鬱蒼とした茂みの中でイーブイは佇んでいた。首から下げられた軽石のような何かは赤い紐が通されている。イーブイは前足を紐に引っかけると、そのまま引っ張った。イーブイは小さく悲鳴を上げ、軽石―かわらずのいしが舞った。イーブイはふん、と鼻を鳴らした後、走り去った。その姿を深緑色のエーフィが、見つめていた。
茂みを抜けたイーブイは北上し、そのまま隣町の大きな屋敷へと向かった。比較的小型なポケモン用の窓口を潜り抜け、疾走する。使用人の声が聞こえるが気にしない。そのまま軽快に階段を駆け上がった。物の少ない部屋の窓側には小さなベッドが置いてあり、掛布団が盛り上がっている。イーブイはそのまま跳びあがるとベッドへ飛び乗り、トランポリンのように跳ねた。
「うぅん......起きるってばぁ。」
今日はお休みなのに、と布団の中の主がのそりと起きだした。ぼんやりとした脳内にスマホのバイブレーターの音が響く。スマホの画面には幼馴染とウールーが笑顔で並んだアイコンが映っていた。
「......もしもし?」
『もしもしルビィ?今起きただろその声。』
「......うん。」
『朝弱いなぁ......でもアニキの到着までまだ間に合うぞ。』
「あ、今日だったっけ。支度しなきゃ!」
『焦るなよルビィ。準備できたらオレの家に集合な!』
通話終了、をタップしたルビィは頭を抱えた。年末年始休暇に入って気が抜けていたのだ。間に合うとは言え、もしイーブイが起こさなければ一大事だっただろう。
「起こしてくれてありがとう。」
ルビィはイーブイの頭を撫でた。たわし呼ばわりされる彼女の毛並みを触ると、どこか落ち着いた。ルビィは布団から這い出ると、寝ぐせ直しウォーターや基礎化粧品の入った籠とタオルを抱えて、イーブイと共に階段を降りて行った。
★
昔からガラル地方では人々とポケモンが力を合わせて生活を送っていました。
しかし、そんなガラル地方でも人々とポケモンが危険に晒されたことがありました。
―其れは2万年も前のこと、ガラルの空が黒く渦巻きました。
その瞬間、ポケモンたちは突然巨大化し、我を忘れて人間を襲い始めました。
しかし一人の若者が―後のガラルの王が黒い渦を治めました。
黒い渦が元に戻ると、ポケモンたちは元の大きさに戻り、落ち着きを取り戻しました。
今日もまた、ガラルでは人々とポケモンは協力しながら生活しています。
「このお話はおしまい。次のお話会は明日の1時からだから、楽しみにしてる子はまたおいでね。」
元気に返事をする子供たちの前で、花丸は絵本を閉じた。花丸お姉ちゃんまたお話聞かせてね、という声に思わず微笑む。ターフタウンの小さな教会で週末に開かれる読み聞かせは町の子供たちの楽しみであり、同時に本の虫である花丸にとってもお気に入りのイベントであった。
「花丸ちゃんお疲れ様。これ差し入れだよ。」
「兄ちゃん、いつもありがとうずら。」
ヤローの差し入れを受け取った花丸は花が咲くように笑った。下手をすればユキハミ並みの食事量でも平気で食べてしまうため体力に自信のあるヤローでも困ることはあるが、花丸が美味しそうに食べる姿を見れば作った甲斐があったというものである。
「花丸ちゃんの読み聞かせ、とっても好評なんだね。さっきすれ違った子が明日も行くんだ!って言ってたよ。」
「えへへ......、嬉しいなぁ。」
花丸は笑顔が増えた。読み聞かせはもちろん聖歌隊や農園の手伝いはヤローが気が付いた時から行っているし楽しそうにしている。これは花丸が通っているスクールのスクールアイドルとしても活動するようになって以降の変化だ。歌も本も手伝いも花丸の好きなものだし笑わない子ではなかった。しかし兄妹として過ごしてきたからこそわかる、嬉しい変化だ。
「花丸ちゃん、最近楽しい?」
「楽しいずら!」
弾む声で花丸は答えた。
「久しぶりね、果南ちゃん。」
「あ、ルリナさん。また来てくれてありがとうございます。」
モデルの仕事も並行しているルリナは、チャンピオンカップ前の休みがとても貴重である。英気を養うために贔屓のダイビングショップへ赴いた。ダイビングショップの店員である果南は気さくで話しやすく、同時にかつて通っていたスクールの同輩にもあたるため思わず話が弾んだ。
「前回のガラル代表戦、残念だったわね。決して悪いパフォーマンスではなかったのに。」
「ガラルでは4番目以内、ってことなんですけど、まぁ確かに悔しいですね。」
浦の星女学院は入学者数の減少から別の義務教育学校との統廃合が検討されていた。卒業生とは言え母校が形を変えてしまうのは聊か遺憾と感じたルリナは、密かに母校のスクールアイドルを応援していた。といっても定休日があるような仕事ではないので、公式MVを見るくらいで精一杯ではあるが。
「でもまぁ、次回に全力かけますよ。もうラストチャンスですけど。」
「楽しみにしてるわ!ちゃーんと、ガラル代表に選ばれてよね?」
冗談めかしく笑うと、ボンベを引きずって更衣室へ足を運んだ。スクールも、スクールアイドルとしての知名度も上がったのは事実であるが、果南は口に出せなかった。
自分たちの活動は、入学希望者数に何もつながっていなかったことに。
鞠莉は悩んでいた。浦の星の入学者数が「1名」から増えないことに。正確には冬季大会の代表戦でようやく増えたのだが、それ以来からっきしだ。浦の星に資金提供をする代わりとして鞠莉は理事長職を務めているのだが、それ以前に浦の星の生徒だ。来年卒業する身とは言え、何とか統廃合は防ぎたい。実際問題、スクールアイドル活動が廃校寸前の学校の入学者数増加につながり廃校を免れた、という話はある。鞠莉たちもそれを信じて活動したこともある。しかし現状は芳しくなかった。今でこそ浦の星のスクールアイドル、Aqoursのお陰で学校の知名度は上昇したが、立地の問題か、将又教育を受けなければならない年齢の女子の人口そのものが少なくなったからなのかは不明だが、入学希望者数が増えていない以上Aqoursの活動は統廃合を食い止める要因としては意味がない。
「どうすれば...。」
ふと、つけっぱなしにしていたテレビ画面が目に留まる。チャンピオンカップエントリーのCMだった。そう言えばスクールアイドルでポケモンリーグに挑んだという話は聞いたことがない。スクールアイドルの世界では今や伝説となったµ'sやA-RISEでさえポケモントレーナーではあったものの、彼女らはリーグに挑んだわけではなかった。
「......これだわ。」
スクールアイドル初のリーグ挑戦者、なら箔がつくだろう。高いハードルだが仮にチャンピオンになれれば余計に。挑戦者は善子かダイヤがいいだろう。あの2人はスクールアイドルバトルでも頻繁に出場する実力者だ。だがガラルのチャンピオンカップはリーグ関係者の推薦状が必要だ。鞠莉はマクロコスモスの役員の令嬢とは言え、立場としては聊か弱い。
「......あら?珍しいわね。」
スマホロトムが着信を知らせる。映し出されたのは親友の一人の妹の名前だった。通話に出る、というタブをスライドし通話口に声を入れる。
「もしもし、鞠莉ちゃん。皆にお知らせしたいことがあるの。」
ルビィから告げられた事実に、鞠莉は言葉を失った。
長らく更新できず大変申し訳ございません。
2022.12.17に修正しました。