史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第106話  闇の一影

 意識が戻った美羽がしたことは、自分の顔に纏わりついている邪魔なもの。拳魔邪神の弟子インダー・ブルーの〝顔〟を剥ぎ取ること。要するに仮面を外して投げ捨てることだった。

 

「兼一さん、ここは……?」

 

 仮面を外し兼一が何千回見惚れたか分からない素顔を露わにした美羽は、状況説明を求めた。

 操られたことがない兼一には理解できないことであるが、操られている間の記憶というのは酷く曖昧なものなのだろう。美羽は5W1Hのうち『Who』の誰が、を除いた全てがさっぱりのようだった。

 状況が状況なので手短に兼一はここがティダード王国だということ、美羽がジュナザードに洗脳され弟子にされていたこと、自分・逆鬼師匠・本郷晶・叶翔が美羽を救出するためにティダードへ赴いてきたことを大まかに説明した。

 ただしどうやって美羽の意識を取り戻したのか、所謂Howだけは敢えてぼかす。ミステリードラマで犯人が開始五分から自白などしないように、わざわざ自分でセクハラ行為を認めることもない。沈黙は美徳だ。

 

「兼一さん。なにか隠していることありませんか?」

 

「イエ、ナンニモ。ボクハ、ツネニ、キヨクタダシクエ――――こほんっ。僕は常に正しくを心がけていますよ。僕は記憶を失った美羽さんと戦いになり、傷つきながらも必死の説得で美羽さんの意識を取り戻した。いやぁ、洗脳された美羽さんは強敵でしたねぇ」

 

「どうして最初片言でしたの?」

 

「そりゃ僕は美羽さんと違って頭の出来も平凡ですからね。インドネシア語なんて一朝一夕に覚えられませんよ」

 

「私達日本語で会話してますわよ」

 

「ひゅーひゅーひゅー」

 

「口笛を吹いて誤魔化そうとして、だけど口笛に吹くのに失敗したので、口でひゅーひゅー言って誤魔化さないで下さいまし」

 

I don't know(私は知らない)

 

「英語で言っても駄目ですわよ」

 

「なっ! 中学校の英会話面接で知らない単語が入った質問の悉くを乗り切った最強の返し技が通じない……ですって? 流石は美羽さん」

 

「はぁ。もういいですわよ」

 

 兼一の必死の誤魔化しの甲斐あって美羽は諦めて――――というより呆れて目を瞑ってくれた。

 事がセクハラだけに、ほっと胸を撫で下ろす。どうにかセクハラがばれて美羽に折檻されるという未来を避けることはできたようだ。

 

「って。こんなこと話している場合じゃなかった!」

 

 外で戦っている戦車の砲弾が流れてきたのか、強烈な炸裂音と共に砦が奮える。

 美羽を助けるという最大の目的を達成することはできたが、ティダードの内戦が終結したわけでもジュナザードが死んだわけでもない。

 なにもまだ終わっていないのだ。

 

「美羽さん、早くここを出ましょう! 逆鬼師匠たちと合流するんです。ジュナザードに出くわす前に」

 

「分かりましたわ。私達だけじゃ百人いたってジュナザードには勝てませんものね」

 

 万が一ジュナザードや、そうでなくてもジュナザード配下の達人に出くわしでもしたら全てが台無しだ。

 そうなる前に安全な場所へ、ここでいうと逆鬼師匠の近くへ逃げなければならない。鍛冶摩と交戦中の叶翔のことも心配だ。

 気絶しているヌチャルドを背負うと走り出すが、廊下に出たところで美羽が蹲ってしまった。

 

「ウゥ……」

 

「美羽さん、どうしたんですか!? まさか怪我を」

 

「ジュナザードの呪縛が、まだ残っているようですわ……。アァ、ケンイチサンヲ、グチャリトツブシタイ……」

 

「こ、恐――――じゃなくて、潰さないで下さい。兎に角、師匠と合流するまではどうにか耐えて。逆鬼師匠の所さえ行けばなんとかなりますから」

 

「いや、残念ながらそれは無理だ」

 

 瞬間、美羽の意識が落ちる。

 美羽自らが意図的に意識を喪失させたのではない。未知の第三者が、美羽の首を叩き眠らせたのだ。それもただ眠らせたのではなく、苦しみも傷も与えず麻酔薬のように。

 しかも驚くべきことに兼一には美羽の意識が落ちるまで、それに全く気付くことができなかった。余りにも速すぎて。

 

「貴方、は?」

 

 まるで最初からそこにいたかのように、一人の男が美羽を後ろから抱き留めていた。

 純金を溶かし込んだかのような金色の髪。天を塗る空と同じ青い瞳。きっと美羽が男性であったらこういう風に成長するだろうし、長老の青年時代はきっとこんな風だっただろう。

 兼一の抱いた感想を裏付けるように、男は名を名乗った。

 

「風林寺砕牙、その子の父親だよ」

 

「――――!」

 

 所要で留守にしているという梁山泊最後の豪傑、長老の息子であり美羽の実父。

 

(この人が、美羽さんの父親)

 

 成程、前にしているだけだというのに途方もない存在感を感じる。まるで長老やジュナザードと対峙しているようだ。

 

「本当に危ない時以外には手を出さないつもりだったが、このままだと倒壊する砦の下敷きになりかねない。人越拳神も君の師匠も拳魔邪神にかかりきりだし、拳魔邪帝も君に構う余裕はなさそうだった。白浜兼一くん、出来れば私のことは美羽には黙っておいてくれ」

 

「え、でも、その――――」

 

「いいね?」

 

「わ、分かりました」

 

 風林寺砕牙の強い眼光に押されて、思わず頷いてしまう。

 砕牙は「良し」と言うと、美羽のことを抱き留めたまま兼一の肩を掴んだ。

 

「つかぬことを聞きますが……」

 

「なんだい?」

 

「どうして僕の肩を?」

 

「決まっているじゃないか。脱出するんだよ、ここから」

 

 瞬間、兼一の体が物凄い勢いで上に引っ張られていく。兼一と美羽、ついでに気絶中のヌチャルド。三人もの人間を抱えているのに、風林寺砕牙はまったく気にした風もない。

 砦の天井を片手で突き破りながら、風林寺砕牙は砦から脱出していった。

 

 

 

 互いに師より伝授された、己の象徴ともいっていい技を出し合った翔と鍛冶摩の交錯は相討ちに終わっていた。翔のねじり貫手が鍛冶摩を貫いたように、鍛冶摩の鎬断は翔の体を抉っていった。

 肩で息をしながらも、それでも師の名誉のため二人の弟子は立ち上がる。

 共に相手の攻撃の直撃を受けた者同士。とても万全ではないが、命を絞ればまだ戦うことは出来る。

 

「ちっ。経絡が遮断されてやがる。これは今日一杯は左腕は役立たずだな。やってくれたぜ。颯爽と美羽の下に駆け付けて、心を射止める白馬の王子作戦が台無しになった。どうしてくれんだよ、鍛冶摩」

 

「なに。やってくれたのはお互い様だ」

 

 鍛冶摩は壮絶に笑いながら、翔の貫手が突き刺された右肩を叩く。翔が左腕をやられたように、鍛冶摩は右腕をやられていた。

 

「それに風林寺美羽は武門の女性だ。白馬にのって着飾ったプリンスなどより、傷だらけでボロボロになりながら助けに来た勇者を尊ぶんじゃないのか?」

 

「だといいがね。ま、互いに余力は少ねえ。決着をつけようか」

 

「俺もここでどちらがYOMIの頂点にいるべき男なのか決めておきたいところではあるが、残念ながら時間切れのようだ」

 

「なに?」

 

 どういうことだ、と翔が尋ねるよりも先に答えは出た。砦の天井を突き破り、一人の男が三人もの人間を抱えて飛び出してくる。

 その男が誰なのか、一なる継承者である翔には一目で分かった。

 

「貴方は一影。驚きましたね、貴方まで来ていたんですか」

 

「直接会うのは久しいな、叶翔」

 

 一影、風林寺砕牙は抱えていた三人、美羽とおまけの謎のガングロ中年&兼一を降ろす。

 美羽とガングロ中年は元より、兼一の方も天井を突き破った衝撃で気絶しているようだった。

 

「これは一影様。〝一影様〟より命じられた『叶翔を試す』という任務、概ね完了しました」

 

「俺を試すだって? どういうことだよ、鍛冶摩」

 

「簡単な話さ。デスパー島で風林寺美羽を身を挺して守ったことで、一影九拳の間でもお前の殺人拳としての資質、非情さの欠落が問題になっていた。それで今回のこれだ。

 殺人拳の申し子でありながら非情さのかける叶翔。果たして叶翔には欠けている非情さを埋めるだけの価値、武術的才能があるかどうか。この機会に試してみよ、と一影は仰られた。

 この俺と戦い敗北するようならばそこまでの器として処分する。だがもしもそうでなければ、処分を一旦保留とする。良かったな、叶翔。この戦いは取り敢えず引き分け、処分は保留だ」

 

「そうかよ」

 

 つまるところ鍛冶摩は兼一たちを邪魔しにきたというわけではなく、叶翔を目的にしてきたということらしい。

 別に試されたことそのものに不快感はないが、どうせならばもっと別の日にして欲しかったと思わざるをえなかった。

 

「鍛冶摩、こちらもやることは済ませた。戻るぞ」

 

「はっ、一影様」

 

 瞬間、テレポートしたかのように一影と鍛冶摩の姿が掻き消える。

 勿論本当にテレポートしたのではなく、ただ物凄く高速で移動しただけなのだろうが、どちらにせよ見えないのならば大差はない。

 

「おい、起きろ虫けら」

 

 なんとなく腹が立ったので、翔は気絶している兼一の頭を蹴りつけることにした。


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