史上最凶最悪の師匠とその弟子   作:RYUZEN

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第129話  半時間

 風林寺美羽は表の米軍たちの目を引き付けるため奮戦し、朝宮龍斗は因縁の相手と死闘を繰り広げ、小頃音リミは嘗ての師と対峙することを強いられている。

 しかしより強いられているのがどちらの側であるかといえば、それは櫛灘美雲だといえるだろう。

 美雲の計画では梁山泊を筆頭とした敵対勢力の目を、八煌断罪刃へと向けておいて、誰にも邪魔されずに核の発射をする予定となっていた。つまりこうして邪魔が入った時点で美雲の計画は狂っているといっていい。

 尤もそんなことは些細な問題である。

 邪魔が入ろうとどうしようと『核ミサイルの発射』さえ出来れば美雲の勝利は確定するのだ。

 たった一発の核ミサイルは世界中に恐怖と疑心暗鬼を撒き散らし、憎悪の潮流はやがて世界を巻き込んだ闘争へと発展する。

 梁山泊や闇排斥派の政治家たちがどう足掻こうと、動き出した流れを堰き止めることはできない。どれほど分厚い堰を築こうと、それを超える濁流が押しつぶす。

 

「もっと余裕をもって計画を実行したかったが止むを得ぬのう。以前の落日と同じ轍をふむわけにはいかぬ」

 

 櫛灘美雲の手には核ミサイルの発射スイッチ。

 たったスイッチを押すだけだ。人間が日々の生活の中で何千回も、何百万回も極々普通にやっていること。

 それだけのことで、何万人もの人間が死ぬことになる。武人として数多の死を目の当たりにしてきた美雲をもってしても、余りの呆気なさにほんの微かな戸惑いを覚えてしまう。

 スイッチ一つで何十万人も殺せるなどとは、随分と人の命も安くなったものだ。やはり銃器や兵器で人を殺めるのは好きになれない。人を殺すのが恐ろしく簡単過ぎる。命を奪うというのは、もっと難しいことであるべきだ。

 そしてもし人の命を奪うことが難しいままであったのならば、櫛灘美雲はこのようなこともしなかっただろう。

 しかしもはや考えても意味のないこと。櫛灘美雲は指をスイッチにかける。

 その時だった。

 

「――――櫛灘美雲ぉッ!」

 

 五体で壁を突き破り、白浜兼一が突入してくる。闇シンパの兵士達が侵入者を殺しにかかるが、兼一はあっさり彼等を無傷で気絶させた。

 

「バーサーカーを倒した……にしては無傷なのは奇妙じゃのう」

 

 試しにモニターへ視線を移せば、朝宮龍斗とバーサーカーが交戦している映像があった。

 バーサーカーが朝宮龍斗と戦いたがっていたのは美雲も知っている。大方バーサーカーは龍斗と一対一で戦うため白浜兼一を見逃したのだろう。

 所詮は他人から借りた戦力。さしてあてにしていなかったのが幸いだ。

 お蔭でこうして計画を実行に移せる。

 

「隼人の弟子、白浜兼一。十年前はお主には随分と煮え湯を飲まされたものじゃ」

 

 美雲にとって櫛灘千影は、ジュナザードにとってのクシャトリアのようなものだった。言うなれば弟子を超えた自分の現身、己が分身。

 心を調整し、感情を消す術を教え込み、永年益寿にて老いぬ体を与え――――櫛灘千影は正に理想的な継承者だった。

 それを壊したのが白浜兼一。風林寺隼人と同じ『他人の運命を変える影響力』。これさえなければ、或は十年前に勝利していたのは闇だったかもしれない。

 

「じゃがちと遅かったのう。今回はわしの勝ちじゃ」

 

 兼一の目が美雲の手にある核ミサイルの発射スイッチを捉える。

 それがなんなのか理解すると兼一の顔は一気に蒼白となった。

 

「や、やめろォッ!!」

 

「日輪はいずれ堕ちる。泰平が終わった先に待つのは、我等武人が存分に力を震える久遠の落日よ」

 

 兼一が大地を蹴って突進してくる。恐らくは自分の命を犠牲にしてでも、核ミサイルの発射を阻止しようという魂胆だろう。

 だがもう終わりだ。ここにいるのが兼一ではなく風林寺隼人だったとしても間に合わない。

 

「さらばじゃ、牢獄の世界よ」

 

 そしてスイッチは押された。

 しかして人類の叡智が生み出した『破壊の筒』は世界へ地獄に変えるべく天へ浮上する。血に飢えた武人たちの腹を満たし、血に怯える無辜の人々を殺戮するという使命を帯びて。

 泰平の世は終わり、ここに久遠の落日が訪れる――――ことはなかった。

 

「……どういうことじゃ?」

 

 核ミサイルは発射されていなかった。

 この米軍基地には現実にミサイルが運び込まれ、発射する準備も出来ていて、そのスイッチを今さっき押したというのに。核ミサイルは沈黙したまま飛び出そうとしない。

 美雲ばかりではなく、核ミサイルを止めにきた兼一もこれには目を白黒させていた。

 

「何故じゃ。何が起こっている? どうして何も起こらぬ?」

 

「原因を調査中です――――これは、ウィルスです! プログラムに奇妙なウィルスが…………これは、一体。あ、モニターがっ!」

 

 プツンと監視カメラの映像を映し出していたモニターの電源が落ちる。

 そしてそれと切り替わるようにモニターがジャックされて、奇妙な網眼鏡をした男の顔が映し出された。

 

「なっ! ロキさん!?」

 

『お集まりの紳士淑女はご機嫌最悪。俺はご機嫌麗しく。世界のピンチには、新白連合雇われの戦う参謀ロキ様にお任せあれ。

 核ミサイルを発射してしまえば勝ち。大方アンタ等はそう高をくくっていたんだろうが、俺を欺くには策の練りが甘かったな。

 ミサイルの発射システムは俺がウィルスで落とした。暫くは核ミサイルは寝んねしたまま動きやしねえよ』

 

「――――そうか。僕達と別れて別行動したのは、このために……」

 

 感情を支配することに長けた美雲をもってしても、この事態には舌打ちを抑えることは出来なかった。

 戦う参謀ロキ。北欧神話由来の名前からして、緒方一神斎の育成プログラム出身者だろう。十年前の落日ではまったく関わってこなかったため、完全にノータッチだった。

 

(新白連合はあの新島とかいう男を除けば、策や搦め手には滅法弱い連中ばかりと思うていたが……このような男もいたとはのう)

 

 美雲は嘆息し、コンソールを操る男に声を投げる。

 

「システムの復旧にはどれほど時間がかかる?」

 

「早くても一時間は――――」

 

「三十分で済ませよ」

 

 櫛灘美雲は冷たい殺意を纏って、白浜兼一に向き直る。

 梁山泊の史上最強の弟子というのは伊達ではないらしい。敵は一人のはずなのに、兼一の背後には無数の豪傑達の影がある。

 その中には櫛灘美雲が最も憎々しく思う風林寺隼人もいた。

 

「わしも武人。十年前は弟子クラス故にわしが手にかけることはなかったが、今はもう別じゃ」

 

「っ!」

 

 白浜兼一もまた十年の月日で達人へと成長した。ならばもう美雲が手を出さないでやる理由はない。

 

「隼人の弟子よ。隼人の奴が信じる正義諸共に、ここで葬り去られるが良い」

 

「断る。門派の誇りにかけて――――僕の信念にかけて、貴女はここで止める!」

 

 殺すではなく止めると言うのがなんとも梁山泊らしい言い草だった。

 システムが復旧するまでの三十分間。この三十分で運命は分かれる。世界が辿るのは平和か戦争か。

 そして三十分が始まった。

 


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