史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第124話  一影の仕掛け

 久遠の落日。武人が世界の片隅に追放され、自らの力を満足に震えぬ泰平の世から脱却し、世界へ武人が武人として在れる戦乱を齎そうという計画。

 乱世の猛将が、治世においては凡人でしかないのであれば、世界そのものを変えてしまおうという狂気。要するに大規模な戦争のない平和な時代を終わらせて、世界大戦を引き起こそうというのだ。

 現に櫛灘美雲が闇に入る前の『落日』では、第二次世界大戦が起こってしまった。

 第二次世界大戦でどれほどの人間が死んで、どれだけの被害が出たかは今更語ることでもないだろう。

 落日が成就すれば、泰平は崩れ多くの犠牲者が出る。だからこそ梁山泊の豪傑たちは、世界の闇排斥派と協力して大々的な抗争を繰り広げたのだ。

 

「落日を再開させる、とな?」

 

「はい。そうだ、口で説明するよりもTVで見て貰った方が分かり易いでしょう」

 

 翔はひょいとテーブルに置かれているリモコンをとると、TVの電源をONにする。

 タイミングの良いことにTVでは丁度ニュースがやっているところだった。

 

『――――沖縄に入港した豪華客船ルサールカは一週間の停泊を予定しています。では続いてのニュースです。明後日ニューヨークで行われる各国首脳会議では、世界中で連続するテロについての協議を……』

 

 ニュースキャスターは世界で起こっている謎の襲撃事件、要人の暗殺事件を取り上げつつ、首脳会議の目的について説明している。

 

「御覧の通りです。これが武器組のやろうとしている落日ですよ」

 

「つまり最近連続していやがる事件は全部武器組の仕業ってことか?」

 

 眉間に皺をよせた逆鬼が、ビールの缶を握りつぶす。その目は翔を見ると同時に、TVに映された『被害』に向けられていた。

 明らかに激怒している。こういうところは自分の師と同じだ、と翔は何となく思った。

 

「全部が全部ってわけじゃないですよ。身内の恥を晒すみたいですが、ぶっちゃけ無手組内にも今の一影九拳に反感をもっていて、武器組につく連中もいますしね。

 それに黒虎白龍門会や殺人拳寄りの組織も、武器組に同調する姿勢を見せてます。ま、そのあたりは馬剣星殿の方が詳しいと思いますが」

 

「――――そこの子の言う通りね。つい昨日にもおいちゃんのところに、黒虎白龍門会が怪しい動きをしていると連華から連絡があったね」

 

 一番とぼけた風貌の剣星だが、その実態は全国十万人の弟子を擁するとされる鳳凰武侠連盟の元最高責任者。

 中華で勢力を二分する黒虎白龍門会については、梁山泊の誰よりも詳しい。

 

「というわけで武器組単独の行動というより、武器組を中心にして集まった『落日肯定派』による一斉蜂起といったほうが適切でしょう。

 闇排斥派だった議員、富豪、達人、名士がざっと七十人以上は殺され、闇排斥派の拠点もかなり潰されています」

 

 しかも悪いことに一般人は『闇』のことも『闇排斥派』の存在も知らないのだ。

 そのため一般人にとっては、何の関連性もない要人や施設が世界中で次々とやられているようなものだ。今や全世界が疑心暗鬼に包まれているといっていいだろう。

 

「このタイミングでニューヨークに集まった各国首脳が一斉に死んだりしたら、一体全体どうなってしまうんでしょうね?」

 

『!』

 

 豪傑達の顔が強張る。誰もがそうなった未来を想像してしまったのだろう。

 世界中の人々の心に溜まりに溜まった疑惑という火薬。それらが各国首脳が一斉に暗殺されることにより『爆発』すれば、確実に世界は悪い方向に進んでしまう。

 それだけで第三次世界大戦が引き起こされると断言できないが、確実に戦争の一つや二つは起こるだろう。

 

「〝一影〟の入手した情報では各国首脳会議に八煌断罪刃が襲撃をかけるようです。会議には其々の国が雇い入れた達人級も何人か護衛につくでしょうけど、無意味でしょうね。相手が悪すぎる」

 

「そうだろうねぇ。世界中に断罪刃ほどの達人たちと戦える者がそうそういるとは思えない」

 

 秋雨が冷静な意見を出す。

 八煌断罪刃は全員が特A級の実力者揃い。しかも断罪刃の頭領はジュナザード亡き今、唯一無敵超人と肩を並べる二天閻羅王・世戯煌臥之助がいる。並みの達人が百人いようと、五分と保ちはすまい。

 冷酷なようだが特A級というのは、それだけ並みの達人とは隔絶した強さをもっているのだ。

 

「叶翔。ということは君は梁山泊に首脳会議を護衛して欲しいって頼みにきたのか?」

 

 兼一が合点がいったという風に詰め寄って来る。翔はにっこりとほほ笑むと、

 

「ははははははははははは。闇が梁山泊に助けをもとめるわけないだろ、バーカ」

 

「んなっ!?」

 

「常識的に考えろよ。そりゃ前の落日じゃ武を穢さない為に協力したけどさ。闇は殺人道と梁山泊の活人道は不倶戴天の敵。決して相容れない存在だ。共闘ならまだしも、助けを求めるなんて論外だね。そんなことしたら本当に闇人たちの半数からそっぽむかれるよ」

 

「むむむ……」

 

「なにが〝むむむ〟だ! というわけで、この話を聞いて貴方達がどう行動するかどうかは自由です。俺はあくまで無手組の持っている情報を教えにきただけなので。

 今の話を聞いて無視を決め込もうと、義憤にかられてニューヨークへ護衛に赴くのもどうぞお好きなように。まぁこの情報は首脳たちの方にも流しているんで、近いうちに正式に政府からの依頼が来るでしょうけど」

 

「やれやれ。砕牙もあくどい真似をするのう」

 

「いいや、まったく」

 

「アパ? 良く分からないけど、とりあえず難しいことはぶっ殺してから考えるよ!」

 

 梁山泊は正義の集団だ。誰もが見て見ぬふりをする悪だろうと、梁山泊は決して見逃しはしない。

 悪党がいれば千里を駆け抜けこれを打ち払い、助けを求める声があれば万里を超えて助けに駆け付ける。

 叶翔から『落日』の話を聞いてしまった以上、梁山泊の達人がとる道は一つ。無視するという選択肢など端からありはしないのだ。

 そう。態々助けを求めずとも、ただ情報を渡すだけで闇は梁山泊の力をそっくり利用できるのだ。

 梁山泊のことを内部事情まで知り尽くした〝一影〟ならではの一手だろう。

 

「叶翔くん。落日のことのついでに、もう一つばかし教えてくれんかのう」

 

「なんです、無敵超人殿」

 

「この〝落日〟に無手組はどう動くつもりかのう?」

 

「動きませんよ。いえ動かないというより動けないの方が正解ですね。言ったでしょう? 無手組内部にも落日肯定派は多いと。

 現状一影九拳は無手組の内部分裂を抑えるのに精一杯です。というか最悪のシナリオは〝拳聖〟緒方一神斎殿が武器組につくことでしたね。

 あの御方はこの十年で闇内部にかなり影響力を強めているので、彼が離反すれば本格的に不味いことになる。念の為に一影九拳の三人が、監視についているほどですよ」

 

「成程のう」

 

 ちなみに拳聖の監視をしているのはセロ・ラフマン、アーガード・ジャム・サイ、アレクサンドル・ガイダルの三名である。

 これだけの達人に睨まれていては、拳聖が裏切りを行おうとした瞬間にあの世へ送られることは疑いようがない。

 更に余談だがディエゴ・カーロはこの非常時にも拘わらず某国で格闘トーナメントを主催中。馬槍月は相変わらずの放浪中だ。

 実力は兎も角、結束力で一影九拳が断罪刃を超えることは永久にないだろう。

 

「では失礼します。じゃあね、美羽。今度は二人っきりで会おう」

 

 一影から受けた任務は果たした。これで叶翔の役目はおしまいである。

 そうこれで終わってしまったのだ。クシャトリアの戦いでダメージを負った翔に、これ以上出来ることはもうなにもない。

 

「ほんと、厭になるくらいに無様だなぁ」

 

 握りしめて鬱血した拳が震える。自分の不甲斐なさと悔しさを叫ぶように。

 この震えが収まるのは、夜が明けてのことだった。

 

 


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