史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第100話  最強と最凶の二重奏

 叶翔がどうしてティダードに現れたのか。YOMIリーダーから外された挙句に除名されたとはいえ、元リーダーなのに梁山泊の助けに来て良いのか。

 そういった当然のような疑問は当然のように全て却下した。

 例え他の誰にも分からずとも、白浜兼一には叶翔の気持ちが分かる。非常に気に入らないが、叶翔の風林寺美羽に対する想いは本物だ。

 彼女を助ける為に動くのに、まどろっこしい理由などは不要。守ると決めたから守る、それだけで命を懸けるには十分だ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 兼一と翔の視線が交わる。時間にすれば一秒にも満たぬ刹那、それで二人は完全に意思を同調させていた。

 叶翔が兼一の隣に並ぶ。

 

「美羽を守りに行くのにこのデカブツが邪魔してるんだな。いいぜ。お前の事は嫌いだけど、今回だけは特別に共闘してやる」

 

「ああそうだね。僕も君の事がむかつくが、今回だけはありがたく助けてもらうよ」

 

 あの日の誓いはまだ互いの胸に宿っている。いつまで宿るかと問われれば、二人は迷わず死ぬまでと返答するだろう。

 闇より降りかかる邪悪全てより美羽を守り通す。

 その誓いを果たすため史上最強の弟子と史上最凶の弟子が並び立った。

 

「グゥウゥゥゥ、ガァアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 最強と最凶が共闘するという戦場。理性なき狂獣は咆哮をあげながら突貫してきた。

 巨岩が転げ落ちてきたような突進は、人間の骨を粉砕して余りある破壊力を内包している。叶翔は無論のこと、途轍もない頑丈さを誇る兼一でも受ければただではすまない。

 しかし常日頃から達人の速度に慣れきっている二人が、そう易々と直撃を受ける道理はない。

 

「白浜兼一」

 

「なんだ?」

 

「DオブDでやった流水制空圏とかいう技を使え。それで俺に合わせろ」

 

「いいだろう。こういう使い方はしたことないけど、不思議と今は土壇場でも成功するような気がする。――――発動、流水制空圏」

 

 無敵超人が百八の秘技が一つ、静の極み流水制空圏。自身の間合いに展開する制空圏を、体の表面薄皮1枚分にまで薄める。

 ペングルサンカンの突進は発動の数瞬後だった。

 兼一は流水制空圏の第一段階の〝相手の流れに合わせる〟をすっ飛ばして第二段階の〝相手の動きと一つとなる〟まで至る。だがこれは特におかしなことではない。流水で感じ取る相手が、自らこちらに合わせてくれれば第二段階まで移行するのは然程難易度は高いことではないのだから。

 そう、流水制空圏をもって兼一が合わせたのは敵であるペングルサンカンではなく味方である叶翔。

 ペングルサンカンの突進を兼一と翔が左右別方向に回避する。だが驚くべきことに二人の動きは、回避の方向以外完全に同調していた。

 これこそが流水制空圏の応用法。相手を己の流れに取り込むのではなく、味方と流れを同調することで完璧なる連携を可能とする。

 

「ティー・カウ・トロン!」

 

地を転がる金塊(ヒラン・ムアン・パンディン)!」

 

 別方向から完全同時に繰り出されるムエタイ技。弟子クラスであれば回避不能な同時攻撃であったが、ペングルサンカンとてあのジュナザードの修行を耐え抜いた妙手だ。

 野生の本能というべき直観力を総動員すると、体全体を竜巻のように回転させながら同時攻撃を捌く。

 

「■■■■ッ!」

 

 そして殺意のままに暴れ狂うペングルサンカンは、一方で自身の上位者の指示には服従する獣故の従順さも持ち合わせていた。

 クシャトリアからの死なない程度に相手してやれと命じられたターゲット。叶翔を一旦無視して、白浜兼一を第一の標的と定る。

 鋭い風の音を鳴らしながら、ペングルサンカンは白浜兼一を両断すべく刃を振りおろした。

 

「今だ、真剣白浜どり!」

 

「!?」

 

 狂うだけのペングルサンカンに久方ぶりの驚愕が宿る。あろうことか兼一は刃に抱き付くことで刃を堰き止めたのだ。

 ペングルサンカンの刃と兼一の帷子がこすれギチギチと厭な音を奏でる。もしも帷子が壊れれば、僅かにタイミングが逸れれば即死する命知らずの行動。

 それが結果としてペングルサンカンの動きを完全に停止していた。

 

「褒めてやるぜ、白浜兼一。泥臭いがファインプレーだ」

 

 その絶好の好機を殺人拳の申し子が見逃すはずはなく、

 

「人越拳、飛燕ねじり貫手ッ!」

 

 大地より天へと昇る螺旋の槍が、ペングルサンカンの背中に突き刺さる。

 人越拳神・本郷晶の代名詞とすら言われる技である〝ねじり貫手〟の亜種。飛燕の槍は狂戦士に大きな痛手を与えた。

 ペングルサンカンは全身を駆け巡る激痛に、兼一に振り下ろしていた刃の力を弱めてしまう。その間に兼一は抱き付くのを止めて、刃から逃れた。

 再び兼一と翔が並び立つ。

 

(やはり思った通りだ。ペングルサンカンの動きが、鈍い……!)

 

 これまでの戦いを視ていた兼一は心中で確信する。

 クシャトリアはペングルサンカンのことを人を見たら襲い掛からずにはいれない獣と評した。しかしそんなペングルサンカンにとって、人を殺さない程度に戦えというのは存在意義に反するような指示である。

 意図してのものかどうかまでは分からないが、結果的にクシャトリアの指示のせいでペングルサンカンは実力の六割も発揮できていない。

 だがもしもいよいよともなれば、クシャトリアの指示を無視して暴れ回る危険性もある。

 となるとこの場で最適なのは、ペングルサンカンが指示を無視する決断をする暇など与えず、一気に決着をつけることだ。

 

『畳み掛けるぞ!』

 

 どちらが先に言ったのか、それともほぼ同時だったのか。兼一と翔は共に同じ言葉を吐き出した。

 

「流水制空最強コンボ3号!」

 

「九撃一殺!」

 

 兼一と翔はこれまで自分の磨いてきた技を一斉解放する、

 我流、暗鶚流忍術、空手、柔術、中国拳法、ムエタイ、カラリパヤット、古武術、プンチャック・シラット、ルチャリブレ、コマンドサンボ、更には無手にて再現した武器術。

 合計十を超える異なる武術がペングルサンカンの肉体に叩き込まれた。

 

「ウ、ゴォアア!」

 

 苦悶の声をあげるペングルサンカン。攻撃は確かに効いていた。

 ペングルサンカンの巨体より遥かに小さい体躯を活かして、その苦悶の隙に二人は懐に潜り込む。

 そして二人が到達するは密着状態。

 

「小さく前へ……ならえ……」

 

「コォォォォォォオ」

 

 白浜兼一と叶翔。共に数多くの武術を一つの体に宿した二人は、全く同じ技を完全同時に放った。

 

『無拍子!!』

 

 空手、柔術、中国拳法、ムエタイの4武術全ての突きの要訣を融合させた必殺の突き。

 史上最強の弟子が編み出し、史上最凶の弟子が再現した奥義の二重奏。

 

「見事……だ」

 

 ペングルサンカンは最後に獣ではなく武人として賞賛の言葉を送ると、ゆっくりと巨体を大地に沈めた。

 


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