『我等、闇が武器組が精鋭。白浜兼一、風林寺美羽。汝等の首級、我等の武勲として頂く』
黒い忍装束に身を包んだ男たちは、無音のままにじりじりと距離を詰めてきた。
数はざっと十三人。戦いにおいて決闘を重んじる無手組とは違い、戦いを戦争と同義と見做す武器組らしく多対一にも忌避感のない手合いに見える。
いじめられっ子人生で焼き付いてしまった小市民的感情が鎌首をもたげるが、兼一はそれを師匠との地獄の修行の記憶で封印した。
恐怖は重要なセンサーであると教えられはしたが、流石にこの年になって想い人の目の前で醜態を晒すわけにはいかない。
「兼一さん。私は右を、兼一さんは左をお願いしますわ」
「任せてください」
心を落ち着けて、静の気を掌握した。視界が両目ではなく、自身の真上にあるかのように視野が全方位へ広がり、巨大な制空圏が美羽までも覆い尽くした。
弟子時代は中々発動にムラのあった気の掌握も、達人となった今では呼吸するように扱うことができる。
美羽もまた龍の如き動の気の奔流を完全に制御して、刺客の集団を睥睨した。
『その年にしてこの気当たりとはな。あの梁山泊の継承者たちだけはある。が、だからこそ惜しい。無手ではなく武器を選んでおれば死なずに済んだかもしれんというに』
「…………」
基本的に無手と武器ともに対等とみる梁山泊と違って、闇においては無手組は武器使いを疎んじ、武器組は無手の武術を蔑視する傾向が強い。彼等もそういった手合いなのだろう。
師匠から教わった武を貶されたようで多少カチンときたが、怒りは決して表に出さず明鏡止水を保つ。
自分の武の証明は口ではなく拳をもってするべし。それが梁山泊の教えだ。
『首級、頂戴するッ!』
忍者たちが背中の刀を素早く抜刀し、矢のように飛んでくる。後衛の忍者たちは手裏剣や苦無の投擲で動きを牽制。
連携にまったく隙がない。集団で行動しているだけあって、まるで集団そのものが一個の生命体のようだ。
だがこと『連携』に関しては活人拳も負けてはいない。
苦無と手裏剣を回避しながら、兼一は叫んだ。
「美羽さん!」
「はいですわ!」
流水制空圏を使い、自分の動きと美羽の流れを同調させる。兼一の静の気と美羽の動の気が互いに気を高め合い、その力を何倍にも増幅させた。
気の同調。相手を殺すのではなく、相手を思いやることを重視する活人拳だからこそ可能な妙技である。
「梁山泊、白浜兼一。受けて立ちます!」
先ずは手足についていた重りを手刀で外し身軽になる。全身を縛るギブスのほうは、ちょっとやそっとでは外せない仕組みになっているので今はそのままだ。
「きぃぃぃええええええええええっ!」
意味不明の雄叫びをあげながら忍者の一人が切りかかって来る。
言動といい纏っているオーラから察するに動のタイプだろう。しかも完全に人の心を失い、修羅道に堕ちる一歩手前の。
風を切り裂きながら向かってくる刃には触れず、素早く間合いに潜り込んで腕を掴むと、そのまま敵の突進の勢いを利用して投げた。
投げられた忍者は手裏剣となって他の忍者たちを巻き込んでいき、やがて壁に叩き付けられ気絶する。
「長老から教わった人手裏剣……やっぱり凄いな」
空手、柔術、中国拳法、ムエタイ、対武器術。梁山泊では五人の師匠に徹底的に武を仕込まれてきた兼一だが、達人になってからは長老の秘技もかなり伝授されていた。この技もその一つ。
相手を投げることでダメージを与えつつ、投げに巻き込んだ他の相手も撃破する。一対一の戦闘では余り役に立たないが、こういう複数人同時を相手する場合には絶好の技だ。
「おのれ! 史上最強の弟子、我等を手裏剣にするとは許せん! 呼吸を合わせ、同時攻撃を仕掛けるのだ!」
『御意!!』
「喰らえ、六壕十二無鋼刃!」
技の名の通り六方向からの完全同時攻撃。しかも全員が自分達の武器を完全に己の手足としている。数年前の自分ならば不味かったかもしれない。
しかし末席ながらも師匠達と肩を並べるまでになった兼一の瞳には、確かな突破口が映っていた。
彼等の技は見事であるが、まだ足りない。師である香坂しぐれや彼の八煌断罪刃たちのように『武器と己を一体化』させる境地へは達していなかった。
これならば兼一にも対処できる。
「流水制空圏、第三段階」
相手の流れを読み取り、一つとなり、そして自分の流れに相手をのせて動きを掌握する。
今の兼一には彼等の技撃どころか、彼等の斃れる未来すら見えていた。
「〝流水制空最強コンボ7号〟」
一人目にはムエタイのソーク・クラブ、二人目には中国拳法の撃襠捶、三人目には柔術の朽木倒し、最後に空手の様々な技を繰り出す鉄鬼百段で敵を一掃。
対集団戦のカウンター用に編み出した技のコンボで、一人ずつ確実に忍者たちの意識を落としていく。
兼一のコンボが終わった時、もう立っている敵は一人もいなかった。
「おの……れぇ。梁山泊の史上最強の弟子、これほどのものかっ!」
「教えてください。口振りから察するに武器組の方みたいですけど、どうして僕達を襲ったのか」
「我等、武器組。例え拷問されようと情報は売らぬ……。それに我等になど構っていて良いのか? 貴様がここで話しているうちに、無敵超人の孫娘の命は――――」
「兼一さ~ん。こちらは終わりましたわよ、そちらは大丈夫ですか」
「んなっ!?」
意識を刈り取られた忍者の集団がポイと投げられて、忍者たちのリーダー格の男が絶句する。
彼としては兼一を抑えているうちに、美羽の命だけは奪う手筈になっていたのだろう。だがそれは甘い考えと言わざるを得ない。
今では美羽との組手でも数回は勝利を収めることができるようになったが、勝率そのものは兼一が負け越している。これが付き合い始めて長いのに、兼一が未だに一歩踏み込めない最大の理由だった。
「史上最強の弟子と無敵超人の孫娘の首級どころか、腕の一本すらとることができない、だと……無手の達人などに……こんなバカなことが。これでは無駄死にではないか……」
「死なせはしません。僕たちは活人拳ですから」
「――――敵の情けなど、受けぬわぁ! こうなれば……うぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
「っ! 待て! なにを――――」
火事場の馬鹿力。人間は追い詰められた時、普段以上の爆発力を発揮するが、忍者集団のリーダーにもそれと同じことが起こったのだろう。
兼一が慌てて止めようとするが、ギブスが動きを阻害したことで、ほんの僅かに遅れが出てしまう。その間に忍者のリーダーは、偶然近くを通りかかったらしいサラリーマンの首に刀を突きつけていた。
「来るなァ! 近づけば、こいつの命はないッ!」
「なっ!? 自分の武門を背負って挑みながら、外道に手を染めるんですの!?」
裏武術界に身を置く武人にとって、不意打ちや奇襲などの戦術はされた側が悪いとされる。しかし武とは無関係の人間を人質にとるなどというのは、それとは訳が違う。武人として最低限守るべき一線、それを逸脱した武を穢す行いだ。
幼少期から武術の世界に身を投じてきた美羽は、これには怒りをあらわにする。
「ふんっ! 貴様等含めて目撃者全員を始末すれば武門が穢れることはない。断罪刃のお歴々には正当な決闘で討ち取ったと報告するまでよ。貴様等の命さえ獲れれば後はどうにでもなるわぁ! ハーハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
流水制空圏を修めた過程で『読心術』に似た術を体得した兼一には分かる。あの男は本気だ。自分と美羽がほんの少しでも近づいて来れば、容赦なく刃を人質に突き立てるだろう。
兼一と美羽も男が刃を突き立てるよりも早く、人質を解放できるかと問われれば、難しいと言わざるをえない。それが分かるからこそ兼一も腕で美羽の動きを制した。
「……要求はなんですか?」
「決まっている! 貴様等の命だ! 貴様たちの命を寄越せ!」
「……っ」
人質を見殺しにすることはできない。かといって自分と美羽の命を犠牲にするのも間違いだ。だが突破口が思い浮かばずに男を睨めつけていると、救いは思わぬところからやってきた。
男の背後にあるビルから一つの影が飛ぶ。黒一色のライダースーツに身を包んでいる女性。女性と一目で看破できたのは、そのライダースーツがピッチリとしていて女性的な凸凹を強調していたからだ。もしもここにエロ親父こと馬師父がいれば、エロい気を迸らせら激写したであろうことは疑いようがない。
高度な気配を消す能力をもっているらしく、男が背後に迫る女性に気付く気配はない。女性はそのまま隕石のように男へ落下していき、その脳天に鋭い蹴りを喰らわせた。
「―――――、――――!」
まったく予期せぬ一撃を頭に受けて、忍者の男は声もなく昏倒する。
そして兼一と女性の目があった。いや、あったような気がした。気がしたと表現したのは女性が顔をすっぽりと覆う仮面をつけていて、表情を窺い知ることが出来なかったからである。
顔を隠して行動するのは、親友(本人は否定しているが)である谷本夏にも共通するが、彼女と谷本夏の雰囲気は似ても似つかない。
燕を模した仮面越しに、兼一に突き刺さる視線。なんとなく兼一には彼女に見覚えがあるような気がした。
兼一と仮面の女性は暫くそうやって睨み合っていたが、やがて女性が何も言わずに背を向ける。
「あ、待ってください!」
「……………………」
お礼を言おうと呼び止めるが、女性は無視して立ち去ってしまった。