その場にいるほぼ全員が余りの光景に唖然として、身体を硬直させた。無理もないだろう。これから人間の領域を超えた超人同士の死闘が始まる、そう思った途端に両者が相討ちしていたのだから。
ジェイハンは
「さ、逆鬼師匠! 長老が!」
「落ち着け。爺から教わった流水制空圏を使って良く視ろ」
「――――え? は、はい」
動きを流れとして捉える流水制空圏、それを発動したことで兼一にもマヤカシのない現実の景色が理解できてきた。
風林寺隼人とジュナザードは戦いが始まってから一歩たりとも動いていない。兼一たちの目の前で相討ちしたのは、気当たりによる分身であって本体ではなかったのだ。
恐るべきは達人級と翔以外には看破できないほどの分身を生み出した二人の力量。
ある一定の域を超えた達人ならば、気当たりによって分身体を生み出すことができる――――それを知っている兼一やジェイハンの目まで二人の分身は欺いてしまったのだ。しかも相討ちして血を流す所まで鮮明に。
ここまで真に迫った分身を作り出すなど、もはや達人業ではない。正しく超人技だ。
「――――噴ッ!」
「――――カッ!」
隼人とジュナザードの瞳が輝く。
瞬間、先ほどの分身など序の口とばかり、数えきれないほどの分身が出現した。しかもその全てが真に迫りきっている。
さながらそれは分身の軍勢だった。軽く20以上の分身を果たした超人たちは、本体からの思念を受け、隊列を組み敵本体目掛けて突貫していく。
風林寺隼人の首が切断される。ジュナザードの心臓が抉られる。手足が吹き飛び、内臓がぶちまけられる。戦場以外に形容できない光景がそこにはあった。
だがそこまでやっておきながら未だに風林寺隼人とジュナザードは『不動』のまま。分身に戦わせながら、本体は敵本体の隙を伺っている。
「相変わらず無茶苦茶しやがるぜ。爺のやつ」
空手家の頂点に君臨する一人たる逆鬼をもってして、風林寺隼人とジュナザードの戦いは冷や汗を流すほどのものだった。特A級の逆鬼はその気になれば気当たりによる分身くらいは生み出すことは出来るだろう。だが幾らなんでもこの次元を再現することは出来ない。
「正に超常対決だね。これで武器組の首領までいたら、ティダードが吹っ飛んでたかも…。ですよね、先生?」
「翔、黙って見ていろ。人生に二度も見られるような光景ではない」
達人同士の死闘ですら珍しいというのに、超人同士による本気の死合いなど100年に一度あればいいほうだ。この死闘を観戦している者は、謂わば歴史の目撃者とすらいえる。
翔も武人としてそのことは分かっていたので、今度ばかりは神妙に師の言葉に従う。
「…………」
「…………」
相手の動きを脳内で予測し、攻撃の軌道を読み合う技撃軌道戦というものはあるが、隼人とジュナザードがやっているのはそれの究極系だ。
分身同士の激しい戦争は延々と続き、終わりが見えない。
生み出される分身の総数は両者のものを合計しても100に満たないが、倒されたら倒された分だけ次々に新しい分身を出現させるのでキリがないのだ。
しかしこの世に終わりのないものなどはない。超人といえど体力は無限ではなく、このまま分身を生み出し続けていれば、いずれどちらかの気力が底をつくだろう。そのいずれが果たして何日後、何週間後に訪れるかは不明だが、ともかく終わりが無いことは有り得ない。
完全に硬直状態となった両者。
現状を打破すべく動いたのは、やはりというべきかジュナザードだった。
「我の現身を傀儡代わりに戦わせるにも飽きた。やはり武人は己の五体で血を流し、死合わねばのう!」
並み居る分身を蹴散らしながら、ジュナザードの『本体』が嬉々として風林寺隼人に向かっていく。武術界広しといえど、ここまで愉しげに風林寺隼人という怪物に向かってくのはジュナザードだけだろう。そして嬉々として襲い掛かるジュナザードの気迫に、まるで呑まれない気力を持つのも風林寺隼人くらいだ。
用済みとばかりに全ての分身たちが消滅する。特A級にとってすら遠い次元の超人技も、超人たちにとっては単なる前哨戦に過ぎなかった。
二人の超人は血肉の通った己の拳で奥義を炸裂させる。
「風林寺、天降流陣ッ!」
「|雲を泳ぐ雷霆」
天より墜落せし隕石と、地面を焼き尽くす雷霆が正面より激突し、途方もない闘気の核爆発に光が爆ぜた。
ジュナザードがアジトとしていた巨塔は、超人二人の奥義のぶつかり合いに耐え切れず砕け散っていく。崩れゆく巨塔、二人を支えていた足場は消失した。
なのに隼人とジュナザードは戦いを止めていない。落下する塔の破片を足場に、空中で激しい死合いを繰り広げていた。
超高速を凌駕する神速の死戦。翔や兼一どころか、並み居る達人の視界からも隼人とジュナザードの姿は消え去る。未だに二人の戦いを視認できているのは逆鬼と本郷と、そしてクシャトリアだけ。特A級以外にはもはや見ることすら叶わぬ次元で、二人の武人は戦っていた。
「ふんっ、はぁあああああああああああああああっ!」
「カーカッカカカカカカカカカカッカカカカカカッ!!」
着地と同時に周囲一帯の地面がごっそりと吹き飛んだ。空中高く巻き上げられた大質量の地面は、土霧となって森中へ撒き散らされる。
破壊の中心。まるでビルが丸ごと引っこ抜かれたような空洞で、隼人とジュナザードは互いの突きをぶつけ合っていた。
「腕をあげたかいのう。以前のじっさまならこれで押し込めた筈なんじゃが」
「お主こそ。拳が一段と研ぎ澄まされておるわい」
「カカッ。武を極め、達人の壁をも越えながら尚も力を磨き続ける。武人というのも我ながらしょうもない生き物じゃわいのう」
「まったくじゃ。それとジュナザード、今回は船の時間を気にする必要はないぞ。ジェイハン殿が帰りの飛行機を用意してくれるらしいのでのう。わしも往復は疲れるので大助かりじゃ」
「ほほう。心に弱さがあった故、切り捨てたが、どんな不良品も役に立つ時があるものじゃわい」
「ジュナザードよ。お主が弱さと切り捨てたもの……それこそが人として失ってはならぬ強さであると分からぬか?」
「分かる必要など、ないわいのうっ!!」
黒い殺意の竜巻がジュナザードを中心に発生し、隼人はそれに呑まれまいと距離をとる。
嘗て互いの武を認め合い、一時は友になった風林寺隼人とジュナザード。だが風林寺隼人をもってしても、邪神にまで変貌してしまったジュナザードの心を変えることはできない。
ジュナザードは呵々と笑いながら高らかに兇気を謳いあげる。
「我が欲するはシラットの至高を極め、真に我を継ぐに値する継承者を得ること。そして人の限界を踏破し、神へと挑むこと! それ以外のことなど興味などないわいのう」
「己の名を与えたほどの弟子を殺めようとして、なにが継承者じゃ」
「聞く耳持たんのう」
『――――!』
風林寺隼人が、逆鬼至緒が、本郷晶が、クシャトリアが、兼一が、翔が。それを知る者達が一斉に気付いた。
ジュナザードの体に静の気と相反する動の気が凝縮し始めている。静の気と動の気がジュナザードという器で融合し始め、神の如き爆発的エネルギーを拳魔邪神に満たしていった。
「じゃが『弟子から学ぶ』ということは、それなりに聞く価値があったと今は思うわい。なにせクシャトリアの研究が、我を超人の先へと導いたのじゃからのう」
「百聞で駄目ならば、一拳で語るしかなさそうじゃ」
邪悪な静動轟一の気とは真逆の、清廉な流水を思わせる気が風林寺隼人を包み込んでいく。
静動轟一と流水制空圏。それは奇しくもデスパー島での叶翔と白浜兼一の戦いの再現でもあった。