ラテラルタウンスタジアム受付で手続きをしたルビィは、レセプションのソファに腰かけて大きく溜息を吐いた。別に何かしたわけでもないが、非常に疲れていた。浦の星からバウタウンの灯台を何往復した時のような疲弊感。
額に手の甲を添え、ナックルシティからラテラルタウンまでの道程が頭に過る。
宝物庫の見学を済ませ、ラテラルタウンへと足を進めようとしたところ、エール団に出くわしてしまった。足元には船を漕ぐスナヘビ。第二鉱山で働くトロッゴンへの対応を考えるに、恐らく見守っているのだろう。その割には囁き声が喧しい。あれでは起きてしまいかねない。せめて遠くから見守ればいいのに、と目を逸らして素通りしようとしたが、襟首をエール団に引っ掴まれて怒鳴られた。
「貴女のような耳障りな声の人が通るからスナヘビが起きるでしょう!」
「失礼だな。とにかく離せよ。ルビィがラテラルタウンに行けないから。」
ルビィは間もなく解放された。ホップがエール団の手首を掴み上げていたのだ。でも様子がおかしい。その声はルビィの腹の中を撫でる。まるで機嫌を損ねてしまったダイヤの声のように。
―だってそうでしょう?彼はチャンピオンの弟だ。いずれ視聴者にも知られるところとなる。
ホップに圧倒的な差を見せつけてやったと嘯くビートの嘲笑が蘇る。ガラルではポケモンリーグが興行として親しまれている。穿った表現をするならば、負けた姿すらお茶の間に晒されるのだ。おまけに推薦者はあのダンデだ。実際ホップは、ダンデの弟であることを誇りとしていて、アイデンティティの一つだ。あまりにも強い自覚が、彼を打ちのめしたのだろう。
ドテッコツが鉄骨を振り回そうが、ニンフィアやエール団が大声を出そうがスナヘビは案の定船を漕いでいた。黒星を付けられ大人しく退散するエール団に対し、ホップは下を向いたままだった。ホップの表情は伺えない。だが声は小さく震えていた。
「オレ、ビートにボロ負けしてさ......いや、負けたのはいいんだ。勝負ってそんなものだから。ただ、あいつに『こんな無様に負けて、チャンピオンの名が汚れる』って......。」
「そんな......ホップ君だって3つバッジを貰ったのに。」
「それはビートもお前も同じだろ。それにオレはルビィに一度も勝ってない。」
ホップをフォローしようにも、届かない。条件だけなら同じだろうと正論を突き付けられたルビィは押し黙る他なかった。
チャンピオンの名が汚れる―その発言はルビィもかけられたことがある。電子の海を揺蕩うどころか、直接投げかけられたことの方が多いかもしれない。その度に『ダイヤがよかった』と当たり前のように付け加えられ、何度歯を喰いしばったことだろう。
「ルビィは相応の結果を出してるじゃないか。学校も、おじさんのことも、アニキのことも、全部背負って。ルビィは自覚ないかもしれないけど、ルビィを見直したって人も沢山いるんだぞ。でも俺は......そんなこと言わせたのが悔しくて、嫌だ。」
ただバトルが楽しい。パートナーたちと歩めるのが楽しい。それだけで3つのジムを通過した。だからこそ忘れかけていた。己の身一つで強くなりたいから、ホップの誘いを受けたこと。浦の星の統廃合を阻止できるかもしれないと、Aqoursから送り出されたこと。自分の背後には母校と父と、チャンピオンがいることを。ビートの発言に思うことがないわけではなかった。彼はローズの推薦を受けている。態度はどうあれ、彼が挑戦者であることをプライドとして持っているのは否定しない。ルビィは拳を握り締めた。幼い頃から慕っていたホップに対して何もできない無力感に打ちひしがれ、手の平に爪を立てた。
「ルビィは悪くないぞ。ほら、そんな握ると血が出る。」
「ホップ君、あの。」
「......オレ、もう少し考えてみるから。」
ホップはルビィの手をとり、笑った。ホップが一番泣きたいだろうに、自分の方が搔き乱されてしまった。ホップはルビィの肩を軽く叩くと、6番道路へと駆けていく。その背中は酷く小さく見えた。
★
ラテラルタウンは砂漠と遺跡と旅人の町。砂や泥を押し固めて作られた家の狭間で、旅商人同士が商談に花を咲かせている。露店には旅人が商人と取引をしている。遺跡があるなら、もうソニアは調査に乗り出しているかもしれない。
スタジアムの前には大階段がある。砂でできたそれはとても立派で迫力があった。その大階段の前にホップはいた。どこか力がなく、呆けていた。
「結局考えたけど、どうすればいいかよくわからない。」
「......うん。」
「でも、強くなるしかないのはわかった。...オレと戦ってくれ、ルビィ。」
ルビィはこれ以上何を返せばいいのかわからなかった。そもそもホップが弱いとは到底思えなかった。確かにホップに負けたことは一度もないが、それは結果論だ。かつてのヒバニーに有効打のあるポケモンがいなかった頃は特に何度も窮地に落とされたことがある。負けなしなのは機転と、リーフィアたちの努力のお蔭だ。
だがポケモンバトルは残酷なほどに平等だ。勝敗が全て。時の運すらも抱き込んだ実力こそが正解。ルビィはホップに応えようとした。そして愕然とした。そこにはかつてホップが可愛がっていたウールーがいなかったのだから。勝利が欲しいと叫ぶように言い放つホップに、ルビィの脳裏に懐かしい声が過った。
―君にできることはただ一つ。自分の身だけで強くなること。
結果は圧倒的なルビィの白星だった。ホップはラビフットを除く仲間たちを総取り換えしてしまったのだ。パーティの再構築自体は否定しない。寧ろその場その場で最高のコンディションを維持するには重要な戦法だ。実際ルビィもジムチャレンジ毎に構成を再考しているのだから。だがそれはリーフィアだったりアーマーガアを補強するために行うものだ。だがラビフットは十分に働けただろうか。ホップは彼らをきちんと理解し、役割を果たせていたのだろうか。嗚呼、ホップは明らかに迷走している。只でさえウールーとアオガラスがいないと言うのに。
「オレ、アニキのこと憧れてるんだ。家族として、一人のトレーナーとして。」
「うん。」
「だから、弱い俺のせいでアニキが馬鹿にされるのは嫌だ。」
実際ホップが期待外れだとする声は一切聞いたことがない。実はホップも知らないうちにそう言われていたのかもしれないが、少なくとも電子の海にそういった不純物は見受けられなかった。だがルビィはまた答えに窮してしまった。これ以上何かフォローしてもきっと響かないだろうし、何より嫌味に捉えられてしまい悪循環になりかねない。
ホップは修行すると称して、6番道路へと逃げるように走った。ルビィはただ、見送ることしかできなかった。
「あの子たちだね、チャンピオンから推薦された挑戦者。」
老淑女は静かに佇む。紫色のファーを靡かせて。
「ポケモンバトルってのは、トレーナーとポケモンのためにあるもんだよ。」
未熟な2人に語りかけるように、ポプラは呟く。
ポケモンは本来戦闘種族だ。己の命を守るために戦う、弱肉強食の世界で生きる種族。それは時として人へ牙を剥く。そんな獰猛で純粋な彼らを仲間としたトレーナーは、実力者として人からもポケモンからも一目置かれるのだ。それがジムリーダーであり、歴代チャンピオンであり、ダンデなのだ。彼らは既に実力を確立してしまった。ホップがどうこうしたところで、覆されるものではない。
そもそも、ポケモンバトルは泥臭いもの。倒すのではなく倒れないために戦うのだ。だがガラルリーグではどうも、そのような戦法は好まれない。ガラル地方において、ポケモンバトルはエンターテイメントだからだ。泥臭い試合は物好きの趣味で、金にならない。本家大元セキエイリーグでは、明らかに信頼関係が希薄なトレーナーでない限りそういった戦法に対して小言を言う者は皆無と聞く。なんにせよ、ジムリーダーや四天王でない限り、バトルをジャッジする権限はないはずだ。
「まぁ坊やは心配ないね。いつか気づけるはず。ただ...。」
ポプラはルビィを捉え、目を細めた。ホップのポテンシャルは既に申し送り事項としてジムリーダーに周知されている。ルビィも同様だが、ホップと比べて地道で泥臭い。それはいい。実にピンクだが、少なくとも自分の後継には向かない。
「...主も残酷なことをするねぇ。」
スタジアムへ踵を返すポプラの足元に、色違いエーフィが大人しく座っていた。
★
さて、大階段を駆け上がり受付を済ませようと足を踏み入れたルビィは口をぽかんと開けた。消沈するダイヤたち最終学年トリオと千歌、花丸。そして彼女らを背に土下座する善子がいた。よく見ると梨子と曜がいないが、スタジアムの外でラブライブ本部と連絡を取り合っていると花丸は言う。小首を傾げるルビィの前で、5人は静かに口を開いた。
その原因は出場チーム紹介を兼ねた一次予選のローテーション発表だった。ルビィをジムチャレンジに専念させるため、ルビィを抜いた8人が参加した。ところでこのローテンション発表だが、参戦チームの紹介を兼ねているためウェブ配信される。ローテーションは出場チームの代表者がくじ引きを行い、降順に日時が決まる。即ち抽選だ。µ'sやA-RISE最盛期以上にスクールアイドルの数が膨れ上がった今日においては2日間に分けて行われることになった。
「今回のガラル地方代表戦出場チームは100組ですから、ラテラルタウンにルビィが到着する時間を考えると50番以降が望ましいでしょう。」
「そうね、50番以前でも構わないけどルビィの負担になっちゃう。」
Aqoursとしての活動も続けると宣言したのはルビィ自身である。しかし、だからこそどちらかを捨てろとルビィに頼み込むわけにはいかない。故にこの抽選は勝負であった。
「でも、誰がくじを引くの?セオリー通りなら千歌ちゃんだけど......。」
「うぅ......責任重大だあ......。」
「それならこの堕天使ヨハネが、堕天使の加護を齎しましょう。」
「ルビィちゃんのために代表になります、と言っているずら。」
「だから!!!」
恒例の邪気眼を発動した善子が名乗りを上げた。尖ったパーソナルの彼女だが、実は気配り屋だ。冷えてしまった空気を邪気眼によって絶対零度にしてしまうこともあるが、それもまた周囲に敏感であり他人思いであるが故の行動である。この場にいない、それも浦の星を背負ってジムチャレンジに赴く同期のためにいい格好をしたかった。
しかし、善子の背中を祈るように見つめる全員が全員失念していた。善子の長所をチャラにする不運っぷりを。傘を忘れればハリケーンが上陸し、じゃんけんにはいつも負け、遠出をするときに限って感染症になる彼女を。
高らかに引いた番号は24番。つまり1日目の夕方。それはいい。問題は日程だ。ガラルリーグのホームページを見ると、ぽこんとルビィの名前が挿入された。それは4番目の関門ゴーストジム。日程は丁度、地方予選の日の昼。対して予選の会場はエンジンシティのライブハウス。ラテラルタウンからエンジンシティまでの時間を踏まえるととても余裕がない。ほんの数日前、エンジンシティで見事な戦いっぷりを披露したインテレオンは、進化前のジメレオンのようにジト目で善子を見つめて大きなため息を吐くのであった。
「本当になんてことをしてくれたのですか!!」
「ダイヤ、声大きいよ。」
禍々しい色のカーペットに染みが作られる。善子のゲンガーとミミッキュは善子を足蹴にしていた。
「えっと、誰かがエンジンシティに残ってくれればルビィアーマーガアで向かえるよ?」
「それがそうも行かないずら......。」
今日までの3回のジムチャレンジは鞠莉が8人分のチケットを購入して現地で観戦していたのだ。そして今回も。近年は高額転売を防ぐため、期日が迫るとリセールすらできない。おまけに鞠莉はリーグスタッフとは言えアルバイトの身、決して多くない給料で馬鹿にならない価格のチケット代を8人分も肩代わりしているのだ。それだけAqoursが自分のことを応援してくれているのはありがたかったが、まさかラブライブに影響が出たら本末転倒だろう。ルビィも頭を抱えた。エントランスを背にしたルビィの背後から、俯いた曜と梨子が現れる。
「今、ラブライブ運営に連絡してきたんだ。でも、応じられないって。」
「スクールアイドルを続けながらジムチャレンジに挑んだのはルビィちゃんの意志だし、前例もないうえに1つのチームのために融通効かせることはできないみたい.......。」
体調不良や悪天候による交通機関の麻痺など、客観的に参加が難しい場合は兎も角なのだがジムチャレンジは任意だ。ラブライブ運営からすれば前代未聞である故に、参加チームもそう多くはないガラルのスクールアイドルに融通を効かせれば他のスクールアイドルたちにも影響が及んでしまう。そもそもガラルリーグだけシステムが異なるのも足を引っ張ってしまった。梨子も曜も、これ以上交渉してしまったら相応の処遇を執り行うと言われて引き下がる他なかった。
「どうすればいいんだろう......。」
「空を飛ぶポケモンを持っているのは......。」
「あー、ごめん......。あたしと曜は持ってないんだ......。」
「あたしも......。」
果南や曜は海を渡るポケモンをメインに揃えており、千歌は実家に迷い込んできたポケモンたちをパートナーにしているため空を渡ることすら考えていなかった。そもそもタクシーの数も限りがあるし、マクロコスモスにも無理を言ってしまった鞠莉は父親の力を使うわけにもいかない。本気で全員が頭を抱えた。その時、壮年のジムトレーナーがルビィに声をかけた。
「ルビィさん、ジムチャレンジが終わり次第レセプションでお待ちください。」
「貴方、話を聞いていたんですの?だらだらしていたら予選に―」
「待ってお姉ちゃん。理由をお聞かせいただいても?」
ジムトレーナーは口を開く。その内容に、Aqours全員が息を呑んだ。
★
「ぴぎいぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!!!!」
Aqoursの面々で遊びに行ったシュートシティの遊園地のコーヒーカップを思わせるカップに乗り込んだルビィは、これでもかと悲鳴を上げた。
ゴーストジムのミッションは、カップを回して迷路を脱出することだ。中央のハンドルを駆使しながら迷路を抜けねばならないのだが、壁や障害物である手にあたってしまうと勢いよく跳ね返る。驚きのあまりぐるぐるとハンドルを回して何とか体勢を立て直すことの繰り返し。途中ジムトレーナーに阻まれながらも、三半規管に負けじとルビィはカップを降りた。ミッションクリアのアナウンスが流れると、ルビィはそのまま倒れた。ボールから勝手に出てきたブラッキーには小突かれた。
挑戦者控室の座席に仰向けになったおかげで何とか回復したルビィはフィールドへ向かう。向かい側からふらふらの足取りでやってきたのは、ルビィとそこまで背丈の変わらない少年だった。仮面の奥に存在するはずの瞳は、闇の中に沈んでいる。
「こんにちは、オニオンです。」
「えっと、ルビィです。」
「あの、ルビィさん今日時間ないんですよね......そうですね、始めましょう。」
妙に物分かりのいいオニオンには理由があった。彼はとあるメンバーを密かに応援していた。だからこそルビィと戦えることも楽しみにしていたし、予選も喜んで送り出すつもりだった。
だからと言ってオニオンは手を抜かない。ゴーストタイプの強みは弱点の少なさだ。タイプの複合によりうまく立ち回れるポケモンも少なくない。しかしルビィの相手はブラッキー。あくタイプ随一の「壁」だ。有効打を打てるミミッキュさえイカサマで沈められ、どんな攻撃もまるで効いていないかのように唾を吐いた。
「もうおしまい...?悲しいよ...。」
これで最後の1匹、紫色の瞳が光る。繰り出されたのは友人のポケモンと同じ、ゲンガーだった。ルビィはブラッキーをボールに収めると、ダイマックスバンドからエネルギーを注ぎ込んだ。
「ゲンガー.....ブラッキーを闇で包み込んで......!」
「ブラッキー、ダイマックス!!」
睨みあう2体が互いのボールに吸い込まれる。オニオンの背後には、大口を構えて獲物を待つゲンガーがいた。まるでブラッキーを夢の世界へと誘うかのように。対してルビィの背後にいるブラッキーは耳や脚を光らせながら吠える。両者は睨み合い、先に動いたのは―。
「ブラッキー、ダイアーク!」
ブラッキーの咆哮が闇を生む。禍々しい影の中に放り込まれたゲンガーのキョダイマックスが断末魔と共に解除され、そのままフィールドに倒れ伏した。
「あの、ありがとうございました。気を使わせてしまって。」
ゲンガーのボールを労わるように見つめるオニオンにルビィは声をかける。オニオンは吃りながらも気にしないでください、と袖と首を横に振った。
「その、僕はこの後予選駆けつけられないですけど、見守ってますから。」
応援してます。とオニオンは紫色の文様のバッジを嵌め込んだ。
Aqoursと共にラテラルタウンスタジアムを出たルビィは仰天した。何と一体のアーマーガアが待ち構えていたからだ。ルビィもダイヤもアーマーガアを所持しているが、ルビィはラテラルタウンに到着してからアーマーガアをボールから放っていないし、ダイヤのアーマーガアはセピア色、即ち色違いだ。だがアーマーガアはルビィを目にすると目を細め、頷いた。ルビィも大きく頷き返す。大丈夫だ。この子は信じていい。
「アーマーガア!エンジンシティまでお願い!!」
ルビィのアーマーガアが鳴く。ラテラルタウンからナックルシティを抜けてワイルドエリアを滑空した。結局ルビィのアーマーガアがダイヤを足で掴んでおり、ギギギアルが果南を、ダイヤのアーマーガアが梨子を乗せたので結局9人分の頭数が足りてしまった。ふと光沢を放つ翼がルビィの視線の横に入る。そこにはアーマーガアと彼に跨る千歌がいた。
「ルビィちゃん!ジムチャレンジ楽しい?」
「楽しい!」
推薦制度という重たい参加条件。ガラルの誰かが必ず見ているという重圧。悪意のない評価。しかしそれらに逆らうかのように、仲間たちと勝利を掴むことは何とも代えがたい喜びだった。勝利を重ねれば重ねるほどパートナーたちは応えてくれる。それは今まで踏めなかったステップが踏めるようになったり、或いは音が全て繋がるかのような達成感があった。
「ほんっとうに災難だったよね!でもジムチャレンジも成功してラブライブも成功して....浦の星が救えたら最高じゃん!!」
「この予選に参加できなかったら、決勝戦にすら行けないんだもん!それに今日の曲は、お姉ちゃんにはぴったりだから!」
ダイヤと、そして彼女の要望で叶ったダブルセンター。その相方が自分であることにルビィは重圧こそあれど誇らしくなった。カントー地方にいたとされる、芸事と蜜事で男たちを癒し、ガラルやイッシュ、カロスでは禁忌とされていた職業を伝統として昇華させた女たちをイメージした衣装を着たダイヤはどこまでも美しかった。だからこそルビィのせいでダイヤが、Aqoursが棄権になるのはルビィも本意ではなかった。
「ホップ君がルビィの推薦を掛け合ってくれた!浦の星のみんなもルビィを送り出してくれた!だから、どっちも諦めるなんてできない!!」
エンジンシティのワイルドエリアゲートが近づいてくる。ルビィのアーマーガアは速度を強めた。
★
エンジンシティのバトルカフェの一角で、ホップはスマホを眺めていた。正確にはパフォーマンスだ。ホップは口角を上げ、しかし祈るように画面を見つめていた。そこにはカントー地方の民族衣装を模した衣装を身にまとった彼女たちが歌い、踊っていた。
「色々言われてるけど、オレは悪くないと思うぞ。」
その言葉は人々の会話に呑まれて消えていく。ホップは密やかにルビィを尊敬していた。同時に哀れんでいた。旧王家の娘という肩書に対して、後ろ盾がないルビィ。だがその実力は決して低くはない。ダイヤが高すぎるのだ。おまけに同期は個性や得意分野が際立つ。対してルビィは卒なくこなす。尤も適性があるであろうバトルが見れないのは残念だが。ガラルリーグばかりに目を向けていたホップでさえ、ルビィのパフォーマンスは欠かさず見ていた。
一通りのパフォーマンスが終了すると、ホップは投票画面に「Yes」とタップする。ホップは天井を見上げて呟いた。
「諦めるなよ、お前は。」
その後、予選を突破したAqoursが地方代表選に選ばれるのはまた別の話。
★
アーマーガアに乗って再びラテラルタウンへと向かう。次のジムチャレンジの会場であるアラベスクタウンに向かうのと、ソニアに会うためだ。ジムチャレンジを4つクリアしたことや地方予選の合格をメッセンジャーでやりとりしていた最中、ソニアが「ラテラルタウンの遺跡でフィールドワークをしている」と伝えてくれたのだ。ルビィはソニアに進捗を聞いてみたいと連絡し、遺跡で落ち合うことになった。
アーマーガアにオボンの実をやり、顎を撫でる。目を細めるアーマーガアに礼を言ってボールに収めると、スタジアムの西側にある遺跡へと足を運ぶ。大階段を上った先の踊り場にはワンパチがいた。短い脚でぽてぽてと駆け寄るワンパチをルビィはしゃがんで迎え入れる。足元で顔を摺り寄せるワンパチの顎を撫でれば、特徴的な鳴き声で跳ね回った。ルビィの頭上から呆れ声が降ってくる。
「ワンパチ、ルビィちゃんのこと大好きだよねー。」
「悪い気はしないもん。」
「もー、ルビィちゃんジゴロ?あ、そうそう。ラテラルタウンの遺跡だけど、やっぱりガラルの英雄にを祭ってるみたいなんだ。」
レプリカであるとは言え、ラテラルタウンの遺跡は運よく公開されていた。レプリカとは言え収穫。美術品でも模写や写しが展示されることがあるように。
「ルビィちゃん、最終予選っていつだっけ?」
「ラブライブの?8月だよ。カントー地方の中高生は長期休暇だから。」
「そっかぁ、でも日程的にはまだ余裕あるんだね。」
他愛もない話に花を咲かせていた2人の地面が、轟音を立てて揺れた。観光客も尻もちをつき、子供たちは泣き出してしまった。
「何の音!?」
「向こうから聞こえたよ!?」
ルビィが指をさした方向は階段の先。ソニアの顔が見る見るうちに青褪めていく。階段の向こうには遺跡があるのだ。まさか、とソニアは駆けだした。ルビィもその後を追った。
観光客も地元の住民もパニックになっている。無理もない。突然の轟音が、ラテラルタウンの遺産である遺跡から響いたのだ。周囲の囁き声にルビィの背筋が突然冷たくなる。
―ねぇ、あの子ジムチャレンジャーだよね?
だがそれはルビィを示しているのではない、遺跡のレプリカを壊そうとしているダイオウドウと、もう一人は―。
「ほら!もっと壊しなさい!!願い星を、願い星を集めれば、委員長が僕らを認めてくれる!」
ダイオウドウは鳴いた。それが誇りなのか悲しみなのかわからない、どっちつかずな悲鳴。傍らにいるのは癖のある銀髪に赤紫色のコート、間違いない。ビートだ。ビートは狂ったように叫ぶ。このダイオウドウはビートのパートナーではなく、ローズのパートナーであること。ローズのポケモンなら心から喜べ、と。ルビィはひゅ、と息を呑んだ。あまりにも彼が哀れで、恐ろしかったのだ。
「君、何してるの!?」
感情が混濁したルビィにはもうわからない。それでもビートは不遜な態度を崩さなかった。寧ろルビィ自身もローズに気に入られたいのかと妄言を吐く始末。それほどまでにビートは錯乱しているのだ。ビートがどういう心境で遺跡を破壊する行為に至ったのか。だがもうルビィにはどうでもいい。寧ろホップはこのような少年に詰られたのかと、ルビィは頭が沸騰した。必死で戦って負けることと、裏で問題行動をとって結果を積み重ねること。どちらが軽蔑すべきだろうか。
「ホップ君は、貴方みたいな人に詰られたの?」
「偉大な兄弟を持ってるのに負けた彼が悪いんですよ!それに貴女も気に食わない!!どうして委員長は貴女に興味を持っている?認めない.....僕は認めないぞ!」
ビートは気付かない。ここまでの道中でそれなりの人間がビートを見ていたことを。ホップにかけた呪いが、今にして跳ね返ってきたことを。
何故自分が邪魔されるのか、とビートは呪詛のように呟く。自分のしたことがどういうことかわかっていないのか、とルビィは歩み出る。が、それを遮ったのは1つの声。リーグスタッフに囲まれた、悲痛な面持ちのローズと無表情にいら立ちを添えたオリーヴがいた。
「ダイオウドウを貸してほしい頼んできたのは...このために?」
遺跡を壊す挑戦者がいると通報があり、ローズさえ駆けつけてしまった。しかもパートナーを遺跡破壊の道具に利用して。しかしビートは悪びれず、1000年先の未来に比べて遺跡が何だというのだと悪態をつく。挙句の果てにはオリーヴを扱き下ろすおまけつき。だが残念、とローズが零した言葉にビートは顔をひきつらせた。
ルビィは思い出す。確か動画配信サイトのリーグ公式チャンネルの挑戦者特集だっただろうか。ビートは幼いころ、孤独であった。詳しいことはビート自身も語らなかったが、家庭内トラブルが原因で児童養護施設で過ごしていた。ところがビートの負った心の傷なのか、はたまた性質なのかは不明だが同じく施設に預けられていた子供たちともトラブルを起こす余り、ローズが名乗りを上げるまで里親すら見つからなかったというのだ。幸いポケモンバトルには幼い頃から適性があったためか、ローズはトレーナーズスクールに通わせた。ジムチャレンジの推薦状も書いたという。
ホップを悩ませたことや遺跡を壊そうとしたことは許せない。しかし行動の節々の理由に、ルビィは俯く他なかった。
「遺跡を壊すような、ガラルを愛していない挑戦者に、ジムチャレンジに参加する資格はありません。」
何故ローズまで駆けつけたのか。それは懲戒処分を下すためだ。これは立派な器物破損だと。嘘だ、と目を見開くビート。嘘だ、嘘だと虚ろな瞳でビートは壊れたラジカセのように呟く。オリーヴがビートのコートのポケットをまさぐり、ポーチのようなものを取り出すと、ビートはリーグスタッフに連れていかれてしまった。
とんだ災難でしたね、とローズは労わりの声をかける。大会というのはいつでも公平だ。勝った挑戦者が次のコマに進め、期間内に条件を達成できなかった挑戦者は脱落する。勿論、トラブルを起こした挑戦者が懲戒という形でリタイアするのは別段おかしくはない。しかし何もなかったのにチャンスを与えたローズのためにジムチャレンジに挑戦し、そしてそのローズに処分を言い渡されるビートはあまりにも―。
「遺跡、無事かしら?」
「......!ソニアお姉ちゃん!!後ろ下がって!!」
ソニアが振り返った瞬間にぴしりと入った罅をルビィは見逃さなかった。ソニアを押し倒すようにルビィは壁になる。そのまま遺跡はぼろぼろと崩れ去った。崩れた先に見えたのは、2人の英雄を守るように佇む、剣と盾を咥えた2頭の狼だった。
―願い星を受け取った2人の若者たちは、剣と盾を持って脅威に立ち向かった。災厄は鎮められ、その功績を称えられた青年たちはガラル王国と冠王国の王となった。
「剣と盾の正体は、ポケモンだった......?」
「英雄の像よりも、古いタペストリーよりも昔に作られていた遺跡のほうが脚色がない......!」
宝物庫のタペストリーに書かれた製作年代より、遺跡の方が遥かに古い。地上絵とほぼ同世代だ。雨風に曝された地上絵以上に、レプリカによって守られていたのもあって非常に状態がよかった。これで漸く確信した。英雄は2人で、武器は2体のポケモンであると。
「でも遺跡はどうしてレプリカで隠されていたのかしら?」
「この遺跡を見られると、不都合があるからとか?それともこの遺跡を守るためにわざと?」
大変遅くなりました。
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