史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第105話  師の教え

 美羽は「兼一さん?」という問いを壊れた時計のように繰り返しながら、容赦のない攻撃を加えてくる。

 しかもその攻撃は美羽がいつも使っている風林寺流の技ではない。動きそのものは〝風を切る羽〟を思わせるそれであるが、そこから繰り出されるのはプンチャック・シラット。クシャトリアやジェイハンと同じものだった。

 

「うっ! 美羽さん! 正気に戻って――――」

 

「兼一さん?」

 

「そうです、兼一ですから蹴るのを止め――――っ! 駄目だ、話が通じてくれない」

 

 どれだけ兼一が呼びかけようと、美羽は攻撃を止めることはない。まるで体と口が別々の意思で動いているかのようだ。

 長老の話によればシルクァッド・ジュナザードは超人に到達した武術家でありながら人間の心を支配する術に長けているという。長老の百八秘技が一つ、忘心波衝撃も元々はジュナザードの技だったとか。

 恐らくジュナザードは美羽の記憶を消して、そこから独自の秘術を用いて美羽の中に別人格を作り上げているのだろう。

 

(でなければ、こんな!)

 

 美羽の拳や蹴りに宿るのは殺意。活人拳を志す武人が決して宿してはならぬものだ。

 ただ兼一が活人拳だからか、それともこれまで数多くのYOMIと命懸けの戦いをしてきたからか。兼一には確信していることがあった。

 

(美羽さんはまだ誰も殺していない!)

 

 あのヌチャルドを締め殺そうとした時も、美羽には確かな迷いがあった。人を殺めることを躊躇していたのである。

 もしもジュナザードの秘術が『風林寺美羽』の人格を完全に塗り潰していたのならばこうはならない。きっと心の中で美羽とジュナザードの生み出した別人格が激しく戦っているのだ。

 

――――落ちてしまえば、もう二度とは戻れはしないのだから。

 

 クシャトリアに言われた言葉を思い出す。

 ただの一度でも誰かを殺してしまえば、その手を血で汚してしまえば、完全に美羽の人格は塗り潰されてしまうだろう。

 例え自分の意思ではなく、ジュナザードに心を操られたせいだとしても、殺人という罪過は美羽のことを闇へと落としてしまう。そうなってしまえば手遅れだ。

 

「美羽さん。僕は貴女の為ならば死んでもいいと思っています。しかし」

 

「兼一さん?」

 

「貴女を救うため、貴女にだけは殺される訳にはいかない!」

 

 白浜兼一は風林寺美羽と戦うことは出来ない。だが風林寺美羽を闇に落とそうとする邪悪と戦うことは出来る。

 流水制空圏を発動し、その目をピッタリと美羽と合わせた。瞳は闇色に濁っていて、心を操られている苦しみが兼一にも伝わってくる。

 

「うおおおおおおっ!」

 

 夫婦手。剥き出しの武術をもって兼一は美羽へと挑みかかり、

 

「兼一さん?」

 

「ごぱぁっ!?」

 

 あっさりと蹴り飛ばされる。夫婦手の前の手と伏兵的な後の手を用いる暇などない。前の手を繰り出すよりも早く、疾風の如き蹴りが兼一の胸を強打した。

 心臓を突き刺す蹴りに、心臓が一瞬制止する。だが弟子クラスの中で兼一ほど心停止を経験している人間などいない。即座に復活すると、もう一度流水制空圏を張り直す。

 

(なんてこった。美羽さんが強いのは知っていたけど、今の美羽さんは……いつも以上に、強いッ!)

 

 美羽がジュナザードによって拉致されてからそう日は経っていない。なのに美羽はプンチャック・シラットをまるで違和感なく完璧に使いこなしている。

 これで拉致されたのが兼一ならばこうはいかない。今も基本的な構えを延々と繰り返していたはずだ。改めて風林寺美羽という少女の武術的ポテンシャルを思い知らされる。

 しかしそれだけが理由ではないだろう。

 幾ら美羽のポテンシャルが高かろうと、それに相応しい師がいなければこうも早く修得はできない。

 シルクァッド・ジュナザード。人間としては邪悪の極みのような男であるが、弟子育成能力が高いのは確かなようだ。

 だとしても、やるしかない。

 

――――兼ちゃん。男なら……清く正しくエロくあるね!

 

 素敵な笑顔でサムズアップする師父の顔が過ぎる。

 こんなシリアスな時に思い出すべきことでもないような気もするが、実際デスパー島ではこれでどうにかなったのだ。

 

「こうなれば馬師父、貴方の教えに賭けます! 喰らえ、馬師父式ショック療法!」

 

「!?」

 

 美羽の体がピタリと停止する。兼一は記憶が戻ったのかと顔を輝かせるが、それも本当に僅かな間のことだった。

 セクハラされた怒りが殺意に加わったのか、より強烈な突きの連打が兼一に殺到する。

 

「まだ、まだ……」

 

 だがどれほど殴られながらも、兼一の手は美羽の胸を揉んだまま離さない。美羽への想い、更に男子が等しくもつエロき心が、限界を超えた力を兼一に与えた。

 フラッシュバックする数々の想い出。馬師父にエロ本を貸してもらったこと、一緒に温泉を覗きに行ったこと、師父から写真集を一万円で買ったこと、そして数多のお色気シーン。

 この一瞬、兼一は弟子を超え妙手クラスの変態性を発揮する。

 

「うぉおおおおおおおおお! 最強コンボverエロ!」

 

 胸を掴んだままの手を激しくワキワキさせて超高速で胸をもみまくる。殴られようと蹴られようと、意識が飛ぼうと、兼一の手が止まることはなかった。

 

「あ、ぁ……けん、いち……さん……」

 

 果たして兼一の想いが届いたのか、それとも兼一のセクハラが妙な所を刺激したのか。美羽の瞳に理性の光が戻りかけてくる。

 しかし胸をもむことに夢中になっている兼一はそれに気付くことなく、寧ろ妨害が少なかったことで更に勢いを増した。

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「け、んいち……さん……な――――」

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「なんてことするんですの! 兼一さんのエッチ! 変態!!」

 

「ひでぶっ!?」

 

 この世の女性が編み出した対男性用攻撃の一つ、ビンタが炸裂した。どれだけ殴られようともみ続けるのを止めなかった手が離れる。

 

「あれ……? 兼一、さん?」

 

「うぅ。良かったです、意識が戻ったんですね美羽さん」

 

 恐ろしきかな、エロの力。極限のセクハラの果てに、美羽はジュナザードの呪縛を打ち破り理性を取り戻した。

 尤も過程が過程のせいで余り締まりはなかったが。

 

 


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