史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第108話  王の帰還

 人間を超えた埒外の戦闘力を保有する通常の達人級が束になっても敵わない超越者。彼等を人々は敬意をもって特A級の達人と呼ぶ。

 梁山泊と一影九拳。活人拳・殺人拳の違いはあれど、特A級にまで登り詰めた豪傑の集う場所とされ、裏武術界からは畏敬の念を抱かせるものだ。その強さに対しての憧憬は、もはや一種の信仰といっても過言ではない。

 故に裏武術界に精通した武術愛好家がこの場にいれば、卒倒してもおかしくはないだろう。

 逆鬼至緒と本郷晶。共に最強の空手家と謳われた二人の豪傑。それがたった一人の武術家に、まるで子供のようにあしらわれていたのだから。

 

「カッカッカッカカカカカカカカカカカッ。風林寺のじっさまが迎え入れ、一影九拳に名を連ねただけあって若いのに筋が良いわいのう。じゃが武術家としての年季が違い過ぎたわいのう。ボウヤ」

 

「……チッ。化け物が」

 

「――――――」

 

 戦闘続行不可能な程ではないにしても、負傷が目立つ逆鬼と本郷に対して、拳魔邪神ジュナザードはまったくの無傷だ。体どころか服にも仮面にも傷一つとしてありはしない。

 これが拳魔邪神ジュナザードの実力。〝無敵超人〟風林寺隼人と〝二天閻羅王〟世戯 煌臥之助と並び立つ世界最強の武人。特A級という百の達人を圧倒する強者二人ですら、達人を超えた超人一人に及ばない。人間を逸脱した絶対強者、闇の一影ですら縛ることの叶わぬイレギュラーは伊達ではないのだ。

 仮定の話だが、ジュナザードを相手したのが逆鬼か本郷のどちらかだけならばジュナザードも傷を負っていたかもしれない。圧倒的過ぎる強さをもつジュナザードが本気を出せば、相手が特A級だろうと直ぐに撃破できる。そうしないためにジュナザードは手を抜き、悪く言えば〝遊ぶ〟ことで戦いを長く楽しもうとするのだ。

 しかし皮肉なことになまじ二人掛かりで挑んだせいで、ジュナザードの遊びや油断が薄まり、ジュナザードはより本気に近くなってしまった。その結果がこれである。

 

「ったく。あの爺と引き分けたっていうのは嘘偽りねえ真実ってことかよ。おい本郷、一影九拳の中であの野郎一人だけ頭一つ飛びぬけてねえか?」

 

「…………もしもジュナザードの〝強さ〟が俺やお前と同等ならば、とっくに一影の手により九拳から排除されていただろう。奴の勝手は笑う鋼拳など及びもつかんものだ。つまり」

 

「それが許される、いや許さるざるをえねえ実力の持ち主ってわけか?」

 

「ああ。ジュナザード、奴は俺達二人よりも強い」

 

 闇内部の序列は、血統も身分も関係なく純粋な強さのみで評価される。今の一影九拳も他の闇人全てより強いと判断されたからこそ、無手組の最高幹部に名を連ねているのだし、YOMI幹部たちも常に継承者の座を狙う挑戦者に勝利し続けているのだ。

 故に無手組の長である一影は、無手組最強の実力者でなければならない。

 事実一影は他の九拳とは頭一つ飛びぬけた強さをもっている。或は一影もまた超人と呼ばれるだけの実力者なのだろう。

 だがその唯一の例外こそがジュナザード。九拳の一人でありながら、一影に匹敵、または凌駕するほどの使い手。それがために歴代の闇の長も、ジュナザードを廃除することも御することも出来なかった。

 反感をもつ者は多くいたが、その悉くがジュナザードの強さの前にひれ伏すざるをえなかったのだ。

 

「さて。弟子育成の丁度良い息抜きになったが、少しばかし浪費が過ぎたかいのう。気が付けば砦が落ちて――――むっ?」

 

 ジュナザードの超人的な視力が砦の天井を突き破る一影、そして彼の抱えていた三人の人間を補足した。

 ヌチャルドに史上最強の弟子――――この二人はジュナザードにとってさして関心のある人間ではない。ジュナザードの視線が釘づけになったのはもう一人、一影の抱えている風林寺美羽だ。

 

「我としたことが本当に遊び過ぎてしまったわい。じゃがよもや彼奴まで出張ってくるとわのう。我が目をもってしても見抜けなんだわい。闇の長などと名乗りながら、彼奴も案外と心が甘い」

 

 風林寺美羽はジュナザードにとって風林寺隼人を敵に回し、人越拳神を利用するなどの労力を使って手に入れた逸材だ。それだけの価値、武術家としての高い素養が美羽にはある。

 美羽を己の弟子にするにあたって、ジュナザードは記憶を消して擬似人格を新たに植え付けている。この暗示は非常に強力で、例え風林寺隼人をもってしても解除することは至難の業だ。

 だがそれにも例外がある。あの無敵超人の孫娘だけあって美羽は途轍もない精神力をもっており、ジュナザードの秘術をもってしても未だ完全に心を支配しきれていない。精神を操ることに長けた人間ならば、暗示を解除することも不可能ではないだろう。

 ましてや美羽を助けた一影は彼女の実父だ。インダー・ブルーとしての人格を抜け出して、元の意識を取り戻していたとしても不思議ではない。

 けれどもジュナザードには美羽以上に〝一影〟の方に意識が傾いていた。

 

「カカッ。ティダードは我が国、どこへ逃げようとブルーの居場所は直ぐに見つけられるわいのう。ならば――――」

 

 空手家二人を相手にするのにも飽きてきたところだ。ジュナザードの殺意は、一影九拳の長たる風林寺砕牙へと向けられていた。

 

「風林寺のじっさまの倅。一影九拳の長というのならば、そこの空手家たちよりは楽しめてくれそうじゃわいのう」

 

 ジュナザードが足を一影へと向ける。一影の方は丁度直弟子の鍛冶摩を抱え、ここティダードより退散するつもりのようだった。

 そうは問屋が卸さない。ジュナザードに目をつけられたのが運の尽き。ギリシャ然り、北欧然り、インド然り。大凡あらゆる神話において、神に目をつけるというのは厄介ごとの前触れなのだから。

 

「テメエ、何処へ行きやがる」

 

 逆鬼に呼び止められ、ジュナザードの脚が止まる。

 

「カカッ。そういえば食い残しはマナー違反じゃわいのう。一影を喰らう前に、貴様等二人の武術家人生を摘み取っておくとしようかいのう」

 

 ジュナザードが手を伸ばす。逆鬼と本郷は身構え、最大の警戒をもって神を迎え撃とうとした。けれど手を伸ばし切るよりも早く、ジュナザードに巨大な鉄の塊が飛んでくる。

 音速を軽く超えた速度で飛んできた巨大な砲弾を、ジュナザードは振り返ることもなくあっさりと回避する。

 しかし無粋な横槍を入れられたことでジュナザードの機嫌は著しく損なわれて、

 

「カカッ」

 

 いなかった。横槍を入れたのが見知らぬ第三者であれば機嫌は急転直下で最悪まで落ちていたが、その横槍を入れた主がある人物だったことで機嫌は寧ろ上がった。

 

「漸く我に刃向ってきたかいのう。……のう、我が継承者」

 

「こうして直接ご尊顔を目にするのは、かれこれデスパー島後の会合以来ですね。我が師匠」

 

 ティダードの戦場にて遂に帝王は神に抗った。

 

 

 

「やれ」

 

 クシャトリアが一言そう命じると、引き連れてきた正規軍が一斉に攻撃を開始する。

 攻撃対象はヌチャルドの勢力とジュナザードの勢力。しかしながらヌチャルドの勢力はもはや白旗をあげている状態なので、実質的にはジュナザードの勢力のみに砲火を浴びせていた。

 そしてジュナザードの勢力を攻撃するということは、この場面においてはロナ姫を助けるということでもある。

 

「拳魔邪帝様。どうして貴方が!?」

 

 これまでどれほど協力を要請しても中立を崩さなかったクシャトリアが、こうしてこれ以上ない形で援軍として現れたのである。当然ロナ姫は困惑し、理由を問いただした。

 

「拳魔邪神ジュナザードの横暴は、例え彼が嘗てティダードを救った英雄としても目が余る。なので溢れんばかりの正義の心に従って、こうしてロナ姫の下へ馳せ参じた。なにか問題でも?」

 

「…………」

 

 まったく心のない、予め用意していた台本を読み上げただけの棒読み。言うまでもなくロナ姫はクシャトリアの言葉を信じることもなかった。ただ理由を信じることができなくても、こうしてクシャトリアが助けに現れた現実は認めるしかない。

 クシャトリアが指でパチンッと合図をすると、即座に数十人の兵士がロナ姫の周囲を固める。

 ジュナザードの勢力には達人達が多くいるが、その殆どは逆鬼と本郷に撃破されており、残っている者だけでは正規軍の物量の相手は厳しい。シラットを極めた達人達は、戦車や銃火器などの闇としては無粋な兵器で鎮圧されていった。わざわざクシャトリアが出張る必要はない。

 よってクシャトリアが意識を注ぐのは唯一人の男、ジュナザードのみだ。

 

「おのれ! 一番弟子でありながらジュナザード様に仇なすか!」

 

「如何に邪帝様といえど邪神様に敵なす輩には容赦せん!」

 

 戦場からジュナザード配下の達人が二人飛び出してくる。クシャトリアは嘆息しつつ、

 

「櫛灘流秘技〝逆さ睨み〟」

 

 達人二人の首が、百八十度反対に捻じ曲げられた。そうなってはもう達人といえど生きていられるはずがない。武術を極めた達人はあっさりと絶命した。

 邪魔者を掃除したクシャトリアは改めて邪神を見据える。

 

師匠(グル)。貴方にシルクァッドの名を与えられて、これほど感謝したことはありませんよ。もしも俺がシルクァッド・サヤップ・クシャトリアではなく、ただのクシャトリアならば正規軍を掌握することは難しかった。

 明けの明星に力を与えすぎたばかりに、三分の一の天使と一緒に裏切られた神と同じ過ちをしましたね。やはりどこの国の神もまるで異なるようでいて共通点がある。緒方がマニアになるのも無理はない」

 

「カカッ。確かその話だと神に刃向った十二枚羽は、結局神をその座から追い落とすこともできず、無様に地獄に落ちたのではなかったのかいのう」

 

「お気遣いされずとも、俺は明星ほど傲慢じゃあない。俺は自分が神に及ばないことくらい理解している。貴方の強さを前にすれば、数百を超える正規軍なぞ何の力にもなりはしない。だから対抗馬を用意した」

 

 その時だった。拳魔邪神に対抗できる力をもつ数少ない一人、無敵超人の声が轟いたのは。

 

「全員、戦をやめい! 汝等の王の帰還なるぞ!!」

 

 ティダードへと現れた無敵超人、その隣に立っているのはラデン・ティダード・ジェイハン。このティダードの王だ。

 王の帰還にこれまで争っていた者達、ジュナザード配下の達人すら熱狂する。

 

「成程。これがお主の隠し玉かいのう」

 

「拳魔邪神ジュナザード、ここで死ね」

 

 初めてジュナザードの瞳に、驚きの色が混ざった。

 




 お知らせです。
 計算してみると12月24日、つまり丁度クリスマスの日にこのss完結しそうです。

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