史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第128話  十年越しの因縁

 兼一たちが米軍基地に襲撃をかけた頃、美雲とクシャトリアは基地内部の一室にいた。十年前はアーガードとその弟子が滞在していた部屋である。

 

「櫛灘様! 大変でございます!」

 

 そこへ軍服を着た小太りな男が慌てて駈け込んで来た。この部屋に入ることができるのは、米軍基地に所属している軍人の中でも美雲の息がかかったものだけ。その例に漏れず小太りの軍人も親闇派に属する男だった。

 

「女のいる部屋にノックもなしに入ってくるとは不作法な奴じゃ」

 

「も、申し訳ない! しかし緊急事態なもので――――」

 

「緊急とな?」

 

「は、はい! なんでも部下の報告によれば、仮面をつけた正体不明の女が基地内で暴れているとか……! これはもしや貴女様の計画が漏れてしまったのでしょうか!?」

 

「このタイミングで襲撃をかけてくるとしたらそうじゃろうな」

 

 襲撃者がやって来たと聞いても、櫛灘美雲の表情に変化はない。

 どんなに完璧な計画でも、予定通りにはいかないことは多々ある。非常識の塊たる達人が関わって来れば尚更だ。

 それ故に櫛灘美雲は事前に数多くのイレギュラーを想定している。土壇場で襲撃者が現れることも美雲にとっては想定の範囲内だった。

 

「どう致しますか! 外で暴れている女は間違いなくマスタークラス。一般兵では相手になりません。こうなれば拳魔邪帝殿に迎撃して貰うしか」

 

「阿呆め。そのようなことをすれば敵の思う壺じゃ。恐らく外で暴れている女は風林寺美羽。隼人の孫じゃろう」

 

「む、無敵超人の!?」

 

「隼人の孫娘ともあろう者が、よもや一般兵に見つかるようなヘマをするまい。となれば十中八九、外で暴れているのは陽動じゃ」

 

「となると敵は既に――――」

 

「侵入しておるじゃろう」

 

 十年前に梁山泊が基地に襲撃をかけてきた時は、相当数の武器組の達人たちが待機していたため、彼等が迎撃に向かったという。

 しかしながら美雲はなによりも計画の露見を防ぐことを重要視していたため、基地内にいる達人は美雲を含めても三人だけだ。

 そうなると馬鹿正直に迎撃するよりも、寧ろ襲撃者を無視して計画を完遂してしまった方が良いだろう。

 

「発射の準備は出来ておるだろうな?」

 

「そ、それは勿論」

 

「ならば今すぐに計画を実行に移す。行くぞ」

 

「ぎょ、御意です!」

 

 美雲が部屋を出ようとするとクシャトリアは黙ってそれに従い、小太りの軍人も続く。だが、

 

「――――やるなら一人で勝手にやりなよ、お婆さん」

 

 ビリビリと痺れるような殺意に美雲は足を止める。殺意の発生源に視線を移してみれば、そこにはライダースーツを纏った女がいた。

 燕を模した仮面が覆い隠しているせいで、どのような顔をしているのかは分からない。だが仮面の意匠はジュナザードやクシャトリアがつけていたものと同一である。そして仮面の女の視線がクシャトリアに釘づけになっているとなれば、正体を看破するのは容易いことだった。

 

「なんじゃ、侵入者とはお前のことだったのかえ。我が弟子、クシャトリアの弟子だった小娘」

 

「っ! 師匠(グル)はアンタの弟子なんかじゃない!」

 

「十年前はのう。今は我の弟子じゃ」

 

 燕の仮面を外すと、そこから現れたのはどこか幼さを残した女性の顔。だが顔の幼さに反して、瞳に宿るのは熟成された濃密な殺意だった。

 小頃音リミ。まだ心のあったクシャトリアは『潜在的には殺人拳の素養を十二分に秘めている』と評していたが、どうやらそれは真実だったらしい。

 

「……私がアンタに要求するのはたった一つだ」

 

 十年前の彼女では考えられない、冷めきった口調でリミが言う。

 

「クシャ師匠を――――返せっ」

 

「分からぬな。仮にわしからクシャトリアを取り返したところで、今のこやつは魂の砕け散った抜け殻に過ぎぬ。今はわしが邪法にて操っておるが、わしから離れればその力も効果を喪失する。態々取り返す必要なぞあるまい」

 

「そんなのは関係ない。返さないなら……ここで殺す!」

 

 瞬間、小頃音リミの姿が掻き消える。

 弟子クラス時代から『スピード』に関しては凄まじいものをもっていたが、達人級に至ったことでそれは次元違いの領域に進化を遂げていた。

 ことスピードだけならば小頃音リミは特A級でも最上級、超人級にすら迫るものをもっている。ただし、

 

「なっ!」

 

「…………軽い」

 

 スピード以外は特A級でも下の下の力しかもっていないリミでは、櫛灘美雲やクシャトリアといった怪物には届きはしない。

 美雲の危機に入力されたプログラム通りに守りに入ったクシャトリアは、リミの蹴りを軽くいなすと、腹に掌底を叩きこんだ。

 

「ごほっ……がっ……はぁはぁ……。師匠(グル)……」

 

 リミが悲しげな瞳で師匠だった男を見るが、クシャトリアは眉一つとして動かさない。

 これでこそ完璧なる殺人機械、武を実行するだけの存在である。美雲は満足げに頷いた。

 

「クシャトリア、そやつにちょろちょろされても面倒じゃ。元々お前の弟子だったのなら、処分はお前自身の手でするが良い」

 

「分かった」

 

「そやつを殺したら、わしの所へ戻ってこい」

 

「分かった」

 

 なんの反論もなくクシャトリアは淡々と美雲の指示を受け入れていく。

 そこにはもう自分の弟子に対する愛情などは欠片もなかった。

 

「――――というわけじゃ、クシャトリアの嘗ての弟子。お前がクシャトリアを取り返したくば、力ずくで奪ってみせるのだな」

 

「なっ! ま、待て!」

 

「待てと言われて待つ阿呆はおらぬ。行くぞ」

 

「は、はい!」

 

 美雲と小太りの軍人はクシャトリアを置いて消えていく。

 そして部屋にはクシャトリアと小頃音リミの二人が残された。

 

「クシャ師匠……」

 

「死ね」

 

 リミには躊躇する時間すら与えられない。心をなくした師は、容赦なく弟子の命を刈り取りにきた。

 

 

 

 

 別ルートから極秘裏に侵入していたリミが、自分の師匠との戦いを強いられていた頃。兼一たちも十年前に置き去りにしていた因縁の一つと対峙していた。

 

「バーサーカー……」

 

「よう、オーディーン。それに白浜兼一。懐かしいな」

 

 バーサーカーはガムを膨らませながら喋るという器用な真似をしながら、兼一たちを油断なく見据えている。

 兼一たちも美雲やクシャトリア以外に闇の達人が基地内部にいる可能性は十分考慮していた。しかし流石にそれがバーサーカーであると予想できた者は誰一人としていなかっただろう。

 

「拳聖様は一影九拳に監視され身動きがとれないと聞いたが?」

 

 闇の内部事情に詳しい龍斗が探りを入れる。バーサーカーはポケットに手をつっこみながら、

 

「だから拳聖様はここには来てねぇよ。ルグも他の元YOMI連中もな。ここにいるのは俺一人だけだ」

 

 バーサーカーは嘘を言ってはいないだろう。そもそもバーサーカーはロキと違って嘘を吐くなんていう姦策を弄するタイプではない。

 やる時は真っ向勝負。どのような策略も圧倒的才能と暴力で捻じ伏せるのがバーサーカーの真骨頂だ。

 

「何故お前が櫛灘美雲に味方をする?」

 

「一つには拳聖様に櫛灘美雲から達人を一人手駒に寄越せっていう要望があったからだ」

 

 だがそれだけならばバーサーカーがここに出向く必要性はなかった。

 〝拳聖〟緒方一神斎は一影九拳でも最も多くの弟子をとっている豪傑である。ルグを始め、バーサーカー以外にも送れる人材はいただろう。

 なのにバーサーカーがここに来た理由、それは。

 

「ここで待ってりゃアンタと戦えるかもしれねえと踏んだんでね、オーディーン」

 

「……!」

 

 バーサーカーの目的は一つ。嘗て主君と仰いだ男、オーディーンと戦うこと。

 ただそれだけのためにバーサーカーは櫛灘美雲の計画に協力し、この場に立っているのだ。

 

「兼ちゃん、君は先に行け」

 

「龍斗?」

 

「命の恩人の頼みだ、断れないさ。それに一対一が望みなら、兼ちゃんは通してくれるんだろう? なぁ、バーサーカー」

 

「ああ。俺もお前たち二人を同時に相手するのは厳しいからな」

 

 バーサーカーの目にはもうオーディーンしか映っていない。正真正銘、落日の成就や櫛灘美雲の計画など眼中にないのだろう。

 一応龍斗と二人掛かりでバーサーカーを倒すという作戦もあるが、それは武を穢す行いである。それは出来ない。

 

「……龍斗、すまない」

 

「礼は無用だ。これは私の望んだ戦いでもある」

 

 第一拳豪オーディーン、第二拳豪バーサーカー。

 旧ラグナレクを支配した二人の武人が、時を経て両名とも達人となって激突した。

 

 


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