少女はスクールアイドルが大好きだ。プロのミュージシャンとして活動している兄とも謙遜のないパフォーマンスは勿論のこと、学校生活という一瞬を精一杯謳歌する姿は何と尊いことか。
少女が一際応援しているスクールアイドルがいる。彼女たちのスクールは年々入学者数が減少し、統廃合の危機に瀕しているという。元々は「普通の自分でも輝きたい」というリーダーの思いの元結成されたようだが、結果として統廃合阻止のために活動するようになった、と。そのインタビューを見た少女は、自分の故郷に思いを馳せた。年々退去していく住人達、ジムチャレンジシーズン中なのに訪れない観客。愛する故郷と兄に対する不穏な言葉。自分を育んでくれたこの町のために何ができるだろう。少女は兄のような音楽センスもなく、人前でパフォーマンスするにはシャイな娘であった。だがある一点において、兄以上のセンスを発揮した。
「マリィは俺よりもセンスがありますね。」
それは兄とバトルのトレーニングをしていたときのことだった。己にはバトルの才があると。それも故郷一の。ジムリーダーを務める兄のバトルは見習うべきところが多かったが、そんな兄から褒められたのが何よりも嬉しかった。相棒のモルペコもうらら、と飛び跳ねて笑っている。
少女は決心した。バトルならあの大好きなスクールアイドルのようになれるかもしれない。故郷の復興と、そして自分の願いのため、マリィは兄に告白した。
「アニキ、あたしチャンピオンになりたか!」
★
「あぁぁああ!?また負けたー!!」
「やったあ!」
開会式後、しばらく固まって動かなかったルビィに口火を切ったのはダイヤでも千歌でもなくホップだった。気晴らしも兼ねて一緒に特訓しよう、と再び手を引かれ、ダンデとマグノリア博士に見守られて以来のポケモンバトルが始まった。それもAqoursを観衆として。ポケモンリーグのことなど門外漢の千歌でさえも固唾を呑んで見守った。
結果は再びルビィの白星。胸元に飛び込んできたリーフィアを抱き抱えて、ルビィはくるくると回って喜んだ。
「凄い......ホップ君の手持ちへの有効打が少ないのに...ルビィちゃんのバトルセンスは未知数ずら。」
「えぇ、正直舐めてたわ。」
「そうなんだ...私たちも頑張らなくちゃね、メッソン。」
「ルビィ、アオガラスいるだろ?もう少し活躍させたいんだけど...。」
「うーん、そうだね...。」
今までバトルをしたことがないとは思えない的確な指示と慎重さは、ジムリーダーの家族を持つ花丸と比較的バトルに対しては積極的な善子ですら舌を巻いた。特に驚いたのはダイヤで、ただただ唖然とするばかりだった。驚くべきことに、共通のポケモンであるアオガラスについてホップと戦略を練るほどに成長した。
「こんなものはまぐれ、ですわ。ルビィはか弱いからターフタウンにまで辿り着けるかどうか」
「マルの実家だよ?来たことあるよね。」
最初のジムチャレンジはターフタウン。エンジンシティからは確かに離れているが、花丸の実家はターフタウンにある大きな農家だ。時折教会の日曜礼拝や農園の手伝いを行っているから、距離は兎も角経路はルビィも知っていた。食い気味に指摘する花丸にダイヤもぐっと息を詰まらせる。
「ダイヤさん、年末は認めてくれたのに...。」
「実際に送り出して、心配なんじゃない?」
「ホップ君仲良いし優しそうだから、大丈夫だと思うんだけどな。」
年末の申し出に折れたはずのダイヤに疑念を抱く梨子を、果南が嗜める。しかし曜が指摘するように、ルビィにはAqours以外にも心強い仲間がいるのだ。決して悪い結果にはならないだろう。額を突き合わせる2人をAqoursは微笑ましく見守った。一人を除いて。
『ジグザグマが新しく図鑑に登録されます。』
「あれっ、この子もジグザグマなんだ。」
白黒のジグザグマを捕獲したルビィは首を傾げた。ジグザグマの絵本は幼い頃に読み聞かせてもらったことがあるが、絵本の中の彼らはセピア色で穏やかな表情をしていたはずだ。住処によって適応するために独自の形態を持ったポケモンが確認されており、ジグザグマもその一つだった。図鑑アプリに一通り目を通しながらルビィは草むらを出る。
「あくタイプならこの先育てても損はないかな。でもどんな子になるんだろう?」
「あっ、ルビィちゃん!捗ってるね!」
「ぴぎっ...なんだぁ、ソニアお姉ちゃんかぁ。」
不意に肩を掴まれたルビィは悲鳴を上げた。犯人がソニアであることを確認すると、大きく脱力した。何だとはなんだ、とソニアは満更でもなさそうに笑う。
「ここで何か調べ物してるの?」
「うん、最終的にはターフタウンに行きたいんだけどね。」
ソニアは小さな小屋を指さした。大草原の中にぽつんと建っている、古めかしい小屋を。
「あれ、何だと思う?」
「?誰かのお家じゃないの?」
「あれね、ローズさんの会社。」
「えっ!?」
今日では、ガラル地方で知らぬものはいないとされるマクロコスモスだが、元はエネルギーインフラ企業として設立した。この小屋はマクロコスモスの原点とも言うべき工場らしく、現在は3番道路先の鉱山で掘り出した鉱石をエネルギーに変換しているという。
「マクロコスモスって、いつからあるんだっけ...。」
「20年前。よくここまで大きくしたよね。」
マクロコスモスを起業してから20年ほどしか経過していないにも関わらず、ポケモンリーグのメインスポンサーとして躍り出ている。しかもその事業はレジャーや金融、警備など多岐にわたる。鞠莉の実家もマクロコスモスの傘下に入ったはずだ、残念ながら屋号は消滅したが。
「えっと、エネルギーの燃料って何だっけ。」
「それが企業秘密みたいで、わからないんだよね。」
ルビィの耳に、そこにいないはずのエーフィの笑い声が響いた。
★
鉱山はまるで星空のようだった。鉱石がきらきらと反射する夢の世界。まるでエーフィの額に輝く石のよう。一方実際にマクロコスモスの社紋を刻んだヘルメットを被った作業員が猫車に鉱石を載せているのを見て、本当にマクロコスモスの区域なのだなと小さく呟いた。その積まれた鉱石を見たルビィは心臓が大きく跳ねた。大きさは違うが、あれはねがいぼしに似ていたのだ。大いなる願いを持つものに降り注ぐのではないのか、そんな簡単に掘れるものなのだろうか。そしてこの苦しみは一体。
「まさか、ね。」
鉱山は決して長くない。光を抜けたらターフタウンだ。足を進めようとした瞬間、ルビィの脇腹に何かが勢いよくぶつかった。あまりの力に倒れ伏したルビィは痛みに耐えながらも身体を起こす。ぶつかったそれはドッコラーだった。赤い鉄骨を片手に素早く起き上がり、再び暗闇の中に消えていく。ルビィはこっそり後をつけると、ドッコラーは積み上がった鉱石を守るように、木材を肩に乗せて構えていた。ドッコラーの目線の先には人間がいた。ルビィではない。開会式の受付で無愛想にしていた、あの少年だ。
「僕の邪魔をするな!!」
少年は声を荒らげたと同時にボールを放り投げる。ユニランだ。反射的にルビィはアオガラスの入ったボールを放った。アオガラスはドッコラーの首根っこを咥えると、ユニランのサイケこうせんを躱しながらルビィの足元にゆっくり着地した。
少年は人相の悪い表情でルビィを睨みつける。ルビィも睨み返すと、髪の毛をかき上げて不敵に笑った。
「貴女、確かチャンピオンに推薦された挑戦者でしたよね?」
「そう、ですけど。」
「くだらない。チャンピオンが貴女のようなひ弱で、学生の飯事に耽る人を推薦するなんて。それにチャンピオンより委員長の方が偉い。だから僕の方が凄いんです。」
沸々と湧く屈辱に蓋をするように、ルビィは歯軋りした。見縊るな、と。スクールアイドルで、しかも旧王家の血を継いでいるとは言え、曰く付きの次女を推薦するなんてダンデは気でも狂ったのかと。ホップでさえ顔を顰め、ルビィのことなんか何もわかってないくせに!と憤った。ダンデがどうして自分に目を付けたのか、ルビィにはわからない。だが自分のせいでダンデの評価が下がってしまうのは居たたまれなかった。
「凄いかどうかはバトルの勝敗で判断して!」
手持ちが倒れるたびに嫌味を吐いてくる少年に辟易としながらも、ルビィはアオガラス1体で奮闘した。こちらも本気ではなかったという負け惜しみに、何も突っ込む気は起きない。
「ここにある願い星は、すべて集まりましたから。」
本戦では自分が勝つと宣言してルビィに背を向けた。ルビィの身体から力がどっと抜け、膝をついた。足元でルビィを見守り続けていたドッコラーはルビィのボールベルトを指差して頷いた。いいの?と尋ねると、ドッコラーは木材を肩に担ぎ、ガッツポーズをした。ルビィはボールを収納しているポケットからモンスターボールを1つ取り出すと、ドッコラーの額に開閉ボタンを当てる。ドッコラーの身体が光ったかと思うと、ボールだけが残された。
★
鉱山の出口にイーブイが臥せっていた。ルビィは叫び声を堪えるように両手で口を抑え、駆け寄った。
全身に怪我をしている。特にひどいのは左の前脚だ。イーブイの本来の住処はワイルドエリアや巣穴を除けばターフタウン近くの草むらだ。誰かに追い回されたのか、トレーナーに暴行されたのかはわからない。ルビィはリュックの中身を引っ掻き回すと、キズぐすりを取り出してイーブイにスプレーした。いざというときは引き取ることも視野に入れて。
ポケモン用に作られたキズぐすりの即効性は馬鹿にならず、傷は見る見るうちに塞がった。後はポケモンセンターに診てもらって、詳細を確認せねば。
起き上がる気力を取り戻したイーブイはルビィを見つめて擦り寄った。戸惑うルビィが少し歩くと、イーブイもついてくる。また歩けばついてくる。それは宛らまだイーブイだったころのリーフィアのようで。ルビィはモンスターボールを1個取り出してイーブイの前に掲げると、イーブイは開閉スイッチを鼻先で押して自らボールに入っていった。ドッコラーに引き続き2人目だ。
「不思議なこともあるなぁ。」
嘆息したその時、馴染みのある悲鳴が轟音と共に響いた。
「じゅらあああああああああ!!!!!!」
「花丸ちゃん!ウールー!!」
「えっ...ぴぎゃああああああああ!!!!!」
坂道をごろごろと転がるウールーに花丸が巻き添えになっているではないか。反応が遅れたルビィはそのまま巻き込まれ、急斜面のゴローニャのように転がった。ヤローの絶叫が青空に木霊した。
「ごめんね、大丈夫?」
すっかり元気なウールーに対し、花丸は未だ目をぐるぐる回している。ルビィは背中を打っただけに留まったが、ポケモンのたいあたりがこれほど痛いことを文字通り痛感した。
「ルビィちゃん、まさか挑戦者として会えるなんて思わなかったわぁ。」
ヤローは花丸の兄だ。農園経営に忙しい両親の代わりに、面談に来たり差し入れを提供しているため浦の星でもちょっとした有名人である。心優しく、Aqoursで手伝いに行ったときも手厚くもてなした。とは言え農園の跡取り兼プレミアリーグのジムリーダーである関係上、会場で目にしたことはほとんどない。それでもWEB配信で観てくれるあたり、花丸諸共Aqoursを支持してくれている。
「でも、チャンピオンが君を推薦したということは実力者なんじゃろ?楽しみにしているからね。」
「あっ......よろしくお願いします。」
ヤローは花丸を抱えると、ウールーを引き連れてターフタウンに戻っていった。花丸は気絶しており、ルビィは気の毒にと手を振った。
「実力者、か。」
果たしてそうなのだろうか、と独り言ちた。最初から値踏みされて、果ては優しいヤローまで貶されたら冗談ではない。ルビィは力強く拳を握った。
2022/12/18大幅に修正