者の名を伏せてでも、ダンブルドアに伝えるべきだったのだ。
「その場面を見せつけられることが、先生にとって拷問だった。先生は、ずっと悔やんでいたんだ」
「ダンブルドアが、お前のことを……小さな妹と同じように使い捨てにすると思わないのか?」
アバーフォースの問いに、ハリーはまっすぐ頷いた。アバーフォースは一気に十年歳をとったような顔になった。しわがれた顔のまま立ち上がり、アリアナの肖像画の方に歩いて行った。
「どうすればいいのか、分かっているね」
アバーフォースが言うと、絵の中のアリアナは微笑んで、後ろに向かって歩き始めた。背後に描かれた長い長い坂道を歩いていく。アバーフォースはアリアナが道の向こうに消えていったのを見届けると、ハリーたちと向き合い、話し始めた。
「ホグワーツに続く入り口は、今はただ一つだ。
秘密の入り口は全部抑えられている。学校と外を仕切る壁には吸魂鬼が取り巻き、校内にも定期的に見張りが巡回している。死喰い人とみて間違いない。
だが、もし……それでも君たちに何ができるのか分からないが行くのだろう? まあ、死に行くようなものだがな」
「どういうことだ? ……あっ!」
セオドールが顔をしかめながら、アリアナの絵を見た途端、息を飲む音が聞こえた。
アリアナが道の向こうから戻ってきた。
それも、一人ではない。アリアナよりも背が高い誰かを連れている。近づくにつれて、だんだんと姿が大きくなっていく。しかも、興奮した足取りで歩いてくるのだ。服は引き裂かれて、ところどころ破れていた。顔にも複数の傷跡が目立つ。
そして、ついにアリアナたちが画面全体に映し出された時、画面全部が壁の小さな扉のようにパッと前に開き、一人の青年がトンネルの入り口から現れた。
「ハリー! 僕は信じていた! 君が来ると信じていたよ!」
ネビル・ロングボトムだ。彼は歓声を上げながら、ハリーたちに抱き着いた。見れば見るほど、彼の姿がひどいものだと分かる。ホグワーツのローブはボロボロで、あまり上手とは言えない縫い痕だらけだった。顔の傷も治された形跡はあったが、それでも片目は腫れあがり、頬にも紫の痣が確認できた。
「その傷……?」
「ああ、大したことはないさ。シェーマスの方が酷い。あ、そうだ。アバーフォース、あと二人来るかもしれないよ」
「あと二人!?」
アバーフォースは険悪な声で繰り返したが、ネビルは気にも留めていないようだった。
「さあ、こっち!」
ネビルが手招きをしている。彼は手を差し出して、ハーマイオニーがトンネルを通るのを手伝い、ロンがその後に続いた。セオドールが先に入り、残されたのは、セレネとハリーだけになった。ハリーはアバーフォースに何やら礼を言い、ここまで送ってくれたドビーに感謝の言葉を口にした後、トンネルに入り込む。セレネも続こうとしたが、ふと、思い至って、アバーフォースを振り返った。
「あなたは……パーシバル・グレイブスという男をご存知ですか?」
「知ってる。やつに殺されたアメリカの闇払い局長官だ。なぜ、そんなことを聞く?」
「……いいえ。なんとなくです」
セレネはそれだけ言うと軽く頭を下げ、トンネルをくぐった。
グリンデルバルドは数多くの人を殺してきた。その最初の殺人は、彼の妹だったかもしれない。果たして、あの男は悔いているのだろうか。アリアナやパーシバルの命を奪ったこと。アバーフォースやダンブルドアたち多くの人たちを傷つけてきたこと。
風の噂では過去の行いを悔いているとされている。けれど、それは本当なのだろうか。
レイブンクローに纏わる分霊箱を探しに行くというのに、そればかりが頭を支配していた。
「ホグワーツは変わった。アンブリッジの時以下だよ。
ルックウッドの『闇の魔術に対する防衛術』は酷いよ。罰則を喰らった生徒たちに『磔の呪い』をかけて練習することになってるんだ」
トンネルを歩きながら、ネビルがホグワーツの現状を話し始めた時、セレネはようやく意識をそちらに戻した。
「えっ!?」
みんなの声が一緒になって、トンネルの端から端まで響いた。
「あれは違法だろ?」
「でも、今は違法じゃないんだ。でも、僕はやらないって言った。だから、罰せられた。
もちろん、はまってる奴もいる。クラッブとゴイルなんて、喜んでやってるさ」
「……あの二人なら、やりそうですね」
セレネはぽつりと呟いた。それと同時に、親衛隊のスリザリン生たちがどうなっているのか気になった。クラッブたちのように、嬉々として「磔の呪い」をするとは思えないが、いったいどうなのだろう。
「マグル学は必修で、こっちも死喰い人のロウルが教えてる。マグルは我々とは違う間抜けで卑しい下等生物だって。
僕たち我慢できなくて、立ち上がったんだ。それが、みんなに希望を与える。僕はね、ハリー、君がそうするのを見て、それに気づいたんだ」
「もしかして、ダンブルドア軍団の活動?」
「うん、はじめはダンブルドア軍団だった」
「だった?」
ネビルの言葉が過去形だということに気付いたハリーが声を上げる
「いまはDAじゃない。ADなんだ」
ネビルが答えた。
「アンブリッジの時の教育令が復活してさ、ほら『3人以上が集まるチーム及び課外活動は許可制にする』という奴。もちろん、ダンブルドア軍団が許可されるわけない。そもそも、地下活動だしね。許可申請することを考えたこともなかったんだ。
僕たちは地下活動で色々やった。『ダンブルドア軍団募集中』の張り紙をはったり、罰則にあった子を助けたり、死喰い人たちをこらしめる魔法を使ったり、自分たちが立ち向かうための魔法の腕を磨いたり……でも、難しいこともあってさ。マイケル・コーナーが地下牢に吊るされた1年生を助け出すところを見つかって、手ひどく罰を受けたんだ。
でもさ、他の子たちにも『マイケルみたいになってくれ』なんて言えないだろ? ダンブルドア軍団の今後の活動を考えていた時、カローが相談を持ち掛けてきたんだ」
「カローって、フローラとヘスティアか!?」
セレネより先に、セオドールが反応した。
「ヘスティアだよ。ダンブルドア軍団とセレネ親衛隊の合併を持ち掛けてきたんだ。目的の方向性は同じだから、協力しようってね」
セレネはハーマイオニーの視線を感じた。実際に「親衛隊」と名前を出されると、身体がむずむずする感じがした。
「まあ、この続きはあとで。もう到着するよ!」
ネビルは話を切り上げると、トンネルの角を曲がり、短い階段を降り始める。セレネからは見えにくいが、先に進む人の合間から、ネビルが小さな扉を開けるところが見えた。
「みんな、朗報だぞ!」
ネビルが扉の向こうにいる人々に話しかけ、ハリーに道を譲る。次の瞬間、悲鳴や歓声が沸き起こった。
「ハリー!」
「ハリー・ポッターだ!!」
大歓声だった。ロンやハーマイオニーの名前を叫ぶ人もいる。
セレネもトンネルから抜けると、部屋を見渡した。色鮮やかな壁飾りやランプや大勢の顔が見え、少し頭が混乱した。情報を整理しながら周囲を見渡していると、人の塊がこちらに駆け寄ってくるのが分かった。
「ゴーント先輩! 隊長!」
セレネが構えるより先に、誰かが抱きついてきた。ヘスティア・カローだった。続いて、ダフネとアステリア・グリーングラス姉妹やノーマン・ウォルパートと次々に背中を叩いたり、握手を求めてきたり、泣きついて来たりしている。セレネがスリザリン生たちにもみくちゃにされながら横目で確認すると、どうやらセオドールも同じ目にあっていた。
「セレネ、おかえり! 良かった。本当に、無事で良かったよ……!」
ダフネが涙で頬を濡らしながら喜んでいる。
「……ただいま。心配かけてごめんなさい」
セレネの冷静な部分が『こんなことをしている暇はない。早く分霊箱を探しに行くべきだ』と訴えていたが、そのことを気に留めず、目尻を緩めながら、出来る限り一人一人に応じていた。
「はいはい、そこまでそこまで! 私だって話したいんだから、いまは我慢しなさいって。きっと、あとで時間があるわよ」
ミリセント・ブルストロードがぱんぱんと手を叩きながら、スリザリン生たちを落ち着かせていた。その向こうで、ネビルがミリセントと同じようにハリーたちに群がる子たちに向かって呼びかけている。
ここで、ようやくみんなが一歩引いたので、周囲の様子を眺めることができた。
まったく身に覚えのない部屋だった。
とびっきり贅沢なツリーハウスかノーチラス号のように巨大な船室のような感じもした。色とりどりのハンモックが、天井から、そして窓のない黒っぽい板壁に沿って張り出されたバルコニーからぶら下がっている。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、そしてスリザリンのタペストリーがかかり、本で膨れ上がった本棚や寂れたラジオが置かれている。
セレネの記憶に該当する部屋はない。
けれど、まるでレジスタンスが潜伏しているにふさわしい部屋である。となると、思いつく場所は一つしかなかった。
「まさか、ここは必要の部屋?」
「今までで最高だろう!?」
ネビルが答えてくれた。
「ルックウッドたちは僕たちの活動に否定的でさ、僕を大人しくさせようと色々な真似をしたんだ。ホグズミード村行きを禁止したり、ばあちゃんを捕まえようとしたり――……」
「なんだって!?」
ロンが声を上げると、ネビルはにやりと笑った。
「ばあちゃんを人質にするつもりだったみたいだ。でも、ばあちゃんを侮り過ぎたんだ。ばあちゃんは死喰い人を返り討ちにして、逃亡中だよ。
まあ、そんな感じで、僕を黙らせておく方法はないと悟ったみたいでさ、アズカバン送りにしようとしてきたんだ。それ以降、僕はここに隠れている。もともと、ADの活動拠点だったし」
「ネビル、さっきから言っているけど、ADってなに?」
ハーマイオニーが尋ねると、ネビルの代わりにヘスティアが声を上げた。
「正式名称は『全ての寮を防衛する協会‐All dorm Defence association』。通称は『アルバス・ダンブルドア軍団‐Albus Dumbledore’s army』になりますの。ダンブルドア軍団と活動内容はほぼ同じですが、学校から認可された団体という点では異なりますわ」
「許可されたのかい!?」
ハリーが目を見開くと、ネビルが杖を振り巻物を呼び寄せた。確かに、そこは認可証でしっかり校長印が押されている。
「こういうことを思いつくのは、さすがスリザリン生だよね。彼女たちが申請したら、ほとんど確かめもせずにOKが出たって」
「前例があったからこその作戦でしてよ」
ヘスティアは謙遜するように言った。
「そもそも、ダンブルドア軍団の活動は危険が多すぎます。大々的にやり過ぎで、逆に敵から攻撃される理由を与えるなんて、まったくもって優雅ではありません」
「表向きの活動内容は『全ての寮を見回り、”例のあの人”に反抗的な生徒から寮生を防衛する』ことです」
アステリアがヘスティアの言葉に続いて説明を始めた。
「罰則で地下牢に吊るされている子を救い出す理由は『これ以上痛めつけると、反体制へ走る危険性があるから』。ダンブルドア軍団の団員が入隊している理由は『入隊させて、間近で監視するため』。
……ほとんどこじつけですけど、スリザリン生が見張っていたり言い訳をしたりする間に、他寮の子たちが行動を起こすのが、最も安全で素早く行動できると考えました。
その……やり過ぎ、ですか?」
「いえ、良いと思います」
アステリアから上目遣いで尋ねられ、セレネは自然と頬を緩めていた。
死喰い人たちは、純血の多いスリザリン生に強く出られないのだろう。それを上手く活かした作戦である。
「本当にいいわ!」
セレネの隣で、ハーマイオニーも賛同していた。
「各寮が団結していて、とっても良いと思う。ほら、組み分け帽子も言っていたじゃない? 『危険が迫っている時だからこそ、各寮が団結せよ』って」
「ハーマイオニー、組み分け帽子の言葉を覚えているのは君くらいだよ」
ロンが口を挟むと、ハーマイオニーは軽く睨み付けた。
その時、ちょうどハリーが立ち眩みをしたように、ふらついたことに気付いた。おそらく、ヴォルデモートの思念を垣間見てしまったのだろう。きっと、ヴォルデモートが、どこかの分霊箱が失われていることに気付いてしまったのだ。
「ハリー、大丈夫? 椅子に座る?」
「ありがとう、パーバティ。
でも、僕たちは行かないといけないんだ。先に進まなくちゃいけない」
「それじゃあ、ハリー。僕たちは何をすればいい?」
シェーマスが声を上げる。
「計画があるんだろ? あいつらを倒す計画が!」
「計画?」
ハリーが傷痕を抑えながら繰り返した。
「ごめん、シェーマス。僕たちは……僕たちはやらないといけないことがあるんだ。大切なことを、やらないといけない。君たちには……話せないんだ」
「何なの? 僕たち、なんでもやるよ!」
ネビルが眉根を寄せると、ここに集った者たちも熱心に、ある者は厳粛に頷いた。クリービー兄弟なんて椅子から立ち上がり、すぐにでも行動する意思を示していた。
「僕……」
ハリーが言い淀んでいる。
そんなハリーを見て、セレネは気が付くと言葉を漏らしていた。
「明かせる範囲で明かせばどうです?」
「……セレネ?」
「知識は多い方がいいですし……」
セレネは、脳裏に洞窟での出来事を思い浮かべながら話していた。
ハリーはしばらく悩んだようだったが、覚悟を決めた表情になると、アルバス・ダンブルドア軍団のメンバーを見渡した。
「僕たちは……あるものを探しているんだ。『あの人』を打倒する助けになるものだ。ホグワーツにある。でも、どこにあるのか分からない。レイブンクローに関する宝物だ。たとえば、鷲の印のある何かを、どこかで見かけたことはない?」
ハリーはどこか期待を込めた眼差しで、レイブンクローの寮生たちを見た。
パドマ・パチル、マイケル・コーナー、テリー・ブート、アンソニー・ゴールドスタイン。誰も答えない。黙したままだった。
「ずっと昔に、失われたものかもしれないんだ。昔はあったけど、今はない物でも構わない」
「失われた髪飾りがあるよ」
ハリーの問いかけに対し、後ろから夢見心地な声をかけられた。
振り返ると、扉が開き、トンネルの向こうから、ルーナ・ラグブッド、ジニーとフレッド、ジョージ・ウィーズリー、リー・ジョーダン、セドリック・ディゴリー、そして、チョウ・チャンが現れた。
ロンが目をむいて、突然現れた団体に尋ねた。
「どうしてここに?」
「伝言を貰ったのさ、ホグワーツに稲妻光るってね」
フレッドが偽ガリオン金貨を持った手を掲げた。
「これから、もっと来ると思うぜ。なんてったって、『例のあの人』を打倒する祭りの始まりだ」
「それは……さすがに、言い過ぎじゃないかな?」
フレッドに対し、セドリックが曖昧に笑いながら言葉を挟む。
「『あの人』を倒す祭り、だなんて……おかしい」
「セドリック、おかしいなんてナンセンスだぜ?」
「そもそも、今の世の中自体がおかしくて、行き過ぎてる」
フレッドとジョージがセドリックを見ながら交互に話し始めた。セドリックが肩をすくめ「僕が悪かった」と苦笑いをすると、双子の兄弟はハリーに視線を戻した。
「それで、ハリー。髪飾りがどうしたんだ?」
「髪飾りとやらを見つける計画なのか?」
「いや、まだ髪飾りだと決まったわけじゃないんだ。その、レイブンクローの髪飾りはいつ失われたの?」
ハリーがレイブンクロー生に問いかけた。
「レイブンクローの髪飾りが失われたのは、何百年も前という話よ」
チョウが言うと、ハリーはあからさまにがっかりした表情になった。
「フリットウィック先生がおっしゃるには、髪飾りはレイブンクローと一緒に消えたんですって。みんな探したけど、でも……」
チョウは、レイブンクロー生に向かって訴えかけるように言った。
「誰もその手掛かりを見つけられなかった。そうよね?」
レイブンクロー生が一斉に頷いた。それを聞いたロンが口を開いた。
「あのさ、髪飾りってどんなものなんだ?」
「冠みたいなものだよ」
アンソニーが言った。
「魔法の力があって、それをつけると知恵が増すと考えられていたんだ。
でも、誰も見たことがない」
「あっ、でも、ハリー」
アンソニーが言い終えるのとほぼ同時に、チョウがまた口を開いた。
「その髪飾りの形状なら、私たちの談話室に連れて行って見せてあげられるけど? レイブンクローの像がそれを着けているわ」
「ありがとう。誰か案内してくれる?」
ハリーが言うと、レイブンクロー生よりも先にジニーが立ち上がった。
「ルーナ、ハリーを案内してくれる?」
「いいよ、もちろん!」
ルーナが嬉しそうに言うと、出口に向かって歩き始めた。ハリーも彼女の後に続く。出口の扉を覗き込むと、必要の部屋がある8階の廊下ではなく、狭くて急な階段が続いていた。
「行く先が毎日変わるんだ。だから、あいつらは絶対に見つけられない」
ネビルが解説をしている。
「ただ問題は、出て行くのは良いんだけど、行く先がどこになるのか分からないんだ。気を付けて、ハリー。あいつら、必ず夜は廊下を見回っているから」
「大丈夫、すぐに戻るよ」
ハリーとルーナは階段の向こうに消えていった。
それを見計らったかのように、ラベンダー・ブラウンが動いた。彼女はロンに駆け寄り、質問をし始める。
「ねぇ、ロン。グリンゴッツを破ったって本当?」
それを皮切りに、また部屋の中が騒がしくなった。
「そういえば、ヘスティア」
セレネはヘスティアに顔を向けた。先ほどから、ずっと疑問に思っていたことを尋ねる。
「フローラはどうしたのですか?」
彼女の双子の姉、フローラの姿が見当たらない。
ネビルの話からも、ヘスティアの名前は出たが、フローラの存在は確認できなかった。姉の名前が出た瞬間、ヘスティアの輝いていた顔が一気に曇った。
「その……姉様は、もういません」
「いないって……どういうこと?」
セレネは問い返していた。
フローラとヘスティアは鏡で互いを映し出しているような双子だった。仲睦まじく、ちょっと過激な思想も似ていて、どこへ行くにも2人寄り添っていた。健康そのもので、病気にかかったところを一度も見たことがない。
「時折、ホグワーツに死喰い人が視察に訪れるのです」
ヘスティアは顔を青ざめ、細い声を震わせながら教えてくれた。
「ラバスタン・レストレンジが視察に訪れた時、あの男は姉様に目を付けたんです。ご存知の通り、姉様は純血の娘で器量がよく、魔法力にも優れていました。それで、あの男は……あの男は……」
ヘスティアはその先の言葉を口にするのが辛かったのだろう。そのまま俯き、声を押し殺すように泣き始めた。彼女の代わりに、傍にいたノーマンが重たい口を開いた。
「フローラさんはレストレンジの申し出を断ったんです。
『私は学生です。結婚はしませんし、したくありません』って。そしたら、あいつはフローラさんに『服従の呪文』をかけ、連れて行ったんです。僕たちは連れ戻そうとしました。でも、止められなくて……」
「……そう、ですか……」
ノーマンも辛そうに唇をかみしめた。
ラバスタン・レストレンジはベラトリックスの本来の旦那、ロドルファス・レストレンジの弟だ。軽く見積もっても、10歳以上年齢が離れている。セレネはフローラが服従の呪文にかけられ、自意識を喪失する瞬間を思い浮かべると、ぞっとするくらい寂しくなった。セレネは自分の気持ちを固めるように、一度、瞼を強く閉じた。
「……レストレンジ家は、フランスにあると聞きます」
セレネはそう言いながら、ゆっくりと目を開いた。
「すべて終わったら、服従の呪文を解きに行きましょう」
そもそも、ホグワーツが敵の手に落ちなければ、フローラが無理やり婚姻させられることもなかったのだ。
このような状況を打破しなくてはいけない。そう考えると、ここで留まっている時間がもったいなく思えた。
「私……私、少し調べたいことがあります」
セレネは一人で外に出ようと歩き始めたが、すぐに足を止め、振り返った。
一人で行動を起こしてもいいが、今は時間がない。セレネは一人でも信用できる手が欲しいと思った。
「アステリア、ノーマン。状況に変化があった時は、守護霊を飛ばしてください。
セオドール、ヘスティア、ついてきてくれませんか?」
四人は二つ返事で答えてくれた。
「必要の部屋」はますます騒がしくなっていた。ホッグズ・ヘッドと繋がった扉が時折開き、ウィーズリー夫妻やビルとフラー夫妻、マッドアイ・ムーディーが現れ始め、ホグワーツをスネイプの手から解放し、ヴォルデモートと戦う方法について話し始めている。ADのメンバーたちはいよいよ迫った決戦を思い浮かべ、呪文の練習をしたり、歴戦の猛者たちが話し始めた作戦を熱心に聞き入っていたりしていた。
誰も、セレネたち数人が消えたことを気にする者はいない。
「何をするんだ」
しんと静まり返った廊下に出ると、セオドールが尋ねてきた。
記憶が正しければ、5階の廊下である。目的の場所に行くには、少しばかり遠く、時間がかかる場所だ。セレネは壁の方に歩きながら、短く
「調べものです」
と答える。セレネは壁を触り、時折こんこんと叩いた。
「ゴーント先輩、図書室に行くということでしょうか?」
「いえ、秘密の部屋です」
「秘密の部屋って……あの秘密の部屋かよ?」
「ええ、その秘密の部屋です」
セレネは壁に向かって蛇語で語りかけながら、ゆっくりと歩いた。
「先輩。どうやって、秘密の部屋に……?」
「当然、パイプを伝ってですよ」
「そりゃ、パイプの中を移動したら、巡回の奴らに見つからないかもしれないけどさ……」
セオドールが呆れたような口調で言った、次の瞬間だった。
『お呼びですか、主?』
パイプの向こうから、ぬぅっと巨大な蛇が現れる。セレネは後ろで彼らが腰を抜かす気配を感じながら、蛇の滑らかな身体を撫でた。
「サラザール・スリザリンはレイブンクローと交流がありました。もしかしたら、髪飾りに関する文献が残っているかもしれません」
セレネは、アルケミーの身体を撫でながら話を続けた。
秘密にすることはできた。自分一人で行くこともできるし、その方がはるかに楽だ。ところが、時間がない。自分であの大量な蔵書から文献を探し出すことは難しいように思えた。
それに、今の自分には信用できる友人がいる。多少の秘密を明かしても、ちゃんと守ってくれる信頼がおける人たちがいる。一緒にリータ・スキーターをはめたり、グリンデルバルドの正体を知っても黙ってくれたりしてくれた。だから、今回もきっと問題ない。それでも、万が一のことがあったら、それは見る目がなかった自分や時と場所が悪いというだけだ。
セレネは『アルケミーと出会った頃の自分だったら、絶対に打ち明けないだろうな』と考えながら、呆然としているセオドールとヘスティアに微笑みかけた。
「さあ、1000年前に封印された部屋へ『髪飾り』の痕跡を探しに行きましょう」
次回更新は6月20日を予定しています。
次回もよろしくお願いします。
原作との大きな変更点は以下の通りです。
〇ダンブルドア軍団(DA)→アルバス・ダンブルドア軍団(AD)
ダンブルドア軍団と親衛隊が合併してできた組織。
原作ではスリザリン生皆無でしたが、たぶん、仲間になりたかった子もいたんじゃないかなって思います。
〇闇の魔術に対する防衛術とマグル学の教師
6章末で死喰い人のカロー兄妹が再起不能の重傷を負ったため、同じく死喰い人のルックウッドとロウルに変更。授業内容は同じ。体罰も同じ。
〇アリアナがオブスキュラス
原作中では明記されていません。ですが、アリアナの病状とあまりにも似ているので、オブスキュラスだということにしました。