結局まどろみの森の中に入り込んでしまったウールーはホップの手により捕まった。それはいい。問題は近隣住民によりルビィとホップがまどろみの森に入り込んでしまったのを目撃されたことだ。ウールーを捕まえたホップとルビィが森の中から抜け出した直後、待っていたのはホップの母とダイヤだった。
「全く!これ以上ルビィを誑かすのもやめてくださいまし!ルビィ!どうして止めなかったのですか!」
ホップの母はダイヤのあまりの剣幕にもうその辺にしてあげて、と宥めていた。ダイヤはルビィには甘いが、事ルビィの身に危機があるとどこへでも飛んできてしまう。確かにホップでさえルビィの方が少し年上だということを忘れてしまうが、彼女はそう遠くないうちに成人を迎えてしまうのに。周囲の囁き声も相まって身を竦ませたルビィは隣にいるホップに目配せをすると、顔を上げて一歩歩みだした。
「お姉ちゃん、ごめんなさい。ウールーがまどろみの森に入ろうとしちゃって二人で追いかけたの。」
「違うよ、先に追いかけたのは俺なんだ!」
激化するダイヤの態度に空かさずルビィは頭を下げる。ホップは目を見開くと、ルビィより前に歩みだして謝罪した。実際、先にまどろみの森に入ってしまったのは紛れもないホップだからだ。それにこのままではルビィが旅に出れなくなってしまうかもしれない。それだけは何としても避けたかった。
「もういいだろう、ダイヤ。兎に角、お前たちが無事でよかったよ。」
言葉を詰まらせたダイヤを見計らって、ダンデは2人を労わった。ダイヤの目つきが一層鋭くなる。今にも歯軋りしそうなダイヤの烈火の如くの対応に、ホップは目を伏せた。
ルビィもホップも、ポケモンのことは何も知らない。ポケモンを知るほど、バトルは有利になる。だからこそダンデがソニアに根回しをしてあることを頼んでいた。
「はい!ポケモン図鑑のアプリ入れたよ!ルビィちゃんもホップもポケモンについてはあまり詳しくないでしょ?」
道中はバトルが付き物。バトルの際はポケモンの基礎知識を押さえておかなくてはならない。更にガラルにいる多くのポケモンを知ることもできる。アプリを開くとイーブイとリーフィアのデータが掲載されていて、ルビィは目を輝かせた。ホップはウールーとヒバニーが登録された画面を食い入るように見つめていた。
「そう言えば、私たちの実家でダンデ君待ってるみたいだよ?」
「あれ?いつの間にアニキいなくなったんだ?」
ソニアとその祖母、マグノリア博士の実家はブラッシータウンのはずれにある。いつの間に移動してしまったのだろうか。ソニアの口ぶりからおそらく迷わずソニアの祖母の家に向かったのだろう。世話が焼けるな、とホップは頭を掻きルビィの手を引いた。ソニアに礼を言って間もなく呟いた言葉を、ルビィは耳にし、小首を傾げた。
「私は、助手。」
「おばあちゃま、お久しぶり!」
「そのリーフィアは......まぁ、大事にしているのね。改めてようこそ。ダンデ君から話は聞いていますよ。」
マグノリア博士は町の、引いてはガラルで最も有名なポケモンの研究者だ。高齢のためフィールドワークが難しくなってしまったが意欲は枯渇せず、孫娘のソニアと共に論文を一定スパンで提出し続けている。しかしながら気取ることはなく、常に謙虚であるため誰からも慕われている。ぺこりとお辞儀をしたリーフィアとルビィを見たマグノリア博士は最初こそ驚いた様子を見せたが、すぐ顔を綻ばせた。
「ダンデ君、こんなにも有望な2人なのです。それに君の目標はガラル地方そのものが強くなることでしょう。なら、2人が共に強くなる道を歩ませるのが道理ですよ。」
ポケモンの捕まえ方もわからなかった2人なのだ。あのダンデとて不安だったのだろう。ルビィは身を竦めたが、リーフィアは緊張を解きほぐすように足元にすり寄った。
「...2人とも、ポケモンたちのおかげで世界が広がっただろう?」
2人は大きくうなずいた。ガラルには様々なポケモンが住んでいることも、自分たちの手持ちのポケモンではまだジムチャレンジを進めるのに心許ないことも。
「なら、その成果を俺に見せてくれ。最初のバトルとは一味も二味も違うはずだ!」
「あら、それなら私も見学しますよ。若い子が強くなる様は、何事にも代えがたい素晴らしいものですから。」
2人は顔を見合わせ、笑いあった。新しい仲間も増えたのだ。その成果をダンデに見せてやろうと。
「やってやろうぜ、ルビィ!」
「またよろしくお願いします!!」
あらゆるバトルも自分の力に変える大人たちに見守られ、バトルに決着が着いた。結果は再びルビィの勝ち。やっぱり強い!とホップは悔しがりルビィは自分のポケモンたちを労わった。
「1戦目以上に素晴らしいバトルだったよ、2人とも。」
「ちょっと冷や冷やしたけど、楽しいね!」
今日までバトル未経験だったルビィも、爽やかな笑顔を浮かべていた。一方的に勝負を挑まれ泣いていたルビィはもういない、ダンデは安堵した表情を浮かべた。
「思わず飛び込みそうになるくらいの熱い勝負だった!!これを受け取ってくれ!」
ダンデは2人に封筒を手渡す。―それはチャンピオンカップ挑戦者の推薦状だった。リーフィアはやったぞ、と言わんばかりに飛び跳ねている。
「やった......やったぞルビィ!」
「やったねホップくん!」
「ああ!ここからが、俺の伝説の始まりだ!!」
ようやく兄と同じ場所に立てる、と喜ぶホップの横でルビィは推薦状をまじまじと眺めていた。これでようやく強くなれる。家からも解放され、家族であるリーフィアと共に自由になれる。ルビィは唾を飲み込んだ。刹那、ルビィの頭に何かが当たった。かさりと芝生にそれは落ちる。
「え。」
手を伸ばした瞬間、ルビィの鼓動が大きく跳ね上がる。胸を押さえながらその塊を掴んだ。心配して駆け寄るホップに、大丈夫とただ一言告げるのだった。
スクールアイドル部の部室に、水の張った洗面器が置かれていた。厳密にはその中にダンデがホップのために勧めようとしたポケモンの候補であるメッソンがいるのだが。ダンデも忙しい身なので、このメッソンをAqoursの皆で育ててほしいとダイヤに授けたのだ。Aqoursが可愛いかわいいと顔を綻ばせる一方、突然知らない人間に囲まれたメッソンは泣き出してしまった。
「わわ!泣き出しちゃった!!」
「おーよしよし......。」
メッソンは泣き虫で、涙自体にも催涙効果がある。あやしている善子もぼろぼろと泣いていた。ルビィは学業とスクールアイドル、ジムチャレンジに奔走しなければならないため、なるべく8人で役割を分担することにした。花丸は図書館で早速図鑑を取り出して生態を調べるほどだ。Aqoursの意味は「水」。ちょうどみずタイプでビギナー向けポケモンのメッソンならAqoursらしい。全員が了承した。
「メッソン、あたし達Aqoursもこれから沢山たくさん強くならなきゃいけないんだ。......一緒に頑張ってみる?」
メッソンに目線を合わせ、語り掛ける千歌。冬季大会の予選には脱落してしまったが、統廃合決定までもう時間がない。それに高等部の3人はこれがラストチャンスなのだ。千歌の思いを受け取ったのか、メッソンは笑った。
2022.12.17.大幅に修正