史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第103話  宿命の対決

 叶翔は鍛冶摩里巳を理解できない。鍛冶摩里巳は叶翔を理解できない。

 生まれながらに才能に溢れており、それ故に武術の道へ入った叶翔。

 生まれながらに才能に恵まれずに、それ故に武術の道へ入った鍛冶摩里巳。

 二人は多くの共通点をもつようでいて、ある部分が致命的なまでにずれている。

 だからこそ二人は親友にもなれないだろうし、良き好敵手にもなれはしない。だが互いにとっての〝宿敵〟には成り得る。

 鍛冶摩里巳の回転蹴りが翔を掠める。翔の貫手が鍛冶摩里巳を掠める。一なる継承者と一影の継承者。二人の戦いは拮抗状態にあった。

 速度ならば叶翔が勝り、打たれ強さにおいては鍛冶摩が勝り、そして技の威力においてはほぼ互角。そうなると勝敗を分けるのは〝気力〟と〝体力〟。そして時の運だ。

 

「足印相、刳手の印」

 

 鍛冶摩が足指で印を結ぶことによって腕力を増大させる。忍の一族である暗鶚衆に伝わる忍術の一つだ。

 忍術といっても火を噴くなどといったメルヘンなものでも、宗教的な儀式でもなく、言うなればカラリパヤットにおける呼吸法などと同じで、特殊な印を結ぶことで人間の力を引き出す体術である。

 

「突貫二連砲!」

 

 捻りを加えた諸手突きが、空気を貫く音を鳴らしながら翔に迫る。

 弟子クラスでも最上位に位置するといって過言ではない鍛冶摩の腕力が更に底上げされ、爆発的な破壊力を生んでいた。

 

「――――っ!」

 

 されど鍛冶摩が印を結ぶことでどこをどう強化しようと、ことスピードという一点において叶翔は鍛冶摩を完全に凌駕している。スピードで翔に迫れるのは風林寺美羽とリミだけ。他の誰にも叶翔を囚うことは叶わない。

 翔はふわりと風を切る羽のように宙を舞うと、鍛冶摩の猛牛染みた破壊力の諸手突きを躱しきった。

 

「悪かったな、鍛冶摩。その技は、一影から教えられて知ってるぜ!」

 

「ふ、一なる継承者。敵にすると面倒だな」

 

 もしも叶翔に優位があるとすれば、相手の使う武術を身をもって知っているということにあるだろう。

 翔は暗鶚から闇に買われた殺人拳の申し子、そして一なる継承者。当然のように一影から暗鶚の忍術や技についても教え込まれている。故に鍛冶摩の技に対してもある程度先手をとることができるのだ。

 

「今度はこっちの番だ、喰らいな。」

 

 烏龍盤打、一影九拳のうち拳豪鬼神の渾名をもつ馬槍月より叩き込まれた劈掛拳の技だ。

 気血を送り硬質化させた手刀は名刀にも匹敵する。鍛冶摩の巌のような筋肉の鎧は、ちょっとやそっとの打撃ではびくともしない。だからこそ翔は打撃ではなく、限りなく斬撃に近い打撃である烏龍盤打を選択した。

 達人級なら完全に斬撃にまで昇華しているのだろうが、生憎と翔は未だその領域には至っていない。しかし相手が弟子クラスならば十分致死レベルのダメージを与えられるだけの威力があった。

 

「…………」

 

 鍛冶摩は迫りくる手刀を回避しようともしない。目を瞑り、真っ向より受けるつもりだった。

 ぱしんっ、と破裂音が響き渡る。見事に技を喰らった側は電流が奔ったように顔を歪め、技を喰らわせた方はニヒルに笑った。

 技を喰らった側――――〝叶翔〟は自分の手を見下ろす。すると手は剣山にでもぶつけたかのように赤くなっていた。

 

「〝錬鍛凱〟」

 

 気を整えながら鍛冶摩が技の名を告げる。それは翔も教えられたことも、聞いたこともない技だった。

 

「面白い技を使うじゃん。そいつは見たことがなかったな」

 

 より高度な武人になると腕力や脚力といった力のみならず、気血を存分に活かし戦うものであるが、鍛冶摩の使ったのはその最たるものにして反対技だ。

 

「気を練り上げつつ、インパクトの瞬間に気を炸裂させて経絡を遮断するなんてね」

 

「〝鎬断〟の伝授はまだだったというのに、一目で看破するか。殺人拳の申し子と呼ばれるだけある」

 

 どれだけ鋼鉄の如く鍛え上げようと所詮筋肉は筋肉。鎧や甲冑のように常に鉄の硬さを帯びている訳ではない。無防備に脱力した状態の筋肉というのは驚くほど脆いものだ。

 達人とて同じ。達人が人外染みた耐久力を誇るのは、単純な肉体強度だけではなく気血を送ることで肉体を頑丈にしているからだ。だからもしも経路を遮断し気血の効果がなくなってしまえば、鋼の肉体も一転して柔らかな肉となってしまう。

 翔の手刀が直撃した瞬間、鍛冶摩は気を炸裂させることで翔の手の経路を遮断したのだ。手刀だからまだ良かったものの、貫手などを放っていれば確実に指の骨を折っていただろう。

 

「だが静動轟一並みとはいかないまでも、一影もリスキーな技を教えるものだね。よりにもよってお前みたいに才能のない奴に」

 

 鎬断は莫大な気を必要とするため、経絡の通っていない者には使用できない諸刃の剣。

 こればっかりは努力云々ではなく天性の才能が物を言う。暗鶚出身で才能のある翔や美羽ならまだしも、無才の鍛冶摩に使えるような技ではない。

 ただし真っ当な方法では。

 

「代償は払っているさ。しっかりと」

 

 そう言って鍛冶摩はトントンと眼帯を叩く。

 

「鎬断の秘伝を授かった代償として、俺の片目は永久に光を失った。しかし大したことじゃない。元より武術の伝承とは死を覚悟して行うべきもの。たかが片目一つで秘伝を得ることができるのであれば不足はない。尤もお前ならば何も代償を払うことなく、俺が命懸けで掴み取った奥義を体得してしまうだろうがな」

 

「俺が妬ましいかい」

 

「妬む気持ちが皆無というわけではないが、こうして対峙していればそのような気持ちはない。俺の脳髄に占める感情は、目の前の敵を倒す。それだけだ」

 

「そうかい。けど残念だったね、その感情は叶わないよ。勝つのは俺だから!」

 

「いいや俺が勝つ!」

 

 鍛冶摩が暴力的な動の気を解放する。鍛冶摩の巨躯と殺気が合わさり猛禽類染みたオーラを放っていた。

 防御力そのものを抉る鎬断がある以上、真正面からの殴り合いだけは避けなければならない。幸い錬鍛凱でのカウンターのタイミングは先の接触で掴んでいる。二度とは喰らうまい。よって翔が発動させたのは鍛冶摩の暴力的な気とは対極、明鏡止水の静の気だ。

 

「そらぁッ!」

 

 印を結ぶことで強化された蹴りが翔を襲う。

 静の気を解放し制空圏を張った翔は、鳥の如き速度で三次元的に動きながら鍛冶摩の暴風雨染みた攻撃を掻い潜っていく。

 暗鶚の忍術を会得している翔だが、流石に忍術勝負では一影の直弟子たる鍛冶摩に一日の長がある。よって翔は〝一影〟の技ではなく、他の九拳の技をもって鍛冶摩を迎撃した。

 

「トルネードドロップキック!」

 

 空中で壁を蹴り跳躍、回転しながらのドロップキック。先ずはルチャリブレ。ディエゴ・カーロより伝授された技だ。

 人格的にディエゴと相性の悪い翔だが、空中戦を得意とする翔と同じく空中戦を得意とするルチャリブレは武術的相性は悪くない。

 

「ぐぉ……っ!」

 

 蹴りが肩に直撃し、鍛冶摩が顔を歪ませる。

 が、それは自分の技を喰らわす為にわざと喰らっただけのこと。鍛冶摩は怯まずに即座に反撃する。蹴られた衝撃をそのまま遠心力に使い肉体を回転、ラリアットを翔に喰らわした。

 

「――――ちっ!?」

 

 なまじ空中にいたせいで思うように防御ができず、翔の体は吹き飛び砦の壁に叩き付けられた。そこへ鍛冶摩が容赦なく突進してくる。

 翔は即座に立ち上がって鍛冶摩を迎え撃った。

 

「「数え抜き手!」」

 

 奇しくも互いが放った技は同じ数え抜き手。無敵超人・風林寺隼人が編み出した秘技が一つだ。翔は緒方より、鍛冶摩は一影より。教わった人間は違えど同一の技を教えられていた。

 四、三、二と異なる気を練り込んだ抜き手が交差する。果たして最後の一手、威力は完全に互角だった。

 

「「一ィィィィッ!」」

 

 最強の矛と最強の矛が相打った結果がここに出る。翔と鍛冶摩の抜き手は、お互いの抜き手とぶつかることなく、お互いの体にクリーンヒットした。

 しかし技の破壊力は同等でも打たれ強さならば鍛冶摩が勝る。翔が耐えきれなかった威力を耐えきり、鍛冶摩里巳は追いうちにかかる。

 対して耐え切れなかった叶翔はよろめき、致命的な隙を鍛冶摩里巳に晒す。

 鍛冶摩里巳が叶翔に到達するまで二秒。その二秒の間に叶翔が無防備であれば、叶翔はティダードにて心臓の鼓動を永久に止めることとなる。

 久遠の眠り、或は起死回生。

 

「静動轟一」

 

 師、本郷晶より封じられた禁忌をもって、叶翔は起死回生する。

 暗鶚の印など及びもつかないほど叶翔の肉体にエネルギーが漲る。肉体の強化は脚力や腕力のみならず全身を駆け巡り、全能感が翔を満たした。

 

地転蹴り(トゥンダンアン・グリンタナ)!」

 

 止めを刺しにきた鍛冶摩に、逆に止めとなりうる回転蹴りが直撃した。静動轟一の圧倒的な爆発力に、鍛冶摩は気を炸裂する時間もなかった。

 これにはさしもの鍛冶摩も地面へと斃れ込み、

 

「まだまだぁ……」

 

 即座に立ち上がった。

 

「白浜兼一と同じでゾンビみたいな野郎だ」

 

 静動轟一を用いた上での蹴り。如何なYOMIであろうと喰らえば一溜まりもないであろう一撃だった。

 だが翔は悪態をつきながらも、鍛冶摩が立ち上がったことにさして驚きはしない。

 鍛冶摩里巳は白浜兼一と同じだ。思想も信念も違うが、歩んできた道のりは同じ。

 白浜兼一であればあの一撃を喰らって立ち上がったことだろう。ならば白浜兼一と同じ鍛冶摩里巳がこうして立ち上がるのもまた不思議ではないことだ。

 ふとデスパー島での決勝戦の戦いが翔に思い起こされる。

 圧倒的に優勢のはずだった。負ける筈のない戦いだった。なのに負けた。

 あの敗北の味を、翔は片時も忘れたことはない。次こそは負けるものかと、常にあの敗北を胸に修行してきた。

 故に。

 

決着(ケリ)をつけるぜ」

 

 白浜兼一と同じ鍛冶摩里巳に負けるなど、叶翔の武術家としての矜持が許さない。

 

「ああ、来い」

 

 それは鍛冶摩里巳にとっても同様。ボスとしてYOMIを率いる男が、YOMIより除名された男に敗北するなど許されない。敗北者にYOMIのリーダーたる資格などないのだから。

 

「九撃一殺!」

 

 翔が一なる継承者として刻み込まれた十ツの武術。それら全てが鍛冶摩里巳に牙をむく。鍛冶摩の目には叶翔と自分を含めた十人のYOMIが同時に襲い掛かってきているようにも映った。

 コーキンのムエタイが、千影の柔術が、ボリスのコマンドサンボが、レイチェルのルチャリブレが、谷本夏の中国拳法が、朝宮龍斗の古武術が、ジェイハンのシラットが、イーサンのカラリパヤット、そして叶翔の空手が。鍛冶摩の肉体を容赦なく切り刻む。

 暴風の如き連撃。それでも鍛冶摩はひたすらにある瞬間を待っていた。

 そして九つ目の連撃が終わり、その時は訪れる。

 

(ここ、だ……っ!)

 

 一影九拳の技を繋げていく連撃には数十のパターンがあり、通常そのパターンを読み切るなど不可能。常人であればその規則性皆無の連撃に対応できず、ただ嬲られるだけだろう。

 だがこの技にはたった一つの法則がある。

 技の流れも、順番も、どんな技なのかもバラバラな九撃一殺。されど最後の一撃、最後の一手だけは必ず一影の技で締めくくられる。鍛冶摩里巳の師匠である一影の技で、だ。

 それが一影の技であるのならば、鍛冶摩にはそれがどんなものなのか分かる。

 なにせ一影より最も多く教えを受けてきたのは、叶翔ではなく鍛冶摩里巳なのだから。

 

――――風林寺、無影手。

 

 叶翔が最後に繰り出そうとしているのはこれだ。

 その技を熟知していた鍛冶摩は、完璧なまでに攻撃を回避して、逆にこちらの攻撃に打って出る。

 叶翔と目が合う。自分の失態に気付いたのだろう。だがもう遅い。

 

「風林寺、神塵し!」

 

 風林寺流に対しては風林寺流をもって。闇の一影、風林寺砕牙より教えを受けた技が叶翔に突き刺さった。

 腹を抉る拳に叶翔はゆっくりと斃れていく。これで終わり、そう鍛冶摩が認識しかけた瞬間、翔のオッドアイが発光した。

 

「静動轟一ッ!」

 

 文字通り限界を超えて叶翔が再稼働する。倒れかけた体を強引に立て直し、自分が最も信頼する人物より賜った、その人物の代名詞を放つ。

 断言できる。叶翔は限界だ。静動轟一で肉体に無理矢理に力を流して、強引に足を大地に縫い付けているに過ぎない。最後に一撃を放つのと同時に叶翔は戦闘不能になるだろう。

 ここで鍛冶摩には二つの選択肢があった。

 真っ向から勝負するか、それとも避けるか。

 どちらを選んだ方が良いというわけでもない。強いていえばどちらにも勝ち目があり、それと同じくらいの負け目がある。

 可能性が五分ならば鍛冶摩のとるべき選択は決まっていた。即ち真っ向勝負。

 

「人越拳・ねじり貫手ッ!」

 

「鎬断ッ!」

 

 拳が交差する。砦の上に若き二人の武術家の血が迸った。

 


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